作品タイトル不明
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レミアンとのデートから数日後のことだった。
「エレナ! いい加減、あのクズ婚約者と別れなさい!」
昼下がりの居間に、お姉様の怒声が響き渡る。
怖い。
でも、私は首を縦には振らなかった。
「嫌です! 私はレミアンを愛しているんです!」
「これを見なさい!」
机に叩きつけられたのは、大量の請求書。
高級ブランド店の名前がずらりと並んでいる。
もちろん全部、レミアンがうちの名前で買ったもの。
ネリアのウェディングドレス。
レミアン専用の馬車もある。
「こんな図々しい男、今すぐ切り捨てるべきです!」
「この程度のお金、うちにとっては大した額じゃないわ」
お姉様は額を押さえた。
「ああもう! その恋愛脳をどうにかして!」
「酷いわ。お姉~」
「問題は金額じゃないの! そのお金の大半が赤の他人に使われていることでしょう!?」
……知っている。
ユゼフとネリアね。
でも。
「自由に買い物していいって許可したのは私よ。だから問題ないわ」
お姉様は本当にレミアンが嫌いだ。
その気持ちは分かる。
レミアンは我が家の援助がなければ生活できない。
この婚約でアルマン伯爵家が得る利益なんて、一つもない。
ただ私がレミアンを好き。
本当に、それだけなのだ。
「伯爵家のお金で贅沢三昧。そのうえ他人まで養わせるなんて!」
お姉様は赤い髪をぐしゃぐしゃとかき回した。
私は思わず苦笑する。
お姉様――オルガは、三歳年上の養女だ。
同じ赤毛に緑の瞳。
血は繋がっていないのに、本当の姉妹みたいに見える。
小さな頃の私が「お姉様が欲しい!」と駄々をこねて、両親が孤児院から迎えた。
優しくて頼りになって。
今ではアルマン伯爵家を支える大黒柱。
一方、父はというと。
仕事を全部お姉様に押しつけて、恋人と遊び歩いている。
本当に情けない。
でも父には《金運》という特殊な力がある。
その力のおかげで、私もまた特別な能力を持って生まれたのかもしれない。
――私には、一日一回だけ花を宝石へ変える力がある。
しかも、とびきり高品質な宝石に。
「ピンクダイヤで穴埋めするわ。だから怒らないで」
私がそう言うと、お姉様はさらに頭を抱えた。
私がこの能力に気づいたのは十歳の時。
両親の離婚が決まった日だった。
悲しくて、庭園を泣きながら歩いていた。
その時。
一人の少年がピンクの薔薇を差し出してくれた。
麦わら帽子を深く被った赤髪の少年。
私は涙を拭きながら薔薇を受け取った。
そして花びらに触れた瞬間――。
薔薇は眩い光を放ち、一瞬でピンクダイヤへ変わった。
『ふぇ……!?』
何が起きたのか分からなかった。
怖くて震えていると、少年は慌ててお姉様を呼びに行った。
『こんな能力、悪人に知られたら誘拐されてしまうわ!』
駆け付けたお姉様は真剣な顔でそう言った。
だからこの力を秘密にしている。
気付けば、あの少年は姿を消していた。
父に聞いても、そんな子は屋敷にいなかったという。
『花の妖精さんだったのかな』
私が呟くと、お姉様は笑った。
『ふふふ。きっとそうよ。またいつか会えるわ』
今でも花を見ると、あの少年を思い出す。
けれど、もう昔みたいに寂しくはない。
母とは時々会っているし、お姉様と母は一緒に店を経営するほど仲良しだから。
「もう! 本当に他に良い男はいくらでもいるのに!」
お姉様は結局、いつも折れてくれる。
みんな同じことを言う。
もっと良い人がいるって。
だけど、私はレミアンがいい。
だって――。
劇場でボヤ騒ぎが起きた時だって、彼は私を守ってくれた。
悲鳴が響く薄暗い廊下。
後方から白い煙が迫っていた。
逃げ惑う人々に押され、私の手はレミアンの手と離れてしまった。
背の低い私は人波にもみくちゃにされていた。
足が竦んでいた。
すると後ろからレミアンが私を抱き込んだ。
覆いかぶさるように庇いながら。
人に押されても倒れないよう、必死に耐えながら。
そして外へ出た瞬間、また人波に流されて離れ離れになる。
不安で周囲を見回していると――。
レミアンが駆け寄ってきた。
そして私の手を握る。
『離れてしまって、不安だったよ。怪我はない?』
『ええ、大丈夫よ。守ってくれてありがとう』
『婚約者だもの、当たり前さ』
あの時は、確かに愛されていると思った。
あれから一年。
今の私は、もう分かっている。
レミアンの一番大切な人は、私ではないことを。