軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

気合

主催者が独自に規定を作って大会を開く場合、程度はともかく自陣が有利になるようにするのは当然だろう。

そしてその規定が基本的に公平ないし主催者側が不利なのだとしたら、主催者はその条件でも勝てるだけの自信があるということである。

国籍を問わずに百人の挑戦者を選抜し、その全員を相手に百人抜き。

言うまでもなく不利な条件だったが、それは信頼の裏返しである。

アルカナという国家が一人の少女に注いだ信頼は、彼女の戦いによって証明された。

最初はどれだけの時間をかけて終わるのかと思っていた百人抜きも、既に最後の一人となっていた。

てこずったのは最初の一人、手傷を負わせることができた者はほんの数名。

彼女を消耗させて、後の者に託すという戦術をもって臨んだ戦士たちも、既に何もできないまま敗退していた。

「百戦目、イカミ・シバ!」

いよいよ、最後の挑戦者である。

泣いても笑っても、これですべての決着がつく。

南側諸国の戦士、密偵達は、一般人でしかない彼に全てを託すしかなかった。

そうでなくとも、八十戦目で敗北した鏡は彼を信じていた。

自分では駄目でも、彼ならあるいは、と。

「井上志波だ」

「銀鬼拳ランだ」

二人は名乗り合う。

万全の志波に対して、返り血や出血で血まみれのラン。

お世辞にも対等とはいえない、不公平な戦い。

それでも観客の誰もが、ランが勝つと信じて疑わない。

ここまでの九十九戦で、観客たちがランに魅せられていたからに他ならない。

ランはその結果を求めて戦ったのだ、満足と言っていいだろう。

だが、安心するには早い。

目の前にいる男が今までの戦士たち同様に重いものを抱えたうえで、イースターに匹敵する実力者だと知っていた。

彼を殺すのではなく、彼を負かすのでもなく、彼より強いことを示さなければならない。

それが簡単ではないとわかっている。だが、それをこなしてこそ祭我の後継者を名乗れるのだ。

「お前と同じか、もっと若い娘がいる」

「それで? 手加減して欲しいのか、それとも勝ちを乞うのか、それとも今から負けた時の言い訳か」

「いいや、違う」

店でも開くのかという数の剣を、背負い、腰に下げ、手に持っていた志波。

試合が開始される前に、彼はそれを一本一本、鞘から抜いて石の舞台に突き刺していく。

「そんなお前に遠慮なく切りかかる。それだけだ」

「そうか」

その所作に応じるように、ランは耳を叩いた。

反対側の耳から、ポロリと一本の小さい棒が落ちてくる。

巨大な棒に変わったそれを、彼女は両手で構えた。

「ではこちらも遠慮なくいかせてもらおう」

今の今まで素手で戦ってきた彼女が、思い出したかのように宝貝を使う。

それを見ただけで、誰もが『今までとは違う』という空気を感じ取っていた。

「……」

それに対して、やや安堵し、緊張する志波。

王者の風格を漂わせる彼女に対して、複雑な心境だった。

だが、だとしても。

「始め!」

やれることも、やるべきことも、一つしかなかった。

ただ『岩にかじりついてでも』戦うだけだった。

「うおおおおおおおお!」

志波は絶叫した。

目の前にいる、娘よりも少し年上というだけの少女に、手に持った一本の剣を振りかぶって襲い掛かる。

「でぃやああああああ!」

余りにも隙だらけな大上段による突撃。

普通なら、今までなら、その突撃に合わせて攻撃を当てるところだ。

だが今は、それが許されない。

目の前の相手が強敵だからこそ、勝ちに徹することができない。

「ぐ!」

志波が手に持っていた剣は、ただの鉄の剣だった。

それに対して、ランが持っていたのは大天狗が作った最強の宝貝である如意金箍棒。

それを気功剣で強化して、踏ん張って防御に徹していた。

当然のように、鉄の剣が折れ曲がって飛んでいく。

如意金箍棒には傷がついたものの、折れることなく健在だった。

だが、ランは大きく吹き飛んでいた。

流石に場外に落ちることはないが、如意金箍棒を支えていた両手の手首は折れていた。

勿論すぐに治るのだが、それでも自己強化しているランは冷や汗を流していた。

「この力……イースターやスナエ、旧世界の怪物以上だな」

「そうだ、この力こそが俺が神から授かった『力』だ」

井上志波。

その彼が神に与えられたものは、鏡よりもさらに単純な力。

即ち、純粋な筋力である。

それは悪血の天才であるランを超え、狂戦士である上に体格に恵まれていたイースターを凌ぐ。

それどころか神降しを操るスナエ、その父であるマジャン=ハーンさえ凌駕する。

旧世界の怪物たちの中でも屈強だった、二足犀や二足猪、二足牛。そうした猛獣の首を掴んでねじ切り、巨体を掴んで放り投げて迎え撃ち追い返すほどの武勇。

それは手に持った鉄の剣を、使い捨ての様に破損させてしまうほどだった。

「今までの相手と同じように、簡単に勝てると思うな!」

第一戦同様に、観客が湧いた。

ここまで退屈にも思えた戦いが続いていた、それが百戦目で晴らされる。

「そうか……いいだろう、その覚悟に応えてやる!」

そう、百戦目。

もはや次が支えているという言い訳は許されない。

相手が弱いのならまだしも、強敵だからこそ。

そして、 それ(・・) を覚悟している者への敬意として、全力で 戦う(・・) 。

手にした伸縮自在の棍棒を、あえて通常の長さのままに操る。

悪血の天才であるがゆえに、その操作は既に熟達の域。

風を起こすように回転するそれは、彼女の昂りを表すようだった。

「ああ、全力で行かせてもらう!」

志波は舞台に刺した剣を新しく抜いて、血ぶりの様に石を払う。

素人の様に不格好に、両手で上段に構える。

歯を食いしばり、覚悟と決意を固めた顔で突き進む。

先ほどと違い、前へ進むときにも筋力を使う。

それは力任せでありながら、第三者視点である観客の目から消えるほどだった。

そこから、鉄の剣を渾身の力で振り下ろす。

余りにも高速で、一歩で踏み込んできた、予兆の短い攻撃。

しかしランならば、回避することができた一撃。

それをランは、恐怖に負けないように、志波同様に歯を食いしばって受け止める。

自分以上の腕力、自分以上の筋力、自分以上の膂力。

それを真っ向から味わい、傷を負う。

体の中で内出血が噴き出す。筋肉が断裂し、骨格が粉砕され体の内側を引き裂く。

その痛みを感じた刹那、目の前に追撃である拳を振りかぶっている志波が見えた。

「遅い!」

だが、遅い。攻撃から攻撃への、繋ぎが遅い。

自己治癒を終えたランは、その拳が打ち出される前に達人の身体操作で反撃の如意棒を脳天に叩き込んだ。

「が!」

目から火花が飛び出るほどの打撃だった、苦痛で目を閉じかける。

「まだだぁ!」

怯んで後ずさるも、振りかぶった拳をそのまま振るう。

狙いがそれて、顔ではなく胴体に当たる。

そう、当たっていた。

「ごひゃ……!」

ランの声は発されなかった。

肺や気管が破壊されていたからだ。

志波の拳は決して小さくないが、その怪力が集中するには余りにも小さい。

ランの肋骨や筋肉をへこませるどころか、その内部にめり込んでいた。

両者が後ろに下がる。

志波は頭から血を流していた。頭部の出血だからこそ、その量はとても多い。

だが、ランはそれどころではない。極めて物理的に、胸に穴が空いていた。さすがに貫通はしていないが、それでも胸から膨大な出血が噴水の様にあふれていた。

それは石の舞台に塗料をぶちまけたようで、今までの惨劇がただの小さい汚れに見えるほどに染めていく。

「う……おおおお!」

足に力が入らないが、背中だけは地面につけまいと、志波は両手で支えを探る。

数歩力なく下がったあとで、自分がつきたてた剣を掴んで、それを杖にして踏ん張る。

そして、静かになった会場の中で、目の前の相手を見る。

これで勝っていれば、これで背中から倒れていれば、これで彼女を殺せていれば。

そんな期待はあった。

そんな願望があった。

そんな現実はなかった。

元々高速で修復されるランである、九十九戦を終えたが人参果の回復効果もまだ残っており、常人なら致命傷である破壊も一気に復元していく。

戻らないのは、こぼれた大量の出血だけだった。

「頭を殴ったあとでこれか……さすがは神から授かった力だな」

喉に残っていた血を吐いて、ランは再び起動する。

それに対して、期待や願望を振り切って、杖にしていた剣を引き抜く志波。

「まだまだ、味わってもらうとも」

勝機や勝算を考えず、ただ強敵と戦う。

それがどれほどつらいことなのか、後悔しながら剣を構えた。

「おおおおお!」

文字通りの力任せで、しかし連続して振るう。

渾身の力ではなく、当たるを幸いの素人剣法。

剣の刃が相手を捉えているかも曖昧な、乱雑な連続攻撃。

だがその力任せが一々重い。

ランの腕に内出血がおきて、その腕が赤く染まり青くも染まる。

だが、それも一瞬で点滅する。

当然、彼女の中の悪血が減っている証明であり、今まで誰もなし得ていなかった消耗をさせているということだった。

ランの宝貝に傷が増えていき、志波の鉄の剣がどんどんへしゃげていく。

鉄の剣の刃は潰れきっており、ただの壊れかけた鈍器と化していた。

「でぃやああああ!」

剣が完全に壊れた機を狙って、ランは腹部へ刺突を行う。

無駄なぜい肉の無い腹筋に、如意金箍棒の先端が突き刺さる。

貫通もめり込みもしないが、それでも重く突き込んでいた。

「ぐぅ……ぅうああああああ!

宝貝と言っても、棒であるため刃ではなかった。

だからこそ、手でつかむことができる。

その怪力で腹部の如意棒を握りしめ、筋力任せに角度をつけて、ランを持ち上げる。

如意棒を脇にずらして引き込みながら、剣を手放したもう片方の手でランへ殴り掛かる。

当然、ランには如意棒からいったん手を離すという選択肢もあった。

だがそれをランは選ばなかった。ランは志波が支えている如意棒を手でつかんだまま、それを軸にして攻撃を回避しつつ、志波の顔を踏むように蹴っていた。

「はあ!」

「づぅ……おおおおお!」

殴った手は空振りであり、もう片方の手は如意棒を掴んでいた。

無防備な頭を踏んだランは、なんとか蹴りを打ったというだけで先ほどほどの攻撃力はなかった。

だからこそ、志波はなんとか踏みとどまり、自分の顔を踏んでいるランの足首を掴んで握りつぶすことができていた。

「おおおおおお!」

人知を超えた怪力は、強化されたランの肉体さえ軽々と破壊する。

だが、重要なことはそこではない。ランは宙に体が浮いている状態で、志波に足を掴まれているということだ。

そして、これはあくまでも試合。

ランの背中がつけば、そのまま決着となる。

「ふん!」

ランは挑戦を受ける側であり、これは彼女のお披露目試合。

であれば、試合を見ている観客が『今もしかして、ランは背中を舞台に着けたのでは』と思わせてはいけない。

よって、背中がつかないように受け身をとるという、比較的容易な手段が選べない。

なによりも、それではその後も相手に掴まれ続けてしまう。

志波の左手につかまれている、ランの左足。

その部位だけの強化を解除し、更に掴まれていない右足で自分の左足を蹴った。

それが何を意味するのか。

彼女の左足がちぎれて、更にそのままランが後方に飛ぶということである。

「く……逃げたか」

志波は握りつぶしたままの左足だけを振るってしまい、ランは空中で体勢を整えながら左足を再生しつつ着地した。

「銀鬼拳、蛸足」

ランにとって頭を蹴った足を掴まれるのは初体験ではない。

かつて戦った最強の敵、邪仙フウケイ。彼に蹴り足を掴まれていたときは、トオンが指を切り落とすことで助けられた。

だが似たことが無いとは言えない、という反省の元に緊急回避手段は考えておいた。

「さてさて、なかなかどうして楽しくなってきた」

銀鬼拳、あるいは狂戦士の強み。

それは悪血が尽きるまで常に、最高の性能を出し続けられるということ。

「そうか……悪くないのなら何よりだ」

ランに勝てればそれが一番だ。

志波は握っていた足の残骸を捨てて、鼻から血を流しつつ一息を着こうとしていた。

観客たちは、誰もが血の溢れる戦いを見て息を呑んでいた。

志波が如何なる原理かランの身体能力を超えているとして、しかしイースターの様に治癒できるわけでもないし鏡の様に無敵でもないと理解していた。

そして、それでもなお戦う男の姿に、背筋が凍るものを感じていた。

勝算はない。

それでも戦わなければならない。

今までランと戦った九十九人と同じように、男は血を流しながら戦っていた。

「続けようか」

待ってもらっていることを察しつつ、それでも口で息をしながら剣を抜いていた。

「ああ、続けよう」

このままでは危ういかもしれない。

しかしそれでも、勝たなければならない。

銀鬼拳ランは残っている悪血を確認しつつ、百人目にふさわしい男へ最大の敬意を向けていた。

まだ、戦いは終われない。