軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百八十七話 Side千代女、伊万里 潜入捜査②

Side千代女

死神の影に私は入らせてもらった。ある程度のところまではこの数年で死神は中に入れるようになったようだ。まあローレライもいつまでもしつこく帰らない死神という爺さんを外で寝かせ続けるのは気が引けたのだろう。

影の中に異空間を作る。クミカちゃんが得意なことですが、潜入に便利なので私も使える。とはいえ影に入ったらそれで絶対に誰にもバレないかといえばそうではない。影の中に異空間を作ったことで、影自体が普通の影ではなくなる。

その普通じゃない影から異空間になった本来とは違う空間の歪みが出る。私自身の気配は空間を隔てるので漏れないが、そもそも異空間に繋がる影が怪しい。まあそのことも含めてごまかしてしまうのだ。

そこまでできて真の意味で影の中に隠れることができる。死神が建物の中に入っていくとローレライがすぐに警戒モードに入ったのだろう。【転移】を使い、死神の後ろに現れた。

「コシチェイ殿。最近中には入って来られないと思いましたが、今日は何の用ですか?」

ローレライはこの建物の中に誰かが入った瞬間、気配を察知するように仕掛けを施している。それは人感センサーや、魔法を感知する魔法道具、そして自分自身の魔法やスキルである。この建物は二重三重に侵入できなくされている。

ローレライは中を見られることが相当避けたいようだ。

「年寄りに外は堪える時もある。たまにはお前が用意してくれた部屋を使うのもよかろう」

「それはそれはどうぞごゆっくり」

本当かと疑っている。年寄りの姿をしているが、死神の中身は二十歳の健康男子よりも1000倍は元気な爺さんである。疲れるなどという言葉があるわけもない。

「そうさせてもらおう」

「分かっていると思いますが、奥には入らないように。入った場合あなたでも、もう二度と神域に入ることを禁じますよ」

「分かっている。しかしここでの生活ももうすぐ終わる。孫の元にようやく帰れると思うと嬉しすぎていかん。10年も経ったかと思うと、どれほど大きくなったかと思う。お前にも私の可愛い孫の姿を見せてやりたいものだ」

「それはあなた一人でお楽しみください」

「孫の可愛さを理解できんとは悲しき人生よな」

ローレライは死神から目を離さない。黒いマントを身にまとった爺さんは平然と自分の部屋の方へと向かっていく。入り口から近い場所。エントランスとも呼べない簡素なパイプ椅子のある部屋のすぐ近くに死神の部屋はあった。

「千代女。我から離れるタイミングは分かっているな?」

後ろからローレライに目を向けられる中で、死神が私に声をかけてきた。この声は【機密保持】の魔法を体内で使用して、足元から影に入れて私につないでいる。【意思疎通】の方はあまりに近くで使うと、念波でバレやすい。

だから本当に近くの人と秘密で喋りたい場合は【機密保持】が一番いい。死神は黒いマントで隠して、【機密保持】の魔力の糸をどこからも見えないように気をつけていた。

「私はあなたより長生きなんですよ。そしてたくさん人を暗殺してきました。それこそ許されないほどあなたよりたくさん殺してきました。この程度の場面一度や二度ではありません。下手を打つなどと心配する必要はありません」

「まあお主のそういう部分だけは信用している。分かったことを共有することを忘れるなよ。我に協力させておいて、もし情報を自分だけで独占したら生きていることを必ず後悔させる」

「何度も言うんじゃありませんよ」

「我の部屋が近づいてきた。いいか、タイミングを合わせろ」

死神が【機密保持】を使ってタイミングを知らせてくる。声は圧縮して0.0001秒まで知らせてくる。刹那のタイミングが大事だった。私もこれに失敗したら、2度目はない。

ローレライは私に気づいた時点で、あらゆる方法を使って死神ごと私を排除するだろう。そしてセラスが噂通りの存在ならそれは可能だ。意識を集中させて高速に圧縮された死神の声を聞き、タイミングを間違えないように気をつける。

私から外は見えない。だから【機密保持】で教えてもらうしかない。死神が部屋の前まで来たのがわかる。異世界にあるとは思えないような質素なドアノブに死神が触れ、

「行け」

瞬間、死神から離れた。ローレライは死神に対してかけらも気を許す気がないのだろう。この部屋に入ると同時に、マーキングの魔法がかかるようになっているそうだ。それはどれだけ振りほどこうとしても必ずついてくる追跡魔法。

死神がいるだけで、ローレライの警戒度が増す。それならばローレライも神域から死神を追い払えばいいのだが、そうなると死神と対立する。その場合この爺さんは、その名前が示す通り死ぬほど厄介だ。

逆に祐太さんを殺すのに死神は役立つ。目的は同じ。敵対する必要もない。だから死神の存在をある程度許す。

「そんなところでしょうね」

内容は腹立たしいが、ローレライが米崎ちゃんと関係してるなら、理由は深刻に思えた。むやみやたらと責めても問題の本質が残ったままでは意味がない。祐太さんを大事に思うだけに、楽しく生きられる毎日にしてあげたい。

そうなるためにも……。

私は合図とともに、死神にローレライのマーキングが施されるのが感じられた。ローレライはこの瞬間だけ集中がわずかに乱れる。その一瞬の隙に死神から離れ、建物の“壁の中”に隠れた。私が開発した忍術の一つだ。

最近? のテレビアニメで忍者が壁に布を貼って、壁と一体化することで隠れているシーンがあった。私はそれを見て、アニメの中でできることを私ができないのはおかしい。そう考えて開発した。

【忍法・壁面一体化の術】

である。壁の中というのは意外と空洞がある。みっちりものが詰まっているわけではないのだ。そして空洞があるなら、その中には影がある。壁の中にある影の中に入り込む。そういうスキルである。

そのまま壁の中の隙間にある影の空間を、慌てずにゆっくりと進んだ。ローレライはここから先、どれだけ侵入者を警戒して仕掛けを施すだろう。もっとすごい仕掛けがたくさんあるだろうか。

私はそれをここに侵入してからずっと考えていた。そして1つ出した結論は、“それはない”という結論だった。ここから先、侵入防止の仕掛けはほとんどない。どうしてか? それは、私でもここにはかなり入りにくかったからだ。

死神がいなければ期日までに入ることはできなかったほどだ。ここから先に今まで入り込めたものがいるとは思えないのだ。“誰にも入られたことがない場所”にローレライはどこまで仕掛けを施すだろう。

彼が生きた年数は100年や200年ではない。祐太さんの情報ではあるいは1000年だという。それだけの時間、警戒する必要のない場所を警戒し続ける。いくら用心深い男でも、これはかなり難しい。

「私も300年以上生きてるから分かりますよ。どれだけ思ってることでも100年もすれば摩耗して消えていく。もしもあなたが神に到達していたのだとしても、さすがに危険のない場所を警戒し続けることは不可能だったでしょう」

そもそも、外側ならともかく内部に侵入防止のトラップを仕掛ければ、不自由が起きる。働かせているからくり族もいる。敏感にすればするほど誤作動も起きやすい。もし何百年もそれが続けば、必要ないものは取り除きたくなる。

「それでも相手が米崎ちゃん、もしくはその後継者? 油断はできない」

私は壁の中をひたすらに静かに静かに進む。1歩進むのに1秒かかるぐらいゆっくりとしたスピードで進む。自分を影の一部として、何者にも悟らせないように、奥へと進んでいく。時折、からくり族が私の横を通り過ぎる。

「やっぱり気づかないですね。そもそも研究に特化させるなら、人としての機能はかなり削ぎ落とされてるのかもしれません」

そうして進み続けて、心に焦りが生まれる。祐太さんは7日目ぐらいには作戦を発動させたいと言っていた。まだ作戦は発動していないだろうか。ここには開始の合図が届かないだろうから、始まってしまわないことを祈る。

それでもあまりそのことを考えないように気をつけた。思考が乱れるだけでも気配が漏れる。

「ここまで気配を察知するものはあった。でも、入り口に仕掛けられているものほど強力じゃない。この辺はからくり族の出入りが多い。やっぱり邪魔になるんだ」

自分の中だけで声を呟く。巨大な研究棟に到着し、やはり強いモンスターを造ろうとしている形跡が見えた。かなり巨大なモンスターが目を閉じて眠っていたのだ。研究室はモンスターごとに別れて10室を超えるほどあった。

それら全てにモンスターがいて、そしてその一つはバルガレオルとそっくりだった。

「この世界のモンスターは、ひょっとするとローレライが全部造ってるのでしょうか? 祐太さんの話だと少なくとも氷狼王グレイシスは、それとは関係ないベクトルで生まれたみたいだけど」

そこにはローレライの意思が感じられた。ローレライは聖勇国のモンスターの数を常に一定に保とうとしている。私にはそんな意図があるように思う。

「その目的は何?」

私は壁から出ていた。そして後ろから人の息遣いが聞こえて慌てて振り向いた。

「あれはまさか……」

金色の髪、金色の唇、人を超越したようなどこかこの世とは離れた美しさ。セラスと思われる存在が浮かんでいる水槽も見つけた。

「祐太さんもそうじゃないかって気にしてた。じゃあセラスもローレライが造った?」

レベル1500を超えるような神を人が造る。祐太さんも少しそんなことを考えていたようだけど、本当にできるものなのか。確か米崎ちゃんの目的が神様を造り出すことだ。あの子はこれを成功させたのか?

「これをいくつでも造れるのでしょうか?」

もし造れたら無敵である。

「でも……」

どうしても納得がいかないこともある。その最たるものが、

「こんなものを維持するエネルギーをどこから補うんでしょう?」

特にセラスは私でも触れれば消される。そう感じられるほどの力がある。

「何十年も何百年もローレライはこんなものを造り続けてる? 目的はこれを使って祐太さんを殺すこと?」

研究施設を調べてもローレライの目的はぼんやりとしか見えてこない。さすがと言うべきか、当然と言うべきか研究所内に日記が見当たらない。日記に目的を全部書いてくれてたらいいけど、ローレライはアナログ人間ではないらしい。

「研究員は全員からくり族だし、それぞれに役割を分割されて任せられている。全てを知っているからくり族はいそうにないんですよね」

自分で考えて動いている様子のからくり族は見かけることがある。しかし、全体に指示をするからくり族がいない。どうもそれぞれに脳みそが用意されていて、自分独自で考えて動いているらしい。

それらを全てを統括しているのはローレライだけのようだ。

「ローレライに直接聞くわけにいきませんしね」

データファイルが入っているパソコンらしきものも触ってみたいところだ。だが、私ではローレライのセキュリティを超えることができない。

「私ってアナログ人間なんですよね」

パソコンがどういうものかぐらいは理解できている。その理解は多分普通の人間よりは上だ。だからパソコンに触った瞬間、下手にデータをいじれば何が起きるか想像することもできた。

「絶対ローレライもパソコンには、他人がアクセスできない仕掛けぐらい作ってますよね。でも、どうにかして調べられないでしょうか」

見て回っていくつか分かったことはあった。ローレライがここでしていることにも想像がついた。ローレライはここで祐太さんを殺す準備をし続けている。何というかそういう殺意が感じられた。

ここがそういうものである可能性が高い。それぐらいの確信は持てた。でも、私が一番知りたい肝心の祐太さんを殺そうとする理由が見えてこない。東堂伊万里ですら賛同してしまっている理由。

「やっぱりもうあの方法しかないか……」

それを探る方法は1つだけ残されている。それは早い段階で見つけていたし、できればその方法は取らずにここを後にしたかった。しかしそれはあまりにも都合のよすぎる考えのようだ。

「賭けに出るしかないですね」

これでは祐太さんのところに帰れない。帰ったところで祐太さんの心を何一つ晴らしてあげることができない。それができるようになるために私は、

Side東堂伊万里

祐太がダンジョンに入らなかったらどうなってたんだろう。そうなれば、全てのことは意味がない世界としていずれ世界は消えると分かっていても、そんなこと知ったことかと私も祐太も気にも止めなかった。

100万年先の繰り返すその時まで、誰も生きてないんだからそれで問題ない。桐山美鈴もエヴィーも祐太を知らない世界なら、きっと私が祐太の奥さんである。それは一体どれぐらい幸せな毎日だっただろう。

「それでよかったのにな」

全ての始まりはエンデのストーリーを見た時からだ。私はあの日、エンデのストーリーを見てその後、ローレライから荒野に放置された。そのせいで、そもそもまず自分がどこにいるのかそれが分からなくなった。

普通に考えれば今入ってきたダンジョンゲートを戻ってしまえば、それでいいはずなのだけど、どういうわけかダンジョンゲートを潜ったばかりのはずなのに、私の後ろにダンジョンゲートはなかった。

今から考えたらそれはローレライによって【転移】させられ、そもそもゲートなど存在するわけもない場所に移動させられていたのだとわかる。でもその時はわかってなかった。

そして、

あの10年前から、

私の世界への旅が始まった。

世界を旅しても本来ならいるはずの99人のシルバー級の探索者がどこにもいなかった。私はどこにいるのか? 本当に理解できなくて、当初は、ちゃんとその確認ができるまででも時間がかかってしまったと思う。

いろんな人間から話を聞いて、

『カラドニア共和国? それでいいの?』

『嬢ちゃんマジで大丈夫か? 危ないとこ助けてくれたのはありがたいんだけどさ。なんか嬢ちゃんの方が大丈夫かって心配になるんだが……冒険者の人だよな?』

途中で野党に襲われている商人を見つけて、助けてから少しだけ状況は良くなった。それまではどれだけ放浪することになるかも分からないので、ガチャから出てきた白カプセルの中にある食事をできるだけ消費しないように食べていた。

あの時の私は、とにかく祐太に会いたくて仕方がなかった。

私の中の祐太成分が足りなくなっていた。意地を張らず、エンデの言葉通り、祐太と一緒のエリアにすれば良かったか。そうすれば今頃、祐太はいないけど玲香さんやシャルティーさんや切江さんと楽しくやれた。

まさかここまで孤独を感じて頑張らなきゃいけなくなるとは……。まあでも普通にやってるとどんどん先に進んでいく祐太に追いつけなくなる気がしたのも事実なのだ。

私は商人さんに教えられた冒険者ギルドにも入って、あちこちでさらに情報収集した。

そうしてようやく分かってきたことが、

『つまりレッド国に、今、冒険者ならぬ探索者と名乗ってる人たちが大量にいるわけ?』

『そうだ。そいつらは今あっちこっちで争いを巻き起こして好き勝手やってる。それがものすごく迷惑らしい。絶対神セラス様はそれを「止めるな」と言って、超越者たちには攻撃された時以外、関わるなとお達しを出したらしい』

『セラス様ってよく聞くけど、そんなに偉いの?』

『あんた“探索”者みたいなことを言うな。偉いもなにもこの世界の唯一神様じゃねえか。この世界にあの方以上の存在はいない。超越者たちですらセラス様の言うことにだけは絶対服従だ。まあ俺は信心深い性格じゃないんで別にいいけど、この国のほとんどのやつは、セラス様をバカにされるのを嫌う。高い金をもらったからこれも教えておいてやるが、そんなバカな口は絶対に他のやつに利かないことだ』

そんな情報だった。冒険者ギルドでのことだった。世界の事情に詳しいという冒険者の一人に話を聞けた。ぜオンとか言ってたな。

『お嬢ちゃんよければ俺についてくるか? 俺はこれからエルダーリアに行くんだ』

『それってレッドとの位置関係はどうなるの?』

『レッドの隣だな。俺はこう見えて結構優秀な冒険者だからな。探索者が万が一、レッドから出てきた場合の抑え役だ』

『ふーん、ねえそれなら本当について行ってもいい?』

『俺から言い出したことだからもちろんいいが、俺がお嬢ちゃんを襲っても知らんぞ』

『ふふ、その時は殺すから』

結局そんな心配はなくて、ゼオン以外にも冒険者ギルドからいろんな人が派遣されて、私はその中で一緒に旅できて結構楽しかった。こっちは名乗りもしなかったけど元気にしてるだろうか。

ゼオンは察しのいい男で、なんとなく私がどういう人間か分かってるみたいだった。旅の途中で私を気にして、この世界の常識なんかも結構教えてくれたので助かった。

『言っておくけど優しくしてくれても、私は心に決めた人がいるから、あなたを好きにはならないわよ?』

『かか、なんか乳臭いガキがのたまっとる。安心しろ。俺の性分だ。お前みたいなやつがほっとけないだけだ。その好きなやつに早く会えるといいな』

『う、うん。ありがと』

ゼオンから聞いたことだ。この世界にはセラスを頂点として20の超越者が存在する。セラスの次に偉いのが皇帝ホロスなのだが、尊敬されているのがローレライという情報には思わず眉をひそめた。

あんな胡散臭いやつがこの世界では信仰の対象にもなってるらしい。

甚だ不快である。

ともかく私はレッド国に入って冒険者たちと接触するしかないと思った。それにレッド国という名前には気になるところがあった。土岐たちの情報で聞いていた祐太のエリアの国の名前と一緒だった。

皇帝ホロスや20の超越者というのも祐太のエリアと一緒だ。そしてゼオンから聞く限り、この世界の支配は不可能だと思えるぐらい難しい。でも逆にそれが、ここは祐太がいるエリアなんじゃないかと思えた。

ローレライの目的は薄気味悪いけど、もしそうなら祐太は留守だけどここには玲香さん達がいる。

『玲香さんたちに会えれば、私の問題も解決するかも』

この訳の分からない状況をとにかくなんとかしたかった。それにはきっと外の世界に出てしまうのが一番いい。自分のエリアじゃないからもしかしたら、私はダンジョンゲートが使えないかもしれない。

けど米崎博士なら何か解決方法を示してくれるかもしれない。この時の私はローレライから言われた【天壌無窮の神域】なんかに行く気は欠片もなかった。

困った時は祐太。祐太が無理な時は米崎博士。

私たちのパーティーではなんとなくそんなイメージになってた。だから米崎博士にとにかく接触しようと早速レッドに向かったのだが、私はそもそもレッド国に入ることができなかった。

なんだか大陸全体にバリアでも張ってるみたいに私だけ弾かれてしまった。