軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百八十九話 Side伊万里 【災禍の手紙】

Side伊万里

千代女様がいなくなった。ローレライは誰かいることに気づいているのかいないのか、よくわからないけど黙って部屋を出て行ってくれた。私はベッドに寝転んで、しばらく考え込んでしまう。

『祐太さんには以前にはなかったことが起きているそうです。私はそれに賭けましょう。こちらに来たくなったらいつでも——』

最後のあの人の言葉が気になる。祐太の方で事態が好転するようなことがあったのか? いや、そんなわけない。そもそも祐太は自分がどうして死ぬべきだと言われるのか理解していない。理解してたら祐太はきっと自分を諦める。

千代女様をここに潜入捜査なんてさせるわけがない。私があいつのことを一番よくわかってる。きっとそうなってしまうはずなんだ。

「祐太は私しか理解できてない。あの人なんかに理解できるわけない」

ローレライが言ったように、世界のざわつきを感じる。光の精霊がいろんなところで戦いが起きていることを知らせてくれる。とても大規模な戦いばかり。祐太はきっと自分の向かう先など知らず、最速でレベルを上げようとしてるんだ。

祐太のそういう行動自体が何も分かっていないのだと証明している。分かっていないのに以前と少し違うことが起きたからってどうなるんだ。

『こちらに来たくなったらいつでも——』

そうしてしまったら、きっと最後の時まで私は楽しくいられる。

『情に負けて決して、間違わないようにね。君以外、誰も六条君を殺すことができないよ』

最初は信じなかった。いくら米崎博士の言葉でも、信じないと決めてた。それでも、

『あなたの気持ちとてもよく理解できますよ。愛するものを殺さねばいけない。そんなことは信じたくない。その思いは当然のことでしょう。ですがあなたもご存知のはず、六条祐太はダンジョンを壊す存在だと言われていることを』

『それは何かの間違いで!』

『ええ、とても、その思いも理解できますよ。間違いであれば良いですね。ですが間違いでなければどうしましょうか?』

『その時は……』

『誰かがなんとかしてくれますか? 我が父は言いました。東堂伊万里。“勇者であるあなたにしかできないのだ”と。以前はね、“あなたができなかったから悲劇が起きた”と。私の言葉は全て偽りの情報だと思いますか?』

『そんなの……知らないわよ!』

ローレライの言葉が鬱陶しくて、私は神域からすぐに出た。ローレライの言葉を聞かなければ、それでいい。そう思った。でも私は相変わらずレッドには入る方法がなくて、世界を無駄にうろつくしかなかった。

いきなりゴールドエリアに来たせいで、レベルアップも完全に行き詰まった。レベル350。そこから上がらなくなった。祐太ならその上に行く方法が必ず示されたのに、私には正規通りシルバーエリアを支配する。

それ以外にゴールド級になる方法がないみたいだった。そもそもシルバーエリアにいないのに、ゴールド級になるなんて不可能だ。それなのにダンジョンは無茶な要求をしてきた。

直接言葉で言われたわけじゃないけど、私は完全に袋小路にはめられた。シルバーエリアに入れない状態でどうやってゴール級になる? 前提条件がそもそもおかしくて、ダンジョンに公平なんてないんだと思った。

私以外の誰かがシルバーエリアを支配すればレッド国のバリアは解除されるらしいが、それまでどれほどかかるか分かったもんじゃない。その誰かが普通にシルバーエリアを支配するだけで、十年かかかってもおかしくないはず。

こんなところで無駄に時間を過ごしたら仲間のみんなに置いていかれる。焦った私は再び神域を訪ねた。

『おや? お早いお帰りですね』

『出しなさい!』

『何をですか?』

『私をゴールドエリアから出しなさいと言ってるの! あなたならできるんでしょう!? そうしたら正規ルートに戻れる! それでもう二度とここには関わらないわ!』

『それでは困ります。あなたに横を向かれては我が父の計画は頓挫してしまう。私が与えられるものは何でも与えるので、どうかそんなことを言わないでもらえないでしょうか?』

『無理! さっさと出せ!』

あの時の私は焦ってた。祐太を殺すなんて論外だけど、10年後に帰ってきた祐太に仲間の中で一番レベルが低いままで、結局自分では何もできなかったなんて思われたくなかった。

『ではこういうのはどうでしょうか?』

『無駄よ。祐太を殺せなんていくら言われてもする気はない。祐太が生きてたら世界が滅びるなら滅びてしまえばいいのよ!』

私の中で世界と祐太なら、祐太の方がはるかに上だ。

『その件は一旦保留にいたしましょう。それよりもあなたがここから出る方法を教えてあげましょう』

ローレライは怪しい笑顔を浮かべていた。感じる気配から、私はこいつに実力では勝てなかった。少なくともあの時点では無理だった。それなのに実力行使をしてこないで、催眠にかける様子もなく、私を出してくれる?

怪しい……。

絶対何か企んでる。

『な、何よ?』

『なに、簡単なことですよ。東堂伊万里。あなたがこのゴールドエリアの支配者になるというのはどうでしょう?』

『う、うん? 何を言ってるの?』

何を言われても突っぱねる気でいたのに、意味がわからなすぎて聞き返した。

『言葉のままです。東堂伊万里にはこの聖羅国の、いや、あなたが支配者になるのだから聖勇国です。その支配者となるのです。セラス様も勇者であるあなたになら喜んでこの世界を譲るでしょう』

『はあ?』

『そうすればあなたの望みは叶いますよ。シルバーエリアどころかゴールドエリアが支配されたのです。レッドのバリアはそのことで解除されてしまうことでしょう。そうしたらあなたは仲間に会うことができます。しかもあなたは【中央管理球】を手に入れてゴールド級どころか、一瞬でルビー級になれます』

『あ……怪しいんだけど、何のつもり?』

『ただし1つだけ条件があるのです』

『何?』

『あなたはもうすぐ白蓮と呼ばれる大八洲国の真性神と会う予定ですね?』

『どうして知ってるの?』

『私がそれをどうして知ったかは秘密です。ともかくその白蓮と会わないでもらいたい。できれば他の方が会うのも邪魔してもらいたい』

『ええ……』

見返りとしてかなり嫌な条件だった。白蓮様に会うのは私の中での唯一の希望だった。エヴィーの言っていたその神様なら、きっと何も知らない私に道を教えてくれる気がした。

『もちろん、ただ会うなと言われても納得がいかないでしょう。ですからちゃんと理由を教えておきます。実はですね。白蓮という神は、以前、こことは違う世界線で“六条祐太を殺したのです”。彼女が勇者であることを考慮すれば、信じてもらえますかね?』

『白蓮様が祐太を?』

『この世界は、あなた方が思うよりもはるかに何度も繰り返してる。繰り返したのは億の年月では利かないかもしれません。その中でいつも六条祐太を殺しているのは白蓮なのですよ。六条祐太はいつも白蓮に殺されるのです』

『で、でも、それならあなたたちにとってその方がいいんじゃ』

祐太を殺す目的で、こんなことをしてるんじゃないのか。それなら白蓮の邪魔をせずに、協力した方がいいぐらいじゃないのか。

『彼女は私たちとは違う理由で六条祐太を殺している。それが私たちにとってはとても不都合なのです』

『嘘だ』

『やれやれ』

ローレライは私を聞き分けのない子供のように見て首を振った。

『私は本当のことしか言わないのですが、あなたは私の言葉を全て嘘だと思うのですね。ともかくその約束を守ると誓うなら、あなたはそれだけでゴールドエリアの支配者です』

『……』

迷った。けど、私はその約束に最終的には頷いた。このままでは袋小路にはまったままになってしまうし、レベルが上がることでローレライへの対抗手段にもなる。私にとって損になることは何もないと思えた。

そうして私はようやくゴールドエリアから脱出することができた。でも私はそこで誰にも暖かく迎え入れられることはなかった。

『ゴールドエリアを支配した!? ふ、ふざけるな!』

『そうだ!』

『急に出てきて支配者様だ!?』

『俺たちの努力はどうなるんだよ!』

『こっちは仲間だって死んでるんだ!』

『私のところだって死んだわ! あんたが生き返らせてくれるの!?』

『ズルしてんじゃねーよ!』

ようやくゴールドエリアから出ることができた日。私は誰からも歓迎されていないんだと理解した。玲香さんなら事情を話せば理解してくれると思った。でも、玲香さんに全部話してこの人が、祐太を信じられるのか?

私以外の人間が祐太を信じられるわけがなかった。

だから誰にも言わなかった。

私はゴールドエリアの支配者になって孤独になった。

ようやく外に出られたのにこれなら出なかった方が良かったぐらい孤独だった。

後にゴールドエリアでセラスから各地の支配者に紹介されても、各地の支配者はどこか冷めた目で私を見ていた。そりゃそうである。自分よりも強いことも証明していないポッと出の17歳の女の子。

私だってそんな支配者を見たら顔をしかめる。私は孤独で悲しくて誰にも言えなくて苦しかった。でも、仲間に事情も話せない。

『祐太の為だもん。頑張れる』

そうやって自分に言い聞かせて、私は自分で全部解決するしかないと心に決めた。そこからはもう強くなることに全力を注いだ。それが逃げ道のように頑張った。ルビーエリアでは駆け上がるようにレベルを上げた。

私の才能は本物だったようで、仲間の誰にも知られることなくひっそりとレベル999まであっという間に上がった。そしてちゃんと全てを知ることが何よりも先決だった。

その真実に白蓮が使えないのなら、ローレライのところにまた戻るしかなかった。

私は神域のローレライを訪ねた。

『帰ってくると思いましたよ。おかえりなさい。外では散々だったのではないですか? 何か甘いものでも用意させましょう』

私は怒った。原因は全部ローレライだ。それなのに今まで接した人間の中でローレライが一番優しくしてくれた。だからお前が原因なんだよと叫びたかった。でも、私は我慢した。

私は誰にも本当のことを言わず我慢するのが昔から得意だった。こいつらのことを全部理解するために仲間のふりをしよう。その日からローレライとセラスと私の共同生活が始まった。

その日々の中で、

「——結局間違ってたのは私で、ローレライの言ってることが本当だって理解させられただけだった」

千代女様だって理解したくない信じたくない。だからあんな言葉を言うだけで、

「それがあいつのためだって分かっちゃったら……」

なんだか嫌な気分がこみ上げてきて、私は体を起こした。そして何か精霊の気配を感じた。私の得意の光の精霊の気配。でも別の系統にいる子だと分かった。光の精霊にも色々あって、違う系統だと私の言うことは全然聞かない。

「お前何でここに来たの?」

光の精霊を見た。手のひらに収まるほどの小さな体。透き通っていて純粋な子供のような見た目。そんなのがいた。

「こういう小さいのだと入れるのよね……。お前こっちに来る?」

私に気づかれたことに向こうも気づいて、慌てたように姿を消す。何か特別なことができるような精霊じゃなかった。ローレライは外の空気や光を取り入れるため、小さな小さな存在なら神域の中に入れるようにしている。

そのギリギリのサイズだったように思う。

「何をしに来たの?」

不思議に思いながらも立ち上がった。

そうして、

「これは……」

私の部屋のテーブルの上に一通の手紙があった。

薄い黄色がかった紙で、ところどころに微細なしわや焼け跡のような斑点が散在し、その見た目はどこか冷たく、不安な気持ちにさせられる。どう見ても薄気味悪い手紙が置かれていた。

「誰から……」

誰からも理解されず、手紙なんて届くわけもない私だった。呪いたくなるぐらい嫌われているのか、呪いの手紙に見えた。ただでさえこの10年はずっと気分が優れないのに、余計に優れなくなってくる。

ローレライと出会ってから楽しいと思えた日がない。もうこんなことやめて、祐太のところに帰りたい。あいつは今もう帰ってきてるはずなんだ。祐太と過ごすまったりとした休日が私にとっての一番の癒しだ。

「もう私のことなんて嫌いになってるよね……」

口からため息が漏れ、空気がゆっくりと肺から抜けていく。心の奥深くに溜まった重い思いを一緒に吐き出すようだ。ため息をついた直後、何の気なしに、その手紙を手に取った。封筒の表面には、名前があった。

勇者には呪いに対する強い耐性がある。簡単に呪われることなどない。その安心感があったから、手に取ること自体それほどためらわなかった。

「……」

そして私の心臓が跳ねた。

「嘘だ。手紙なんて出してくれるわけない」

見慣れたその字。間違いない。ああ、その文字だけでも愛おしい。祐太の字だ。私が間違えるわけがない。しかし、その字には何か異様な雰囲気が漂っていた。呪いにでもかかっているようなオーラが見える。

それなのに私の手はその中身を読みたくて、祐太の声がその手紙の中から聞けるような気がして、ラブレターでも届いたみたいに胸をドキドキさせながら、封筒を開く。手紙を手に取る。冷たい感触が指先に伝わった。

そのせいで急に祐太を裏切っている自分に対する罪悪感が押し寄せる。中から取り出した手紙は、血のような赤色で、文字が呪いを刻み込むように書かれていた。

【東堂伊万里が六条祐太を裏切った理由は全て露見し、その企みはことごとく失敗に終わる】

読んだ瞬間に叫んでしまった。

「祐太、それはダメ!」

やってしまった。これはマジックアイテムだ。しかもこの感じる強さ。ルビー級ガチャから出てくる中でも最上級。気味の悪い老人が笑っているような姿が見える。慌てて手紙を離したけど遅かった。

手紙を読み終えた瞬間、胸の奥に鈍い痛みが走った。言葉が心の中に深く突き刺さり、書かれた内容が現実に影響を与えるかのように感じられた。手紙に書かれていた内容が、頭の中で繰り返され、次第にその意味が現実のものになっていく。

体中縛られたような強制力が感じられた。なんとか頭の中のイメージを取り去ろうと聖なる勇者としての浄化の力を集中させる。

ガチャリとまた扉から音がした。

「何かが入り込んだ気がしたので探していたのですが、これはやられましたね」

ローレライの声が聞こえた。私はそこから自分の記憶が途絶えた。