作品タイトル不明
祝福
武芸指南役の五人は成り上がりではあるが、幸いにも最上級の指導を受けている。
山水もさることながら、ソペードの当主のこともごく近くで観ている。
何事も段取りが大事であり、とりあえず大きく何かをしようとすると失敗しかしない、ということを思い知っていた。
基本的に、やってみればどうにか成るだろうと思ってはいない。
ごくごく基本的なことを積み重ねていくことが大事なのだ。
もちろん町の面々もそれなりには自立している大人である。彼らもそれなりには世間を知っているはずで、自分たちの仕事に関してはその辺りがわかっているはずだ。
いきなり大工道具を素人が使っても、絶対に家なんて建たない。
いきなり農耕器具を素人が使っても、まともに農作業などできない。
家を建てるなんて簡単だだとか、農作業なんて俺でも出来るとか。そんなことを言われたら不快に成るにも関わらず、なぜか普段していないことをやろうとすると、人間は一気に雑になって大失敗をする。
今回も同様である。
確かに剣術の稽古もどきをする分には、昔やんちゃをしていた男を引っ張ってきて、適当に剣を振らせればいいだろう。
しかし、武芸指南役の名前を出してしまえば、客だけが来るわけではない。そこにはカネがあると察して良くない輩も呼び込んでしまうのだ。
「ふむ、全員ではないか?」
「は、はい……数日前に、その、この町をはなれました」
「そうか、それではもう見つけられまい」
散乱していたものを片付けた稽古場で、町の有力者と今回の荒くれ者が集められていた。
この上なく露骨に被害者と加害者なのだが、どちらも青ざめていた。
「さて、一応聞くが、どの様な理屈でこの町でのさばっていた?」
「そ、その……」
酒瓶を踏んで転倒し、更に仲間から踏まれて、顔から血を出している頭目。
縄で縛られて床に座らされている彼は、一切の勢いを失っていた。
さっさとこの町を出ていればよかったと後悔している。
「その、ですね……この町の羽振りがいいって聞いてましたんで」
「そうか」
言うまでもないことであるが、悪事千里を走ると言ってもそんなに早く情報が伝達されるわけがない。
如何に領主が真面目で領民を守りたいと思っていても、兵士を一定数常駐させなければその地域を守ることなど出来るわけもない。
単純に情報伝達手段がないので、人力で『通報』するしかないわけである。
当然、町が襲われていると知っても、そこから戦力を整えてから出陣する。
今回のように、到着した時にはもう遅い、という事もあるだろう。
「では相応の裁きを下すゆえに、神妙にしておけ」
では、どうやって治安を維持するのか?
都市部なら多くの兵士を常駐させられるが、地方の小さな町ではそれはほぼ不可能である。
一番手っ取り早いのは、罰則を重くすることであろう。
罪に応じて罰を重くし、見せしめにする。
態々懲役刑を課して、無駄飯を食わせるような真似はしない。
二度と罪を犯したくないという様な罰を与えるか、二度と他人様に迷惑をかけないようにきっちりと殺すか。
ともあれ、この場で領主の手を煩わせた男達が軽く済むわけはないのだが。
「さて、町長」
縄で縛られていないというだけで、これからまさにひどい目に会うであろう町長。
彼の顔には、絶望しかなかった。
「は、はい」
「聞けば、この町には我が武芸指南役の恩師だった男がいるそうだな」
「……」
そう、それが謳い文句だった。
この小さい町で開かれた稽古場がそれなりに繁盛していたのは、この町から武芸指南役が出たという事実と、その彼を幼少の頃に鍛えた男がいるという誇張によるものだった。
「そう聞いているが?」
「は、はい!」
「その男は何処だ? この事態だ、まさか指を咥えていたわけではあるまい」
領主の言葉に対して、町長はしばらく躊躇した後、一人の男を指さした。
怪我一つない、健康そうな成人男性だった。もちろん、その顔は青ざめているが。
「ほう、怪我がなくて何よりだ」
「へ、へえ」
「それで、何をしていたのだ?」
「そ、その……連中、百人ぐらいで押しかけて来まして……」
「それ程にいたのか?」
捕まった人数は二十人。
八十人も逃げている、となればさすがに色々と考えなければならないところである。
「ご、五十人ぐらいだったような気も……」
「半分に減ったが、お前は数も数えられないのか」
気持ちはわかる。
相手が多数で武装していれば、たった十人かそこらでも逃げ出したく成るだろう。
戦う気のない子供に剣術ごっこをさせる程度の男が、いきなり襲われれば逃げ出すしかない。
「ううう」
町長もほかも、呪わしげに武芸指南役たちを観ている。
今回、五人はあっさりと荒くれ者を倒してのけた。
なんで領主を連れてきたのだ、話が大きくなってしまったではないか。
「……お前は、我が武芸指南役の師を名乗ったのだ。いっそ討ち死にした方が名を守れたのではないか?」
残酷に突き放すが、それなりに真実である。
力及ばずに討ち死に、とまでは言わないまでも全力で抵抗していれば、領主もそれなりには温情を示していたかもしれない。
相手は二十人かそこらであるし、思いっきり酒を飲んでくつろいでいた。どうにかしようと思えば、どうにかできたはずである。
彼らが犠牲を容認すれば、独力で何とかできていたはずである。
というか、普段ならそうしていたはずだった。被害が出てしまえば誰かが保証してくれるわけもないからだ。
自分たちが怪我をしてでも、なんとか追い返そうとしたはずである。
この場で縛に付いている面々も、強硬に抵抗すれば嫌がって逃げていただろう。
それをしなかったのは、つまりはこの町の武芸指南役に何とかして欲しかったからだろう。
そのままなし崩し的に、この町に顔を出して欲しかったに違いない。
そのほうが利益が見込めたからだ。もちろん、甘い夢だが。
「そ、それは、その……」
「今回の一件は、そこの無法者が悪い。それは事実だ。だがお前たちが自力でどうにかできたことを、態々我が直臣に頼ったな?」
「……」
「お前たち、この手紙がなんだかわかるか?」
全員ではないが、数人が青ざめた。
この町の有力者が、彼の両親に頼んでかかせた代物だからだ。
「読み上げてやってもいいが、端的に教えてやろう。この町の税金を安くして欲しいという、陳情以下の代物だ」
身内が出世したのだから、自分たちにも恩恵があってしかるべきだ。
程度はともかく、自分だけで独占するのではなく共同体にも利益をもたらすほうが『徳』があるだろう。
それをしないなんて、なんて酷いやつだ。と思っても無理はない。
しかし、税金を安くしろというのは一線を越えている。
「仮にだ、これを我が臣下が言い出せば、私は相応の裁きを下さねばならん。そんなことが分からない、とは言うまいな?」
なにせ金銭が関わることである。いくらなんでも『いいよ、俺とお前の関係じゃないか』となあなあで済ませていいことではない。
「確かに、この町の税を多少安くすることは出来る。その程度で、我が領地はなんの支障もない」
やろうと思えば出来るし、正当な理由があれば考えるところである。
しかし、たかが武芸指南役を輩出した、というだけの町の税を長期にわたって安くしなければならない理由など何処にもない。
もしもそんなことをすれば、他の町の者が報われない。
「税が負荷なのは知っている。しかしだ、そこまで困窮しているわけではないだろう、こんな稽古場を建てられるほどなのだからな」
もちろん、安い設備ではない。
この町の財政を、確実に圧迫する投資だったはずだ。
それが回収できる見込みは、殆どなくなってしまった。
「成功したものが周囲へ施しをするのは、ある意味では当然だ。だがな、それは決して悪事が許されるという事ではない」
成功した者に寄りかかるだけの共同体に未来はない。
ただの温情で一部を贔屓すれば、真面目に働き税を納めている者たちが余りにも報われない。
夢を叶えたものを厚遇するのはただの好みであり、領主の私的な範囲で許される厚遇でしかない。
夢を見ずに真面目に納税する者を守るのは義務であり、絶対的な正義だ。
「それは、腐敗だからだ」
きっちりとした危機感を持って、領主はその場の面々に告げる。
「人とは勝手なものでな、腐敗した役人を嫌う一方で腐敗していない役人に対しては融通が効かないと不満を持つのだ。結局自分が得をすることしか考えていない」
腐敗している役人を嫌うのは、自分たちが損を被っているから。
腐敗していない役人を嫌うのは、自分たちが得をできないから。
そんな身勝手な理屈に付き合っていては、国家は運営できない。
「お前たちの行動は、我が領地のためにならん」
お前らの我儘に付き合えない。
はっきりと彼はそう言い切っていた。
そう言われてしまえば、彼らは何も言えなかった。
「よって、お前たちを救済するという事はできん。わかるな、お前たちは明らかに一線を越えているのだからな」
証拠を送ってきたのだ、これを無視するほうが問題である。
領主は決然として裁きを下していた。
「まず町長、お前には責任をとって辞めてもらう。息子に譲るなりなんなりするが良い」
「はい……」
「それから、今回の一件は広く報せる。ことの起こりから何から、きっちりとな」
当然、この町の人間を皆殺しにする、ということはない。
そこまでするような罪状ではないし、そんな横暴をし出せばそれこそソペードから咎められる。
そして、そこまでする必要はない。
「お前たちが稽古場の客から返金を求められれば、それは誠実に応じることだ」
「……」
そんなことをすれば丸損である。
それこそ、町は一気に弱っていくだろう。
だが、それ程にカネを集めようとしたのだ。返金できないほどのカネを、半分以上詐欺の手法で搾取したのだ。
であれば、責任はきっちりととってもらわなければならない。
たとえ、結果としてこの町が寂れ、餓死者が出るとしてもだ。
それもまた、一罰百戒であろう。
「承知しました……」
町の明るくない未来を知った彼らは、それでも仕方なく応じていた。
※
沙汰を下せば、後は戻るだけである。
今回の件を流布すれば、似たような稽古場も一気に手を引くだろう。
もちろん撲滅はされないだろうが、それはそれで仕方がないことだった。
「聞けば、切り札達は同じ故郷の生まれだそうだな」
馬に乗っている領主は、荒くれ者たちを騎兵の半数に任せて、自分は残りの騎兵と武芸指南役を連れて屋敷に戻ろうとしていた。
「とても豊かな国で、それ故に退屈だと聞いている」
領民に裁きを下した彼は、自分の判断が間違っていないと信じている。
それが領民への利益につながり、結果的に多数を救える。
それはそれで真実だが、この社会全体の問題は解決していない。
「その国ではどんな平民でも仕事があり、無法者は本当に少ないと聞く」
なぜ治安が悪くなるのか。
それはひとえに、人間が余るからである。
農村であれ貴族であれ、基本的にたくさんの子を作ろうとする。
それは法術があるとしても、病気や怪我で子供がたくさん死ぬからだ。
一人しか子供がいなくて、その子どもが病気で死ねば、そのまま家は潰れてしまう。
これは貴族に限らず、農民でも言えることだ。先祖代々の畑を手放すことに成る。
しかし、多くの子供が成人した場合は話が変わってくる。
端的に言って、全ての子供が結婚して孫を作れば、所有している土地では支えられなくなってしまう。
だからこそ、成人した次男や三男は村を追い出されるのだ。
そんな彼らがすがるように都市部を目指し、貧民街を形成するのである。
そんな状況で、治安が良くなるわけがない。
まっとうな仕事が、人口に対して少なすぎるのである。
そう、結局のところ、少子高齢化社会になっていないという事は、人口が爆発しているか、あるいは子供も大人もバタバタと死んでいる状況にほかならない。
人口のピラミッドが綺麗に形成されているという事は、決して個人にとって幸せではないのだ。
「我が国も、いつかはそうなれるのだろうか」
その答えを持つであろう右京は、決して彼が求める言葉を出さないだろう。
この世界は、生まれた人間全員を祝福していない。