軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奇襲

「詐欺が横行するということはだ、それだけ人は夢を見たがるということだろうねえ」

軍馬に乗った、軍服を着ている領主。何十騎もの護衛と、五人の武芸指南役。彼らに囲まれた彼は、当然戦うことはない。

一応普段から稽古をつけられてはいるが、それでも彼が積極的に戦うのは最後の最後であろう。

とはいえ、軍馬に乗っている彼の姿は、まさにソペード傘下の貴族というところだろう。

「そうかもしれません」

「君たちは夢を叶えたんだ。それは本当にすごいことだよ」

白い雲がやや上空には浮かんでおり、快晴に近い晴れという空。

その下でのどかな田舎道を進む一行は、とてものんびりとしたものだった。

少なくとも、鉄火場ではない。悪党と言ってもチンピラ程度を相手にするぐらいであり、賊というほどに本格的な勢力を相手にするわけではないからだろう。

「本当に世界で一番強い男の弟子になって、そこまでではないとしても本当に強くなって、希少魔法が使える武器を手に入れて、その上でお墨付きの武芸指南役だ。そりゃあ羨ましいさ」

誰だって夢を見る。その夢をかなえたいと思っている。

その一方で、生きていくために忙殺されていく。夢を見るにはまず生きなければならない。

今の生き方を守ることにさえ一生懸命で、そこから先を目指すなんてありえないと知る。

夢を見ても、他の失敗した男たちを知って、自分もそうなりたくないと止めてしまう。

「私だってそうだ。君たちのことを、とても羨ましいと思っているよ。もちろん、あのサンスイ殿やスイボク殿に及ばないと知った上でだ」

今回の騒動の根源、武芸指南役の五人から指導を受けたい、という希望者が多かったこと。

需要が大きかったからこそ、供給が発生したのだ。本物が存在すると知られているからこそ、偽物が出回るようになっていたのだ。

「十分すごいんだよ、本当にね」

この場の五人は、本当の意味で『出世』した。

本物が現われたからこそ、偽物も現れるのだ。

「とはいえ私も領主、やるべきことをやる。夢を見るのは自由だが、それで真っ当に頑張っている人間が馬鹿を見るなどあってはならない。今回、君たちにはできるだけ殺さずに収めて欲しい。できない、とは言うまい?」

仮にも武装している集団を相手に、殺さずに拘束する。

それが難しいことは、貴族も知っているし周囲の兵士たちも知っている。

とはいえ、こちらが仕掛ける側なら、五人にとっては困難でも何でもなかった。

それができるからこそ、本物なのである。

「もちろんです、全員お縄につけましょう」

もう勝負はついている。

仮に相手の中に近衛兵並みの実力者がいたとしても、この状況になっている時点で終わっている。

だからこその、遊び心。

勿論悪党には相応の罰を下すが、この町の人間にも痛い目を見てもらうとしよう。

「小さい町だな、お前の故郷は」

「そうだな……改めて見下ろすと、本当にそうだな」

仙人特有の気配察知能力を、五人は持たない。

であるから、町を上空から見下ろしていても、誰が民間人で誰が悪党なのか見わけがつかない。

ぶっちゃけ、全員殺す方がよほど簡単である。

「さて、じゃあ定石どおりに」

「だな」

町の中心部に新設された稽古場。それを見下ろす五人は、宝貝を調整してゆったりと降下を始める。

今回は戦いではなく、捕縛。いちいち相手にするなどばかばかしい、適当に突っついてとっちめる。

それだけの話だった。

「いくぞ」

「おお」

屋根の上に、ほぼ音もなく着地する。

大きな建物の屋根に張り付いた五人は、そのまま自分たちの突入口を切り開く。

所詮は田舎町の大工が急ごしらえで作った建物の屋根、気功剣で強化されている宝貝の剣でなら音もなく切り裂ける。

四角、丸、三角。

風雨をしのぐのがやっとだった薄い屋根があっさりと切断され、そのまま室内の床に落ちて散らばる。

膝を折り曲げながら着地した五人は、酒臭い稽古場の中の敵を視認する。

突如として現れた五人を見てぽかんとしている、二十人ほどの荒くれ者たちを見る。

誰もが床に武器をおいており、酒瓶が床に転がっている状態で、料理なども並べられている。

絵にかいたような宴会場であり、それゆえの難しさもあった。

つまり、想定通りである。

「な、なんだ?!」

「ち、畜生、今更領主の兵が来たのか?!」

「あの格好、本当に武芸指南役が?!」

奇襲をした五人は、あえてゆったりと剣を構えたまま、相手を威圧するだけで動かない。

いつでも切りかかれるように構えてはいるが、相手が武器をとることを許していた。

「やっちまえ! 相手は五人だ!」

「そうだ、ぶっ殺せ!」

ある程度の酒気なら、恐怖を紛らわせる効果もあるだろう。

しかし、明らかに飲んだくれていたであろう彼らは、武器を手にとることにも苦労していた。

周囲の男たちともみ合いながら、それでも剣や槍などを手に取る。

稽古場はさすがに広く、柱なども殆どない。普通なら天井などによって長物を使うことは不向きなのだが、この場ではそう悪い選択でもない。

もちろん、酔っていなければではあるが。

「げぇ!」

「ぐへぁ!」

宴会をしていたらいきなり天井から武装している集団が突入してきて、しかも自分たちが酔っている。

そんな状況で、周囲や足元に注意が向くわけもない。

流石に全員ではないが、半数ほどが料理の皿や酒瓶を全力で踏みつけ、更に仲間ともみ合って、結果的に武器を持ったまま転倒していた。

酔っていることもあって、出血すればそのまま血があふれてくる。

間抜けな話ではあるが、仮に五人が宴会場の中心へ突入していれば、それこそ自分たちもそうなっていた可能性があった。

その可能性が排除され、足場が良好なところへ敵が躍り出てきたことを確認してから、五人は瞬身帯を発動させていた。

連日酔っぱらっていた男たちには視認できない速度で、狭まっている視界から消える。

そのまま、石の剣の峰で側頭部をぶったたく。死なないように加減をしつつ、まあ死んでもいいと思いつつ出血させていた。

「は、はやい!」

「これが希少魔法か?!」

「だ、駄目だ! 逃げろ!」

目の前で、十人ほどがあっさりと倒されて床に転がっていく。

酔った勢いが吹き飛び、既に倒れていた男たちも含めてそのまま這う這うの体で逃げ出そうとする。

元々、何が何でも成り上がってやろう、という気概の持ち主ではない。であれば、旗色が悪くなれば逃げ出すのは当たり前だった。

「……昔は俺たちも」

「いうな、悲しい」

入り口は大きいが、一つしかなかった。裏口ぐらいはあったかもしれないが、そこを目指す冷静さはない。

武芸指南役たちは落ちている酒瓶を拾って、入り口へ殺到していく酔っ払いたちに投げていく。

当たり前だが、酒瓶は頑丈で重い。それを頭や体にくらえば、当然酔った人間は転がる。

一人転がれば、酔っ払いたちは連鎖的に転がる。五人も転がれば、全員が転がっていた。

「やっぱり防具はちゃんとしたもんを身に着けてなかったな」

「当たり前だろ、武装したまま飯食って酒を飲めるか」

防具とは固いものであり、その上重い。固くて重いがゆえに身を守れるのだが、体の動きを阻害する。

端的に言って、着ているだけで疲れるし、そのまま寝起きなどできない。

彼らはここでくつろいでいたらしいし、警戒も一切していなかった。

なので、少々小突けばそれだけで心が折れていた。戦おうと思えばまだ戦えるだろうが、そんな気骨があるわけもない。

もちろん、金属製の鎧で完全武装していた場合でも、酔っぱらっていれば立ち上がることも難しかっただろうが。

「い、いてええよおおお」

「ち、血が、止まらねえ……」

「し、死んじまう……」

なんとも情けない姿だが、相応である。

たとえ近衛兵クラスの実力者が混じっていたとしても、これだけ酔っぱらっていれば万全の戦いなどできないし、痛い目を見れば泣くこともあるだろう。

「……なんかこう」

「だから言うなって……」

「酒って怖いな……」

このちんけな町でふんぞり返っていただけの、二十人ほどの男たち。

相応の末路だとは思うのだが、本当に情けない結果だった。

なにせ酒瓶や料理の皿を踏んで転がったり、そんな輩に躓いて倒れている連中の情けないことと言ったら。大の大人が、顔を真っ赤にしながら血を出して、そのまま泣き叫んでうめいている。まさに見るに堪えない。

何が情けないのかと言えば、五人も昔は似たようなことをしていたということであろう。

鮮やかに危うげなく倒したとは思うのだが、ただ酔っ払いを倒しただけなので自慢にはならなかった。

「……お、おおお!」

騒動が起きたことに気づいた町民が、恐る恐る血まみれの稽古場に入ってきた。

そして、この町出身の武芸指南役を見て、歓喜を示していた。

長々戦いをしていた、というわけではない。それこそ騒動は一瞬でケリが付いていた。だからこそ、感嘆を禁じえなかった。

彼らは本当に困っていたので、それが解決したことが嬉しかったのだ。

「す、すげえ! 本当に、これをお前たちがやったのか?!」

「助けに来てくれたのか?!」

「本当に、こんなに強いのかよ……」

「やった、これでこの町も、稽古場も元の活気を……!」

普通なら、これでめでたしめでたしであろう。

しかし、あいにくとそうではないのだ。

五人の剣士は、改めて町民へ険しい目を向けていた。

「そ、そうだ! この稽古場にいなかった奴が、今さっき町の外に逃げていったんだ! 町の金を持ってるんだ、追いかけてくれ!」

「ああ、それは大丈夫だ。町の外には領主さまと護衛の騎兵がいるからな」

逃げに回った無法者が、遮蔽物の無いところで騎兵に囲まれて、それで抵抗する意思を保てるとは思えない。であれば、捕縛も余裕であろう。

この町に隠れひそめばまだ捕まる時間を稼げたかもしれないが、どのみち町民からは捕まるだろう。

恨み骨髄の町民につかまるのである、きっとひどい目にあうことだろう。

「な、なんだって?! 領主さまが?!」

「そりゃあ来るに決まっているだろう。俺たちは領主さま直属の身分だぞ、勝手に動けるとでも思っていたのか?」

「そ、そりゃあそうだけどよ! でもなあ、ほら、こう誤魔化せなかったのか?」

「なんで俺が誤魔化すんだよ」

「お、お前さあ! ちょっとは融通を効かせろよ!」

なまじ、同じ町の出身だからこそ、稽古場に入ってきた町民たちは文句を言う。

一応身内だと思っているからこそ、気安く不満を口にする。

目の前の相手が強いとは知っていても、切りかかってくるとは思っていないのだろう。

実際その通りである、切りかかることはあり得ない。その程度の分別はついている。

もちろん、切りたくないと思っているわけでもないのだが。

「なんで俺がそこまでしてやると思ってるんだ?」

「あのなあ! お前わかってるのか! もとはお前が悪いんだぞ!」

「そうだそうだ! お前がもっと早く来てくれれば、こんな目には合わなかったんだぞ!」

「もっと頻繁に顔を出せ! っていうかここで稽古をつけてろ!」

「みんながどれだけ苦労したと思ってるんだ?!」

他の四人に止められていなかったら、切りかかって何人かを殺していたかもしれない。

この町で生まれたことが本気で恥ずかしくなる主張を、彼は何とかこらえて聞いていた。

「あいつらがどれだけ飲み食いして、どれだけ女子供へひどいことをしたと思ってるんだ?!」

「お前のせいだぞ、ちゃんと保証しろ!」

「そうだ、客も逃げちまったんだぞ! こんなうわさが拡がったら、もう戻ってきてくれないだろうが!」

「責任をとれ、責任を!」

荒くれ者に殺されてました、ということで斬ってもいいのではないだろうか。

五人の脳裏に悪魔がささやく。

不正義を振りかざして、理不尽に集団から罵倒されることほど、腹が立つことはない。

なんとか我慢することの、なんと難しいことか。

「なんでもっと早く来なかったんだ!」

「そうだそうだ、ちゃんと手紙だって書いたんだぞ!」

「領主さまに取り立てられて、調子に乗ってるんじゃないか?!」

「うちの娘が傷物にされたんだぞ、どうしてくれるんだ!」

身内から高名な剣士が出た。だからそれを売り物にして、町を盛り上げようとした。それはまあわかる。

稽古場を作って、生徒を募集した。それもまあわかる。

しかし、その高名な剣士がなかなか帰ってきてくれない。そこで諦めれば、多少は負い目もあるだろう。だが、なんでそのまま稽古場を続行するのかわからない。

それこそ、普通はあきらめるのではないだろうか。

いや、普通じゃないからこうなったのかもしれないし、普通というにはこの町は田舎過ぎたのかもしれない。

「お前、まさか助けたから全部チャラになると思ってないだろうな!」

「そうだぞ、またこうなったらどうするんだ? ちゃんと考えてるんだろうな!」

「お前の我儘で、みんながひどい目にあったんだぞ!」

集団とは恐ろしいものである。

良く良く冷静になれば、仮にも出世している相手に言ってはいけないことだとわかるはずだった。

しかし、自分たちが多数で実際に被害を受けていたからこそ、鬱屈した心理のぶつけ先を求めていた。

自分たちは正義で被害者なのだから、加害者にも糾弾をする権利があると思っていた。

その権利は、今床に転がっている面々にぶつけるべきではあった。それだけの気骨があれば、既に問題は解決していただろう。

出世した剣士が帰ってくれば全部解決する、そう思っていた彼らは間違いだった。

実際には、出世した剣士が帰ってくるまでに解決しなければならなかったのだ。

「謝れ!」

「そうだ、謝れ!」

「謝れ!」

「俺たち全員に、謝れ!」

「こんなことになったのは、お前たちのせいなんだ!」

この小さい町では、町の利益こそが正義。

それに反した剣士たちは悪であり、正義である町民に謝罪し賠償しなければならない。

それは共同体に所属する彼らにとって、絶対的な真理だった。

しかし、それは小さな縄張りの中で暮らすものだからこそ成立する恫喝である。

普通なら、町を追い出されればそのままのたれ死ぬだろう。だが、相手が縄張りの外で既に生活圏を形成しているのなら、彼らが望むものは決して得られない。

村八分は確かに恐ろしいことだが、村にいない人間にしてはいけないことなのだ。

「そこまでだ!」

小さい町にある、確かな正義。

町を維持し、盛り立てるという集団の利益を追求する正義。

間違ってはいないが、もっと大きい共同体の主には通じない正義だった。

「りょ、領主さま……」

稽古場の前に現れたのは、騎乗している領主とその護衛である騎兵隊。

誰もが大慌てで控えて、黙っていた。

その上で、青ざめていた。彼らは知っているのだ、自分たちの正義が通じない相手が来てしまったのだと。

「さて……中に入れてもらおうか」

慌てて道を開ける町民。

下馬した領主は、阿鼻叫喚の場であり続ける稽古場に足を踏み入れた。

血を出してうごめいている無法者たち、そして無傷で控えている己の武人たちを見た。

満足のいく結果に、彼は頷く。

「よくやってくれた。さて、では酔いが醒めた辺りで、沙汰を下すことにしよう」

被害者になった面々には、加害者へ賠償を要求する権利がある。それは事実だ。

しかしその『権利』とは社会が保証するものであり、社会全体の秩序に反さないものにしか保証されない。

強者が搾取するものであるとしても、被害を受けた弱者を保護するかどうかは、結局は強者に判断がゆだねられている。

町民が善良な町民であるかどうかは、町民たちこそが知っていることだった。