軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奇襲

間鏡。

そのチートはアルカナに所属する面々とは、著しく異なっている。

彼に神が与えた力は極めて単純、『頑丈な体』である。

あらゆる物理攻撃を遮断し、魔法攻撃さえも防ぐ。

そのうえで、それなりに高い身体能力を保有している、まさに無敵と言っていい力だった。

いや、それは過言だった。

だが少なくとも、最初の鏡は自分の最強さを一切疑っていなかった。

だがしかし、割とあっさり志波に負かされた。

なんのことはない、縄で縛られて、池に沈められただけである。

頑丈な肉体があっても、それなりに高い筋力があっても、縄で縛られて窒息させられてはなすすべがない。

良くも悪くも、鏡は何もなせないままに挫折していた。

祭我が山水に負けたように、お灸をすえられた程度の話で済んでいた。

元々それなりには自信があった鏡は、仕方なく志波の下で生活をすることになった。

「志波さんの奥さんって」

「なんだ」

「太ってますね」

「……健康と言え」

お世辞にも美人とは言えない、ふくよかな肉体を持つ女性。それが志波の妻だった。

そこそこ小さな町ではあるが、それでもそれなりには魅力的な女性も多かった。そんな女性たちから、志波は人気があった。

その割には、相手が悪かったと思っていた。

「昔は美人だったとか、そんなこともないと思いますし」

「何を根拠に、そんな失礼なことをほざく」

「ほら、娘さんも可愛くないっていうか」

「……男親には、事実でも腹を立てることがあると教えてやろう。お前を家畜のフンの中に突っ込ませる」

「ひぃ!?」

志波の娘も、お世辞にも美人ではなかった。

健康で明るいところがあったが、特筆するほどの何かがあったわけでもない。

むしろ成長するというか時間がたてば、母親そっくりになるのだと思うと、恋愛対象としてはみれなかった。

「お前がこの世界に夢を持っていることはわかる。俺も昔はそうだった、だが……」

「だが、なんですか?」

「世界が広いからと言って、広い世界にでることが必ずしも男の生きざまではない」

志波は鏡同様に、戦闘に優れたチートを持っていた。

だがその一方で、仕事と言えば大工であり、町の中で力仕事を頼まれればなんでもやっていた。

とくに裕福と言うわけではなく、つつましい生活をしていた。

「ツンデレなヒロインとラブコメしたり、主人公以外をこき下ろすヤンデレをあやしたり……まあそんなことばっかりが人生じゃない」

「……志波さんがそんなこと言うの、ショックですけど」

「ごほん……とにかくだ、俺は今の生活に満足しているし、このままここに骨を埋めることができれば幸せだと思っている」

鏡は志波の手伝いをしていた。

無敵の肉体が威力を発揮することは少なかったが、それでもそれなりには重宝されていた。

退屈な仕事でも覚え始めるとそれなりにやりがいが出てきて、家に帰ってきても志波と翌日の仕事を相談するようになった。

それを志波の妻と娘に咎められることもしばしばで、それが当たり前になっていた。

「確かに俺の嫁は美人ではないし、娘も美人ではない。お世辞にも、ヒロインにはなれないだろう。もしかしたら俺はヒーローに成れていたかもしれないし、主人公になれていたかもしれない」

この広い世界に落とされて、狭い町で一生を終える。

小さい家族を守って、小さい家で生きていく。

確かにそれも、そう悪いことではないのかもしれない。

「だが……仕事は順調で、家族は健康。特に税が重いわけじゃないし、戦争の予定もない。嫌なことも多いし我慢も多いが、人生なんてそんなもんだ」

「そんなもんだって……」

「そんなもん、というのは悪くないぞ。鏡」

悪くない、それはとてもいいことだ。

特に惚れているわけでもない女と所帯をもって、特に才能が溢れているわけでもない子供を育てて、どこにでもあるありふれた人生を送る。

それはきっと、悪くないことだ。

そしてそれは、あっけなく終わった。

正にある日突然、旧世界から怪物たちが押し寄せてきて、悪くない日々は終わった。

まさに、終わったのだ。

あの町が、終わった。あの町で暮らしている誰が死んでも続いていくはずだった、特になんということのない日常が終わったのだ。

名物の一つもない、退屈で平凡な町。

それは怪物たちによって蹂躙された。

もちろん志波も鏡も、他の男衆も必死に戦ったが、一頭ずつが強い上に数の暴力には勝てなかった。

なによりも、竜がいた。

どこに逃げても、竜がいたのだ。

竜を単独で殺せるチートは正蔵だけであり、志波も鏡も勝ち目はなく……。

ただ、怪物に土地を明け渡して逃げることしかできなかった。

強くなる、とは。

成長とは、つまりは自分の至らないところを知るということである。

最初自分の頑丈な体を『絶対無敵』と思いあがっていた鏡だったが、志波に負けたことでその認識は正されている。

鏡は自分が誰にも負けない絶対だとは思っていない。

あくまでも、体が頑丈なだけだと理解している。

もちろん、接近戦での優位点は著しい。

さきほどランが証明したように、自己再生する能力があったとしても、ほんの一瞬であれ治癒に時間を要する。

その一瞬がどれだけ命とりなのか、もはや語る意味が分からないほどだ。

その点に関して、鏡は勝っている。

なにせ怪我を負うことがなく苦痛も感じないのだから、相手から攻撃を受けても一切動作が遅れることはない。

狂戦士は一瞬で復元するが、鏡は一瞬さえ要さない。

(だが、それじゃあ勝てない!)

単純な話、今まで彼女に挑んだ者たちのように、蹴飛ばされるか掌底で押されれば、そのまま舞台から落ちてしまう。

もちろん死ぬことも怪我をすることもないが、さきほどイースターがどうなったのかを想えば、それを確認する気も起きない。

ランは勝負を盛り上がらせたうえで実力の優位を示そうとしてくるが、その点だけが唯一の付け目だった。

(俺は勝たなきゃダメなんだ!)

ランが示したように、狂戦士の学習能力には弱点がある。

一度学習すれば即座に対応してくるが、戦闘中に『一度』で勝負をつけられれば対応が間に合わないということだ。

予知でも読心でもなく、あくまでも過去の体験に基づく反射であり対応。

であれば、まったく未知の攻撃に対して正しい行動ができない。

「ふうっ!」

ランの打撃が顔面に迫る。鏡は短剣を装備しているため、互いの攻撃が通る間合いだった。

普通なら回避か防御を行うところだが、鏡はあえてひるまずに進む。

銀色に燃える髪をなびかせる、ランの拳が直撃した。

その拳は、彼女自身の力によって骨ごと破壊される。

やや押し込まれるが、鏡は一切苦痛もケガも負っていない。

(ここしかない!)

自分の無敵性が絶対ではないと、鏡はよくわかっている。

だからこそ、この一撃に賭けていた。

自分の顔に直撃している拳、その腕、その袖をつかむ。

その上で短剣を手放し、ランの服、胸のあたりを掴んだ。

(次はない、ここで決める!)

ランが自分の無敵性を理解すれば、その怪力で転ばせるか場外に出すだろう。

だが、今この瞬間だけは関係がない。

彼女の拳が治るまでの数瞬、鏡が何をしたのか理解するまでの数瞬は、鏡が完全に主導権を握っている。

そして、ランが不死身の怪物で、自分をはるかに超える怪力と俊敏性を誇っていたとしても。

この『試合』は、背中を着かせれば勝利だ。

「いやあああああ!」

腰を落としながらランに背を向け、そこから腕を引きながら腰を上げる。

それは鏡がこの世界で存在しないことを知っている、柔道の技だった。

相手が服を着ていることを前提とする、相手を投げて転ばせる、地面に背中をつかせる技。

殺し合いでも有効であり、この試合でも有効極まりない、決定的な技だった。

エッケザックスが依怙贔屓をしないかぎり、鏡の勝利はゆるぎなかった。

決して規定に違反していない、むしろ規定に沿った勝利だった。

「よっと」

それが、ランにとって本当に 未知(・・) の技なら、あるいはそれも成立したかもしれない。

しかしランは投げられつつも、空中で身をひねって、背中からではなく両足で着地した。

「……え?」

「お返しだ」

鏡にとって問題なのは、いかに接近し袖と襟を掴むかだった。

それを成功させれば、あとは投げて勝てると思っていた。

袖も襟もとっていた、投げも綺麗に決まっていた。

だが、勝利の手応えだけが無かった。

惚ける鏡の、その袖と襟を逆にランが掴む。

そして、鏡が驚くほど完璧に、一本背負いを返していた。

「え?」

思わず、石の舞台の上で無駄に受け身をとっていた。

無敵の肉体を持つ鏡には不要だった、慣れた受け身。

しかしそれが何を意味するのか、彼は理解に数瞬を必要とする。

そして、試合の規定は、彼の理解を必要としない。

ここに至るまでの攻防を誰もが見えたわけではないが、誰が見ても明らかなほど、鏡の背中は石の舞台に触れていた。

「勝負あり! 勝者、銀鬼拳ラン!」

エッケザックスの判定を待つまでもなく、今までの挑戦者同様に鏡が敗北したことを観客たちは認識していた。

ランは場外しておらず背中を舞台につけることもなく、逆に鏡を倒していた。

まさに、文句のつけようがない決着だった。

「ま、待ってくれ!」

しかし、それでも鏡は納得できない。

鏡にとって想定外なことに、ランは投げ技を想定した動きをしていた。

「お前は、柔道を知っているのか?!」

「なんだそれは?」

鏡の問に対して、ランは素で聞き返していた。

「私が知っているのは、酒曲拳という拳法だ。お前の動きによく似た技があったので、対応できただけだ」

鏡にとって決定的に不運だったのは、ランがテンペラの里の出身者だということだ。

彼女は多種多様なテンペラ十拳を幼いころから見ており、それゆえにテンペラ十拳に似た技に関しては構えを見るだけでおおむね察することができる。

柔道に似た酒曲拳が存在していたため、ランの袖と胸元を掴んだ時点ですでにすべてを察していたのである。

これもまた、不惑と言っていいのだろう。

「あとはそうだな、お前の体が頑丈ということも知っていたぞ」

「な?!」

「予選でお前の試合を見ていた者から報告を受けていたのでな」

「……!」

とはいえ、どの程度頑丈なのかは分からなかった。

殴ってみて、四器拳に近い手ごたえを感じたので、その時点で打撃で倒すことはあきらめていた。

ちょうど投げてきたので、返礼として投げ返した。

ランにしてみれば、その程度の話である。

「そんな……そんな!」

「卑怯だと思うか? お前が私を投げようとしたことが卑怯ではないように、私がお前を投げ返したことは卑怯ではないぞ。それに……」

もうすでに回復している、自分の拳の血を舐めながらランは残酷なことを告げていた。

「お前が銀鬼拳である私の対策を練っていたことが卑怯ではないように、私が事前にお前のことを調べて対策を練ることは卑怯ではあるまい」

とても、誠実で真摯なことを告げていた。

「わかったら下がれ、あと二十人ほど残っているのでな」

ランは大まじめに鏡のことを事前に調べ、その成果を発揮していた。

それもまた、組織力と言えるのかもしれない。

鏡はたいして何もできないまま、敗退が決定した。

勝利に徹し攻防を極力避けて短期決戦を狙ったため、ランもまた短期決戦で速やかに終わらせていた。

それが、彼が言うところの『岩にかじりついて』から程遠いことは言うまでもない。

しかし、抗議の言葉が頭に思い浮かばなかった。

これしかない、という作戦だった。

自分の特性と相手の特性を考えれば、他に打てる手はなかった。

思い返しても、次善の策さえ思いつかない。

だが、それでもまるで通じなかった。

相手は何か卑劣な手を使ったわけではない。

相手は自分がやろうとしたこと、自分がやったことをそのままなぞっただけ。

にもかかわらず、鏡はみじめな敗北を遂げていた。

「ズルい……だろ、どうしろってんだよ……こんなの」

チート能力とは『ズルい能力』という意味がある。

それを宿した鏡が、自分のことを棚に上げて『天才中の天才』であるだけの少女へ不満を口にしていた。

「俺には、最初から勝ち目がなかったっていうのかよ!」

「何を馬鹿なことを」

これ以上付き合うつもりはない、とランはぞんざいに答える。

目の前の鏡が特別なものを抱えていると知った上で、それが当然だと思いながら答えていた。

「これは私にとって、『絶対に負けられない戦い』だ」

何に恥じることなく、とても真剣に答えていた。

「勝利の為に万全を尽くすのは当たり前だろう?」

規定が事前に定められ、対戦相手もその順番も決まっている。

それならば、双方が対策を練る。それが『試合』へ臨む者の、当然の気構えであろう。

それが挑戦者側の特権であるというのなら……。

「お前は私を馬鹿だと思っていたのか?」