軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第77話 おじさんと、子どもたち

後楽園に位置する、探索者用総合訓練施設。

かつての巨大スタジアム跡地を利用したその一角には、強固な防護フィールドと魔石駆動の自己修復結界が張り巡らされている。黄金級の探索者が全力を出しても耐えうるよう設計された、超人たちのための巨大な施設だ。

ドーム状の天井から注ぐ無機質な人工光の下、俺は凛と向かい合っていた。

いきなり未知のダンジョンへ潜るのではなく、まずは安全な地上で基礎能力を把握しておくべきだ。そう判断し、彼女をここに連れてきた。

「すみません、湊さん。施設の費用まで支払っていただいて……」

「子どもがそんな些細なことで気に病むもんじゃないよ。それに、コネもあるから思ってるより高くないんだ」

「もう大学生ですから。子どもじゃないですよ」

小さく唇を尖らせた凛へ、俺は改めて視線を向ける。

サイドを後ろでまとめたハーフアップのブラウンの髪。機能的な戦闘服に包まれた立ち姿は、かつてチンピラに追い詰められ、青白い顔で震えていた時の面影を微塵も感じさせない。

平均的な背丈の内に、戦士としてのしなやかな筋力が備わっている。重心のブレない立ち姿には、どこか大人の女性らしい艶さえ同居し始めていた。

(……まぁ、確かに子ども扱いしすぎるのも悪いか)

予約した個別訓練ブースの前に立ち、俺は 収納機能(インベントリ) から黒鉄のバールを取り出した。

凛も呼応するように、空間から鈍い光を放つ金属の棒――使い込まれたバールを引きずり出す。

(……本当にバール使ってるんだな、この子)

『マスター。この子……見た目は清楚なお嬢様といった風情なのに、武器のチョイスが完全に間違っていますよ』

脳内に響くナビ子の音声モデルが、明らかな呆れを含んでブレる。

(失礼な奴だな。バールは殴ってヨシ、刺してヨシ、おまけに頑丈。最高の相棒だろ)

『うら若き乙女が握っていい得物ではない、と言っているんです』

俺とナビ子のやり取りなど露知らず、凛はこちらを見つめながら、弾むような手つきで自前のバールを握り直した。

意志の強い瞳が、未知の技術を教わる高揚感でうっすらと熱を帯びている。

「凛が地上でどのくらい動けるか、まずは見せてもらおうかな。とにかく一切手加減しなくていいからね」

「はいっ! よろしくお願いします!」

『マスター。くれぐれも、手加減を間違えないでくださいね』

視界の隅のインジケーターが明滅し、ナビ子が念を押してくる。

「分かってるよ。ただ動きを確認するだけだって。そもそも、こっちから攻撃するつもりねぇよ」

よし、と俺がブースの扉へ手を掛けようとした、その時だった。

「あ、凛じゃん! こんなとこで何してんの?」

人工光の照り返す通路の奥から、甲高い声が飛んでくる。

視線を向けると、色鮮やかな軽装鎧を着込んだ若い男女のグループがこちらへ歩み寄ってくるところだった。

凛の眉根が僅かに寄り、気まずそうに視線を落とす。

「すみません……大学の、探索部の人たちです」

「ああ」

俺は短く返した。同じ大学の同級生たちか。

「へえ、凛も外で特訓とかするんだ。って、そっちのおじさんは?」

グループの先頭を歩く茶髪の男子学生が、俺を上から下まで舐め回すように値踏みする。

俺の服装は、くたびれた作業着デザインの装備に安全靴。手には無骨なバール。

学生たちから見れば、熱心に勧誘している目当ての女子の横に、謎の薄汚いおっさんが立っている状況だ。素性を見定めたくなる気持ちも分からなくはない。

「……私の師匠。探索の基本を教えてもらってるの」

凛が、俺をかばうように一歩前に出る。

「師匠? マジで? その格好で?」

男子学生が、胡散臭いものを見るように眉をひそめた。

すると、その後ろにいた別の女子学生が、俺の顔を見てハッとしたように声を上げる。

「あれ、もしかして不忍池ダンジョンでスライムハンターって呼ばれてませんか?」

「そう呼ばれてるかどうかは知りませんが、不忍池ダンジョンでスライムならめちゃくちゃ狩ってましたよ」

俺が素直に答えると、学生たちの間にクスクスという忍び笑いが広がる。

それを受けて、女子学生が、心配そうな顔で声をかけた。

「ねぇ、凛。大丈夫なの?騙されてるんじゃ……」

「――騙されてるって、なに」

凛の声が、ドス黒い怒気を帯びて低く響いた。

先ほどまでの清楚な雰囲気は消え失せ、心なしかブラウンの髪も逆立っているような気がする。いや、そんなわけないんだが。

「あなたたち、師匠の実力も知らないくせに……適当なこと言わないでもらっていいかな」

その場の空気が、ピリッと張り詰めた。

「おい、やめろ」

「桐生さん!」

「部長……!」

一触即発の空気の中、グループの背後から低く落ち着いた声が響いた。

長身に濃紺のジャケット、磨かれた革靴。探索者というより就活生のような佇まいの青年が、前に進み出る。

「あ、君は」

先日の、換金所での騒動の時にいた青年だった。

「その節はどうも。……お前ら、どうしたんだ?」

青年は俺に軽く会釈をした後、部員たちに事の経緯を求めた。

部員たちが口ごもる中、凛が一歩前に出て、俺がスライムハンターだとバカにされ、自分が騙されていると侮辱されたことを一部始終伝える。

話を聞き終えると、青ざめた顔で再び俺に向き直り、深く頭を下げた。

「……申し訳ありません。うちの部員が、大変失礼なことを」

「部長……! なんで謝るんですか! こいつ、ただのスライムハンターで……」

「黙れ。相手の力量も見抜けない奴は黙ってろ」

桐生君の厳しい叱責に、部員たちは不満そうに口をつぐむ。

だが、彼らの視線には、尊敬する部長に頭を下げさせた俺に対する明確な不満と反発が燻っていた。

気まずい。すこぶる気まずい。

なんせ、俺の格好が凄腕探索者にはどう見ても見えないことや、つい最近まで不忍池でスライムばかりシバき回っていたのは紛れもない事実だからだ。

しかも、相手は一回り以上も年下の、文字通りのガキンチョたちである。彼らにとっての「強い探索者像」と俺の姿が乖離しすぎているのだから、疑われるのも無理はない。

俺には特段の怒りも湧かなかった。システムに依存している限り、相手の強さを測る手段は「見た目の装備」か「開示されたステータス」しかない。立派な部長さんを困らせてしまって、むしろ申し訳ないくらいだ。

凛からある程度の話は聞いているのだろうが、見た目に騙されず、俺の実力を高く見積もっている彼の方がよほど珍しい。

『マスター、少しは身なりに気を使ってください。ドロップ品でいくらでも良い装備が作れるのに……』

ナビ子が呆れたような音声を脳内に響かせる。

(うるさい、と言いたいところだが、確かに横で肩身の狭い思いをしている凛が可哀そうかもな)

俺は肩からバールを下ろし、苦笑を浮かべた。

「まぁ、まだダンジョンに潜りたての子供だしね。実力が分からなくても仕方ないよ」

場を宥めようとした俺の言葉は、逆に彼らの神経を逆撫でしたらしい。茶髪の男子学生が、顔を真っ赤にして噛み付いてきた。

「は? なめてんの? 俺ら、これでも 白銀級(シルバー) なんだけど!」

威勢がいい。昔のガルみたいだ。

「ばか、矢野、よせ!」

慌てて止める桐生君を、俺は片手で制した。

尊敬する部長が無理やり謝らされていると勘違いしたままでは、彼らも居心地が悪いだろう。

「じゃあ、実力、見てみるかい?」

俺は、静かに提案した。

「このまま別れて、ダンジョンで相手の実力も見極められずに早死にしちゃったら、俺も少し寝覚めが悪いからね」

教育的指導。

……というのは建前で。

俺自身は馬鹿にされようと全く気にしていないのだが、さっきから「絶対に許さない」とばかりに横で凄まじい怒気を放っている凛を鎮めるためにも、そうした方がいい。俺の鋭くなった直感が、ビシビシとそう告げていた。

「……よろしいのですか?」

桐生君が、探るような目で俺の真意を測ろうとする。

「こいつらはまだ 白銀級(シルバー) なりたてなので、黄金級の方とは到底……。代わりに、私がやります」

「いや、そっちは全員でいいよ。そこにいる五人と、君で六人かな? 先に入って準備してなよ」

桐生君の表情に、微かな困惑の影が落ちた。

「あの、それは流石に……。俺たちこれでも、帝央大の探索部でして」

「うん。別に、ここで起きたトラブルを大学にチクったりしないから安心していいよ」

「えっ?」

急に大学名を出してどうしたんだろうか。別にチクったりしないのに。

「いや、そういう保身の話じゃなくてですね……。俺たち、インカレでも結果を残しているチームでして……本気で、一対六でやるつもりですか?」

あぁ、そっちか。自分たちは決して弱くないと、プライドにかけて言いたかったのか。

「心配ないよ。君の実力は 黄金級(ゴールド) 上位ってとこかな? そこの子たちと違って、君の強さがちゃんと分かったうえで言ってるから」

図星を突かれたのか、桐生君は小さく息を呑んだ。

「……凛、少し時間もらっていいかな? 君の指導時間が減っちゃうけど」

俺が振り返ると、凛は目をキラキラと輝かせて強く頷いた。

「もちろんです! 湊さんがそうした方がいいと思ったならそうした方がいいに決まってますから! 桐生さんも、早く準備していただけますか?」

え、なんでこの子はこんなに俺を信頼してるの。怖いんだけど。

勢いよく言い切る凛を見て、桐生君は苦笑しながら部員たちに向き直った。

「……渚さんの信頼は厚いんですね。分かりました。訂正します。大会のパーティ戦だと思って、全力で挑ませていただきます」

こうして、凛と俺の個人的な特訓は、思わぬ形でおじさんと大学生の模擬戦へと雪崩れ込んでいった。