作品タイトル不明
第三百六十八話 州王テオ
《玲香。帰ってきたんだがちょっといいか?》
《いいわよ。どこに行けばいい?》
声をかけた玲香から、楽しんで動いているような感情が伝わってくる。
《いや、こっちから行く》
《レッドの話よね?》
《そうだ。そっちはダンジョン造りか?》
《あなたに任されてるからね》
先ほどから姿が見えなかったのだが、ダンジョン造りに夢中になっていたようだ。玲香は戦いから完全に一歩引いたことで、気持ちも楽になっているのかもしれない。玲香から伝わってくる感情でやりがいも感じているのが分かった。
《面白いか?》
《そうね。なんだかゲーム感覚で面白いわ。一番浅い層にはどういうモンスターから配置していくべきかとか、それが初心者の探索者や冒険者にとってどんな意味があるか。こういうの考えるのは好きね》
《一番浅い層のモンスターはシンプルにゴブリンじゃないのか?》
《それが別にゴブリンに限らなくてもいいみたいなのよ。もっと弱いスライムとかもいるらしくて、ふわふわモンスターって言うらしいわ。他にもシャドウマウスとか、ジャイアントラビットとかね。どれがいいと思う?》
《"全部乗せ"でどうだ?》
《それは私も考えたけどね。意外とモンスター同士の相性も重要になったりするのよ。仲のいいモンスターと仲の悪いモンスターがいてね。仲が悪いモンスター同士は一緒の場所には入れられないの》
《ほうん》
そんなのを聞くと俺もやってみたくなる。でも最初は参加しようとしたけど、場所が離れるとすぐに【意思疎通】が切れちゃうし、ダンジョン造りは今の状況から離れすぎていて、肝心なことの集中力が保ちにくくなる。
《あ、それと雇用創出も兼ねて、ダンジョン造りに手作業でやる部分を入れたらどうかって桜千と話してたの》
《それはいいんじゃないか》
《じゃあ採用ね》
《主様。メインの用事をお忘れでは?》
《お、おお!? そうだよ。玲香、それよりもみんなをここに引っ張り込んだんだよ。みんなに作戦行動中だって言って気配も消させてるから、急がなきゃなんだ》
《と、ごめんなさい。急ぐのね。レッドの件なら私はここにいるから、迎えに来て》
玲香から位置情報が送られてきて、俺はすぐに【転移】した。
「すぐに行くから手をつないでくれ」
俺が手を差し出した。しかしそこで玲香が言ってきた。
「ストップ」
「なんだよ」
「ごめん。支配権譲渡の前にちょっと私の説明を聞いてからにして」
《急ぐなら思考加速してこっちで話しましょう》
玲香は意思疎通に切り替えてくれた。
《どうした?》
《まず話しておくけど、南雲はレッド州で現地勢力を壊滅させたわけじゃないの。それをすればまず間違いなく、現地勢力がこの聖勇国全体の国家会議で、私たちがどれだけ残忍で悪い存在かを訴えたはず。そうすると聖勇国のシステム上、伊万里はそれを止めに来る必要が出る。それは避けたかったの》
《まあその辺は慎重になるしかないよな》
この世界には、世界統一を果たした伊万里という支配者がいる。いくら南雲さんでもレベル499で、レベル999の伊万里と戦うわけにはいかない。となれば最低限、伊万里が介入してこない配慮が必要になる。
《今の私がレッドの支配者を名乗れているのは、現地勢力と仲良くできているからでもあるのよ。南雲はそういう細かいこと嫌いだから、私の方で現地勢力と話して、元からいた超越者2体と1人よりも、現地勢力が払うべき私たちへの上納金を低く設定した》
レッドの広さは日本の土地の25倍ほどと言われている。それはアメリカとほぼ同じ広さで、そんなものをたった2人で支配するのは不可能だ。広い土地を支配するのに、必要なのは現地の支配勢力のマンパワーである。
安定した治世には、大勢の軍隊や警察や文官がどうしても必要だ。ゴールドエリアではこれらと折り合いをつけるのが結構難しくて時間がかかるらしい。じゃあ強さは必要ないかといえばそうじゃない。
これが一番必要で、まず真っ先にゴールドエリアでは強さを示さなきゃいけない。その後に支配事業が始まるのだ。
《確か魂喰らい冥羅がレベル593、氷霊獣フロストリオがレベル704、毒蛇竜アスピクスがレベル758だったか?》
《ええ、そう。実質的な支配権を持っていたのは冥羅だったけど支配に全く興味のない女で、おまけにかなり暴力的だから、現地勢力からは嫌われてもいたの。それでも一番強いからみんなご機嫌取りが大変だったみたい》
《まあそうなるよな》
俺と池本の関係とはまた違う。努力ではどうにもならない強さの違い。それが両者の間にある場合は従うしかない。
《まあそれでもなんとかご機嫌を取りながら、実質この地を昔から支配している王族がその支配を代行していた。300年以上もそんな関係だったみたい。そんな調子だからエンデの騒動の時も、冥羅は無関心。何もしなかった》
超越者と言ってもそれだといるのかいないのか分からない。強さこそが全てのこの世界で、強さが一番でもない勢力が上を取る。不自然なことが平気で起きる。この世界はこの世界でやはり何か歪だ。
《まあそれが私たちにとってはちょうど良かった。現地では冥羅に対する不満も大きかった。まだいざという時助けてくれると思ってたから、ご機嫌取りを必死にしてきた。でも、いざという時助けてもくれない。挙句の果てに外から来たセラス様に派遣された超越者がエンデの騒動を終わらせた》
《不満が溜まってたところに、玲香はうまく入り込めたわけか》
《そういうこと。だからこれからの支配を考えると、私としてもレッドの州王を無視して動くわけにはいかないわ。そもそもレッドの【管理球】があるのはレッド城の地下なの。私は正式に伊万里から認められてるわけじゃなく、勇者エンデを殺した男、州王テオに認められたことで【管理球】を冥羅と交代してマスター登録されてる。これに対して聖勇国全体の王様、国王である伊万里は見逃してる。その状況で州王に一言声をかけるのが意外と面倒なのよね》
焔将の記憶を見たせいか、エンデを殺したという州王テオは気に入らない。でも、現段階では折り合いをつけるしかない。冥羅という面倒な超越者と300年も折り合いをつけてきた王族。下手なことをすれば、すぐに騒ぎ出しそうだ。
《こちらの要望を言っても、すぐに対応するかは微妙だな》
《まあ州王テオは南雲だけは怖がってるのよ。何しろ一度南雲に舐めた態度をとって"殺されてるもの"。その時は死ぬまで殴り続けられて、地獄を見せられて、その後、低級の蘇生薬で復活させられたの》
《ああ、うん。よっぽどテオの態度にムカついたんだな》
《まあそういうわけで南雲がいると大人しいんだけど、ここ何年も南雲を全く見かけないものだから、ちょっと最近また調子に乗り出したの。あの男私への絡み方が面倒なのよね。それでも構わない?》
《殺したらダメなのか?》
玲香にちょっかいをかけてると聞いて衝動的に言葉が出た。
《その場合、完全に簒奪することになるでしょう。それをすると国民感情的にも面倒だし、伊万里を刺激して奪い返されても面白くない。だからまあ、どうしようかって感じ。私は南雲みたいなやり方は苦手だし、あなたが来たらなんとかしてくれるかって放置してたら、まあうん……》
《調子づかせてしまったか?》
《ごめんなさい……》
最初からレッドの【管理球】の話をしなかったのは、言いにくかったからが一番大きそうだな。
《あいつ気持ち悪いのよ。最近は『嫁になれ』とか『妾じゃなく正妻にしてやる』とかうるさいわ》
《なるほど、いいからレッド城の位置情報を送ってくれ。玲香は終わったら迎えに来る》
《な、何するの?》
《いいからさっさとするんだ》
《送るけど殺したらダメなのよ? 分かってるわよね?》
《分かってる》
俺は人から舐められるのが嫌いだ。それはいじめられていた経験から、俺の中に強烈な衝動としてある思いである。そして何よりも、俺の好きな女に手を出したというのが業腹だ。
《祐太様。お怒りですか?》
《ちょっと腹は立つさ。でもまあそこまで冷静さは失ってないつもりだ。クミカ。今回は【心眼】を使うなよ》
《どうしてでしょう? 最短距離で相手を屈服させる方法を見つけることが可能です。迦具夜のおかげで昔ほど心が弱くなくなりました。お任せくだされば——》
《必要ない。クミカ、変な男の心を読むな。そういうやつの心は汚物だ。クミカに見せたくない》
《祐太様……》
《クミカ、お前ならもっと簡単な方法があるだろ。分かったな?》
《ああ、ふふ、そうですね。私も祐太様以外の男性の心はあまり見たくありません。畏まりました》
クミカが微笑むと同時に、俺に独占欲を示されて喜んでいるのが伝わってくる。そして何よりも彼女ならば、自分よりも低レベルの男の処置に関してはもっと簡単な方法を所持しているのだ。
天高く太陽が輝いている。冬場だがレッドはエルダーリアよりも暖かいようだ。玲香に言われた場所から少し離れた草原に出ていた。遠くの丘の上に、荘厳な城がそびえ立っているのが見えた。
城は尖塔が空に向かって突き刺さるように高くそびえる。冷たい石でできた壁は、300年の長い歴史を物語っている。陽の光が城の壁に当たると、そこはまるで宝石のように輝き、周囲の自然と対照的な美しさを放っていた。
「州王の気配は……」
綺麗な城ではある。ただ、弁財天が、俺が喜ぶと思って建てた城の方が10倍ぐらいでかかった。吉祥天の話ではまだまだもっと良くするつもりのようだったから、祐希丸や玉姫が城の中で迷子にならないか心配だ。
ともかくそんなわけでレッド城に関する感想はなかった。玲香に州王テオの気配は教えてもらった。レッド城の中から州王の気配がする。玲香から送られた情報と同じだ。俺は【超自然】で気配を消して傍に【転移】した。
《建築されてから結構経ってるな》
《祐太様、見事なフレスコ画ですね》
歴史を感じさせる威厳に満ちた空間だった。高い天井には美しいフレスコ画が描かれ、英雄たちが空に舞い上がる姿が描かれている。豪華なシャンデリアが煌めき、柔らかな光を室内に散りばめていた。
大理石の床は、光を受けて美しく反射し、室内の壁は、色とりどりのタペストリーで飾られており、レッドがどれだけ歴史のある土地なのか物語るようだった。州王は頭に冠をつけ玉座に腰をかけ、何か報告を受けているようだ。
「エルダーリアが妙にざわついている?」
「はい。どうも煉獄迷宮で何かあった様子です」
まだ1日も経っていないほどだ。それにしてはこの地に伝わるのが早い。方法は分かってる。【意思疎通】によるリレー形式の連絡手段があるのだ。海が障害物にならない限り、これでかなり早く連絡を取り合うことができるのだ。
「またあの迷惑な太陽のごとき化け物が動き出したのか?」
「どうやらそのようです。ただ、まだ状況ははっきりしません。今、冒険者を送り込んで探らせるべきかと議論しているところなのですが」
「馬鹿もの。やめておけ。セラス様も今は行動が読めん。レベル999か何か知らんが、どうしてあんな小娘を初代国王になどするのだ。聖"勇"国という名前にもセンスが感じられん。まだ世が国王の方が100倍ましだろうに」
「全くですな。勇者などとおぞましい」
「ともかく今はセラス様の犬の超越者どもも頼れん。あんなド田舎を下手に探って暑苦しい犬がこっちにまで来たら面倒だ。それよりもレイカからの返事はどうだ? 世の妻となる覚悟はできているようか?」
「それが、『そのつもりはない』の一点張りで。何でも待っている男がいるのだそうで」
「待っている男などどうせナグモのことだろう。あんなトカゲ風情、その辺で野垂れ死んでるに決まっている。ニホンとかいう蛮族出身の汚らわしい男が、世のような高貴な血の高い身分のものに何一つ勝っていることなどあるまいて」
なるほどこの調子で南雲さんに話しかけたのか。そりゃ間違いなく殴られる。よく本当に殺されなかったものである。まあとはいえやることは決まっている。今の発言で何か処置が変わるわけでもない。
ただ変にいいやつじゃなかったおかげで、ちょっとやりやすくなったというだけだ。俺は気配を消したままクミカに伝えた。
《クミカ》
《はい》
【お前たち少し頭を下げなさい。支配者様に対して失礼ですよ】
クミカの額の瞳が紫色に光る。その瞬間、州王を含む全員が地面に頭をめり込ませて土下座をした。全員少しはレベルが上がっているものたちだったようで、死にはしないが、脳震盪を起こして気絶しているものもいる。
俺は州王を見る。背が高くて筋肉質な男だった。見た目は中年を過ぎており、口ひげを蓄えていた。
《州王テオの後ろに控えている女性官僚と思われるものの心を読んだのですが、テオ・アレクサンダー・ウィンザー州王です。今なら再び自分に実権を取り戻せると思って動いているようです。勇者エンデ討伐における中心人物で、その功績が認められ、エンデが死亡して1年ほど後にセラスから州王の座を許可されたそうです》
《元からの王様じゃないのか?》
《元は農村出身の一般人ですね。このレッド州の前王には、実の兄がいたそうですが、自称でその息子を名乗っているようです。ですから正当な血筋の人間であり、セラスもそれを認めたそうです》
《高貴な血がどうとかというより、セラス認められたことが一番大きそうだな。クミカ、この男レベルいくつだ?》
《483。結構高いです。レッドの超越者が全員死んだ今、玲香がいなければこの男が最強のようです》
《何でもない弱いやつが上にいるわけじゃないのか……》
エンデの件でこの国は混乱した。その混乱を鎮めたのが州王テオということになってる。実際のところは介入してきた超越者によるものだが、レッドではそう発表され、どういう頭の構造をしているのか、この男もそれを信じてる。
《女性官僚の頭の中にはそうありますね》
ただの女性官僚にしては、やけに州王テオについて詳しいなと思ったら、
《うん? 祐太様、この女性、エンデと結婚した現王妃のようです。エンデが死にテオに無理やり関係を迫られたようです。醜悪な豚。女性に無理やり関係を迫るなど許しがたい……。祐太様、この女性を助けてはダメでしょうか?》
《……助けたいのか?》
王妃の顔を見る。テオの後ろで地味な格好をしているから、秘書官か何かかと思った。しかし、よく見ると品のある顔をしていた。クミカはこの女性にかなり自分のことを重ねてしまっているようで、どんどんと心を読んでしまってる。
どうやらこの王妃様、本当はエンデの正式な妻で、今でもエンデのことが忘れられず、テオには全くと言っていいほど心を開いていないようだ。
ただレッドを支えていく関係上、そういった自分の個人的感情は抑えて、テオの正妻になっている。実際のところは血筋も悪いテオの見栄のために何かあるたびに後ろに立たされる。毎日生きるのが辛くて仕方がない。
しかし前王である父もまだ生きており、そのことを考えると死ぬこともできない。クミカは少し深くまで読もうとして、自分の昔を思い出したのだろう。気持ち悪さに吐き気がしたようだ。
《クミカ。無理しなくていい》
《申し訳ありません。どうも私と同じような経験があるようで、不憫に思えるのです》
《まあ助けるのは難しくない。今すぐがいいな?》
クリスティーナの時はその実力がなくて、後回しになってしまった。今は手間は増えるが可能だ。あの頃から比べれば、できることは増えた。
《できれば》
《まあクミカがするんだけどな。【心換帳】はこの間のガチャで出て来てたな?》
《はい。出ております》
《何冊だ?》
《1冊です》
アイテムのランクがブロンズ級であることを考えるともっと出てもおかしくない。しかし、こういう専用アイテムは大量には出てこない傾向がある。これも1冊以上が出てこない仕様なのだろう。だから結構な貴重品だ。
切り時は悩むが、ここで使っていいように思えた。
というのもこのアイテム。使用条件が結構厳しくて、同レベル帯に使うのは難しい。それならここでこいつが面倒な存在にならないように、間違っても国家会議の議題になんてあげられないようにしておくのは利益になる。
《テオのレベルは483だったな。アイテムのランク的に使えるか?》
《間違いなく効果を発揮するかと。アイテムはブロンズ級ですが、私のレベルの方がテオよりもかなり上です。魔力差もかなりあるので脳に強引に書き込んでやります》
《じゃあ『桐山玲香に服従する』と書き込んでくれ》
《よろしいので?》
《この地域をずっと苦労して治めてたのは玲香だ。だから【管理球】はもらわざるを得ないが、他は全部あげるつもりだ》
《畏まりました》
かつて【呪怨】に使用したクミカの心を組み替えるアイテム。俺の【明日の手紙】と使用法が似ていて、対象を決めて脳みそに10文字まで直接指示文を書き込むことができる。でも使用条件で、相手との距離を0にする必要がある。
つまりテオの体に直接触れる必要がある。謁見場の中にいる20名ほどの人間。その全てが土下座状態のままで、テオも王妃も例外ではない。クミカはそのテオの背中に嫌そうに触れる。
クミカは【念動力】で【心換帳】を浮かせて自分の前に広げた。いくら【超自然】のスキルを持っていても触れば気づかれる。なので、クミカはテオに【束縛眼】を使用したままだ。場内では5分ほど時間が流れてる。
その間誰もが、この奇妙な現象に恐れておしっこを漏らしているものもいる。テオもその一人だった。喋りもできない状況で誰かに背中を触られた。それだけでもかなり怖かったのだろう。かなり出ていた。
【桐山玲香に服従する】
そんな状態で、その頭にしっかりと服従の言葉が刻み込まれた。