作品タイトル不明
第三百六十五話 Sideネーコ ???????年前
アメリカでトップモデルなんてしてた割には、ネーコの主はとても控えめだった。そして安直な名前が好きだった。ゴブリンだからリーン。ライオンだからラーイ。蜘蛛だからクーモ。猫だからネーコ。
もうちょっと考えても良かったんじゃないかと思う。
「もう告白しないにゃ?」
主は控えめすぎて仲間のことを気遣って、祐太に2度目の告白もなかなかできずにいた。もうすぐストーンエリアの最後、統合階層も終わるのに、こんな調子で本当に大丈夫なのか。振られたのに諦めきれず、だらだらそばに居続ける。
そんな主がネーコは情けないけど嫌いじゃなかった。
「だって祐太は美鈴のことだけが好きみたいだし、伊万里だって我慢してるのに、私が抜けがけなんてできないわ」
あの時の祐太はとても貞操観念が強くて、優秀な探索者ならハーレムが当たり前だったのに、かなり周りで騒がれている祐太は全くそんなことはなかった。今から考えてみると、"2回目"の祐太の貞操観念が低くなった原因は主だった。
でも"1回目"の祐太は主からの猛アプローチに耐えきり、ここまで来てしまった。そんな祐太は伊万里と合流してからも一線を引いて、男女の関係はいっさいなかった。ただその分、祐太と美鈴の進展も遅くて、まだキスもしてない。
「まあ祐太は優秀だからきっとこのまま未練たらたらで付いていけば、恋愛の進展はなくても、主はルビー級にはなると思うにゃ。そうしたら寿命は500年。ゆっくり行けば主にもまたチャンスはあるかにゃ」
「ネーコは本当にそう思う!?」
「そ、そう思うにゃ」
思いのほか食いついてきてドン引きした。さりげなくディスりも入れたつもりなのに、そんなことかけらも気にしてない。うちの主は祐太が好きすぎる。まあパーティーメンバーの女の子3人全員がそうなのだけど。
「そ、そうよね。500年生きるのだもの。きっと美鈴だけじゃ味気なくなってくるわ。その時ちょっと他の女だってつまみたくなってくるかもしれないわよね」
「甘いです」
主の淡い期待に、口を挟んできたのは伊万里だった。
「祐太は一度思い込むとかなり頑固なんだから、待ちの姿勢だと500年本当に何もしてきませんよ」
この時の伊万里は勇者なんかじゃなかった。回復系のジョブ持ちで、拳で殴るのもかなり強くて、この頃からダンジョンではとても優秀だった。回復役でありながら、小さな少女が祐太と並んで素手で戦う姿はなかなか刺激的だ。
拳でワイバーンの頭を叩き潰したのを見た時は、この子ちょっと怖いと思った。
「そうは言うけど伊万里、祐太が美鈴に決めてしまうまで、私がどれだけアプローチしたか。一度は好きだって気持ちもちゃんと伝えたし、それでも祐太は本当によそ見をせず、美鈴だけを見続けた」
「それでもパーティーに残ってるんですよね? 祐太のこと諦めてませんよね? 好きなんですよね?」
「それは……」
前の主は美鈴よりも伊万里と仲が良くて、祐太をどうすればハーレム思考に持って行けるか、よく話しながらも、2人とも祐太に嫌われるのが怖くて、結局行動に移せない。そんなヘタレな日々を過ごしていた。
伊万里も偉そうなことは言うけど、主と二人揃って恋愛経験ゼロコンビだった。2人揃って既に相手が決まっている男をどうしても忘れられなくて、どうやったら男に振り向いてもらえるかもわからずに毎日不毛な話し合いをしていた。
リーンとクーモとラーイと私は、それを微笑ましく見ているのが日常だ。4体ともそんな日常が気に入ってた。そんな祐太には米崎もクリスティーナもミカエラも玲香も、それどころか南雲でさえも、関係がなかった。
祐太はただのダンジョンに好かれたもので、大事な存在ではなかった。多分そのまま行けば祐太は最終的には主と伊万里も受け入れて、ルビー級でゆっくり500年生きていくんだと思った。この日から次の日のこと。
あの男が来るまでは……。
その男は烏帽子と変わった白い服を着ていた。それが専用装備なのだとはよくわかった。だが何と言うか古風な印象を受ける男だった。専用装備が昔風だというよりも、その人自体が本当に昔の人間。そんな気がした。
今ならそれがどういうことだったかわかるけど、ストーンエリアの最後の方で、祐太たち以外のパーティーはいないはずの状況で、その男はまるで時間に取り残されたみたいに浮いていた。
「こんにちは六条祐太君。私の名前は安倍晴明。知っているかな?」
「知ってるって……え? 昔の偉人のコスプレ?」
祐太は驚いて、それでも少し嬉しそうだった。ネーコは安倍晴明なんて聞いたことなかったけどなんだか嫌な感じはした。でもそれ以上に、優しそうで頼りがいのある探索者だと思って、嬉しかったのだ。
この時ネーコは時期的に、自分たちより先に行っているものはいないぐらいに考えていた。それがいたのだ。しかもなんだか見るからに強そうな雰囲気がした。南雲もいなくて主達に心から頼れる大人なんて誰もいなかった。
だから、そういう相手になってくれるんじゃ。そんな期待がネーコにはあったんだ。
「コスプレ? ああ、この時代はそういうことをして楽しむ習慣があるのですよね。でも違いますよ。私は本物です」
「本物?」
祐太が驚いてた。
「はい」
東京の首都高速を再現した景色だった。その上で笑ってる清明様は、今から考えると怖いのだとよくわかる。
「あ、でも、安倍晴明って1000年ぐらい昔の人ですよね。ひょっとしてダンジョンの中にもレベル1000を超える人がいるんですか?」
「そんなに高評価をいただけると嬉しいですね。でも残念。違いますよ。私のレベルなど99ですよ」
「でもそれだと100年で死ぬんじゃ」
「おやおや。寿命ぐらい自分で操れなくてどうしますか」
「祐太。なんかこいつ危ない気がする」
突然美鈴がそう口にした。美鈴はこういう時に奇妙に勘が鋭くなる時がある。そして今気づいたというように祐太の後ろ側を見ていた。
「に、逃げようよ! 祐太の後ろに骸骨が浮かんでる!」
「それがどうかしたの?」
「気持ち悪がられるかと思って言ってなかったけど、前にも私、人の後ろに骸骨を見たことあるの! その後、その人が死んだの! 祐太の後ろに骸骨の頭だけ見えるんだって!」
美鈴はすごく焦っていた。突然言われてネーコも半信半疑だったけど、美鈴の目にどうも祐太の死相が見えてるみたいだった。今まで一度も仲間には見えたことがないらしいのに、よりによって今、見えてるらしい。
「俺の後ろ……」
「うまく隠していたつもりなのに、ばれるとは困りましたね」
その瞬間、清明の顔つきが少しだけ鋭利になった気がした。だからって特に濃い殺意を放っているわけではなかった。それなのになんだか怖くて仕方がない。ネーコの体が震えてきた。レベル99だって言葉も嘘じゃないと思う。
祐太はレベル90。最後に大鬼を倒す。それが終わればブロンズ級になれるはずだった。それなのにレベル99の人間が目の前に来たことが怖い。この程度のレベル差なら4対1である。勝てないわけではないはず。
でも、
「なんだお前?」
祐太の足が"化け物を見つけた"というように下がる。
「君は逃げてはいけませんよ。私はむやみやたらと人を殺す趣味はないのです。目的は1人だけです。あなたを殺すだけなのですよ。でもあなたに抵抗されると仲間も誤って怪我ぐらいはしますよ」
いくつもの五芒星の魔法陣が浮かんでいき、そこから次々と召喚獣が現れてくる。今ならそれが全員誰か分かる。
翼を持ち、炎をまとう蛇、 騰蛇(とうだ) 。
南の守護神、炎を纏う鳥、朱雀。
京の都の守護者、金色の蛇、 勾陣(こうちん) 。
東の守護神、水を司る、青龍。
最強の式神、貴人。
海の守護をしてくれていた、 天后(てんこう) 。
少女と老婆の二面性を持つ、 太陰(たいいん) 。
北の守護神、冥界の守人、玄武。
人との交渉ごとに長けた善神、 太裳(たいじょう) 。
西の守護者、式神の中で一番の武闘派、白虎。
霧と黄砂を操る欺きの神、天空。
「なんにゃこいつら……。どうしてこんな強い召喚獣がレベル99に従うにゃ」
自分も召喚獣だからわかる。こんな化け物たちを従わせるのは無理だ。これはまるで神に仕える召喚獣だ。勝てるとか勝てないじゃない。勝負にならない。こんな理不尽が許されるのか?
「従う理由ですか? 簡単ですよ。それはね。私の方がこの子たちより"強い"からです」
今まで隠していたと思われる気配が漏れ出す。辺り一体を包み込むような化け物のような気配。まだ神と言われた方が納得がいく。プレッシャーで体が押しつぶされそうだった。睨まれれだけで死んでしまうんじゃないかとすら思えた。
「レベル99とか絶対に嘘にゃ」
「嘘は言ってませんよ。ただ私はダンジョンに来る前からすでに強かったというだけです」
「祐太!」
「分かってる!」
祐太と伊万里が逃げ出した。必死に逃げるしかなかった。主と美鈴も祐太が逃げられるようにサポートして、こいつがモンスターのように思えて、とにかくダンジョン外、地球に戻ればなんとかなると思った。
「白虎。あまり痛くせずに殺してあげなさい」
「はっ」
大きな。とてつもなく大きな白い虎が、走り出すそれだけで地面が揺れた。そしてその姿が消えて、再びその姿が見えた時、祐太の首から上がなくなっていた。
「……」
「え?」
「朱雀。この世界のためです。塵も残さず焼却しておきなさい」
「……畏まりました」
そう言われた瞬間。祐太の残りの体も燃え上がる。さっきまで生きてたのにあっという間に生きてない。なんだかそれがあまりにも現実感がなくて、呆然としてしまった。そうして祐太の命はあまりにもあっけなく終わった。
主も伊万里も美鈴もやり返す気力もなく呆然としていた。あれほど元気だった祐太が死んだってことがまだ誰も受け入れられてなかった。
伊万里はその後、祐太の後を追って死んでしまった。祐太の復讐なんかより、祐太の生きていない世界で生きるのがどうしても嫌だったらしい。美鈴は主とともに探索者を続けていたけど、ガチャ運が悪すぎた。
シルバーエリアで限界を迎えて、主の足手まといになる日が続いて、それでも祐太のことを思い出すとどうしても探索者を諦める気になれなくて、自分で無理して超越者に殺されて死んでしまった。
主はアメリカに帰らないまま日本に残った。そして自分の強さを証明し続けた。1人になった主は正直、パーティーでいたころよりもはるかに強かった。
ネーコたちも不思議なぐらいどんどん成長して、第三次世界崩壊と呼ばれる大戦で誰もいなくなった日本の英傑の座についた。祖国からは裏切り者とかいろいろ罵られたけど、主は心を失ったみたいに顔色一つ変えることなく、日本のためなら日本人以上に人を殺した。
ジャックとミカエラも主が英傑になるのに続いた。それでも森神となった主は心の中で復讐心が消えることがなかった。祐太が死んだ当初はそこまで復讐にこだわることはなかったのだけど、伊万里が死に、そして美鈴が死んだことで決定的だった。
それ以来、主は誰とも仲良くすることがなくなり、安倍晴明を許せないという思いだけが強くなった。
「弱りましたね。まさかここまで恨まれるとは。あなたは何度説明すればわかるのですか。彼が生きてればダンジョンが壊れたのです。たった一人の命でそれがなくなる。さすがに天秤にかけるまでもないと思いますよ」
「頭の中じゃね。あなたの言葉が正しいことぐらい理解してるわ」
「理屈ではないと?」
「今となってはあなたが正しかったのかもしれないと思う冷静さもあるのよ。でもね。私もどうしてあんな理不尽な殺され方をしたのか。ダンジョンに好かれるって何なのか。私なりにずっと調べ続けたのよ。でもどこにも答えがなかった。あなただってそうじゃないの?」
成長して巨大になり白虎と同じぐらい巨大になったラーイと、龍にまで成長したリーンと、背中に8本の足を持つ以外は、普通の女性とも言えなくない蜘蛛神クーモ。そして猫神となったネーコの私。
ここまで来てようやく主は清明の前に再び立っていた。その頃の清明はレベルが上がらないまま強くなりすぎたのか、レベルが上がらないことにちょっと困ってるみたいだった。
「……少なくとも私は誰かに嘘をつかれて、彼を殺してしまった。などと思ってませんよ」
「それは知ってる。でもどうしてあんなことになったのか、今でもまだ納得がいかないのよ。だから私は知ろうとし続ける。そしてそんなこともせずに祐太を殺したあなたを許せない」
「呆れるほどしつこい人だ。あれから何年経ったと思っているのですか?」
「どれだけ時間が経ってもこの思いだけが消えないのよ。死になさい」
忘れるほど戦いが続いた。探索者の戦いがこれほど続くのは珍しいと言われた。主と清明の実力がそれぐらい近かった。
「——ふふ、これだけ力を全力で出せたのは生まれて初めてでした。ですから終わってしまうのが少しだけ残念です。ああ、本当にあなたとは不思議な縁を感じますよ。もっと戦っていたかった」
主は最後に清明にとどめを刺した。最後の白虎が死んだ時、こちらもネーコだった私しかもう生きてなかった。
「でもあなたの言い分も確かに正しいと思います。ですから謝罪しておきます。私が間違っていました。申し訳なかった」
「……」
「おや?」
「主は死んでるにゃ。本当に恐ろしいやつにゃ。森神として800年も生きた主とそれでもまだ同格なんて。一体どうしたらそんなことできるにゃ?」
「あなたこそ。主が死んだのに生きてるなんてどういうことです?」
「もう限界ぎりぎりにゃ。でもネーコは猫だからしぶといにゃ。それにお前とちょっと話したかったにゃん」
今なら命だけは少しだけ伸ばす。それぐらいのことはできるようになってた。だから主が気にし続けていたことを確かめたかったんだ。
「お前、このダンジョンがどうなってるのか気にならないかにゃ」
「それは気になりますね」
清明は地面に倒れこみ、声だけがしていた。口も動かす気力は残っていないようで魔法でしゃべり続けてた。こっちも体を動かす気力もなくて声だけ何とか魔法で響かせていた。
「じゃあなんかそれを確かめるいい方法ないかにゃ」
「方法ですか?」
「そうにゃん。お前かなり色々できるにゃ。それでまだレベル99とか意味わからないやつにゃ」
「まあこれ以上レベルが上がると、女神に目をつけられて面倒だ。とある方にそう教えられたのですよ。それ以来レベルを上げずにいたら、なんだかそのままレベルが上がらなくなってしまったのです。おかげでダンジョンの恩恵がほとんどありませんでした。言い訳になりますが、それも私が負けた理由の一つですね」
「お前がダンジョンのシステムを利用したらどうなってたにゃん?」
「勇者というものになって、私の場合、超危険人物としてすぐにルルティエラに目をつけられ、翠聖様が派遣されて殺しに来ただろうと言われていますね」
生きるための難易度がわけのわからないほど高い。翠聖様なんて殺しに来られたらもうどうやったところで生き残れないと思う。でもそれでますます確信した。ダンジョンは何か目的があって誰かによって生み出されたものだと。
「誰がそれをお前に教えたにゃ?」
「あまり人のことを勝手に語るのは好きではないのですけどね。今ならもういいでしょう。確か——。そういう名前でしたね」
「……」
「お互いもうすぐでしょう。ネーコ。お前本当に全てを知りたいのかい?」
「もう無理なのは分かってるにゃ。でも知りたかったにゃん」
「そうか……。先にも話した通り、六条祐太を殺してしまってから、私も私なりに気になってこのダンジョンのことは少し調べてたんだよ。あまり真実にはたどり着けなかった。やはりレベルが低いままにしてしまったのが悪かった。あの男の言うことは聞くべきではなかったかもしれない」
「……」
「なあ、ネーコよ。お前は賢い。お前ならばきっとやり遂げられるよ。だから、これから何があってもお前だけは、
死なないように、
消えないように、
忘れないように、
【呪】をかけよう。受け入れてもらえるね?」
「……」
「声も出せないか。でもまだ残ってるね。では頼むよ。未来のどこかできっと真実を探しあてておくれ」
【不滅の印】
清明が私の額に触れた。そうするとそこにネーコと他のクーモや清明の召喚獣たちの力が集まってくるのが感じられた。それがぎゅっと集まってネーコは命をつながれていくのが感じられる。
「その印はお前の永続性を約束してくれる。でも同時に力も制限する。どうにもならない時だけ少しだけ解放しなさい。何もなければ印を破ろうとしてはいけないよ。大事な時にだけそうするんだ。いいね?」
「……」
「これから、お前が一人だけで生きていくのは、とても寂しいことだろう。それでも主のために頑張ると決めたのなら頑張りなさい。お前が再び私が殺した六条祐太と出会えることを祈っているよ。そうだ。最後にお前に名前をあげよう。六合。きっと彼に会えると願いを込めたよ」
清明も事切れたのがわかった。そしてそれと同じ時、頭の中にもう1つ声が聞こえた。
【ルール違反を確認。召喚士の死亡に伴い。召喚獣は死亡しなければいけません。生きていることは許されません】
「やめろにゃ」
意識が途切れていく、それでも死なないように消えないように忘れないようにかけられた呪はルルティエラにとっても想定外だったのだろう。
「——ここは?」
なぜか、随分と時間が経っていることだけがわかった。永遠と思えるほどの時間が経っている。なぜそう分かるのかわからなかったけど、気づいた時、日本では平安京と言われる場所にネーコはいた。
「そうか。成功したにゃん。ああ——、この名前だけは忘れないようにしなきゃ。今度はこいつにも邪魔されないようにしなきゃにゃ」
私は最後に清明から聞いた名前を呟いていた。
主。
ネーコが、ううん、六合が必ず主を助けるにゃん。