軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勝算

冷遇されたり排斥された人物が、他の場所に赴いて成功するという物語は存在する。

その物語で重要なことは、主人公が成功することは当然として、主人公を排斥した組織が自業自得によって没落の一途をたどることにある。

主人公が意図したわけではなく、主人公という有能な人物がいなくなることで、その組織が勝手に瓦解していく。

そうした『様式』の物語の需要が、一定数存在している。

少々厭世的な言い方だが、人間には自分を社会で認めてほしいという欲求と、自分を認めない社会や個人が没落してほしいという欲求があるのだろう。

己が評価されるだけでは足りず、自分が嫌いな相手は対照的に下がっていってほしい。

暗いと言えば暗い願望だが、一定数の共感を得ることができるだろう。

何が言いたいのかと言えば、ランのことをテンペラの里の住人たちが呪っているのは、つまりそういうことである。

世間から忘れ去られた傭兵集団の子孫であるというささやかな自尊心が、ランという突然変異によって打ち砕かれた。

しかしアルカナ王国と旧世界の怪物の戦争に参加してみれば、超大国の国主からも最大級の敬意を払われ、最上級の待遇を受けられた。

彼らにしてみれば里の誰もが知っていること、一族の誰もができることが、敵にも味方にも脅威と思われた。

どんなに些細な術でも、どれだけ劣る者でも、面白いように驚愕されていた。彼らの自尊心は、大いに回復された。

さて、ランである。

自分たちの誇りを砕いた、分家筋の小娘である。

一足先に外の世界へ出ていった、里の異端者である。

彼女は二千年前の先祖を滅亡に追い込んだ最強の怪物や、その弟子に当たる者たちによって鼻っ柱を早々に折られたらしい。

それどころか、さほど天才でもない、同じような年齢の娘と戦って負けたという。

あれだけの暴虐を誇った小娘が、しかし世界に出て早々に挫折を味わった。

彼らはそれを自分がやりたかったと思う一方で、大いに喜んだ。

被害の程度で言えば荒ぶる神やその弟子である童顔の剣聖をこそ、テンペラの里は呪うべきなのかもしれない。

しかしなにせ二千年前である。二千年前に里が壊滅したことを、今でも根に持つのは亀甲拳の使い手でも難しいだろう。

で、現在である。

竜をも断つ最強の剣を、ランが新しく継承するという。

アルカナ王国の大看板、切り札の後釜に据えられるという。

自分たちも出世したけれども、ランは一気に更なる大出世を果たすという。

彼らが世の無常を呪ったとしても不思議ではあるまい。

「頑張れ! 負けるな!」

「いけえ! 最後まで勝負を投げるな!」

「お前ならやれる! ランを倒すんだ!」

太鼓をたたき、笛を吹き、旗まで振っての大応援団。

流石に妨害工作をすることまではなかったが、ランの対戦相手を大いに鼓舞するぐらいのことはしていた。

なお、それを見る南側各国の密偵、その生き残りたち。

彼らこそが、世の無常の極みを味わっていた。

「あんな連中に負けたのか……」

「なんて理不尽なんだ……」

「おかしい、こんなの間違っている」

彼らから見ても、テンペラ十拳は伝説の傭兵集団だった。

伝説でも、 傭兵(・・) 集団だった。

彼らが想像する、一般的な傭兵と大差のない連中だった。

教養がなく、統率にかけ、礼儀のない連中だった。

そんなのに『諜報戦』で完敗した、自分たちはいったいなんなのだろうか。

最小限の労力で、最大限の効果を。相手に敗北を悟らせぬまま、重要な機密を盗み要人の弱みを握り、時に暗殺し時に拉致し……。

一軍を凌駕する戦果を挙げることもあれば、戦争を未然に防ぐこともあり、あるいは大戦争の勝利へ導くこともあった。

それを可能にするのは、才気あふれる人間を極限まで苛め抜いて完成する、優秀な諜報員や工作員の手腕があってこそ。

そんな自分たちの敵は、やはり知的で訓練された諜報員であり工作員であり、そんな彼らとの騙し合いが自分たちの本領だったはず。

間違っても、こんな腕力が取り柄の田舎者集団に、完全に破綻させられることはない。

しかし、現実は過酷であった。

別に離反工作を施したわけでもないのに、自主的に銀鬼拳ランの敗北を切望している。

ものすごく露骨に、おおっぴらに、ランが負けてエッケザックスが流出することを願っている。

しかも、それをアルカナは看過している。

「ではなぜ我らの邪魔を……!」

「積極的に協力してもおかしくはなかったはずだろうに!」

会場に紛れ込んだ密偵たちは、敵の実態を知って嘆くしかない。

まあテンペラの里の面々からすれば、『それはそれ、これはこれ』という程度なのだろう。

仕事は仕事なので、競い合いつつも楽しくこなす。仕事が終わったら、私情全開でランの対戦相手を応援する。

彼らの中では、一切矛盾がないのだ。しいて言えば、公私混同せず、優先順位というものをちゃんとわかっているというだけで。

そしてアルカナ王国も、彼らには恩義があるので特に咎められない。

アルカナ王国にとってテンペラの里は、窮地に駆け付けた援軍であり、防諜でも大活躍した面々なのだ。

やることをやっていれば、多少の無茶でも許容される。それが現在のアルカナ王国における、寛容性の表れであり美点なのかもしれない。

そう、そこが一番大事なのだろう。

やはり何事にも一線は存在し、その線を踏み越えれば生命が保障されることはない。

ランはアルカナでそこまでの狼藉をしておらず、公式の場での規定を超えたこともない。

たまたまそういう状況だった、と言えばそうなのだろう。

だが、実力があろうがなかろうが、規定や法を犯せば処罰するしかない。

強ければ、素質があれば、公式の場で大暴れしても許されるのなら、弱くともまじめに生きているものが報われない。

「……しかしだ、ランは本当によく戦っているな。お前の時とは大違いだ」

観戦しているブロワは、素直にそう褒めていた。

夫のことを蔑んでいるようにも聞こえるが、ただ事実を言っているだけなのだろう。

バアスは夫婦仲を疑ったが、どちらも大真面目に分析しているだけなので、悪意はかけらもないようだった。

「自分で言うのもどうかと思うが、ある意味当たり前だ。俺の戦い方だと、相手になにもさせないことしかできないからな。ある意味では、懐の深さが違う」

元々戦闘向けではない仙術をむりやり実戦向けにしているだけに、山水の戦い方はとても綱渡りだ。

相手が強ければ強いほど、一方的に攻撃するしかない。

防御が薄く、攻撃も強力とはいいがたく、だからこそ急所へ正確に打撃を加えなければならない。

一方的に、瞬間的に攻撃し、攻防をせずに終わらせる。

決闘向けではあるが、試合向けではない。

見ている観客も、対戦相手も、何が何だかわからないまま勝負が終わる。

山水が強いのか、相手が弱いのか、それさえもわからないまま終わってしまう。

「ランには元々わかりやすく高い身体能力があり、それを十全に扱える身体操作能力があった。そのうえで再生能力があり、それこそ先ほどのイースター同様に、目に見えて強者だった。ありていに言えば、攻防をしたうえで己の優位を示せる実力があった」

山水の強さは技量によるもので、数値に表せるものではない。

真似が難しいし、周囲が理解しにくい。

はっきり言えば、数値的な強さを比べあったほうが、観客にも対戦相手にもわかりやすいのだ。

その最たる例が、他でもない神降ろしであろう。

強大な獣に転じ、剣も槍も効かぬ体で大暴れをする。

なるほど、大国の王にふさわしい威容であろう。

「俺の術も技も、静かで地味だからな。こういう場には最初から向いていない」

「そうだな。おかげで私が現役だった時はお嬢様から……いや、今は奥様だったな」

「そうだな……ところで、バアスさん」

このままだとよくない話題になると判断した山水は、この上なく露骨に話を切り替えた。

既に終わったことを掘り返しても仕方がないのである。

「なんだ?」

「この試合に出られなかったことを、今でも後悔していますか?」

「もちろんだ」

バアスはランに倒されていく挑戦者たちを見る。

あるものは一息に倒され、あるものは無様にあがいて、あるものは恐怖で震えながら倒される。

だがそれでも、彼らはちゃんと参加していた。

負けるのがみっともないというのなら、参加していない自分はさらにみっともない。

「だがそれが、痛い目をみるってことなんだろうな」

結局どこまでいっても、神剣の所有者になるという目標の為には、山水に挑むことはどう考えても無意味で。

こうして観戦している立場と言うのは、何もなしていない自分が得てはいけないものだ。

これでは、自分が忌避している、コネだけが取り柄の男たちと何も変わらない。

「サンスイ」

「はい」

「この試合が終わったら、俺はそのままどこかへ行く」

どこかというのはきっと、山水のそば以外の、ということであろう。

山水の傍が安楽だというのなら、今の自分がそれを得ることは間違いだ。

山水が好む自分の、その美学美意識に著しく反している。

「今まで、本当に世話になった」

「そうですか」

恥ずかしいのだ。

個人の野心のためや尊厳のために、一生懸命体を張って戦っている面々が目の前にいる。

あるいは国家や国民のために、勝ち目が薄い相手にも果敢に挑んでいく面々がいる。

彼らこそが勇者で、本当は称えられるべきなのだ。

挑むこともできなかった敗北者が、ここにいることは許されない。

「アンタに会えて、よかったよ」

「私も貴方に会えてよかったです。またいつでも、顔を出してくださいね」

そうしている間にも、試合はどんどん進んでいく。

アルカナ王国が新しくたてる切り札は、期待通りに試合を進めていく。

「八十試合目! アイダ・カガミ!」

「……!」

黒い髪に黒い眼をした、日本人がついに舞台に立った。

その表情を見ただけで、ランは警戒を露わにする。

「なるほど、女目当てで挑んできた間抜けではないようだ」

祭我曰く、参加者の日本人の中には『女の子が戦うなんて間違っている』とか『君はかわいいんだから、こんなところでこんなことをしちゃだめだ』とか『これからは俺が君を守る、戦わなくてもいいんだ』とか、そんな勝手な筋書きを自分で作って熱くなっている者が居るらしい。

少なくとも祭我本人は、自分ならそう言っていたかもしれないと、自嘲し自虐していた。

だが目の前にいる青年の表情には、極めて大真面目な敵意しか感じられない。

見た目には美少女と言っても過言ではないランを、ただの対戦相手、あるいは障害物としか見ていない。

とても好ましい、戦士の顔をしていた。

「いいや、女目当てだ。これは女に好かれるための戦いだ、その女がお前じゃないってだけでな」

腰に差していた短剣を構えて、足を広げて膝を曲げる。

「そうかそうか、惚れた女のための戦いか……これは強敵だな」

ランは宝貝を使うことなく、拳を構える。

「そうだ……俺はお前に勝つことしか考えていない」

少なからず、鏡はランに勝つための『策』を練っていた。

まずは何がなくとも、いまだに一つも使っていない宝貝を使われては困る。

日本人が警戒されているというのなら、最短で決着をつけるのではなくイースターのように戦ってもらわなければならない。

そうしなければ、まず勝機がなくなってしまう。

こうして言いたくもない口上を面と向かって言っているのも、すべては戦ってもらうためだった。

「お前に、勝って、神剣を手に入れる!」

「そうか、やってみろ!」

「はじめ!」

勝算は確かにあった。