作品タイトル不明
出立
当たり前ではあるが、山水はアルカナ王国の切り札であり抜けると少々困る。
以前に休暇を与えたときには他の切り札たちが負担したし、マジャンへ遠征した折はそもそも四大貴族の護衛であり正式な任務であった。
つまりは、厚遇されているからこそ、私用で国外へ出るということは難しい身分である。
とはいえ、今回は要件が要件であり、ソペードは他の家に連絡をしたうえで送り出していた。
なにせ世界最強の男であるスイボクが、いよいよ故郷へ帰りそのまま死ぬかもしれないのである。その弟子である山水が同行しない、というわけにもいくまい。
スイボクが怒るかもしれないし、そもそも山水も同行したがっている。なので、まあ仕方がないかと送り出していた。
少々事情が複雑であるが、師匠の葬式のようなものである。それに出席させないなど、武門の名家の名が廃るというものだ。
「スイボク殿、貴殿には多くを学ばせていただきました。これが今生の別れになるやもしれませんが、どうか健やかに、故郷までの旅が順調であることを祈ります」
「うむ、快く送り出してもらって感謝するぞ。しばし弟子は預かる、必ず帰すゆえに少々待ってほしい」
ソペード領地で盛大に行われた結婚式、その数日後にスイボクは山水とともに故郷へ旅立とうとしていた。
急な話ではなく、それこそスイボクが正式にアルカナ王国とかかわった時から決まっていた話である。
スイボクは故郷を滅ぼしてから旅に出た身であり、よって正式に罰を受けていない。
本人としては顔を出すほうが迷惑かと思っていたようであるが、結局フウケイという追手がきてしまった。
けじめをつけるために、一度故郷へ帰る。場合によっては、そのまま残るか処刑を受ける。
それが四千年生きた仙人、スイボクの責任の取り方であった。
「……スイボクよ」
「うむ、エッケザックス。思えば長い付き合いであったが、こうしてまたきちんと別れられるとは思っておらなんだ」
そんな彼と一番付き合いが長かった神剣エッケザックスは、今は異なる主に持たれる身である。
よって、おとなしく別れるしかなかった。
「サイガは強くなる、これからもさらにな。そして、儂と違って……いいや、僕とは違う人生を生きる。そんな彼を支えてやってくれ」
「うむ……任せよ、言われるまでもない」
子供の姿のまま、エッケザックスとスイボクは抱擁を交わす。
そのうえで、改めスイボクは前を見た。
そこにはトオンや祭我をはじめとして、己の弟子が育てた剣士たちが並んでいる。
彼らと色々話したい気分ではあるが、うかつに話し込めば長くなりそうである。
うむ、と彼は止めていた。
「儂の人生は恥ばかりであった。確かに儂は誰にも負けたことがなく、誰からも逃げたことがない。しかし、何かを守ることはなく、何かを奪い糧とすることさえなかった。およそ、まっとうに生きるものからすれば、儂などただ迷惑なだけの男であろう」
長い旅の終わりがこれならば、果報者であろう。
仙人は喜びとともに彼らへ感謝を告げる。
「サンスイは儂の自慢の弟子であり、儂が本当に至りたかった最強の男である。サンスイから教えを引き継いだお主たちはそれに及ばぬかもしれんが……それでも、本当に誇らしい自慢の孫弟子である」
過去の行状はともかく、スイボクはまさに仙人であり指導者であり、最強の男だった。
この場に集った面々は、その彼から認められたことが胸に詰まる。
自分たちが山水と違って免許皆伝ではないことはよく知っているし、だからこそもっとスイボクからも指導を受けたかった。
しかし、それは彼にとっては負担である。
彼に永遠の時間があり、また今後も永遠に生きられるとしても、それでも彼の人生はここで区切りなのだ。
帰ってくるとしても帰ってこれないとしても、一度戻ってけじめをつけなければならない。
そうでなければ、どこにも行けないのだ。
「よく仕え、よく励め。うむ、修行はほどほどにな」
洒落なのか自虐なのかわからないことを言って、そのうえで背を向けた。
「行くか、弟子よ」
「お供します」
まるで兄弟が並んでいるようだった。
子供が軽装で旅をするような格好であるが、共に長い時間を生きてきた仙人である。
それを見送る彼らは道中の無事を祈りつつ、しかしむしろ彼らを狙う輩が無事で済まぬことを知っていた。
※
※
※
溺れる者は藁をもつかむ、という。
そんな慣用句を、オセオ王国の国王、オセオ・ホワイトは思い出していた。
普段ならば、それこそ目の前にいるような輩と会うことはない。
真偽を確認することさえ馬鹿々々しく思い、放置してすぐに忘れていただろう。
【感謝を、この国の王よ】
「気にすることはない、普段ならば見世物小屋の宣伝と思うところだが……今は藁にも縋りたいのだ」
奇妙な声だった。
明らかに人間が出す音程と異なっているのに、とても聞きやすく耳に入ってくる。
改めて、目の前の『彼』を見る。
そこにいるのは、フードを被った『人外』だった。
「顔を、見せてもらおうか」
暗い部屋の中で、わずかな明かりがともされている。
フードを被っていては、相手の顔を確認することはできない。
だからこそ、脱ぐように頼んでいた。
【これで、よいだろうか】
驚くは、驚いた。
巨大なトカゲが、生々しくそこにいた。
人間がトカゲの扮装をしているのとは明らかに違う。目が、目玉が、眼球が、明らかに大きすぎた。
目だけではなく口も大きく、人間の顔のバランスとは、明らかに異なっている。
「……先日のことで驚き疲れておる。しかし、疑っているわけではない」
【聞いた、長命者から襲撃を受けたそうだな】
「ああ、噂では五百年ほど生きているらしい」
【そうか、幼いな。我らの世界では前の『戦争』のことさえ覚えている者がいるぞ】
安い言い方をすれば、トカゲ人間だろう。
とても侮辱的であろう発言であることは察しが付く。なにせ人間に向かって猿というようなものだ。
しかし、トカゲ人間である、という表現が一番適切である。
「まあ、そのあたりはどうでもよい」
【その通りだ。我らの希望を伝えよう】
突然城の前に現れてその顔を晒し、この国の王に会いたいと言い出してきた『トカゲ人間』。
この国の王である彼に対して、率直な要望を伝えていた。
【結論だけ先に言えば、アルカナ王国とドミノ共和国、という縄張りを滅ぼしたい。手を貸してほしい】
一個人としては、あるいは一オセオ人としては、その言葉を聞いただけで彼の両手を取りたいところだった。
また、一国の王としても、この窮状で積極的に手を組みたいと言ってきた相手とは、仲良くしたいところである。
「……確かに、我が国はアルカナ王国とその属国に恨み骨髄である。しかし、お前たちが態々アルカナ王国を滅ぼしたいという理由はなんだ?」
そう言って、伝説に語られていた生物へ訪ねる。
「レッサードラゴンよ」
【……驚いた、我らの呼称が正式に残っているとはな】
一万年前、八種神宝が製造されたその昔、人類はこの世界で暮らしていなかった。
かつて人は、数多の知恵ある生物たちと、同じ星で暮らしていた。
それを人間は、旧世界と呼ぶ。
「一万年間絶えなかったわけではない、こちらにも生き証人がいるからな。大方、お前たちの狙いもそれであろう」
【その通りだ。我らがアルカナ王国とドミノ共和国を滅ぼしたい理由の一つが、脅威となる八種神宝を確保することなのだからな】
その旧世界の生物が、こうして人間だけが生きている新世界に現れた。
普通に考えて、人類全体にとっては面白い話であるわけがない。
しかし、この国にとって利益になるのなら、人類全体のことなどどうでもよかった。
少なくとも、ホワイト国王にとっては。
「なぜわざわざ旧世界からこの新世界まで来て、八種神宝を欲する? お前たちには、人間以外には使えないと聞いていたが」
【確保は目的ではない。我らの最終的な目標は、この世界への移住だからな】
「……つまり、お前たちはアルカナ王国を滅ぼして、そこで暮らしたいということか」
【加えて、ドミノもだ】
「ああ、そうであった」
感情的には、悪くない話だった。それどころか、とても喜ばしい話だった。
なにせ憎きアルカナ王国へ復讐し滅ぼすどころか、うまくすれば滅びかけた国を立て直せるのかもしれないのだから。
しかし、それを頭から信じることはできない。
流石に、協力した後にこちらを滅ぼす、ということになってはたまらないのだ。
【気持ちはわかる。我らレッサードラゴンを、お前たち人間が信じる理由がない。なので、できるだけ事情を細かく話す】
「そうしてくれると助かる。判断材料は多いほうがいい」
【まず、一万年前に人間が我らの母なる世界を去ることになった理由は伝わっているか?】
「むろんだ。神に敵対した竜とそれに従う種族が、神を崇めていた人間と八種神宝を相手に戦い、敗れて逃げ出したのだろう?」
【……まあ、大体合っている。少なくとも、一万年前に竜と人間が争ったことは事実であり、神が人間に八種神宝を託したことも事実だ、と聞いている。そのあたりの齟齬は、今ではどうでもいいことだ】
双方ともに、一万年前に何があったのかはあまり気にしていなかった。
如何に自分の先祖と言えども、生きた時代が一万年前では親近感などわきようがない。
【ともかく、お前たちはこの世界に逃れた。であれば、そのあと母なる世界がどうなったのかなど、知る由もあるまい】
「そうだな、正直どうでもいいことだ」
【端的に言えば、滅亡した】
いともあっさり、とんでもないことを言っていた。
なるほど、移住を求める理由としては、最上級である。
【一万年かけてじわじわと緑が減り、海が死に、空が曇っていった。種族が滅びたのではない、世界が滅びた、死んでいった】
「……神に歯向かった罰か」
【おそらくだがな。如何に竜が強大と言えども、食うに困ればそれまでだ。はっきり言って、どうにもならん】
世界全体での、食料の枯渇。なるほどどれだけ強くとも、抵抗できるものではあるまい。
【よってだ、一万年かけて我らの総数は減っている。一万年かけてこの世界で繁栄したお前たち人間全体と、戦って勝てるわけがない】
「それでも、国一つ落とすことは問題ではないと?」
【そうだ。とはいえ国一つ攻め落とすとしても、人間が人間の縄張りを奪うことと、我らが奪うことでは話がまるで違う】
それはそうであろう、まともに運営されている国からすれば、そんな侵略者を野放しにする理由がない。
それこそ、世界中とは言わないまでも周辺諸国は結束して叩くだろう。
それだけは避けなければならない。
「我ら、というのは……レッサードラゴンを含めて、竜に従う種族全体の話か」
【……齟齬があるが、些細だ。概ねその通りであり、訂正の必要はない】
「つまりお前たちは、どこか適当な国を攻め落としそこに移住したい。しかし、下手な国を攻め落とした場合人類全体を敵に回すことになる。それは避けたいと」
【一定の広さがあり、加えて攻め込む口実が欲しい。口実がない国には攻め込まない、という姿勢を示したいのだ】
「だとしてもだ、普通に考えればリスクが大きいのではないか? 知っているとは思うが……アルカナ王国にはありえないほど強力な戦士たちがそろっているぞ」
【承知の上だ。どのみち、我らがこの世界に侵入すれば、それこそ八種神宝は我らを滅ぼそうとするだろう。それならば、その国に攻め込むほかない】
「……勝てるのか?」
【勝てない、我らではな。だが、人間がいれば話は別だ】
どうやら、絶対に勝てる、とは思っていないらしい。
それこそ、相手も藁をもつかむつもりのようだった。
【失礼だが、この国ももうすぐ滅ぶ。我らもこのままでは滅ぶ】
「本当に失礼な話だ。だが……そうだな、他の国を巻き込むことができれば、あるいは可能かもしれん」
利害の一致、というよりも緊急性の一致だった。
このままでは、どうあがいてもオセオは滅ぶ。
それならばいっそ、旧世界の怪物と手を組むこともありと言えばありだろう。
【我らには土地と食料と時間がない。しかし、それ以外のすべてを費やす】
「……わかった。どのみち、こんなことにでもならなければ、この国は亡ぶのだからな」
目の前のレッサードラゴンが、オセオを勧誘した理由。
それは、自分たち同様に余裕がないからであろう。
それを理解した国王は、そのうえで復讐に身をゆだねた。
「それで、まさかいきなり戦争とは言うまいな」
【無論だ。全面的にぶつかる前に、できればいくつかは抑えておきたい。一番脅威となるのはウンガイキョウだが……一番確保が容易なのはパンドラだ】
「……その分守りは厚いぞ」
【それでも、他に手はない】
「……そうだったな」
彼らは、手を結んだ。
その結末が如何なるものになるのか、それはまだわからない。
一つ確実なことがあるとすれば、五人の切り札たちをかかえるアルカナ王国をして、容易ならざる戦いになるということだろう。
ともあれ、まだしばらくは水面下で動くことである。