作品タイトル不明
第三百六十四話 Side安倍清明 1000年前
昔から人にできないことをできた私は自分の寿命を延ばすこともできた。だが、これ以上生きようとすれば尊き御方が支配する平安京においてあまりにも異質。化け物かそれとも自分たちとは違う神だとでも思われる。
「私の命も今日限りですね」
そうして行き着く先も私の見えすぎる目には見えていた。だから、外からゆっくりと私を殺してこようとする奇妙な温かさのある呪いに従った。
「——ここはどこでしょうか?」
自分の寿命に従い死んだ。従ってくれていた私の式神、12天将には申し訳ないことをした。私と一緒に彼らも死ぬことを選んでくれたからだ。そのはずだったのだが、式神の彼らがまだ私の周りを守るように12体確かにいた。
翼を持ち、炎をまとう蛇、 騰蛇(とうだ) 。
南の守護神、炎を纏う鳥、朱雀。
式神というか飼い猫、全てを語らない 六合(りくごう) 。
京の都の守護者、金色の蛇、 勾陣(こうちん) 。
東の守護神、水を司る、青龍。
私の最強の式神、貴人。
海の守護をしてくれていた、 天后(てんこう) 。
少女と老婆の二面性を持つ、 太陰(たいいん) 。
北の守護神、冥界の守人、玄武。
人との交渉ごとに長けた善神、 太裳(たいじょう) 。
西の守護者、式神の中で一番の武闘派、白虎。
霧と黄砂を操る欺きの神、天空。
「起きましたか主。どうも奇妙な場所に迷い込んだようです。万が一を考え全員で主の守護をしていたのですが、これからいかがいたしましょうか?」
式神の中の代表。貴人が声をかけてきた。背が高く、均整の取れた体躯を持ち、肌は病的に白い。髪は深い藍色で、月明かりの下では星の輝きを帯びているようだ。目は鋭く、冷静さを保ちながら、神秘的な光を宿している。
着る衣装は、高貴でありながらシンプルで、黒と金色の細かな模様が施された袴と、白い上着。彼が動くたびに、衣装の裾が優雅に揺れる。ただこの状況では若干暑そうだ。こういう時喋るのは貴人の役割だった。
「私は死んだはずでは?」
周囲を見渡す。日本では見かけない自然の光景。夏なのかかなり暑い。草深い場所もあるが乾いた土だけが広がっている場所もある。私が目を覚ましたことで安心したのか朱雀がすぐに空に飛び上がって、上空から地上を確かめてくれる。
私の目の代わりになった。空から見てみると、傘のような形をした日本では見かけたことのない奇妙な木があり、川も流れている。見たことのない形をした白虎にも似た獣や、やたらと長い鼻の獣も見かける。
そして人とは違う小鬼のような生物が4、5名でうろついている。まずその姿が一番不思議に見えた私は尋ねてみた。
「貴人、肌が緑色の二足歩行の生物がいるようですね。あなた達が先に目覚めていたのなら、あの小鬼と話してみましたか?」
「いえ、ギャッという独特の鳴き声を出すだけで、意思疎通ができそうにありません。ある程度の知能はあるようですが、とても凶暴でいきなり襲いかかってきました。あれを会話とはとても言えないかと」
「ひょっとして襲われましたか?」
「はい。ですが主から人は殺すなと言われていますので、人かどうかの判断もつかぬうちは殺しておりません。捉えて遠くに逃がしました。ただ、本当に凶暴な奴らで、私たちが目に入るとことごとく襲いかかってくるのです」
「それはまた無茶な子たちですね」
「清明様が目覚められるまで、どうすべきか判断に迷いましたので、今は小鬼が近づかないように人避けの札を四方に貼っております。幸い小鬼にも効果があったようで、それ以来こちらに近づいてくるものはありません」
貴人は利口だ。確かめると確かに四方に人避けの札が貼られて結界が形成されていた。小鬼は体格的には12歳ぐらいの子供だ。何か特殊な力を持っているようにも見られず、ひ弱に見えた。
「一度会話できるか確かめた方がいいでしょうね」
「お気をつけください。問答無用で襲い掛かってきます。白虎が何度か棍棒で殴られました」
私はその言葉を聞いて、白虎に怪我はないかと慌てて見た。
「何の問題もない。棍棒で殴りかかられはしたが、あの見た目の通りの力しかないようだ。あれならまだ奈良や京に出る鬼達の方がはるかに強い」
白虎が簡単に言い切る。私の周りでじっとして、動きもできず、反撃もしてはいけないと言われ、うんざりしているようだった。
「人間程度の強さならば、警戒はそこまで強くする必要はなさそうですね」
私が口にする。その時だった。少女の姿をした太陰に抱きかかえられた六合が、声を発した。
「そうにゃ。清明様、ここは"ダンジョン"にゃよ」
急にそんな聞きなれない言葉を口にした。不思議な猫だと思っていたが、この空間に関係のある猫だったのか? 六合はしゃべる三毛猫だった。50年ほど前だろうか。私のところに自分から接触してきて、式神にしてほしいと頼んできた。
私がその時、
『どうして仕えたいのだ?』
と聞いたら、
『お前の元にいるのが、六合が一番強くなるからにゃ』
それ以外の理由を教えてくれなかった。当時の私はその願いを奇妙に思い断ったが、その日から六合は、ずっと私の後ろをついて離れなかった。
『ついて来られても困るのですが』
『気にするにゃ。ついて行きたいからついて行ってるだけにゃ』
『まともな理由も言わない喋る猫など飼う趣味はありませんよ』
『六合はお前の将来に必ず役に立つにゃ。連れて行かないと後で後悔するにゃ』
『後悔などしないので、いい加減にしてほしいですね』
『追い払いますか?』
『悪しきものでもないようです。怪我をさせないように気をつけなさい』
だが怪我をさせないように式神達に追い払わせようとしても、するすると逃げられてうまくいかない。仕方がないので少し怪我をしてもいいことにしたら、どういうわけか攻撃が通らない。どんな攻撃も猫の体をすり抜けてしまうのだ。
『白虎! そこまでにしなさい! それ以上はいけません!』
あれから場所を移動した。六合も平和主義なのか平安京から離れた場所で、白虎と半日以上戦っている。白虎が疲れてきていることが目に見えてわかる。対して息切れもした様子のない六合は元気そのものだ。
『だがこいつ! この私を敵にしてふざけ続けている!』
『どうにゃん。六合は清明の知らないこといっぱい知ってるにゃ。意地を張ってないでさっさと式神にするにゃ。こんなでかいだけの猫じゃ相手にならないにゃよ』
『貴様!』
『白虎! 式神契約 陸(ろく) を発動! 止まりなさい!』
『……』
『こいつマジで動かないにゃ? 安倍晴明、こんな強いやつ簡単に止めるとかやっぱりお前しかいないにゃ』
『あなたはどうしてそこまで私の式神になりたいのですか? 私はあなたを振り払えない、式神達もあなたに触れないようだ。あなたの方が 上手(うわて) ではないですか』
『お前は強くなるにゃ。それが理由にゃ。いいから式神にしろにゃん』
私は結局その猫の言葉に、折れた。おそらく本気で戦えば、私の方が強い。すり抜ける奇妙な技もどういう理屈かは少しずつ分かってきた。もう少しすれば使えるようになる。そしてお互いが使えば相互干渉して、おそらく無効化できる。
それでもだんだんとこの猫が私の中で気になり始めていた。何か私の知らないことを知っている。そんな部分に私は興味があった。以来この猫は、自分の正体を明かすこともなく、私が死ぬまで何かしようとすることもなかった。
私は結局この六合は、私のところに来て何がしたかったのか。その疑問が心に残ったまま死んだはずだった。
「——だんじょんですか?」
この猫がずっと何代も子供が生まれたように見せながら、50年も私のそばにいた。その理由がやっと分かるのではということに私の心は踊っていた。84歳もの年寄りになって、今更こんなに心が踊るとは思わなかった。
「そうにゃ。六合はエヴィーを助けたくてこんなところまで来たにゃ」
「えう゛ぃーですか? えう゛ぃーは今どこかに囚われていたりするのですか?」
「囚われてないし、生まれてもないにゃ」
やっぱりこの猫の言ってることは意味がわからない。それなのに私の心臓はドキドキし始めている。こんな爺になって楽しいことが残っていたのだ。
「生まれてもないものを助ける。六合、あなたは本当に面白い子だ。えう゛ぃーについてもっと聞かせておくれ」
「ずっとずっとずーっと昔の話にゃ」
「おお、昔話ですか? お前たちもみんな聞きたかったでしょう。全員で聞きましょう」
「まあちょっと待つにゃ。それより、大八洲国に行くにゃ。清明様ならすぐにゃ」
本当に何もしない式神だった。他の子たちは扱いづらさの大小はあれど、どれも何かの役にはたってくれた。しかし六合だけが何もしない。まあ 今生(こんじょう) では命の危険にさらされるようなことはなかったので、六合がそれでも別に良かった。
だから私の膝の上でいつも気楽に寝転んでいるやたら長生きの三毛猫を飼い続けた。他の式神も妙に飄々としている六合に怒るのもばかばかしいのか、普通に飼い猫として可愛がりだした。
白虎が一番最後まで嫌っていたが、いつの間にやら白虎の上で眠る六合の姿を一番見るようになっていた。そんな六合が飼い猫以外のことをするのか。
「やっぱりお前はいろいろ不思議だね。そもそも死んだ私がどうしてここで生きてるのか知ってるのかい?」
「それは死んでなかったからにゃ」
「死んでない?」
奇妙なことを言う。星見でも死ぬと確かに出ていたのだ。伸びること自体がおかしい。
「人を超えた人間を六合がここに連れてきたかったにゃ。だから、84歳ぐらいで仮に死んでもらったにゃん。前は100歳まで生きてたにゃん」
「妙に暖かい感情が伝わってくる呪いだと思っていましたが、六合、あなたですか?」
「六合、お前まさか清明様を呪ったのか?」
貴人が鋭く睨んだ。他の式神は様子を見ている。式神たちは結局、私にとって何が良いかで動く。その部分を見ていた。貴人も六合を悪だとは思っていないようで、一方的に責め立てる雰囲気ではなかった。
「主はただでさえ化け物みたいに見られてたにゃ。あれ以上、主が生きてたら本当に化け物扱いされてろくな目に合わないにゃ。以前も残りの16年は大変だったって"言ってた"にゃ」
六合の言葉は私も思っていたことだった。他の人間ならまだしも、何でもよく分かりすぎるほど分かってしまう私である。あまりにも長く生きれば、化け物と思われるのではという懸念はしていた。
「清明様、差し出がましいようですが一言言わせていただきたい」
「いいですよ」
「六合、お前には何か大事な事情があったのだな?」
「そうにゃ」
「お前はそれに全てをかけているように見える。違うか?」
「違わないにゃ。六合は自分の命をかけてるにゃ」
「六合、そういうことなら事情をちゃんとどうして誰にも言わなかった? 我々の中の誰一人として信用できなかったのか?」
「そ、それは……悪かったにゃ。でもダンジョンのことは外では話してはいけない約束になってるにゃ」
「ううむ。そんな約束があるのか。それならば仕方がない。清明様、先に喋ってしまい申し訳ございません。この馬鹿猫の事情とやらを聞いてやってください」
めったに怒ったりする式神ではないのだが、貴人が少し怒ってる。とても可愛がっていた猫に悩みがあったのにずっと気づかなかったことが腹立たしいようだ。私は珍しくて笑えてきた。
「まあ道々、ゆっくり話しましょう。きっとこれはとても長くなりますよ」
「それは呑気すぎるのでは? 六合の様子を見る限りかなりの厄介ごとの匂いがしますよ」
「貴人。私は生まれてこの方、命あることをあまり楽しいと感じたことがないのですよ。大抵何でもわかってしまって、誰のことも愚かしく見えて、どうしてこの程度がわからないのかと思える。それなのに今私は何が起きてるのかわからない。六合、だから私が知らない場所に連れて行っておくれ」
飼い猫にすぎないはずだった六合に、私は全てを委ねてついていくことにした。
「——それであれは小鬼ではなくごぶりん。ですか?」
「そうにゃ」
「ギャギャ!」
「おいお前、私の言葉はわかるのか?」
貴人が自分の言葉に呪力を込めた。これを使えば動物の類でもしゃべれるのだ。今確かに言葉が通じたのを感じる。それなのに、
「ギャア!」
ごぶりんが棍棒を振り上げて何の躊躇もなく振り下ろしてくる。
【縛】
ギリギリのところでは守ろうと白虎が構えていたのがわかる。しかし私の術は成功して、ごぶりんの胸に【縛】の文字が浮かび上がると、ごぶりん達は金縛りにあったように動かなくなった。
「お前たちなぜ私に襲いかかる? 私の方がお前たちよりかなり強いぞ。お前の戦おうとする意思は無駄だ。人よりも獣に近い生物ならば、どうして生きようとする本能に従わない?」
私はごぶりんの額から指を突っ込んだ。そうすると小さい脳みその一部に、奇妙な呪縛がかけられている痕を見つけた。とても簡単な、人が自分たちの敵だと思えるようにする呪縛。簡単なのに恐ろしく強力な呪いだ。
「これほどの呪いを小鬼のすべてにかけてるのか?」
【男は殺せ。女は犯せ】
人がこの生物の前に現れるとこの声だけが流れ続けるのだ。それはまるでこの生物として生まれた以上、運命として存在するような呪い。あまりに見事な呪いに私は感心した。
「清明様、そんな呪いに触ったら危ないからやめるにゃん」
「危ないでしょうか? ごぶりんは弱いようですよ」
「違うにゃ。ゴブリンは怖くないにゃ。そいつよりはるかに”怖い女”が来るにゃよ」
「怖い女?」
「ルルティエラにゃ」
ここに来てから聞いたこともない名前ばかりを聞く。名前の付け方がかなり独特だ。るるてぃえら。それは私の耳には聞きなれないものだった。