軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十五話~奴隷市場で奴隷を買いました~

壁外に向かう前に建築中の第四城壁を見物することにした。

建築中の第四城壁の高さはおよそ12m。王都アルフェンをぐるりと囲む総延長はどれくらいなのか想像がつかない。

これをほぼ人力でやるんだから、どれだけの資金と労力が投入されているのやら…と思って見ていると、明らかに肉体労働者とは思えない人々が建設現場に居るのに気がついた。

それも一人や二人ではない。よく見ればそこかしこに居る。

発動体らしきものを持っている所を見ると、魔法使いか。どうやら地魔法を応用して建設の手伝いをしているらしい。

「ほう…」

魔力眼を使ってその様子を観察する。

どうやら土壁の魔法を応用して積み上げた石と石の間を埋めて固定しているらしい。

土壁の魔法はただの土じゃなく、セメントで固めたような硬い壁を作るからな。剣でちょっとやそっと斬りつけるくらいじゃビクともしないんだよ、あれ。

しかしなるほど、これはなかなか使えそうな技だ。覚えておこう。

「大きいですねぇ」

「この城壁は何から街を守ることを想定しているんだろうな」

人間同士の戦争があるのか、それとも魔物に対するものなのか。

今までエリアルドで過ごしてきた俺の感覚だとカレンディル王国は人間同士の戦争とは無縁そうに思えるし、魔物は森やなんかの人間の開発の手が届いていない場所にしかいないようなイメージなんだが。

「恐らく次の大氾濫に向けての事だと思います! 間に合うんですかねー」

「大氾濫?」

大氾濫とは、魔物が住んでいるあらゆる領域から魔物達が溢れ出してくる現象だという。

十年から二十年の間隔で発生するらしい。

「私が小さな子供の頃にもあったんですよ。その時はよくわかってませんでしたけど、侍女達が泣いてました。王宮を守る兵士達の数も減ったのを覚えてます。きっと家族を亡くしたり、戦場から戻ってこられなかったんです。それに気がついたのは、ずっと後でしたけど」

「そんなことがあるのか…前に起こったのはいつなんだ?」

「十二年前です。いつ大氾濫が起こってもおかしくないですね」

ただ、大氾濫が起こる時には神から信託が授けられるらしい。

どれくらいの猶予を持って神託が下るかもまちまちらしいが、今までの前例を見る限り最短でも一ヶ月程度は猶予があるのだとか。

「大氾濫と言っても場所によって規模もまちまちなんですよ。呆気ないくらい少なかったり、恐ろしく多かったり。前回の大氾濫ではこの王都アルフェンに大量の魔物が押し寄せて、大きな被害が出たそうです」

それが第四城壁建設の理由か。

そんなイベントがあるならやっぱできる限り強くならないといけないな。

壁外は正に混沌とした様子だった。

先ほど立ち寄った市場を更に雑多にしたような印象だ。

少し裏道に入れば浮浪者らしき人々が力なく座っていたりするし、かと思えば神官らしき人が辻説法をしていたりする。

吟遊詩人なのか冒険者なのかわからんが、楽器を奏でながら歌ってるやつもいる。見た目は冒険者みたいなんだがな。

「美味いな、何の肉だろう?」

「うーん…鳥ですかね?」

露天で売っていた肉の串焼きを食べながら二人で首を捻る。

食感はササミっぽい感じ。鳥じゃなかったら爬虫類かカエルかな、と思う。食ったのは初めてだが、ネットでそんなのを見たことがあったのだ。

聞いてみたら森トカゲという一抱えほどもあるデカいトカゲの肉だった。下味をつけてあるのか、塩味が利いていて美味い。

マールはトカゲの肉と聞いても特に気にした様子は無かった。まぁ、魔物の肉が普通に食材として出てくるしな。

それにしてもこう、異郷の地で食べたことの無い食材に舌鼓を打つというのは旅の醍醐味だよな。恐れずに色々食っていこう。

「ここは…ッ!」

「行きましょうタイシさん、ここに用はありません!」

ふらふら歩いているうちに娼館街に辿り着いた、がマールが俺をぐいぐいと引っ張って凄い速さで通過してしまった。

ははは、俺はマール一筋なんだからそんなに心配するなよ。

すいません、ちょっと…いやかなり興味がありました。

しょうがないじゃない、おとこのこだもの。

マールの慎ましくも綺麗なおっぱいはいいものだが、たまにはぷるんぷるんの大きなおっぱいも体験したい。

そんなことを考えていたらマールに脇腹をつねられた。サーセン。

「うちの奴隷は健康で屈強だよ! 戦闘スキル持ちの戦闘奴隷をお求めなら是非見ていってくれ!」

「どうだい? うちで扱ってる娘達は粒揃いだろう? どの娘も処女だよ!」

「当商会の扱う奴隷は読み書きに計算、奉仕の心得を叩き込んであります。ええ勿論、伽の方も仕込んでございますよ。ささ、こちらへ…」

壁外で最も混沌としている場所、奴隷市場へと辿り着いた。

ここでは様々な奴隷が売り買いされ、また奴隷を買いに来た客を目当てに様々な露店が奴隷市場を囲むように軒を連ねているのだ。

買ったばかりの奴隷に着せる貫頭衣やサンダルを売る者、食い物や飲み物を売る者。中には浄化の魔法をかけて手数料を貰うという商売もあった。

どこか饐えたような臭いのする場所だからか、浄化の魔法は重宝されているようだ。

売られている奴隷も様々で、冒険のお供として連れて行くための戦闘奴隷や身の回りの世話をさせる為の奉仕奴隷、農作業等に従事する労働奴隷等が売られていた。

元居た世界でも過去に奴隷制度は広く用いられていた。しかし、少なくとも俺の生きていた時代には野蛮で人権を踏みにじる悪だと断じられていたのだ。

実際に目の前で自分と同じ人間がモノのように売り買いされているという事実に、俺は衝撃を受けた。

知識としては知っていたのだ。

例えば、ファンタジーを題材とした作品には度々奴隷や、それを扱う奴隷市場という存在は出てくるし、エリアルドに来てからも奴隷という存在については何度か耳にした。

クロスロードの街では奴隷と思われる人々を実際に目で見てすらいた。

しかし、実際に奴隷が売り買いされているのを見るのはあまりにも衝撃的だった。

「タイシさん、大丈夫ですか?」

マールが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

「ああ、大丈夫。ちょっとショックを受けただけだ。俺の居た世界では奴隷の売り買いはご法度だったし、憎むべき悪と断じられていたからな」

彼らは借金で身を持ち崩した冒険者だったり、商売に失敗して多額の借金を背負ったために売りに出された商家の娘だったり、口減らしのために農村から売られてきた子供達だったりする。

犯罪を犯して奴隷に落とされた犯罪奴隷であったりもする。

彼らは隷属の支配魔法で縛られ、モノとして売り買いされているのだ。

「気分が悪いなら帰りましょう。無理はよくありません」

「いや、大丈夫だ。これがこの世界で当たり前のことなのであれば、避けて通るわけにはいかない」

そう、この世界で生きていくと決めたのだから、どんなに衝撃的でも受け容れなければならない。

元居た世界ではゲームでそういうものが出てきても、そういうものかと受け容れていたじゃないか。そういうものなのだ。

俺はマールを連れて奴隷市場を見て回った。

奴隷の様子は様々だ。

健康そうな者、怯えている者、全てを諦めたかのように気力の無い者、病気を患って今にも死にそうな者。

男も女も関係ない。ただ、やはり年齢的に若い者が多い。

戦闘奴隷や読み書き、計算のできるような奴隷はその限りではないものの、全体的に若い。

値段的には年齢が低いほど安く、逆に年齢が高すぎても安いようだ。

特にスキルを持たない15歳ほどの奉仕奴隷で金貨20枚。即戦力になりそうな屈強な戦闘奴隷は金貨50枚もする。

身体に障害を持っていたり、病気になっていたりする奴隷は捨て値としか言えない値段だ。奴隷商も売れれば御の字、くらいに思っているのだろう。

それと犯罪奴隷は安い。いくら隷属の支配魔法で縛るとはいえ、犯罪者を買う人間は少ないんだろう。

「タイシさん、熱心に見ていますけど、奴隷を買うんですか?」

「…いや、初めて見るものだから興味が沸いているだけだ。別に買うつもりは――」

俺の目が一人の犯罪奴隷に釘付けになった。

闇のようだった漆黒の髪の毛は埃にまみれてばさばさになり、黒曜石のナイフのようにギラギラと光っていた瞳は絶望に濁っている。美貌は絶望と疲労でくすみきっていた。

子供のように膝を抱え、虚ろな瞳には何も映さず、彼女はただそこに在るだけだ。

マールは俺の様子に気がつき、視線を追って彼女の姿を認めた。

「あの人は…」

変わり果てた姿の元暗殺者、フラム=フォルセスがそこにはいた。

「あの女かい? お目が高いね、旦那! 最近仕入れたばかりの奴隷だよ! 今はちいっと見た目が悪いが、なかなかの上玉だぜ。ちょっとばかり反応が薄いが、戦闘スキルも持ってる」

「いくらだ?」

自分でも何故かはわからないが、俺は即座にフラムを売っている奴隷商へと声をかけていた。

マールはそんな俺に何も言わず寄り添って、ただじっと見守っている。

「金貨30枚だ、お買い得だろう?」

確かに、戦闘奴隷としては破格だ。しかし犯罪奴隷としては高すぎる。

「吹っかけるなよ、あの女は犯罪奴隷だろう。見た限り覇気も無い、戦えるのか甚だ疑問だな。金貨10枚だ」

「おいおい旦那、そりゃ流石に話にならんぜ。あの上玉だ、戦闘奴隷としてだけでなく性奴としても逸品だよ。金貨25でどうだい?」

「あの調子じゃどう攻めても鳴きそうにないだろうが。見た目が良くてもそれじゃ人形と変わらん。金貨15」

「わかった! わかったよ! 金貨20枚だ! これ以上はまけられないぜ!」

奴隷市場を見て回った限りではこれでも高いと思うんだが。

だが、良い。俺はあの女を…なんだ? 何故買おうとしている?

罪悪感か? いや、深く考えないようにしよう。買いたいと思ったから買う、それだけだ。

俺は奴隷商に金貨20枚を即金で渡す。

「よしよし、じゃあこの契約書のここにあんたの血を一滴垂らしてくれ」

俺は奴隷商が取り出した契約書の内容を確認する。奴隷の所有に関する契約書のようだ。

内容を簡単にかいつまむと、俺はフラムの持ち主となる代わりに彼女に衣食住を不足なく提供しなければならないということらしい。

奴隷は主の命令に絶対服従。隷属魔法の効果によって主を害する一切の行動は禁止され、禁を破った場合は隷属魔法の効果で最悪の場合死に至る。

犯罪奴隷であるフラムは俺が性交渉を求めた場合、それに従う義務がある。これもまた拒否した場合、禁を破ったとみなされる。

その他にも細々と書かれているが、大体こんな内容だ。

「旦那は奴隷を買うのは初めてかい?」

「ああ」

「そうだと思ったよ、買うのに慣れている人間はそんなに熱心に契約書を確認しないからな。だが、良い事だぜ。悪質な奴隷商もたまにいるからな」

「気をつけるよ」

俺はハンターナイフで指先を切って契約書に血を垂らした。

血が契約書に沁み込み、淡く光る。これで契約は終了したようだ。

「奴隷が必要なくなったらこの奴隷市場か、役所に連れていきな。買い取ってくれるぜ」

「ああ、わかった」

奴隷商はフラムの元へと歩いて行き、首輪につけられていた鎖を外してこちらへと連れてきた。

フラムは促されるがままに立ち上がり、俯いたまま奴隷商に連れられてふらふらとこちらに歩いてくる。

「こちらの旦那がお前のご主人様だ。よく尽くすんだぞ」

奴隷商がそう言ってフラムを俺の前に突き出してくる。

ここで初めてフラムが顔を上げ、俺の顔を見た。

絶望に濁っていた瞳が大きく見開かれ、恐怖の色に染まる。

「ひっ、ひっ…や、いやぁ…」

フラムがぺたんとしりもちをつき、後退る。辛うじて粗相はしていないらしい。

俺はフラムへと近づき、無理矢理立たせて浄化の魔法をかける。

くすんだ黒髪が見違えるように綺麗になり、埃まみれだった顔も見られるようになった。

「ついて来い」

「い、いや…うぅっ!?」

俺の命令を拒否したと判断したのか、隷属の魔法がフラムに苦痛を与えたようだ。

俺はフラムを引き寄せ、言い聞かせるように呟く。

「悪いようにはしない、いいからついて来い。良いな?」

フラムは俺の言葉に蒼白な顔でガクガクと頷いた。目に涙を溜めている彼女の顔は、どこか幼く見える。

「タイシさん、あっちのお店で外套と履物を買いましょう」

「ああ、今日は切り上げて屋敷に戻るぞ」

「はい」

俺達はフラム用にフード付きの外套と質素なサンダルを買って、奴隷市場を後にした。

「タイシさん、何故彼女を…?」

壁外から新市街に入った辺りでマールは俺にそう聞いてきた。

何故か、と言われてもはっきりと答えることはできない。

「罪悪感が一番強いな。あの時はちょっと、いやかなりおかしくなっていたとは言え、酷い事をしたからな。その後も特に気にかけずに放置していたし、実際今日見るまで忘れていた。いや、考えないようにしてたんだろ」

そう言って俺は溜息を吐き、後ろをちらりと見る。

フラムは少々危なげな足取りだが、しっかりと後ろについてきていた。

「罪滅ぼしか、我ながら偽善者にも程があるな。他にも戦力として使えそうだとか、あの時の狂ったような快感を思い出したとか、打算はあるけどな」

暗殺者達を倒した後に自分がやったことを振り返り、頭が痛くなる。

できるだけ考えないように、記憶に蓋をしてきたのだ。あの狂態を演じたことを忘れ去ってしまいたかった。

フラムを買い、手厚く保護することで釣り合いを取ろうとしたのだ。我が事ながら、反吐が出そうである。

しかもあの一方的に快楽を貪る暴挙を期待した面もあるのだから、始末におえない。

「ちょっと嫉妬しちゃいますね」

突然のマールの言葉に俺は耳を疑った。意味がわからない。

「タイシさんは今あの人のことばかり考えているじゃないですか。あの人はタイシさんの黒い欲望を初めてその身に受けた女性なんですよね?」

「あ、ああ…」

「タイシさんは私を愛して、可愛がってくれますけど、意識してそういう獣じみた欲望を向けたことは無いじゃないですか。タイシさんのそういう部分をあの人が独占しているんだと思うと、なんだか悔しいです。初めての時はお酒で正体を失ってただけでしたし」

マールの言うことも理解できなくも無い気がするが、それはどうなんだろう。

もう一度後ろを見るが、フラムの表情はフードに隠れて窺うことはできなかった。

俺とマールとの会話はフラムにも聞こえていただろうが、彼女がどう思ったかはわからない。

「お帰りなさいませ! お館様! えっと、そちらの方は?」

屋敷に戻ると、ちょうどホールを掃除していたメイベルが輝くような笑顔で出迎えてくれた。

メイベルの質問にどう答えるべきか迷う。俺の中でもまだ完全に整理がついていないのだ。

「奴隷市場で買ってきた奴隷だ、が悪いが客人として扱ってくれ。風呂に入ってもらうから、食事の用意を頼む」

「はい!」

パタパタと音を立ててメイベルがかけてゆく。あの小動物っぽい感じはなんだかささくれ立った心が癒されるな。

俺はフラムを促し、風呂へと案内する。マールも一緒についてきた。

しかし脱衣所まで来て困ってしまった。なんだか目を離すのも良くない気がするし、かといって一人で入らせるのも心配だ。

どうしようかと迷っていると、フラムは自発的に服を脱ぎ始めた。

マールほど綺麗な身体ではない。

身体のあちこちに傷痕や、魔法でつけられたものなのか火傷らしきものが見受けられる。

しかし、しなやかな肢体に均整の取れたプロポーション、そして豊かな胸はそれを補って余りある魅力を彼女に与えていた。

全裸になったフラムは虚ろな表情のまま徐に俺に近づき、服を脱がし始めた。

俺がその手を止めると、不思議そうな表情を見せる。

「俺は良い、しっかり浸かって疲れを落としてこい。勝手に死のうだなんて思うんじゃないぞ」

俺の言葉にフラムはコクリと頷き、ふらふらとした足取りで風呂に入っていった。

それを見届けた俺をマールがぐいぐいと押して脱衣場から追い出そうとする。

「私も一緒に入ってきますから。タイシさんはまた後で入ってください」

そう言ってマールはぴしゃりと脱衣所のドアを閉めた。

少し心配だったが、隷属の魔法もあるし滅多なことは起こらないだろう。

俺はそのままリビングのソファに身を投げ出してただ時間が過ぎるのを待った。

たっぷり一時間ほど経ってからマールとフラムは風呂から上がってきた。

フラムを椅子に座らせ、その黒髪を丹念に拭いているマール。

身長はフラムのほうが高いのだが、されるがままに髪の毛を拭かれているフラムを見ると何故かマールがお姉さんに見えてくるのだから不思議だ。

俺はそんな二人をただ何をするでもなくぼーっと眺めていた。

どうもさっきから頭がはっきりしない。なんだか無性に酒を飲みたい気分だ、まだ日も傾いてないんだけどな。

「タイシさん?」

「…ん? ああ、どうした?」

いつの間にかフラムの髪の毛を拭き終わったらしい。マールが心配げな表情で俺の顔を覗き込んでいた。

「私達は席を外しますから、フラムさんとよく話してみてくださいね。近くに居ますから、何かあったら呼んでください」

マールはそう言うとフラムを俺の隣に座らせ、メイベルを連れてリビングから食堂へと出て行った。

話せと言われても、何を話せというんだ。

謝ればいいのか? 何か違う気がする。

「貴方が、気に病むことは何もない」

沈黙を破ったのはフラムだった。

「私は、私達は貴方の命を狙い、敗れた。皆殺しにされても、何も、文句は…っ!」

そこまで言って、彼女は堪えきれずに俯いたまま泣き出した。

俺はその肩を抱くこともできない。そんな権利は俺には無いように思えたからだ。相手が奴隷である以上、何をするのも俺の勝手なんだろうが、できなかった。

「いっそ、あの時に私も殺してくれれば…何故、私だけ…ッ! う、うぅ…っ、わぁぁぁぁぁん!」

フラムは慟哭した。

目の前で仲間が殺され、自分だけが生き残った事に。

汚れ仕事も厭わず、何もかもを捧げた国に棄てられたことに。

家族であり、上司でもあった父に役立たずと罵られ、棄てられたことに。

「何故だ! 何故あの時に殺してくれなかった!? あの時に殺してくれれば、殺してさえくれれば! 私はこんな思いをせずに済んだのに! ぐっ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!」

フラムが隷属の魔法に苛まれながらも俺の胸板を叩く。

何度も、何度も。そして糸が切れたように俺の胸で脱力した。

荒い息を吐いているところを見れば、死んだとか失神したとかではないようだ。単に隷属の魔法が与える苦痛に耐え切れなくなったのだろう。

俺は、何かを言おうとは思うのだが、何も出てこない。喉から出かかってるのだが、つっかえたように出てこないのだ。

フラムがどんな経験をしたのかは、言葉の端々からなんとなく想像はついた。

何が悪かったのか、考える。

軍部は、俺の力を恐れて暗殺者部隊を派遣して俺を殺そうとした。

俺は死にたくないから、暗殺者部隊を返り討ちにしてフラム以外を皆殺しにした。

恐怖と欲望と獣性と興奮と狂乱の求めるままにフラムを貪った。

そして、棄てた。

そう、棄てたのだ。責任も取らずにただ食い散らかして、棄てた。

自分が無残に食い散らかした、狂態の証拠を棄てて見えないように蓋をしたのだ。

臭い物に蓋をするように。

結局の所、俺は勝者の権利だけを貪って義務を果たさなかったということだろう。

皆殺しにはしなかった。少々手荒に扱ったが、一人生かしてやったじゃないか。

そんな逃げ道を作りたかったのだ。

なんてこった、我ながら最低じゃないか。吐き気を通り越して笑いがこみ上げてきそうだ。

あの時、俺はしっかりとフラムを殺してやるべきだったのだ。

「俺が悪かった。俺は勝者の権利だけを貪って、義務を果たさなかった。俺は、卑怯者のクズだ。お前は俺を怨んでいい」

俺はそう言って、フラムの頭を撫でた。撫で続けた。

フラムは暫く熱い涙を俺の胸に零して嗚咽していたが、そのうちに静かになった。

安らかな顔で眠っていた。