作品タイトル不明
風聞
基本的に、程度はともかく『看板詐欺』などいつでもどこでも起きるものである。
それが『武芸指南役』だとかそういうたぐいだったとしても、態々取り締まる必要性はない。
なぜならば他に優先度が高い案件がいくらでもあるからだ。
とはいえ、それは単に見逃しているだけであり、とっ捕まえようと思えばすぐに捕まえることが出来る。
なにせ道場にいるとわかりきっているのだから。立件の証拠も、それこそ領主と当人が行けばすぐ済む話で有るし。
わざわざ自分たちなど捕まえないだろうと思っていた面々は、いきなり本物が現れて領主の名を汚したとして捕まるのだが……。
「おい、この間あのイカサマ道場が潰されたってよ」
「ああ、チンピラがやってたやつだな。あんなの、それこそそこらの馬鹿じゃないと騙されねえよなあ」
「田舎者向けの道場だよな。騙される奴が間抜けなのさ」
当然、それ自体は誰も驚かない。
誰がどう見ても違法だったからからだ。
ただ、なんで態々領主がそんな小さいことを潰すのか、とは思うところである。
お膝元でそんなことをしていたのならともかく、態々小さい町やら貧民街とやらも摘発している。
誰がどう考えても、少々過敏である。
「知ってるか? 領地中のインチキ道場がとっつかまったってよ」
「マジか?!」
「ああ、本当だ。他にも捕まった奴がいるらしい」
噂とは拡大するものであるし、真偽を確かめたいとも思っていない。
確かなことは、インチキ道場が実際に領主に潰されたことぐらいである。
信ぴょう性の高い噂として、他のインチキ道場も潰されたということも聞く。
そこから先は、どんどん噂に尾ひれがついていく。
「知ってるか? 今度『童顔の剣聖』が結婚するんだと。相手はウィン家の娘だとさ」
「そうか、じゃあその結婚式があるってんで、ついでに潰したってわけだ」
と、ここまではそれなりに正しい推測だった。
「しかしだ、いくら領主様が来たからってよ、おとなしく捕まる奴らばかりかねえ?」
「だよなあ、きっと大捕物だったと思うぜ」
「なにせまあ、一応は喧嘩自慢だとか元傭兵がやってるんだぞ? なめられない為にも暴れただろ」
と、おかしくなっていく。
「なあ、聞いたことあるか? 王都では童顔の剣聖が我儘姫に命じられて、襲ってきた荒くれ者の首を落として、屋敷の前に並べたらしいぜ?」
「本当か? 剣聖って呼ばれてるんだろ?」
「ああいや、いい人らしいぜ? 俺のダチが兵士なんだけどさ、訓練してもらったことがあるらしい。そりゃあもう強くて、偉ぶらないんだと」
「じゃあなんで首を並べるんだよ」
「それがよ、さすがに我儘姫には従うらしいぜ」
「ああ、じゃあしょうがねえわ。だってあの我儘姫だもんなあ」
「前当主様の娘で、現当主様の妹で、やりたい放題らしいしなあ」
なまじ、山水の名前が売れているからこそ、誰も否定する材料が見つけられない。
「この間の結婚式だってよ、よその国の王子の目玉をえぐらせたらしいぜ」
「そうか? 俺は耳を落としたって」
「いやいや、鼻だろ?」
「それなんだけどよ、全部やったんだってよ」
「……は?」
「マジか……」
ドゥーウェの無体さもあって、どんどん盛り上がっていく。
「いくら命じられたからって、そんな事やるなんてすげえなあ」
「そんなヤツの弟子が、この近くにいるのか……」
「じゃあよお、その弟子たちも大層大暴れしたんじゃないか?」
「ああ、それも聞いたぜ。魔法の武器で大立ち回りだってな」
「大暴れする元傭兵やらを相手をとっちめたってか……すげえ事になったんだろうなあ」
ここで、一定の噂が完成するわけである。
「なあ、知ってるか? シロクロって剣士の結婚式に、弟子たちが自分たちを騙った奴の首を並べてお供えしたんだと」
「おいおい、聞いたか? ソペード中のインチキ道場が、剣聖の命令で潰されたんだと!」
「怖いよなあ、ソペードの当主様が結婚式を前に大掃除を命じたらしいぜ」
「あんまりインチキ道場が多いんで、サンスイってのが激怒したらしいな。だからみんな大慌てで潰して回っているらしいぜ」
誰もが面白おかしくうわさ話を付け足していく。
おまけに、とんでもない爆弾が追加されていった。
「へえ、お前さんオセオから来たのか。近いとはいえ大変だっただろ」
「たしかに大変だったけどよ、仕方ないだろ、他の道が全部潰されてたんだからよ」
「なんか火事でもあったのか?」
「なにいってんだ? この国だろ、あの化け物をけしかけてオセオを追い込んだのは」
「へ?」
「オセオはもう滅亡寸前だぜ、シロクロ・サンスイが大暴れしたからな」
そう、オセオから流れてきた移民が、盛大に山水のことを語っていたのである。
「むちゃくちゃだったぜ、やあやあ我こそは我こそは! って感じで堂々としたもんだった」
「身内が兵士だったんで片付けを手伝ったんだけどな、全員バッサリと一太刀だったぜ」
「殺してから首を落としたんじゃないんだぜ? 完全武装している兵士全員がズンバラリだ!」
「道に兵隊の死体が並んでてよ、一人も敵国の兵がなかったんだ。つまり、一方的にぶち殺されたんだよ」
「門が破られるは、屋根がぶっ飛ばされるは、城を攻め落とすはで散々だったんだぞ」
「オセオに兵士なんてほとんど残ってないんじゃないか? 生きてるのはそれこそ、あの兄ちゃんと戦わなかった奴ぐらいだろ」
「逃げた奴もいたらしいが、利口だったぜ。アレは人間じゃねえ……軍隊がぶつかって、軍隊が全滅するんだぞ?!」
「オセオが国家をあげて迎え撃って、服にシミも付けられなかった。意味がわからねえだろう?」
「一騎当千どころじゃねえ……アレは、本当に国を一つ攻め落としたんだ……」
「一国を攻め落として、そのまま帰ったらしいじゃねえか。そのまま結婚式に出席したらしいしよ……」
「は? じゃあなんでソペードに来たって? もうアレの敵になりたくないからだよ」
たちが悪いことに、ほとんど全員がそう言っていて、しかも本当だったのである。
そんなことがあったものだから、もう誰もが山水の噂に熱中していた。
ソペードの中で、どんどんエスカレートしていったわけである。
※
「ねえ、ブロワお姉ちゃん! パパとちゃんと結婚式したら、なんて呼んだらいいかな?」
「そ、そうだな……サンスイがパパなんだから、ママか……」
花嫁衣装故に顔色は伺いにくいが、それでもブロワは中々赤面していた。
もちろんだいぶ前から結婚することが決まっていたわけであるし、そもそも既に第一子も生まれている。
その状況で結婚をするのは、ある意味では状況を確定させるだけだった。
とはいえ、やっぱり花嫁衣装を着て、人をたくさん呼んで、結婚式をするというのはブロワにとってもレインにとっても喜ばしいことだった。
山水の価値観から言ってもさほどおかしくなかったので、とても共感できていた。
なお、ファンは別室でメイドがあやしている。
「ママ……そうか、レインのことはもう随分昔から知っているが、私がママになるんだなあ……」
結婚式会場の控え室で涙ぐみそうになっているブロワ。
いろいろな意味で感極まっているらしい。
「あのときサンスイが抱えていた女の子の母親に、私がなるとはなあ……」
「私はそうなったらいいって思ってたよ」
「そ、そうか?!」
「うん」
レインはブロワが母親になっていることを前から望んでいたらしいが、多分他に候補がいなかったからであろう。
単純に、父親のそばにずっといる人で、自分とも親しかったからであろう。
「お嬢様がママになったら嫌だなあ、とは思ってた」
「……そうだな、でも言わないほうがいいぞ」
「うん」
「……それにしても」
改めて、二人の『女子』は山水を見る。
成人男性の体格になって、タキシードを着ている山水を見る。
幸せそうに、ため息をついていた。
「良かった……いまさらだが、良かった」
「本当だよ……もっと早くこうだったら良かったのに」
非常に失礼なことを言う二人である。
喜んでいるのだが、敬ってはいないだろう。
「……一応言うがな、二人共。この姿はある意味仮の姿でな」
「仮でもいいんだよ!」
力説するレイン、頷くブロワ。
お前の真の姿はかっこ悪い、と言い切られていた。
釈然としないが、気持ちはわかるので黙る山水。
「サンスイ、念の為言うが普段のお前がダメというわけではないんだ。今のお前が一番いいというだけで」
七年ほど付き合いがある相手に向かって、遠慮のないことをいっている。
ある意味、マリッジハイとでも言う状況なのだろう。
「正直、私も幼少の頃からお前と付き合いがありすぎたせいで、普段のお前がまったく成長していないことに違和感を感じていなかったからな……今のお前のほうが、全然いい」
これ、離婚級に侮辱されているのではないだろうか。
傷ついているわけではないが、世間一般の基準で考えてみる山水。
普通に侮辱である、と結論した。とはいえ、気持ちもわかる。
「確かに素の俺だと、お前の弟ぐらいの年齢にしか見えないからなあ」
実際には五百年生きている。年齢相応の見た目の場合、それこそ墓の骨が適切であろう。
「俺もお前やお嬢様と付き合いが長かったから麻痺していたが、素のままでこの服着てお前と並んだら、それこそおままごとみたいだしな」
「うむ、そのとおりだ。私も感覚が狂っていた」
「そうだよね、パパ全然大きくならなかったもんね」
少しはおかしいと思うべきだった。
やはり付き合いが半端に長いと、そういう思い込みが発生するのだろう。
レインと露骨に人種が違うことも、その辺りを助長してたとも思われる。
「思い出すな……まだお前と背丈が変わらなかった時、お前を抜いて喜んでいたよ」
「ああ、そうだったな」
「あの時は、お前のことを半分敵だと思っていたな……今にして思えば、お前を敵に回していたらとんでもないことになっていたと思うが」
と、一気に昔話に花が咲いてしまった。
「あ! ブロワお姉ちゃん! だめだよ、これ結婚式の前の空気じゃないよ!」
「し、しまった! 確かにそのとおりだ!」
「だめだよ、これだとまた後で思い返して『なんで結婚式の前にあんなこと話してたんだろう』ってなっちゃう!」
「いかん……ファンをサンスイと合わせた時の二の舞だ……」
山水もブロワも、ドゥーウェからつまらないと言われる生真面目な人間である。
レインも同様で、ドゥーウェと同行を許されるほどのいい子だった。
しかし三人だけになると、一気に笑いを誘う残念な集団に成る。
「結婚式の前なんだから、二人の馴れ初めとか、初めての夜とか……」
「そうだよね、ブロワお姉ちゃんのお家に行った時の話とか……」
ロマンチックな話がしたい、思い出を残したい、と思っている二人。
理想は高いが、本人たちにそんな素養がないので、どうにも空回りしている。
「ブロワの実家か……すまんが、お前の姉さんのことしか思い出せない」
「うん、アレはすごかったよね」
「シェット姉様か……そうだな、私も正直そのことで頭がいっぱいで……」
よく思い出すまでもなく、他のことは特に起きていなかった気もする。
おかしい、たしかに大きなトラブルもなく、普通に挨拶をしてきただけなのだが、甘酸っぱい思い出ぐらいあるはずではなかろうか。
「はっ、サンスイ、まさか近くにお嬢様がいらっしゃるということはないか?!」
「ああ、いや、いないぞ。普通にトオン様と仲良くしていらっしゃる。あの人ももうすぐ母親になるし、言いたくはないがそっちの方で頭がいっぱいだな」
「そ、そうか……」
からかわれることがないと知って、しかも慶事があると知っていることもあって、彼女は喜ぶべきだった。
しかし、微妙に喜び切れないのは、彼女は珍しく自己中心的に考えているからだろう。
そう、ドゥーウェが妊娠していることは、スイボクが確認していた。
相手が誰なのかは、一々口にするまでもないことだろう。
「そうか……」
「そうだよね……」
ブロワやレインほどに理想が高いわけではないが、山水もまた二人には喜んで欲しいと思っている身である。
それにブロワは今でも、日本人の感覚から言えば学生でもおかしくない年齢である。
であれば、結婚式で最高潮まで盛り上がりたい、というのは当たり前で、その辺り気を使うのが新郎だとも思っている。
「その何だ、二人共。正直に言ってな、俺もお嬢様や祭我様の結婚式の時も、自分の結婚式のことで頭がいっぱいだったんだぞ」
と、お世辞を口にする。
実際にはその少し前までやっていた、オセオでの大量殺人に対して気が向いていた。
命令通りとはいえ、一国の王子と王にとんでもないことをしてしまったのである。
言いたくはないが、結婚式どころではなかった。
むしろ、あの状況で無心に結婚式を祝える方がおかしい。
山水本人に限った話ではなく、出席者の多くがそう思っていたことなので、おそらく山水の感性は自然と思われる。
「本当?!」
「そ、そうか……お前がそんなに結婚式を楽しみにしているとはな……」
どうにかマリッジブルーを断ち切った山水。
「さあ、そろそろ時間だ。本番で恥をかかないように、ちゃんとしような」
「ああ」
「うん」
彼らはまだ知らなかった。
自分たちが結婚式を前に、自分の生徒たちにニセモノを粛清するように命じていた、という噂が流れることになっていたと。
噂というか、その話題で持ちきりだったという事を。
ブロワが血まみれの花嫁と呼ばれるようになったのは、そのしばらく後の話である。
もちろん、当人はとても落ち込んだ。