作品タイトル不明
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泣きそうになりながら、私は必死にドレスを引っ張った。
やっと外れたと思うと。
ドォン!!
再び建物が激しく揺れた。
天井が崩れ、大量の瓦礫が頭上から降ってくる。
「っ!」
私は反射的に頭を抱えて身を縮めた。
――死ぬ。
本気でそう思った。
だけど。
誰かが私に覆い被さった。
鈍い衝撃音。
「ぐっ……!」
苦しそうな声。
「大丈夫か?」
聞き覚えのある声だった。
「ほんと、お嬢様は男を見る目がないな」
「……ラーシュ?」
どうしてここに?
呆然とする私を見下ろしながら、ラーシュは眉をひそめた。
「怪我は?」
「う、うん、大丈夫よ……」
ラーシュは私達の上に落ちていた天井板や瓦礫を押しのける。
視界は埃で白く濁っていた。
ラーシュは上着を脱いで私の頭に被せ、次に軽々と私を抱き上げた。
「行くぞ。しっかり掴まれ」
咳き込みながら階段を駆け下りる。
厨房を突っ切り、裏口を蹴り開けるように飛び出した。
冷たい外気が肺に流れ込んだ。
──助かった!
そう実感して、全身から力が抜けそうになった。
それでもラーシュは私を抱えたまま、安全な場所まで走り続けた。
「ここまでくれば大丈夫だ」
地面に下ろされて、振り返ると。
ドォォォン!!
凄まじい轟音が響いた。
さっきまで私たちがいたカフェが崩れ落ちる。
石壁が砕け散り、土煙が空高く舞い上がった。
「……っ」
膝が震えた。
気付けば私はラーシュの腕にしがみついていた。
ラーシュは何も言わない。
ただ私を抱き寄せたまま、険しい表情で崩壊した建物を見つめていた。
◇◆◇
王太子殿下ご夫妻を狙った襲撃事件は未遂に終わった。
けれど街の被害は深刻だった。
崩壊した建物。
怪我人、そして死者。
報道を聞くたび胸が痛む。
私はラーシュのおかげで助かった。
そして、襲撃事件をきっかけに私は真実を知った。
ラーシュは母の恋人なんかじゃなかった。
オルガお姉様の双子の弟だったのだ。
頭が真っ白になった。
だって――。
ピンクの薔薇を差し出してくれたのも。
蜂に襲われたあの日、私を助けてくれたのも。
劇場で私を庇ってくれたのも。
全部、ラーシュだったのだから。
双子が持つ能力は《気配消失》。
その力で、お姉様は誰にも気付かれずラーシュを孤児院から連れ出した。
そして屋敷で密かに面倒をみていたのだった。
私の能力が発現した日。
ラーシュは慌ててオルガお姉様を呼びに行った。
そのせいで母に存在が知られてしまった。
母は家を出る時、ラーシュを引き取った。
双子への、母の願いはたった一つ。
――エレナを守ること。
『オルガは姉として、ラーシュは陰から』
そんな大事な話、私は何一つ知らなかった。
ずっと勘違いしていた。
私を守ってくれたのはレミアンだと信じていた。
なのに。
彼は私を置いて逃げた。
振り返りもしなかった。
……あのクズ!
絶対に許さない!
◇◆◇
暗殺事件の翌日。
レミアンがお詫びにやって来た。
「カフェの外へ出たら、エレナがいなくて焦ったよ」
彼の軽い言葉に心は冷え込む。
「……貴方は私を見捨てたんだわ」
レミアンの表情が曇る。
「あの時は混乱していたんだ。外へ出た瞬間、騎士団に拘束されて戻れなかった。でも君が無事で本当に良かった!」
どうやら三人は襲撃犯の仲間だと疑われたらしい。
……なるほど。
ラーシュが厨房から出たのは正解だったのね。
「建物が崩れた時、君が死んだんじゃないかって……胸が張り裂けそうだった」
そう言ってレミアンは私の手を握った。
けれど。
……あれ?
何も感じない。
今までなら胸が高鳴った。
嬉しかった。
愛おしかった。
でも……違う。
ただただ、不快だった。
私は彼の手を振り払った。
レミアンの驚いた顔に、全く魅力を感じない。
「危険な場所に私を置き去りにして、自分だけ逃げるなんて信じられないわ」
怒りがこみ上げる。
「男としてどうなの? 本当に最低よ」
「ああ……怒ってるよね。怖くて混乱してたんだ。本当にごめん」
レミアンが再び手を伸ばす。
私は容赦なく払いのけた。
「エレナ……?」
その時。
オルガお姉様が優雅な笑みを浮かべて現れる。
「ユーグ侯爵令息様」
にこやかな声。
ついさっきまで。
『あのクズ! 来たら首を締めてやる!』と怒っていたのに。
「エレナは昨日の恐怖がまだ抜けておりません。多少怪我もしておりますので、本日はお引き取りくださいませ」
「オルガ嬢。そしてエレナ。本当に申し訳なかった。今日はこれで失礼するよ」
神妙な顔を作り、レミアンは踵を返した。
私は返事をしない。
そして背を向けたまま。
でも分かる。
きっと彼は、振り返り、いつものように綺麗な笑顔を浮かべただろう。
自分が微笑めば、なんでも私が許してくれると信じて。
……レミアン。
もう無理よ。
その笑顔には、二度と騙されない。