作品タイトル不明
第三百八十八話 Side伊万里 神域
船が港に停泊して、船から降りた私はすぐにエルダーリアからレッドに向かった。仲間の誰でもいいから早く会いたかったのだ。これほど人恋しいと思ったのも初めてだった。自分だけが完全に正規ルートから外れている。
しかし、再び船に乗って、レッドに入る直前で私の体だけが船から、ずるずると引きずられていくように壁に当たって、一人だけ海に落ちた。最初私が何をしているのかみんな分からないようだった。私だって分からなくて混乱した。
でもなんだか目立つのが嫌で、恥ずかしくなった。幸いマジックバッグに荷物は全て入れていたから、船だけが遠ざかって行っても大丈夫だった。
『おーい、嬢ちゃん! 今迎えに行くから待てよ!』
『大丈夫です! 私は冒険者でちょっと海に用事があるのでそのまま行ってください!』
『ほ、本当にいいのか!?』
驚いてたけど私はこうなることを予想はしていた。というのも、レッドに現れた探索者たちは、どうもレッドから出られない状態になっているという噂が流れていたからだ。レッドの周りには見えないバリアがある。
探索者けがそれに弾かれる。中から出ようとすれば弾かれる。でも外からなら入れるのではという期待もあったが、どうやら外から中に入ることもできないのだと察しがついた。
シルバーエリアとゴールドエリアについてのルールは聞いていたから、シルバーエリアが終わればいずれそのバリアは取れることも分かっていた。
『でもそこまでなったら、私は完全に置いてきぼりになる』
『イマリ、お前は外に出たいなら神域を目指すしかない』
エルダーリアに戻った私は、ゼオンにその話をして、私の事情も少しだけ話した。そうすると、私がこういうことになった原因に会うしかないと言われた。神域まで自らおもむいてローレライに会うしかない。
今まで起きたことを考え合わせると、自分がいるはずのないコールドエリアにいきなりいることには気づいた。
『それとかなり難しいことになるだろうが、出遅れたくないなら、ゴールドエリアからクリアしていくしかないな』
ゼオンはそんなことまで教えてくれた。だから私はそう決めた。私は各地にある小さな【管理球】を回った。さすがゴールドエリアというべきか、モンスターも冒険者も強くて、手を出せない【管理球】がほとんどだ。
それでもコツコツと頑張り、レベルを303まで上げたのだ。さらに私は、空を飛ぶスキルを手に入れた。ローレライに会ったこと以外、私は結構幸運だった気がする。その途中で剣神ベリエルという変わったおじさんとも会った。
ベリエルは超越者だった。戦闘狂として有名な人らしいけど、ベリエルから見て私は弱すぎて、ただの親切なおじちゃんだった。私の行き詰まった境遇に同情もしてくれて、
『神域に行きたい?』
『ええ、どうもそこに行かないと問題が解決しないみたいなの』
『ほお、セラス教の信者というわけでもないようだな』
話の通じるおじちゃんだった。ベリエルは私にどういうわけか、随分と親切にしてくれた。私は自分の事情なんて自分の都合のいい部分しか話さなかったのに、ベリエルはずいぶんと私の言葉を信じてくれたのだ。
『まあよかろう。私の友人がよく神域に出入りしている。何度か私もそれに付き合わされたから行き方は分かってる。今は特に戦いたい相手もおらん。案内してやろう』
『本当にいいの?』
この世界のルビー級は全員セラスの言うことに絶対服従だと思っていた。だから私のようなこの世界にとっての部外者である探索者を、神域に案内してくれるというのは意外もいいところだった。
『私がセラスに危害を加えると思わないの?』
『長く生きてるとな色々とよくわかるものだ。お前が随分と苦労していること。それがこれからも“継続”することもわかる。だからこれは“同情”のようなものだ。ありがたく受け取っておくといい』
ベリエルのおじちゃんとは1週間ほど一緒にいた。本当のお父さんがいたらこんな感じなんだろうか。そんなことを思わせる人だった。べリエルとはその後もよく会った。相談事をする人がいなさすぎて、どうしても頼ってしまった。
祐太のことも一度だけ相談したことがある。
『好きな人をどうしても殺さねばいけなくなったらどうするかか……』
理由は言わなかったけど話すとベリエルは、
『伊万里様。拙者ならどうしてもそれを避けることができないなら殺すでしょう』
『そっか……』
その言葉は奇妙なほど軽くは聞こえなかった。
『勘違いされると嫌なので言っておきますが、伊万里様。拙者は生粋の戦闘狂だ。だから強い相手は等しく好きなのですよ。そして拙者は最終的にいつも好きな相手を殺してしまう。伊万里様、拙者はそういう人間なのですよ。だからあなたも拙者にはもう会いに来ない方がいい。拙者はきっとあなたも殺したくなるから』
あの時のベリエルの顔を覚えている。狂気に染まった顔。探索者の強さに取り憑かれた人間。そういう人間がたまにいる。ベリエルはそうだった。私はあれ以来あの人と会ってない。そしてあの日からまた再び1人になった気がした。
「今日は何だか落ち着かないな」
昔のことをよく思い出した。祐太とのことはできるだけ思い出さないようにしている。いざという時何もできなくなったら嫌だから。だから別のことを考えているのだけど、元より私が気を許せる相手なんて祐太しかいなかった。
中学の友達とは表面上の付き合いをしていた。こいつらにはちゃんと両親がいる。所詮、私とは根本的な部分で分かり合えないと諦めていた。今はもう外にも出られるようになったけど、美鈴にも会いに行くことができず、一人ぼっちだ。
エヴィーが裏切った情報を手に入れた時は、心の底から腹が立って殺してやりたいと思った。でも自分が一番裏切ってることを思い出して最高に笑った。神域にはセラスとローレライと死神がいるだけだし、仲がいいわけでもなかった。
「祐太もうこの国に来てるのかな」
考えないでおこうとするのに1日に何度も思い出してる。今どうしてるか。ちゃんと元気にしてるか。殺そうとしてるのにそんなこと、考えてどうなる。でも今、笑顔ならいいなと思う。
ここに来た最初の頃は涙が流れてくることも多かったけど、最近はそれもなくなった。
私という冷たい人間は、きっともう涙が枯れたんだろう。
そして、
そんな時だった。
「……!?」
私が今まで寝ていたベッドの上に刃が通り過ぎた。
「やっぱり」
私は間一髪でそれを躱す。
「誰!?」
「簡単に殺してすっきりとは行きませんね」
ベッドから起き上がり、部屋の隅に立っていた。忍びの服を着たおかっぱ頭の女性。彼女は冷たく私を見てきた。
「千代女様……」
この人、私の気配まで抑えている。私が危機感を持って動けば間違いなくローレライがすぐに駆けつけるだろうが、その様子がない。この人に私の気配が封じられてる。『暗殺大好き千代女様』そんな言葉を聞いたことがある。
人を効率よく殺すために、そのためのスキルを山ほど持ってる。狙ったターゲットが誰かに助けられたりして失敗しないように、そのターゲットが騒いでも大丈夫なスキルも持っている。外に声が通じる気がしない。
なぜか途中で声が消えている気がする。
「しゃべるのなら【機密保持】を使いなさい。精神の高ぶりを戻しなさい。あなたも外の人間と話したかったんじゃないんですか?」
見透かされたように言われる。私は確かにその思いもあって【機密保持】を使用することに同意した。
「物わかりが良くて助かりますよ。それにしても、祐太さんの手を煩わせるよりも暗殺しちゃおうかと思いましたが、さすがレベル999ですね。私の今のレベルじゃ首の皮1枚というところですか」
千代女様が言い、そのことで初めて自分の首が斬れてるのに気づいた。ゴールドエリアの特性上、千代女様でもレベル制限を受けてるはずなのに、私に傷が入れられるのか。やっぱり生きてきた年数が違う。
今の私なら同レベルでも負けないとは思うが……。
「東堂伊万里。あなた私に言い訳を一応聞いてほしいですか?」
「別にあなたの理解は求めてません」
しゃべりながら戦うべきかどうか考えてしまう。ここにローレライが来た時点で多分戦いは終わる。その後すぐにセラスも来るだろうから、いくらこの人でもそんな状況になったら逃げる。でも、私はずっと仲間と話をしてなかった。
今、祐太が元気にしてるのか。ご飯はちゃんと食べてるのか。また女を増やしてないのか。そんなことが気になって仕方なかった。気になることが全部祐太のことばっかりだった。
私達の二人で完結していた世界。
本当にそれだけでよかった。
「それは残念です」
「何しに来たの?」
「それは当然あなたがどうして祐太さんを裏切ったのか知るために来ました。祐太さんはそれをとても気にしています。あなたの件以来、祐太さんの顔にはどこかいつも影がある。そして最近、米崎ちゃんも未来で祐太さんを裏切る可能性があると気づいたようです。これは事実ですか?」
「……」
私は迷った。でも気づくと頷いてた。
「それは困りましたね。米崎ちゃんの件を知って、私は祐太さんに確かめてきて欲しいと言われたのです。あなたの裏切りの理由を。この場であなたを暗殺するのは難しそうですし、手ぶらで帰りたくもない。どうです? 私にではなく祐太さんに言い訳をしてみませんか?」
「祐太に……」
「伝えてあげますよ。あなたが何と言っていたか全てそのまま」
「……」
祐太に伝えてほしいことはたくさんある。でも、
「私は祐太に何も話さないと決めているからここにいる。祐太と話し合うつもりなら最初からここにいない」
そう答えた。
「道理ですね」
私の答えを聞いて、千代女様はベッドからすっと降りてきた。目の前に立たれる。一瞬でも油断すると殺されそうな瞳で睨まれた。とても昏い恐怖を感じさせる人。何百年も生きて一度も殺しをやめたことがない。
「東堂伊万里。私はここに潜入して実は結構時間が経ってるんですよ。その中でいくつか分かったことはあります。あなたたちは祐太さんを殺す準備を着々と進めている。そのための要員も十分に用意できてる。正直、祐太さんにはもうダンジョンに関わらず私と2人で生きてほしいぐらいです」
「そんなの私だってそうです。でもあいつはそれだと納得しない。『死んだみたいに生きるのは嫌だ』って言う。それにもう……」
私は大事な言葉を口にしそうになってうつむいて唇を噛んだ。
「そんな顔するんですね……。東堂伊万里。あなたのこと私少しだけ調べましたけど、その調査結果でもあなたはたとえ何があっても祐太さんを裏切らないという結論でした」
涙は枯れ果てたと思ったけど、気分は泣きそうだった。感情が漏れて何もかも投げ出したくなった。今の私はきっとひどい顔をしている。
「東堂伊万里。私はあなたの理由に興味があります。この研究施設を散々調べましたが、残念ながらどこにもあなたやローレライの動機が見えてくるものはなかった。出てくるのは祐太さんを殺そうとする意思だけです。あなたたちどうしてそんなことするんですか?」
「それは……」
私は黙って口が重くなって何も言えなくなった。そうすると目の前の千代女様は淡々とした口調で言ってきた。
「『教えてくれ』だけではいけませんね。少しこちらの情報を教えてあげましょう。“ある日”祐太さんにルルティエラから連絡があったそうです。こんな内容でした【東堂伊万里が六条祐太を裏切った】と。理由は何もありませんでした。ただ裏切ったとだけ教えられて、祐太さんはそれでも自分のやるべきことに専念していました。でもかなり傷ついたことは見れば分かりました」
「……」
「教えなさい。あなた達の動機は何ですか? 答えによっては……ここで暗殺しちゃうぞ」
千代女様の言葉が止まり、私に感じたこともないような殺気が向けられた。私は思わず一歩後ろに下がった。
「祐太さんはあなたのせいで自分の行動が正しいのかどうか悩んでる。ここであなたを殺してもそれは変わらない。それにローレライは米崎ちゃんなんですか? あなた達は残酷だ。祐太さんに何も教えずに祐太さんを傷付ける。それなのに自分が悲劇のヒロインみたいな顔する。正直ものすごく鬱陶しいですよ」
とてもはっきりした言葉を使う人だった。私はとても辛いけど、それで私に同情してくれる気はかけらもないようだ。それが悔しくて、少しぐらいお前も苦しめと思った。だから私は口にした。
「……ローレライは私も詳しく聞いたわけじゃないけど、米崎さんじゃない。あの人はもう死んでる。今は産み出された2代目だと聞きました。セラスは……ヒノエじゃありません。ヒノエはそこまで届かなかった。セラスはクミカです。でも、迦具夜とミカエラの魂は協力を拒んで分離したらしいです。だからクミカはクリスティーナで、ダンジョンでの才能に乏しい。それをヒノエのノウハウも交わらせてる。だから彼女はからくり族。本当は世界の支配者たる資格がない。セラスは全部騙しながらなんとか生きてるから限界が来てる」
「分離? 魂は一度交わると分けられなくなると聞きました。分離などできるのですか?」
「できるみたいです。私もよくわからないけど迦具夜とミカエラは協力を拒んだけど、ここで米崎博士がやろうとしたことに理解も示してくれたそうです。だからクリスティーナに反逆はしなかった。時間を200年かけてゆっくりと魂は分離したそうです」
「では2人の魂はどうなったのですか?」
「そこまで詳しくは知りません」
話したからって、この人が真実を知ったからって、私が許されるわけじゃないだろうに、私は言わなくていいことを口にしていた。
「なるほど……これまでいろいろ情報を集めましたが、セラスは光の力しか使ってなかった。クリスティーナしかいない。だからセラスは光の力だけ使うのか。セラスはヒノエかと思っていたので、不思議でした。ヒノエはどちらかと言うと祐太さんの影響が強くて炎寄りだと聞いていたのですよ。そして水と闇はないか。いないのであれば当然ですね。じゃあ——」
しっかりとこっちの目を見られた。
「肝心の動機を教えてもらえませんか?」
「それは……」
急に胸が重くなってくる。私も自分なりに情報収集はしていた。たまに大八洲国で六条パーティーがどうしてるのかも聞いていた。祐太の女性関係で一番めぼしいのが弁財天様だったけど、日本での一番の有力者は千代女様だった。
千代女様はたびたび表でも、
『祐太さんの内縁の妻です』
というような発言をしていた。そして今目の前にしてわかる。以前一度だけ行動をした時にも思ったことを思い出す。この人は一途だ。たとえ何があっても祐太を殺そうとはしない気がする。
そのことに腹が立って勢いのまま言おうとした。でも祐太の事を考えるとやっぱり言葉が止まった。それでも何か私は違うことがしたかった。何も結果が変わらない。でも変わってくれないかと思ったんだ。
「祐太は近い将来、自分から自分の死を望むようになります。そしてその時にはもう手遅れになってる。その時の祐太は強すぎて誰も殺せない。米崎博士の遺言の言葉を私は見ました。今じゃないと殺してあげることもできない」
「詳しい事情は言わないんですか?」
「少なくとも本当のことは言いました」
「なるほど……。ふむ」
千代女様は少し考えてからまた口を開いた。
「では、ご苦労様でした。もういいのではあなたはこちらに戻ってきなさい」
千代女様は手を差し出してきた。その手を取れば私はものすごく楽になる。
「そうできれば楽ですね。でも私はそっちに行かない」
「そんな苦しそうな顔をしてですか? 正直あなたに祐太さんを殺そうとする明確な行動が取れるとは思えませんね。それが、できないならあなたがここにいる意味など何もありませんよ」
「……できます」
「1つ教えておいてあげましょう。祐太さんはきっとあなたが自分を殺しに来たら抵抗することはできませんよ。それぐらいあの人はあなたを大事にしてるから。無抵抗の祐太さんの心臓に2度刃を突き立てますか?」
「……一度だけですよ。祐太が鳳凰になったのは知ってます。でも、私には鳳凰のスキルよりも優秀な【悪魔特効】というスキルがあります。祐太が悪魔なら、祐太はきっと私に刺されれば死にます」
「じゃあなおさら手を取りなさい。あなたにはできない」
千代女様ははっきりと言い放つ。冷たい言葉だけどこの人なりの最後の優しさなのかもしれない。でも決めたことだ。あいつが死にたくても死ねない。そんな姿で永遠に生きていくことになる。そんなのだけは見たくない。
「そっちでいいんですね?」
「祐太にもし私が失敗しても、レベル1000は超えちゃいけないって、それだけは伝えてください。そうなったら本当にもう終わりです」
「そうですか……」
どうしてそんな寂しそうに見るのよ。あなたに同情して欲しくて言ったわけじゃない。
「覚悟を決めたのですね。それならいずれ私があなたを殺してあげましょう。祐太さんにはできないことでしょうから」
「千代女様。もし自分たちが私たちに勝ったら後悔することになりますよ。祐太が死ねるとしたら今のタイミングしかないんです。できればあなたもこっちに協力してほしいぐらいです」
「伊万里ちゃん、泣きながらそんな言葉、言うものじゃありませんよ」
「涙なんて出てません!」
「……さすがに限界ですね。ローレライが近づいてきてる。東堂伊万里。いいことを少しだけ教えてあげます。祐太さんには以前にはなかったことが起きているそうです。私はそれに賭けましょう。こちらに来たくなったらいつでも——」
ガチャッと扉が開いた。
「おや、誰かがいると思ったのですが……」
私はベッドの上に座っていた。何も起きていない顔をした。
「勝手に入ってこないで。それとも人の部屋に勝手に入る趣味なの?」
「……いえ、そんな趣味はありません。ひとつ伝言です。ずいぶんと外が騒がしい。いよいよかもしれません。いざという時何もできないなどとならないように、あなたも準備してくださいね。あなたの役目も重要なのですから」
ローレライが部屋を出て行く。千代女様はもういないようだった。自分はできるだろうか。いや、祐太のことだから最後は私がしなきゃいけない。そう私は心に誓った。最後のその瞬間は絶対に迷わない。