軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第24話 やんちゃ坊主は、怒られる

村に戻ると、待っていたのは沈黙ではなく、土下座だった。

村長宅の擦り切れた絨毯の上で、ユルダが深々と頭を下げている。その額が床につくほど低い。

老いた背中が、小刻みに震えていた。

「この度は、ガルが大変な無礼を……」

床板に向けられた声は、掠れていた。

隣では、当のガルが体を堅くして縮こまっている。視線は床の木目に固定され、拳は白くなるほど膝を握りしめている。おそらく、俺が戻るまでの間に、ユルダから相当絞られたのだろう。耳まで赤い。

「気にしなくていい。無謀な行為は褒められたもんじゃないが、それについてはガルもわかってるはずだ。な?」

水を向けると、ガルはビクッと肩を跳ねさせた。

一瞬だけ顔を上げ、すぐにまた俯く。

「……うす」

蚊の鳴くような声だ。反抗的な態度は見る影もない。自分の無力が招いた結果を、骨の髄まで理解しているのだろう。

完全に萎縮している。

「だから、俺を気遣って、ガルに罰を与える必要はない。もちろん、馬鹿なことをした子どもを叱るだけなら止める権利もないが」

バールを肩に担ぎ直し、努めて軽く答える。

本心だ。謝罪も反省も求めていない。

俺にとって重要なのは、恩を受けたこの村が自立して生き残れるようにすることだけだ。

目覚めてから数日が過ぎた。

この数日、俺はリハビリを兼ねて村の周辺を巡回し、手当たり次第にモンスターを狩っては、その肉を村に持ち帰っていた。

あらゆるリソースが足りていないこの村にとって、俺から供給される安定的なタンパク質は、喉から手が出るほど欲しいモノだったらしい。

最初こそ恐縮していたようだが、数日もすると、この時間は彼らにとって一日で唯一の『安らぎの時間』へと変わっていた。

夕闇が迫る村の中央広場。

その一角に、香ばしい脂の匂いが立ち込めている。

熱源は焚き火だ。

その上で、大ぶりの肉塊がパチパチと音を立てて炙られている。

俺が近隣の森で狩ってきた「 ワイルド・ボア(猪) 」の肉だ。解体はインベントリに収納した時点でシステムが自動処理済み。あとは焼くだけの状態で取り出している。

炎を囲むのは、村の子供たち。

彼らの視線は、肉から滴り落ちる脂の一滴一滴を追いかけ、喉を鳴らしている。

「ほら、焼けたぞ。並べ」

俺が声をかけると、弾かれたように列ができた。

だが、俺は肉を渡す前に、インベントリから「別のもの」を取り出した。

それは、綺麗に洗われ、縁を滑らかに加工されたボウル状の物体だった。

今日の狩りで仕留めた「ストーン・クラブ」の甲羅だ。ナビ子の提案で、食器代わりに使える個体を選んで狩ってきたのだ。

この数日、肉を配るときに気付いたことがあった。

村人のほとんどが、まともな食器を持っておらず、熱い肉を葉っぱや泥だらけの手で食べていたのだ。

生きるために食うのが精一杯なのは分かる。だが、衛生環境の悪化は病気を招く。何より、人間らしい生活とは程遠い。

「ほら、肉、熱いだろ。悪かったな、気付いてやれなくて」

インベントリから取り出した甲羅のボウルを、先頭の子供に手渡す。

子供たちは、綺麗に磨かれた石色の器を宝物のように受け取り、目を丸くした。

ひんやりとした硬い感触に、驚いたように指を這わせる。

「いいの? こんな立派なやつ」

「ただの甲羅だよ。食ったらキレイにしとけよ」

ぶっきらぼうに告げて、肉を放り込んでやる。

熱い肉汁を受け止める、硬い音。

子供たちは器の重みを確かめるように胸に抱き、熱い肉にかぶりついた。

少し離れた場所、枯れ木の陰に人影があった。

気配察知が捉えていた反応。ガルだ。

近づくと、彼はバツが悪そうに顔を背ける。

「……食わねぇのか」

「後でいい、です」

ガルは短く答え、焚き火の明るさから逃げるように闇を見つめた。

その横顔は硬く、喉仏が微かに上下している。

慣れない敬語が、むず痒いほどぎこちない。

「……なんで、こんなに良くしてくれる、んですか」

絞り出すような声だった。

借りを作ってしまった自分と、助けてくれた俺。

その力関係の変化に戸惑い、必死に礼儀正しく振る舞おうとしているのが痛いほど伝わってくる。

「おいおい、無理して丁寧に喋ろうとしなくていいぞ。背中が痒くなる」

「……いや、そういうわけには」

「いいから。お前は子供たちの兄貴分なんだろ? だったら、いつもの調子で堂々としてろ。変に縮こまられた方が調子狂う」

俺が苦笑交じりに言うと、ガルは少しだけ目を丸くし、それからふっと肩の力を抜いた。

「……悪ぃ。気ぃ遣わせたな」

「おう。そっちの方がしっくりくる」

「もう、食料やポーションなど、十分すぎるほど施してもらった。これ以上は、借りが重すぎて返せねぇよ」

その言葉には、施されることへの屈辱よりも、理解できない存在への恐怖が滲んでいた。

こいつらは、力こそが全ての過酷な世界で生きている。圧倒的な強者が、見返りもなく弱者を助けるはずがない。

タダより高いものはないと、本能で警戒しているのだ。

思わずため息が出てしまう。

「お前ら、ガキばっかだろ」

インベントリから取り出した水を一口含む。

乾いた喉に冷たい液体が染み渡る感覚だけが、妙に鮮明だ。

「目の前で腹減らしてるガキを見捨てると、飯がまずいだろ。どう考えたって」

「……それだけか」

「それにな」

水筒の蓋を閉め、ガルの目を真っ直ぐに見た。

「いくらでも取れる食料と、貴重な水と薬。どっちが重いかなんて、馬鹿でも分かる。俺はまだ、この村に受けた恩を返せたとは思っちゃいねぇ」

ガルが息を飲む気配がした。

彼にとって、俺は追い出すべき「よそ者」だったはずだ。そのよそ者に救われ、あまつさえ「恩」などという言葉で対等に扱われたことが、彼の矜持を鋭く抉ったのだろう。

「……俺は、あんたを」

ガルは何か言いかけたが、結局口を閉ざし、悔しそうに拳を握りしめた。

爪が食い込む痛みが、今の彼にとっての唯一の拠り所であるかのように。

食事が落ち着いた頃、俺はユルダと数名の年長者を呼んで「現場会議」を開いた。

リリやガルたち子供には、後片付けを理由に席を外させている。これからする話は、子供に聞かせるには重すぎる。

焚き火の残火が、深刻な顔つきの老人たち(+ナビ子)を照らし出す。

俺の視界には、ナビ子が作成したホログラムのホワイトボードが浮かんでいる。もちろん、彼らには見えていない。

『現在、解決すべきタスクは以下の通りです』

ナビ子が指揮棒を振るう。

リストアップされた項目は、絶望的なほど多かった。

食料。水。衛生環境。防衛。燃料。医薬品。

「……まずは現状の確認だ」

俺が促すと、ユルダが膝の上で指を組んだ。節くれだった指先が白くなるほど力がこもっている。

「食料については、湊様が毎日狩ってきてくださるおかげで、随分と余裕ができました。余った分を燻製にして、保存食の備蓄も始まりつつあります」

ユルダの声には、かすかな安堵が混じっていた。

医薬品に関しても、俺が提供したポーション数本が「村の宝」として厳重に管理されている。当面の怪我や病気には対応できるだろう。

だが、次の項目に移ると、その表情に影が落ちた。

「問題は……水と燃料、そして防衛です」

ユルダが重苦しく告げる。

「水は、湊様のおかげで飲み水だけは確保できていますが、生活用水までは回りません。井戸は枯れかけており、最近では濁りが出てきております。近くの川も、上流に棲み着いた魔物の体液や死骸が混じり込み、酷い悪臭を放っています。飲むと高熱を出して寝込む者が続出し、今では使われておりません」

「薪も足りてなさそうだよな。今の焚き火だって、廃屋を解体した廃材や、近場で拾った小枝を使ってるだけだろ? 本格的な冬が来たら、そんな自転車操業じゃ凍え死ぬぞ」

俺が指摘すると、ユルダが痛ましげに目を伏せた。

インフラが死んでいる。

この村は、呼吸をするだけで生命力を削り取られている状態だ。

だが、俺には一つ、どうしても解せない疑問があった。

「……なあ。そもそも、男手はどうした?」

村を見渡しても、いるのは女子供と老人、そしてガルたちのような少年だけだ。

この数日で、村の全容は見えてきた。

人口は三十人ほど。その大半が十代以下の子供と老人で、働き盛りの成人男性は一人もいない。

二十代から四十代の層が、ごっそりと抜け落ちているのだ。

本来なら村を支えるはずの「父」や「兄」の世代が不在。それが、この村のインフラが死んでいる最大の原因だ。

問いを投げた瞬間、焚き火の爆ぜる音だけがその場を支配した。

気まずい沈黙。

ユルダが、意を決したように重い口を開いた。

「……ここにはもう、男手は残っておりません」

彼女の声は、井戸の底から響くような暗さを含んでいた。

「数年前より、領主様による『浄化徴発』が始まりました」

「浄化徴発?」

「街道の整備や、ダンジョンの浄化作業……という名目です。村の成人男性は、すべて“人員”として連れて行かれました」

ユルダの視線が、闇に沈む村の入り口へと向けられる。

「徴発を逃れた者もおりました。ですが、この土地に課せられた重税……『魔石ノルマ』を果たすためには、危険なダンジョンへ出稼ぎに行くしかありません」

「待て。行政サービスもねぇのに、税金だけは取るのか? 廃棄地域ってのは、国が管理を放棄した場所じゃねぇのかよ」

俺が口を挟むと、ユルダは力なく首を振った。

「おっしゃる通りです。ですが、領主様は『土地の使用料』として、変わらぬ上納を要求されます。払えなければ追放、あるいは……」

奴隷落ち、か。

守りはしないが、搾取はする。行政じゃない。碌なもんじゃねぇな。

装備も買えず、訓練も受けず、生活のためにダンジョンへ潜る。

自殺行為だ。

「生き残っても、装備のレンタル代や輸送費で借金を背負わされ、そのまま『借金奴隷』として拘束されることがほとんど。帰るに帰れないのです」

搾取のシステムが出来上がっている。

貧困が貧困を呼び、命を吸い上げる構造。

さらに、ユルダは声を潜めた。まるで、風に乗って誰かに聞かれるのを恐れるように。

「……それに、悪い噂もございます」

「噂?」

「一度徴発された者は……二度と、元のようには戻らないと」

ユルダの手が、自身の胸元を強く握りしめる。

「噂では……徴発された者たちは『意思を抜かれたように』従順になり、どんな危険な作業でも黙々とこなし続けているとか」

首筋の産毛が、ぞわりと逆立つ。

ただの強制労働ではない。もっと質の悪い、魔術的あるいは精神的な介入の匂いがする。

『マスター。思考誘導、あるいは簡易的な 精神支配(マインド・コントロール) の可能性があります。極めて悪質な術式です』

ナビ子の無機質な声が、俺の懸念を言語化する。人間を、ただの労働リソースとして消費する。異世界のブラック企業はレベルが違うな。クソじゃねぇか。

まぁ、おかげで明確な「敵」の輪郭が浮かび上がった。

この村を殺そうとしているのは、モンスターだけじゃない。

システム化された悪意か。さて、どうしていこうかーー。

その時だった。

カラン、カラン、カラン――。

乾いた鐘の音が、夜気を切り裂いた。

警報だ。

俺が反応するより早く、子供たちが動いた。

悲鳴はなかった。

食器を洗っていた子供たちが、作業の手を止め、無言で広場の隅にある地下壕のような穴へ走る。

転んだ子がいても、泣きもせずに立ち上がり、また走る。

その動きには、一切の無駄がなかった。

恐怖によって刷り込まれた、生存のための行動。

これまでどのような環境で生きてきたのかが伝わるほど、洗練された避難だった。

「……話はまた今度だな」

会議を打ち切り、バールを取り出す。

どこの誰だか知らねぇが、俺に残業させるんだ、支払は覚悟してもらうぞ。