軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百六十三話 Sideエヴィー 10年前

Sideエヴィー 10年前

米軍基地から飛び立った人員輸送機がもうすぐアメリカに到着しようとしている。黒桜は呼ばなくても出てきたままで、人員輸送機の向かいの席で眠っていた。私はいつも通りでいてくれる黒桜を見ていた。

気持ちがあまりにも落ち込んでラーイにだけ出てきてもらった。リーンやクーモも呼びたいのだが、どっちも今回の私の行動が面白くないようだ。先ほどから何度か呼び出そうとしているが、呼ぶなという意志が伝わってくる。

「スカーレット。大丈夫?」

「え、いえ……。まだかなり動揺してます。未だに自分が生きていることが不思議なほどだ。本当に殺されると思った。いや殺されたのか……」

日本からアメリカに来たあの日。気分は最悪だった。家族のためと思って、必死になってここまで来た。もうすぐアメリカに着く。本当に日本から離れてしまった。ママたちのためにこういう行動に出たこと。

仲間にもちゃんと話せば許してもらえる気がした。でも、そんな甘いものではなかった。当たり前じゃないか。祐太がいなくなったこの大事な時期にアメリカに帰る。そして大事に思っていた美鈴がこれから一番苦しい時期なのに……。

千代女様から裏切り者と言われてショックだった。仲間よりも家族を優先したし、当たり前のことを言われただけなのに。米軍基地から大型の人員輸送機に乗り、隣にはスカーレットが座っている。大統領補佐官を務めていた人だ。

スカーレットは半日ほど前に、千代女様から拷問された上にあっさりと首を切り落とされた。あれから時間が経ってるのに、恐怖から震えが止まらない様子だ。あの容赦のなさが日本の忍者というものか……。

「……正直、私はまだ日本人だと甘く見てたのだと思い知らされました。日本人はもっと甘いのではないかと思っていた」

「私も心のどこかでこの行動が許されるんじゃないかと思ってた。でも全く許してもらえなくて今になって後悔する気持ちがわいてきてる」

「戻りますか?」

よほど千代女様から恐怖を植え付けられたのだろう。自分の国のためにも何としてでも私をアメリカに連れ帰ろうとしていたスカーレットが口にした。拷問された上に首を切り落とされたのだ。迦具夜が助けてくれなかったら死んでた。

「そんな中途半端なことばかりしても、余計に誰からも信じてもらえなくなるだけよ」

「そうですね……。家族の命が助かるからと、裏切りを促した私を恨んでますか?」

「いいえ、米崎博士が言ってたの。魂というのはいつまでも裸のまま現世にいていいものじゃないそうよ。今のこのタイミングじゃなきゃ、きっとみんなもう生き返らなかった。家族も助けられて、仲間ともまた会える。私は両方取れるって安易に考えすぎたのよ。祐太や美鈴と終わりになる覚悟がなかった」

考えだけで胸が締め付けられる。ロロンは私をアメリカに呼び寄せた。祐太の国と敵対している国に帰る。その意味が本当に考えられてなかった。

「私は絶対にロクジョウとは接触するなという注意を受けていたのですが、どんな人物なのですか?」

「祐太はなんというか不思議な魅力のある男の子なの。私は気づけば好きになって祐太に夢中になってた。多分、祐太がいれば、私はアメリカに行く前に必ず相談して、祐太の言葉に従ってたと思うわ」

「あなたが六条祐太と出会ったのは、まだ彼が駆け出しの頃でしょう。魅力のステータスもその頃は、あなたの方がはるかに高かったはず。それなのに日本の一般の少年に対して、そこまで好意を惹かれるものですか?」

「会えば分かるわ。祐太の言うことを聞けばいつもうまくいく。そんな気がしてしまうの。どうして……」

私の目から涙がこぼれてくる。もし祐太が10年間もいなくなることがなければ、こんな状況にはならなかった。私は今も祐太の腕の中で安心して眠っていれば良かった。それなのに裏切った私にはもうその資格がない。

「祐太……」

考えるとどこまでもメソメソしそうで私は涙を拭った。これから向かうアメリカにいるロロンと向き合わなきゃいけない。泣いてる暇はない。強くならなきゃいけない。それでも、すぐには私の顔は晴れない。

ラーイが心配そうに体を寄せてくれて、黒桜も膝の上に乗ってくれたので頭を撫でた。

《黒桜。リーンとクーモはまだ怒ってるかしら?》

《リーンは一時的には怒ってるだろうけど、そのうち許すにゃ。でもクーモはもう主の言うことを聞かないかもしれないにゃ》

《そうよね……》

黒桜の言葉に気分が沈む。祐太や美鈴とも仲が良かったリーンは、今回の私の行動に不満があるようだった。だが、なんだかんだで一番長い付き合いだ。私の状況もわかってるだろうから、そのうち許してくれる。

でもクーモは強制的に従わせない限り、多分もう言うことを聞かない。召喚獣に強制して言うことを聞かせるのは、召喚士として一番やってはいけないことだ。一度でもやれば召喚獣はもう二度と主を信じなくなる。

私としても強制するのは嫌だ。とはいえクーモがいないのは困る。隠密行動に強いクーモは、隠れたい時に隠れさせてくれる。でもクーモは私より祐太に懐いていて、祐太と同じパーティーだから私の召喚獣になってくれた。

それがアメリカに帰るために祐太のパーティーから抜けた。ロロン次第ではそのままアメリカで探索者をしなければいけない。そうなれば10年後に帰ってきた祐太とも敵対するかもしれない。

《召喚獣は私の言うことをずっと聞いてくれるもんだと思ってた》

《主。クーモも主があくまでも祐太のところに帰る気持ちをなくさなかったら、そのうち言うこと聞いてくれるようになるかもしれないにゃ》

《それならいいのだけど、クーモもこんな感じだし、祐太や美鈴にも……》

《暗いことばっかり考えるのは良くないにゃよ。少なくともこれでママさんたちは生き返るにゃ。主にとってそれはとてもいいことにゃ》

《それは、そうよね……》

ママとイーダとケイスに再び会える。何度同じことがあっても、私はそれだけはやろうとしたはずだ。

《後悔しても仕方ないわよね》

《どっちもは選べなかったにゃ》

《そうね……》

空を飛んでいるというのに外の様子も見えない軍用機の中。無機質な機内を見渡す。スカーレット以外の他に人はいなかった。護衛の軍人でもいそうなものだが、軍人では探索者を守れないし、いても意味がないからいなかった。

《ねえ、黒桜。ロロンは約束を守るかしら?》

《……》

さすがに反故されることはないと思ったけど、それでも聞いていた。黒桜からの返事がなくて、

「黒桜?」

スカーレットの存在を気にして【意思疎通】で話していたのを、急に返事をしないものだから声を出した。そうすると私の膝の上で寝転んでいた黒桜が顔を上げ、私の言葉に答えないまま機内の奥を見た。黒桜がすっと立ち上がる。

「どうかした?」

「主。これから、黒桜がいなくなっても頑張るにゃよ」

「何を言ってるのよ。そんな寂しいこと言わないで。冗談でも今は落ち込んでるんだからやめてよ」

それなのに私の胸がドキドキしてくる。何か嫌な気持ちがこみ上げてくる。黒桜はなぜか私の膝から降りて全身の髪を逆立てる。何だろうと思っていたら今度は猫寝様が召喚陣を勝手に出現させて出てきた。

この人こそ、こんなところまで付いてくるのが不思議だった。でも付いてきて、意外と言うことも聞いてくれる。今回の私の行動も不満じゃないのか、大人しく従ってくれたままである。

「お松様。"あれ"がそうですか?」

白猫姿の猫寝様が普通に喋り出してスカーレットは目を瞬いて見ていた。先ほどから黒い猫が喋ったりしている。こんな世の中だから猫が喋ったぐらいで本気で驚いてはいないだろうが、かなり奇妙に思ったようだ。

そして猫寝様も機内の奥を見ていた。何かいるのか? 私は気配を読むのが苦手で分からなかった。

そして、

それは、

声から聞こえたのだ。

「少し力を隠しているぐらいの召喚獣にしては、随分と勘が良いな」

その声は黒く、ねっとりとした質感を持ち、耳に不気味さが残った。暗闇から這い出てきたように、心の底に恐怖を刻み込む。そしてずっと見えなかったのに、ゆっくりと機内の奥からドアも開けずにすり抜けて出てきた。

それは一人の男だった。執事服をまとい、赤い瞳は血のように深く、じっと虫でも見るようにこちらを見た。男の口元から鋭く光る牙が覗いていた。私は男の姿を見た瞬間、全身に悪寒が走り、逃げ出したい衝動に駆られた。

飛行機の音がうるさい機内の中で男の足音だけがよく響いた。

「何か用かにゃ?」

怖がる様子もなくただ私を守るように黒桜は立っていた。ラーイも起き上がると私に背中に乗るように促してくる。リーンは私が緊張しているのを感じると、怒っていたことを忘れたように、

《早く出す!》

そう伝えてくる。私はこんな時なのにちょっとだけ嬉しくなってリーンを召喚した。そしてすぐにリーンをまとった。

《ごめんなさいリーン私》

《主、集中する。こいつ私達じゃ相手にならない。黒桜がなんとかしてくれようとしてるみたいだから、その間にうまく逃げる》

ダンジョンには理不尽な敵がいる。自分たちではどうにもならない強さを持っている敵である。私がそういう理不尽と遭遇したのは八英傑が襲ってきた時だけだけど、祐太はわりと何度もあるらしい。

そして私のたった一度のその経験と同じぐらい、いや、あの時よりも強く怖かった。それは今ここに祐太がいないからだと思った。

「お前……違うな」

執事服の男が黒桜を凝視する。

「分かんなくていいのに分かるにゃ。ロキ」

心の底から嫌なやつを見つけた。黒桜はロキと呼んだ男をそんな顔で見つめた。

「おお、やはりか!?」

「気づかなくていいにゃ」

黒桜がこんな声も出せたのかというほど不機嫌な声を出した。

「その辛辣な声。懐かしいな」

男が赤い瞳を歪めた。

「吐き気がする。死んでればよかったにゃ」

「私はとても喜んでいるのに、そんな顔をしないでおくれ。ああ、そばに来るとよくわかる。"六合"。嬉しいぞ。お前がここにいるということは"清明"は息災か?」

「何でお前にそんなこと教えるにゃ」

黒桜が戦闘態勢に入っていく。大きくなることもなく自分の中にある封印を解除して、急激にレベルが上がっていくのが感じられた。そしてのんびりしている黒桜の口から、決然とした声が聞こえた。

「主! ラーイに乗るにゃ! 猫寝! もうここまでついてきたら何も言わないにゃ! 主をちゃんと護衛するにゃ!」

「おや、戦う気か? それがどれだけ無駄なことか六合。まさか忘れたか?」

「覚えてるにゃ。覚えてるから準備してきたにゃ! ラーイ!」

黒桜が口にするとラーイが、私とともにすっかり怯え癖ができてしまったらしいスカーレットも連れて行こうとして、

「そんなこと許すとでも?」

「ラーイ、下がりなさい!」

私はなんだかとても嫌な感じがして、スカーレットを助けるよりも、後ろに下がらせた。リーンが私を包んで守ってくれているけど、怖さが増してくる。なぜか下がったラーイの体に深い傷が入って、首から血が垂れる。

急いでポーションを飲ませた。

「六合。お前は嫌な顔をするけど、私はお前の顔が見れて嬉しいよ。よければ清明も呼んでくれないか?」

「うるさいにゃ!」

念動力によるものだろうか、黒桜が衝撃波のようなものを放つとそれがロキという男の体に当たって、操縦室へと続く壁にロキの体がめり込んだ。

「黒桜、なんだかこいつ危ない雰囲気だわ! ここは一旦、逃げましょう!」

「それじゃダメにゃ! 逃げても無駄にゃ! それより戦うにゃ! その許可を欲しいにゃ! そうしたら黒桜は本当の実力を出せるにゃ!」

祐太達からも離れ、自分がこれから頼れるのは召喚獣だけだ。その召喚獣の中でも一番言うことを聞かないはずの黒桜が私の指示を求めてきた。

「え? どうして私にそんなの求めるの?」

黒桜は私よりもはるかに強い召喚獣で、私の許可なんていらないはずだ。

「こいつ白蓮様の昔の仲間にゃ。でも途中で悪神になっちゃったやつにゃ。どこに行ったのかと思ってたけど、ロキなんて名乗ってたのかにゃ。多分、ユグドラシルの悪神ロキにゃ。大八洲国でも有名なぐらいの悪神にゃ」

「白々しく言うではないか。私の耳には何だか最初から知ってたように聞こえたぞ」

「主! こいつ本当に強いにゃよ! 気合い入れるにゃ! ママさんたち生き返らせるって自分で決めたにゃ! だから一緒にこいつをぶっ殺すにゃ!」

しゃべっていたら輸送機の後ろのハッチが開き出した。黒桜が【念動力】で動かしているのだろう。バキバキと明らかに鳴ってはいけない音がしていた。

「そう言わずにもっと仲良くしようじゃないか。六合、喧嘩別れになったのはもうどれほど昔のことかな。懐かしい」

「その名前は捨ててる。今は主の召喚獣、黒桜にゃ。それに気持ち悪いから懐かしがるにゃ。そもそも以前は、お前が全部めちゃくちゃにしたにゃ。黒桜はそのこと結構根に持ってるにゃ」

「妙だな。裏切られたのは私の方だと思っていたのだけどね」

「前はな。そうかもしれないにゃん。でも……」

「こ、黒桜、本当に大丈夫なの?」

目から涙が流れてくる。黒桜が強いことを知ってる。ずっと力を隠してたことも知ってる。それでも多分黒桜は頑張ってもルビー級を越えられない。でもロキと呼ばれるやつは超えてる気がする。

「ちょっと狭いな」

ロキがそう口にした瞬間。人員輸送機の機体が爆発して落下していく。すぐに猫寝様が巨大化すると邪魔な機体の胴を爪でひっかく。綺麗な丸い穴が開いて、ラーイが私とスカーレットも乗せてそこから出た。

「ごめんなさい。助けてもらうことしかできない」

「気にしないで。それよりしっかり掴まってなさい」

スカーレットはなんとか助けられたこの状況、私だって何もできないわよ。操縦士2人は多分死んだ。可哀想だけど仕方ない。こういう化け物を見て、何1つできないという思いに駆られると、自分の弱さが嫌になる。

「主。とりあえず黒桜は、この舐めた態度のバカを思いっきり殴りたい気分にゃ」

「は、はは、偶然ね。私もそういう気分なんだけど、できるのね?」

「黒桜はそのためにここにいるにゃ。リーンもラーイもクーモもいつかできるけど、今は黒桜しか無理にゃ。黒桜が託されたことだから任せるにゃ!」

「六合。そんな冗談が言えるようになったのか?」

「しゃべるな。お前が嫌いにゃ」

「……」

ロキはあの赤い瞳でじっとりと黒桜を見ている。その瞳には狂気が感じられた。

「12天将のうち、お前だけはいつも掴みどころがなく不思議だった。でもその理由がわかってきたよ。なあ六合、悲しいが私のやることは決まっている。捉えようかと思った。だが気が変わった」

ロキは口の端を吊り上げる。私を殺そうとするのも楽しそうだ。何かを壊すことに楽しみを覚えている。そんな顔をしている。手を振り上げる。それだけで空が暗くなった。何かと思って見上げると空に黒い霧がかかっていた。

「殺せると思うにゃ!」

黒桜は8英傑を前にした時と同じだった。呻き声をあげながら体から力が解放されていく。小さかった体が次第に巨大化して、以前のように額にあった桜の紋様が体全体に広がっていく。

「主!!」

「分かった。黒桜、ロキを倒しなさい!」

そしてその桜の紋様までもが、体から剥がれていく。なぜか自分がそう命令したことで、ようやく黒桜が本当の力を見せられるようになったんだと分かった。中から何か恐ろしげなものが目を覚まそうとしているのだと分かった。