軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

137.ローションは滑るから十分注意しよう

窮地を救ってくれたのは、かつて俺と死闘を繰り広げたプレイヤー、ノンノンデニッシュさんだった。

相変わらずなんて目に優しくない見た目なんだ。

でも今では、不思議と親近感が湧いてしまう。

俺以外にも尊厳が失われてる人が居る。

それだけで少しだけ、頑張れる気がするから。

「……リュウ、この私や君並みに強烈なインパクトの見た目のおじさんは誰だい? 君の反応からして、知り合いなんだよね?」

「ああ。彼はノンノンデニッシュさん。メインストーリーの関係で知り合ったプレイヤーだ。見た目はその……職業の関係で。本人の意思じゃないんだ」

「ああ、なるほど。納得したよ」

見た目がおかしいのは、だいたい職業のせいだ。

俺だってエイトさんだって、ノンノンデニッシュさんだって、好き好んでこんな見た目になってるわけじゃない。

「リュウ君、そちらの数字さんは?」

「ああ、彼女はエイトさん。俺と同じプレイヤーだ。俺たちと同じく職業の関係で、こんな姿になっている」

「エイトだ。窮地のところを救って頂いた礼をさせて欲しい。ありがとう」

「困ったときはお互い様だよ。私も、以前、彼に救われた身。助けるのは当然のことだ」

……救われた身?

あれ? ノンノンデニッシュさんを治療すると約束はしたけど、その履行はまだしていなかったはずだ。

フレンドメッセージでお互いの都合の付く日が二週間ほど先だったし。

まあ、女神の雫で治療自体はちゃんとやるし、それを指してそう言ってるってことか?

「でも本当に助かったよ。ノンノンデニッシュさんも、デイリーダンジョンが解放されたんだな。しかし、よく釈迦蜘蛛の弱点なんて知ってたな? ひょっとして既に何回か、終末世界に来ているのか?」

「……デイリーダンジョン? 終末世界? 何のことだい?」

俺の言葉に、ノンノンデニッシュさんは首をかしげる。

……なんか妙な反応だな?

「私がここに来たのは、突然プレイヤーの反応が現れたからだ。それがまさか君だったとはな。あれ以来、ずっと連絡が取れなかったがようやく会えてホッとしてるよ」

「あれ以来……?」

「女神の雫を譲ってくれた時だよ。妻も本当に喜んでいたからね。また会いたいと思っていたところに、世界がこうなってしまったから心配していたんだ。まあ、君には要らぬ心配だったかもしれないけどね」

「……?」

どういう意味だ?

会話が微妙にかみ合っていない。

隣りのエイトさんも、口に手を当てて何やら考え込んでいる。

「まさか……」

俺とエイトさんは目を合わせる。

「……ノンノンデニッシュさん、今日は何日だ?」

「10月20日だよ」

「……世界がこうなった日はいつだった?」

「9月15日だね。……いったいどうしたんだ? まるでタイムスリップでもしたかのような質問じゃないか」

「……実際、それに近いかもな」

「えっ」

今の質問で確信した。

ノンノンデニッシュさんは『デイリーダンジョン』としてここに居るんじゃない。

かつてモンスターに変異した井口と同じように、未来の世界の住民だ。

でもどういうことだ? 以前、井口から聞いた日にちとも違ってる。

世界が終末になったのは8月31日だったはずだ。

「これは……未来が変わったってことか?」

「その可能性は高いね。私は心当たりないけど、リュウは何かある?」

「……ある、かもしれない」

パッと思い浮かんだのは、あのアナウンスだ。

『EXシナリオの事前阻止に伴い、デイリーダンジョン『終末世界』の一部が変化します』

リリアンヌさんとの飲み会の後に出ていたあのアナウンス。

あれはつまり、未来が変わったって意味だったのか?

EXシナリオを事前阻止、またはクリアするたびに、終末世界――未来は変化してゆくってことか?

だとすれば辻褄は合う。

『――君たちが進むべき道は一つ。メインストーリーを進める事、それだけだ』

ディザスさんの言葉が蘇る。

あの人、いやキノコか。このことを知っていた?

思い返してみれば、魔女さんとの飲み会の後にも同じようなアナウンスが流れていたな。

あの時も既に終末世界は一度、変わっていたということか?

「ノンノンデニッシュさん、信じられないかもしれないが、信じて欲しい。実は――」

「待ってくれ。なにか重要な話をするなら、このままじゃマズイ。――『ローション結界』」

ノンノンデニッシュさんがぱんっと手を合わせると、体からぬるぬるのローションが発生する。

それは巨大なシャボン玉のように膨らみ、俺たちを包み込んだ。

「特殊なローションで膜を作った。これで外部には、音は漏れず、私たちの姿は見えないし、気配を感じ取ることも出来ない」

ローションってすげぇ。

指で軽くつついても割れる気配もない。

なんて凄いスキルなんだ。でもブリーフ一丁のおっさんから出たローションってだけで、凄く微妙な気分になる。

ノンノンデニッシュさんもぬるぬるになってるし。

「それで、話したいこととは?」

「ああ、実は――」

俺はローションにまみれたノンノンデニッシュさんに、俺たちの状況を伝えた。

見た目は最悪だが、中身は信用できる。

話しても問題ないだろう。

ノンノンデニッシュさんは、俺たちの話を聞いた後、納得したとばかりに頷いた。

「……なるほど、そういうことだったのか。どうりで突然、釈迦蜘蛛の縄張りにプレイヤーの反応が現れたわけだ。であれば、こちらの状況も知りたいだろう?」

「ああ、頼む」

「分かった。じゃあ、世界がこうなった日のことから話そうか」

ノンノンデニッシュさんは、俺たちに終末世界になった経緯や、その後の動向を説明してくれた。

話してくれた内容は、やはり井口から聞いたものとは違っていた。

発生した状況や混乱は同じ。

だが一番の違いは、異世界ポイントで『プレイヤー』だった者たちがモンスターと戦ったということ。

「現実にモンスターがあふれた瞬間、我々にも力が目覚めた。異世界ポイントで使っていた職業やスキル、カードたち。……妻に説明するのは骨が折れたよ。私が変態になってしまったと、泣いて錯乱しかけていた」

「でしょうね」

その光景が容易に目に浮かぶ。

奥さん、ショックだっただろうなぁ……。

「各地に元プレイヤーだった者たちを中心にコミュニティを作り、生存者の救助に当たっている。この周辺は私と絶頂会長が担当している」

絶頂会長……確か、大河さんが言っていたプレイヤーだ。

亜人解放戦線のリーダーで、掲示板でしょっちゅうエゴサしては煙たがられている変人。

けどこの周辺ならトラさんも居るはずだ。

「元プレイヤーね。この近くならトラさんも居るのか?」

「トラさん……? ああ、絶頂会長がそんな名のプレイヤーを探していたな。悪いが、どこにいるかは、私も知らないんだ」

「……?」

どういうことだ?

俺だけじゃなく、トラさんまで居ない?

前のミッションじゃ井口も俺を探してたし、未来で俺や大河さんの身に何があったんだ?

……まさか世界がこうなる前に死んだわけじゃないだろうな?

「ノンノンデニッシュさん、私と同じ名前のプレイヤーは居た?」

「エイトさん、だったね。悪いが、聞いたことはないな」

……エイトさんも居ないのか。

「私やリュウだけなら、デイリーダンジョン『終末世界』をプレイしてたって共通項目があるけど、そのトラってプレイヤーは違うよね? リュウ、心当たりはある?」

「……ないな」

俺、エイトさん、トラさんに共有するものってなんだ?

レベルもプレイスタイルも、てんでバラバラだ。

強いて言うなら見た目が色物ってことくらい?

「しかし、未来にまで来ることが出来るとは、『異世界ポイント』は本当に凄いアプリだな。もう使えなくなってしまったのが惜しいよ」

「この世界じゃ、『異世界ポイント』は使えないのか?」

「ああ。世界がこうなった瞬間、全プレイヤーが強制的にログアウトさせられた。現実でもスキルが使えるようになったが、代わりにアプリそのものは使用不可能になってしまったんだ」

「なるほど……」

「それで、君たちはこれからどうするんだ? クリア条件があるのだろう? 私は何を手伝えばいい?」

ノンノンデニッシュさんは真剣な表情で、俺たちを見つめてくる。

「手伝ってくれるのか?」

「当然だろう」

ノンノンデニッシュさんは何を当たり前のことをとでも言うように。

「君たちは希望だ。きっとこのクソッたれな未来を変えるために、君たちはここへ来たんだ。こんな未来を変える事が出来るのなら、私はいくらでも君たちの力になろう」

「ノンノンデニッシュさん……ッ」

見た目は最悪なのに、なんて良い人なんだ。

本当に、見た目は最悪なのに。

差し出された手を握り返そうとして……触りたくないな、これ。ローションでぬるぬるだ。

でもそこを飲み込んで、ノンノンデニッシュさんの手を握り返した。

ぬるぬるだぜ。

「ぬるぬるでごめんね」

「……いえ、俺も人のことは言えないんで」

頭に被ったパンツの匂いやキノコには気づいているだろうに、ノンノンデニッシュさんはそこに触れようともしない。

絶対、「あ、なんか臭いな」って思ってるだろうに。

だからローションまみれの手を握り返すくらい平気さ。

未来のプレイヤー、ノンノンデニッシュさんが仲間になってくれた。

そのまま俺たちは駅の入り口までやってきた。

結界を張ったまま移動もできるなんて、マジで凄いスキルだな。

「いよいよ駅構内を探索だな」

「世界の記憶、か。いったいどんなアイテムなんだろうね?」

果たしてどんな見た目をしているのか?

黒い人影の言葉を信じるなら、この駅構内にあることだけは間違いないけど……。

「まずは偵察だな」

嘆きの亡霊を呼び出し、下級幽霊を大量召喚。

そいつらに駅構内をマッピングさせる。

その情報をもとに、駅構内の簡単なマップを作製。

「……地下に誰かいるみたいだ」

下級幽霊がソイツを認識した瞬間、消滅した。

モンスターか、それとも『えねみー』か……。

(いや……ひょっとしたらプレイヤーか?)

ディザスさんは言っていたじゃないか。

次の終末世界で、俺たちは世界をこうした元凶に出会うと。

ソイツがここに居るのか?

「一瞬でやられたから、姿はほぼ見えなかったみたいだな」

下級幽霊を消しても、ソイツはそこを動こうとしない。

一定の場所から動けないのか、それとも俺たちを誘っているのか。

「どちらにしても行くしかないね」

「ああ」

「なら、私が先行しよう。二人は後ろをついてきてくれ」

ノンノンデニッシュさんが先行し、俺とエイトさんもその後に続く。

雷蔵たちも召喚し、周囲を警戒しながら進んでゆく。

「ッ……ウガゥ」

突如、雷蔵が体勢を崩した。

周囲を警戒するが、特に変わった様子はない。

「どうした、雷蔵?」

「……ウーガゥ」

雷蔵は自分の足元を指さす。

ローションが足の裏にべっとりと付着していた。

どうやらローションで足を滑らせてしまったらしい。

ノンノンデニッシュさんが申し訳なさそうな顔をする。

「すまない。結界を発動させている最中は、常に体からローションが出てしまうんだ。たまに私も足を滑らせてしまうくらいだから、足元には十分注意してくれ」

「……分かった」

これは仕方ない。

足元のローションに注意しながら進もう。

「でも雷蔵が足元をとられるなんて珍しいな」

「ウガゥ……」

雷蔵自身も、予想外だったらしく、シュンとしている。

「……その、実は私のローションはモンスターに対して特殊効果があってね。自分のカード以外には、目視しにくい効果もあるんだ。……すまない」

なんて無駄に高性能だな、ローション。

そう言っている間に、地下に向かう階段が見えて来た。

「……いよいよだね」

「ああ」

自然と、俺たちに緊張感が走る。

前回の難易度を考えれば、おそらく今回はそれを上回るはず。

今までで最大の激戦になるのは間違いない。

だが、どんな敵だろうと乗り越えてみせる。

気合は十分。バフも装備も万端だ。

「……じゃあ、下りようか。足元には十分気を付けて――あっ」

階段を下りようとして、つるんと。

ノンノンデニッシュさんが足を滑らせてしまった。

そのままゴツンッと頭をぶつけながら、高速で落下。

一気に階段下まで転げ落ちてしまった。

「ちょっ、ノンノンデニッシュさん、大丈夫か!? おいっ!」

「え、嘘!? ちょ、ちょっと!?」

「……」

俺とエイトさんは慌てて駆け寄るが、ノンノンデニッシュさんの反応はない。

揺らしても、軽く叩いても微動だにしない。

「え、これ……大丈夫なのか?」

「ちょっと待って。確認してみる」

エイトさんが、ノンノンデニッシュさんの容態を確認する。

脈やら、目の動きやら。

やがてエイトさんの顔が青くなる。

「…………し、死んでる」

「えぇ!?」

なんてこった。

ノンノンデニッシュさんが死んでしまった。

……え、マジで?

ど、どうすんの、これ?