軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第78話 おじさんの、教育的指導

いざこざから数分後。

訓練用の防護フィールドが張られたエリアの中央で、俺は六人の学生と対峙した。

『マスター。今のあなたの実力だと、完全な弱い者いじめです。三歳児相手に大人が本気で喧嘩するようなものですよ』

ナビ子が警告してくる。

(分かってるよ。ダンジョン外の、一般的な黄金級下位レベルまで出力を落としてやるにきまってるだろ)

『……マスターの異常な対人戦闘能力を加味して演算すると、彼らと対等な戦いをするなら 白銀級(シルバー) くらいまで出力を落とさないといけない計算になりますが?』

(それじゃダメなんだよ。白銀級まで落としてトントンの勝負になったら、ただの泥仕合だろ。今回は教育的指導なんだから、ステータスを抑えた上で完全に圧倒しないと意味がないんだ)

ステータス上の筋力や敏捷性を手加減したところで、動体視力や、システムに依存しない身体操作の精度が落ちるわけではない。

そもそも、俺は対人戦にはめっぽう強いのだ。かつて、俺よりレベルが上だった猪狩先輩でさえ、俺とのスパーリングでは「なんだそのキモい動き! 反応できるか!」と叫んでバツの悪そうな顔をしていたものだ。

俺はバールをだらりと下げ、静かに立つ。

「……じゃあ、やろうか。ああ、心配しなくても、ちゃんと手加減するから安心していいよ」

「舐めんなッ!」

茶髪の男子学生、矢野の怒声と共に、模擬戦が始まった。

後衛の三人が一斉にバフ魔法を詠唱し、矢野ともう一人の前衛が両手剣と槍を振りかぶって突進してくる。桐生君は片手剣と盾を構え、その斜め後ろから隙を窺う。

対象が一人だしね、一気に詰めた方が良いって判断したのか。

学生レベルとしては、見事な連携だ。

――だが、遅い。

どこまでも予測の範囲から逸脱しない一般的な軌道。

俺は視界から一瞬で目標を外すように、半歩だけ軸をずらす。

「え……?」

カンッ!

乾いた音が響き、矢野の剣が明後日の方向へ弾かれた。

剣の軌道の「芯」をバールの先端で僅かに逸らしただけだ。力は全く使っていない。

弾かれた剣の先には、回り込もうとしていた桐生君がいた。

「っ!」

桐生君が慌てて盾で味方の剣を受ける。同士討ち。

(昔、先輩と手合わせした時もアラートが出ないってボヤいてたっけ。システムは俺の動きを『攻撃』じゃなくて『ただの重心移動』としか認識してないんだろうな)

『いいえマスター。昔のあなたならそうだったかもしれませんが、今は違います』

(というと?)

『 自律進化(スタンドアロン) によって、システムから完全に独立しており、【未登録オブジェクト】なのです』

(ん? 未登録だとどうなるんだ?)

『例えば、現代の銃器は過去三十年の間にシステムがその構造や弾道をスキャンし、データベースに登録済みの【既知の兵器】です。そのため、探索者が銃を構えれば、システムは即座に予測線を演算できます。ですが、データベースに一切存在しないマスターの挙動は、システムにとっては予測不可能なバグそのもの。アラート出力ができないのです』

(なるほど。……え、それ相手からしたら流石に可哀想じゃないか? いや、でもアラートが鳴らないのは昔も同じだったし、結果的には変わらんか)

常人離れした思考速度のおかげで、ナビ子との長ったらしいやり取りも現実時間ではコンマ数秒しか経っていない。

とはいえ、今は戦闘の真っ最中だ。いけないいけない、と慌てて『教育的指導』へと意識を戻す。

「味方を攻撃しちゃだめだよ。もしかして、相手の実力だけじゃなくて敵と味方の区別もつかないの?」

「ふざけんなッ!」

完全に血を上らせた矢野が、大上段に剣を振りかぶる。

その瞬間、俺はあえて彼の正面から「意識の死角」へと滑り込んだ。

振りかぶった彼自身の両腕と太い剣身が、後衛からの視界を完全に遮るブラインドになる。さらに、激昂した前衛の怒声に、パーティ全員の意識が一時的にそちらへ吸い寄せられた。

そのコンマ数秒の意識の空白。

俺は姿勢を沈め、音も風も立てずに、前衛の脇をすり抜けた。

大振りの剣が空を切り裂く頃には、俺はすでに魔法を詠唱中だった後衛の真横に立っていた。

「バフも遅いよ。切れたらすぐ掛け直してあげてね」

唐突に耳元で囁かれた後衛の学生がビクッと肩を跳ねさせる。

予備動作も、接近する足音も、一切ない。唐突な出現。

「ひっ!?」

バールで足を掬うと、簡単に尻餅をつき、詠唱がキャンセルされる。

(あれ、もしかして今のってセクハラかな?)

『セクハラかつ、ただの理不尽な暴力と脅迫です』

(後者の方がよっぽど犯罪じゃん……)

「ダンジョン外ってのもあるけど、魔法が弱いかも。システムに頼りすぎじゃないかな」

俺はため息をつき、三人の後衛に向けて、ほんの僅かに殺気を飛ばした。

「あ、ああぁ……っ」

ただそれだけで、後衛の三人は呼吸を忘れ、恐怖で腰を抜かしてへたり込む。当然、詠唱中の魔法も全てキャンセルされた。

彼ら三人が完全に戦意喪失したのを確認した直後。

俺は、背後から切りかかってきた桐生君の片手剣を、視線も向けずにバールの石突で弾き落とした。

このまま鳩尾に一撃を入れてもいいが……。

(普通に殴ると痛いだろうから、寸止めしてあげよう。……でも、気づかれなかったら教育にならないし、こっちにもちょっとだけ殺気を混ぜておくか)

俺はバールの先端を桐生君の腹の数ミリ手前でピタリと止め、針の先ほどの微弱な殺気を飛ばした。

「がはっ……!?」

物理的な一撃は当てていない。だが、桐生君は不可視の刃で内臓を直接貫かれたような錯覚に陥り、その場にガクンと膝をついた。

桐生君の顔から一気に血の気が引くのが分かった。

システムによる危険予測、エイム補正、痛覚遮断。彼らが常識としている全ての 理(ルール) が通じない恐怖。

「リーダーが受け持てない敵と戦った経験がなさそうだね。ヘイト管理が雑だよ」

残った二人の前衛からの波状攻撃を避けもしない。

ただ歩き、最小限の動きでいなし、崩し、転ばせる。

それは戦いではなく、赤子の手を捻るような「指導」だった。

数分後。

矢野ともう一人の前衛は、完全にスタミナが切れて床にへたり込み、荒い息を吐いていた。

桐生君と後衛の三人は、早々に戦意を喪失したまま、その場に座り込んでいた。

そんな六人の学生を前に、俺だけが息一つ乱さずに立っている。

(……ん?)

ふと視線を感じて周囲を見渡すと、いつの間にか訓練ブースの前に人だかりができていた。

どうやら、帝央大のトップチームがよく分からないおっさんに絡んでいるという騒ぎを聞きつけて集まってきたらしい。俺が指導に集中している間に、かなりの数の探索者が足を止めてこちらの様子を窺っていたようだ。

やがて、静まり返っていたギャラリーから、ポツリポツリと声が漏れ始める。

「……おい、今の見たか? 魔法もスキルも使ってないぞ」

「合気道の達人か?動きは見えるのに、何やってるのかさっぱり分かんねぇ」

「しかも、相手はあの帝央大の探索部だろ……?」

「おい、あれ、部長の 桐生(きりゅう) 颯真(そうま) じゃないか?」

周囲の探索者たちのざわめきを聞いて、凛は自分のことのように得意げに鼻を高くしていた。模擬戦前の剣呑な様子は微塵も残ってなさそうだ。良かった。

俺が振り返ると、桐生君が呼吸を整えながら立ち上がり、深く頭を下げた。

「……参りました。僕たちの、完敗です。……おい矢野、お前もしっかり謝れ」

謝罪を促された茶髪の男子学生――矢野は、床に這いつくばったまま、まだ納得がいかない様子で俺を睨みつけていた。

「……部長、手加減してたんじゃないですか? 第一、本当に強いなら、どうしてスライム狩りなんて……」

「……ふむ」

俺は、冷ややかな目で矢野を見下ろした。

(このままだと、この子は本当にダンジョンで死にそうだな)

強さを見誤ることは、探索者にとって致命的な欠陥だ。

「まだ納得いかない?」

静かに問いかけると、矢野はびくりと肩を揺らした。得体の知れない不気味さに本能的な恐怖を感じつつも、引くに引けないのか、強張った顔で無理やり頷く。

「よし。じゃあ分かった。君に教えてあげよう。自分が弱者で、見る目がないってことをね」

桐生君が慌てて割って入ろうとする。

「すみません! こいつは口が悪いだけで……!」

「大丈夫。殴ったりするわけじゃないから」

(黄金級レベルの殺気じゃ、こいつは「今日は運が悪かった」くらいにしか思わないだろうし……かといって全力を出したら、本当にショック死しかねない。よし、一般的な 白金級(プラチナ) レベルに絞っておこう)

俺はニコリと笑い、そして――スイッチを入れる。

――ドプン。

意図的に放出したのは、白金級相当に制限した濃密な死の気配。

それでも、白銀級になりたての学生にとっては致死量。システムによる精神保護を容易くぶち破る、殺意の泥を煮詰めたような圧倒的なプレッシャーだ。

「ひ、ひぃぃ……ッ! あ、あぁ……!」

矢野は声にならない悲鳴を上げ、腰を抜かしてへたり込んだ。

先ほどまで残っていたひとかけらのプライドは完全に消し飛び、ガチガチと歯の根を鳴らしながら、床に手をついて土下座のような体勢で縮こまる。

「ご、ごべんなざい……っ! おれが、おれがバカでじだ……! だがら、ごろざないで……っ」

うん、反省したみたいだ。

俺は殺気を霧散させた。

「……ね? 殴ってないでしょ?」

何事もなかったかのようにバールを肩に担ぎ、俺は桐生君たちに振り返ってニコリと微笑む。

(ふふん。どうだナビ子、スマートに解決しただろう。指一本触れずに改心させたぞ)

『……マスター。物理的に殴るよりも遥かにエグい精神ダメージを与えているんですが、自覚はありますか?』

(えっ、そう?)

『まぁ、このくらいのショックを与えないと変われなかったと思うので、仕方ありませんが』

(だろ?)

俺は「若者の未来を一つ救ってやったぜ」という、さわやかな達成感に包まれていた。

これで彼も、ダンジョン内で他人の実力を見誤って死ぬことはないだろう。まさに完璧な教育的指導だ。

先ほど間近で殺気を浴びた桐生君と後衛の三人は、俺が矢野に「何を見せたのか」を正しく悟り、真っ青な顔で戦慄している。

もう一人の前衛の子やギャラリーたちは、矢野がなぜ突然泣き出して謝り始めたのか理解できず、ただただ気味悪そうに戸惑っている。

そんな中、なぜか凛だけは、自分に向けられたわけでもない俺の殺気の片鱗を感じ取ったのか、「なるほど」とでも言いたげに一人でうんうんと頷いていた。なんで。

まぁ、彼らにとっても「相手を見かけで判断してはいけない」という、いい勉強になったことだろう。

「……相手の強さを見誤るのは、致命的だからな。凛、気をつけるんだぞ?」

一応、先輩らしく指導風のコメントを投げると、凛はなぜか顔を真っ赤にして興奮しているようだった。

「は、はいっ! 湊先輩、凄かったです……!」

(なんでこんなに喜んでんだ……? あぁ、そうか。上位探索者同士の実戦的な模擬戦を間近で見れたからか。年相応にそういうミーハーなところもあるんだな)

『……マスター。いえ、彼女は──』

ナビ子が何かを言おうとしてやめる。

(ん? どうしたナビ子。何か言いたいことでもあるのか?)

『……いえ、マスターに直接の害はないので、気にしないでください』

(お、おう?)

俺がナビ子の言葉に内心で首を傾げていると、桐生君が部員たちに指導していた。

「おい、お前ら分かったな? ダンジョン内で舐めた行動をするやつは、死ぬと思え」

そして、改めて俺に向き直った。

「あの、もしよろしければ……僕たちにも、ご指導願えませんか!」

桐生君は、深々と頭を下げた。

「実は近々、大学の探索演習があるんです。ここには来てないんですが、新入生たちは初めての探索になるので、何かあっても守れるようにしておきたくて……! もちろん、お金はお支払いします。あなたほどの探索者に、御納得いただける額を払えるかどうかは分かりませんが……」

俺は、少し困ったように頭を掻いた。

正直、これ以上首を突っ込むのは面倒くさい。だが……年齢の割に強い上に、後輩を守るためにここまで真剣に頭を下げられると、無下にもしづらい。しかも相手は素直ないい子だ。

『マスターって、どうしてそう年下に甘いんですか?』

(お前なぁ……年長者が後輩に優しくするのは当たり前だろ)

呆れるナビ子に内心で返しつつ、俺は逃げ道を思いついた。そうだ、俺の都合よりも「元から予定を入れていた」凛の都合が優先されるべきだ。

真面目でストイックな凛なら、「貴重な指導時間が減るのは困ります」と断ってくれるに違いない。

「いや、俺は別に指導者じゃないし……それに何か勘違いしてるかもしれないけど、俺のランクってただの 黄金級(ゴールド) だよ? 教えられるのも『個人』の生存術くらいで、集団での動きは君らの方が詳しいだろうし」

『マスター。協会発行の探索者カード上は確かに黄金級ですが、実際のレベルとステータスを考えれば完全に詐欺ですよ。純真な若者に嘘をついて悪い人ですね』

(嘘じゃないだろ。実際カードを読み取れば黄金級って出るんだから)

「えっ!? 黄金級……? いや、そんなはずは……」

そんな俺とナビ子の脳内でのやり取りなど知る由もない桐生君は一瞬絶句し、俺のボロボロの装備と先ほどの異常な動きを交互に思い返して、ひどく混乱したように目を瞬かせた。だが、すぐに強く首を振って深く頭を下げ直す。

「……いえ、どんなランクであろうと関係ありません! 俺には分かります。どうか、お願いします!」

(うーん、全然引いてくれないな。よし、作戦通り凛に丸投げしよう)

「……凛、どうする? 君の指導時間、減っちゃうから断ってもいいよ」

助け舟を求めるように俺が凛を見ると、彼女はなぜか誇らしげに胸を張った。

ハーフアップに結んだ後ろ髪が、主人の凄さを知らしめられて嬉しいのか、まるで犬の尻尾のようにぴょんぴょんと跳ねている幻視が見える。

「今日だけならいいですよ! 湊先輩の凄さ、皆も分かってくれたみたいですし!」

おっと、そうきたか。

仕方ない。一人に教えるのも複数人に教えるのも同じか。

「わかったよ。じゃあ今日は、君たちにも少しだけお節介を焼こうか」

こうして、凛と帝央大探索部の面々に対する、俺の気まぐれな『生存指導』が始まるのだった。