軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

日が沈み、紺色の夜がやってきた。

ここは、お母様とお姉様が経営する高級レストラン。

三階の広間は、大きなパーティションで中央を仕切れる造りになっている。

つまり、部屋は分かれていても――隣の会話は、筒抜けなのだ。

席についているのは、私とお姉様、お母様。そして給仕役のラーシュ。

訪れた侯爵夫妻は、まず先日のレミアンの不手際について丁重に頭を下げた。

私は言葉少なくそれを受け入れ、食事が始まる。

やがて酒が進み、侯爵夫妻が結婚の話を切り出そうとした、その時だった。

隣の部屋から、聞き慣れた声が響く。

「スペシャルコース、用意はできているよな?」

レミアンだ。

続いて女性給仕の声。

「勿論でございます。お支払いは如何されますか?」

「は? いつも通りだ。何で聞くんだ!」

「申し訳ございません」

「早くしろ!」

その瞬間、侯爵夫妻の顔色がサッと青くなった。

「息子が……フガッ、フガ……!」

侯爵が立ち上がろうとしたが、ラーシュが素早くナプキンで口を塞ぐ。

「どうぞお静かに」

お姉様は優雅にワイングラスを揺らしながら、くすりと笑う。

「せっかくですもの。ご子息の本音を最後まで聞きましょう」

侯爵夫人も立ち上がろうとしたけれど、それを止めたのはお母様だった。

その手に、銀のナイフがキラリと光る。

「わたくし、前々から……ご子息のこと、気に入りませんでしたのよ?」

お母様が小声で囁くと、部屋の空気が凍りついた。

そこへ再び、隣の声が響く。

「ねえレミアン、この部屋広すぎない?」

ユゼフだ。

「狭いよりいいだろ。それより、エレナがまだ不貞腐れてるんだ」

「あれは怒って当然だ。お財布令嬢が、死ななくて良かったね」

――お、お財布令嬢!?

陰でそんな呼び方をされていたの?

悔しい‼

悔しくて、胸が焼けそうだった。

「いつもトロイんだよ。お上品に後ろをトロトロついて来てさ。気遣うの、ホント面倒」

「顔に出すなよ? 婚約破棄されるぞ?」

「ないない。僕に夢中なんだから。そのうち機嫌も直るさ」

今すぐ殴り込みたかった。

でも、まだ。

まだ足りない。

この程度では、決定打にならない。

私は拳を握り締め、耐えた。

料理が運ばれ、グラスの触れ合う音がする。

二人は楽しそうに世間話を続けていた。

こちら側は、ただ黙って聞くことしかできない。

けれど酒が進むにつれ、二人の口はどんどん軽くなっていった。

「ネリアがウェディングドレス、すごく喜んでいたよ」

「本当なら五千万のドレスを着せてやりたかったけどな」

「十分だよ。あとで売れば小遣いにもなるし」

「仕方ないだろ。うちは貧乏だし、男爵令嬢を妻には迎えられないからな」

――は?

ネリアを妻に迎えられない? どういうこと?

「それにネリアはユゼフを、心から愛してるんだ。大事にしてやってくれよ。金はいくらでも用意するからさ」

「分かってるよ。ネリアのためにも、ちゃんと送金してよね」

「エレナは底なしの金持ちだからな。一生贅沢させてもらうさ。その代わり、優しくはしてやるよ」

「レミアン、上手くやれよ?」

「目を瞑って、エレナじゃない、これはネリアなんだ! と思って……我慢する」

――我慢⁈

全身の血が逆流した。

……そういうことだったのね。

レミアンが本当に愛していたのは、ネリア。

ユゼフをあんな目で見ていたのも、嫉妬だった。

しかもユゼフは、それを知った上でレミアンにお金をせびっている。

――最低!

三人は気持ちの悪い、醜い関係だった。

「子どもは作りたくないんだよな。君達に子どもができたら養子にしよう。ネリアそっくりの娘が欲しい」

「白い結婚?」

「閨は遠慮したい。エレナを抱く気にはなれないな。あははは」

「あははははは!」

二人の笑い声が、耳障りに重なる。

もう限界だった!

私は勢いよく立ち上がると、パーティションを思い切り開け放った。

「レミアン! 婚約は破棄よ!」

驚いて立ち上がるレミアン。

「エレナ!? ど、どうして……え? え?」

「全部……聞こえたわ!」

怒りで声が震えた。

「我慢して白い結婚? ふざけないで!」

こんな奴らに見下されていたなんて、もう泣きそう。