作品タイトル不明
第三百六十二話 森神様
また金持ちになってしまった。後でちょっと美鈴に分けてあげようと思った。100億円ぐらいでいいだろうか? 自分で頭の中に浮かんだその金額に、ああ、金銭感覚がおかしくなっているんだなと自覚した。
「桜千殿。六条様の扱いには、今後も継続して秘匿性を保つ必要がありますか?」
山田総理が聞いていた。
「そうですね。引き続き主様のご迷惑にだけはならないように、十分に気をつけなさい。主様の実力は十分であり、その意味では時期が来ていますが、今、主様を表に出せば千年郷の所有問題で混乱が起きるかもしれません。真実を話す相手には契約書を書かせることを義務付けます。あなたももちろん後で書きなさい」
「了解しました」
「あなたが話す人と方針が決まったらこちらに伝達するように。それと主様生存の情報公開は間近まで来ています。このような福音をどのような形で世間に公表するべきか十分に議論するべきでしょう」
「分かりました。信用できるものともう一度検討してみます」
山田総理は、抜け目のない鋭い目をしていて、仕事モードに入るとその表情が一変するようだ。なんだか聞き捨てならない言葉がいくつか聞こえた気はするが、こういう頑張ってしまうところが、この人が総理で居続ける理由なのだろう。
【壱号。では主様に私に触れていただくようにしてください】
「主様。弐号に触れていただいていいでしょうか? それによってポーションの許可と、現在の千年郷運行システムとのリンクを行います」
「わかった」
俺は再び光る球体に手をつけた。そうすると光る球体の輝きが増した。その輝きが俺の手の中に吸い込まれていくように入ってきて、それと同時に千年郷の中の様子やシステムの詳細が頭の中に流れ込んでくる。
この千年郷で1億人もの人が泣き笑いしながら生きている。それら人の営みを上に乗せて千年郷は宇宙に浮かんでいる。月と地球の中間地点。どちらの天体も外で見ているように見ることができた。周囲には静寂が広がっている。
星々が遠くに輝き、無限の黒い空間がどこか恐怖を感じさせた。そこには空気すらも存在せずほとんどの人間にとって【千年郷】だけが生きていける場所だった。その千年郷とのリンクがどんどんとつながっていく。
俺のかなり上がった知能だと、以前より把握できる範囲が広がった。昔は千年郷のすごさが理解できていなかったのだと分かる。そして、千年郷が今まで俺に許可を取らずに行ってきたこと、全てに許可を出していく。
さらに、
【ポーション製造ラインを稼働。同時に主様がゴールドエリアに製造されているダンジョンに、宝箱を設置。ドロップアイテムとして中にストーン級アイテムを設置することができます。初級ポーション3種及び、ストーンアイテム100種の生産、許可をいただけますか?】
【許可する】
【了】
それと同時に俺の頭の中に【異界】からエネルギーを受け取り、それが桜の大樹によって形を作り出し、ポーションやアイテムが製造されていく過程が浮かび上がってくる。そして弐号から俺は手を離していた。
手を離した状態でも千年郷システムとのリンクが保たれたままなのが分かった。そうすると、意識下で千年郷に直接触れられるようになった感覚がする。
《以前だとここまでできなかったわけか?》
【はい。残念ながら主様が千年郷システムとリンクするには、知力がかなり不足していました。これでもまだ不十分です。私を完全に支配下に置くには知力10000ほどが必要となります。そこまで来ると千年郷を拡大したり、システムの根本的なグレードアップもできるようになります】
千年郷はサファイア級のアイテムで、本来使いこなすにはサファイア級のレベルがいる。でも桜千がいるから、ゴールド級の時でも使えた。それでも、やはり、完全な使用条件はかなり厳しいのだと思えた。
考えながら制御室での用事が終わり、全員で外に出て行く。
山田総理は、
「南雲様、六条様。ポーション製造に伴い、関係各省との細かい調整が必要となります。隠したところで仕方がないのできちんとお話ししておきますが、巨大利権が発生することになり、それに群がりたい連中が山ほどいるのです」
「まあそうなりますよね」
「浅ましい話ですが、十分な利益を持っていてもまだ欲しいというものはいくらでもおります」
「まあ僕への家賃は無理のない程度でいいですよ。桜千も山田総理が困らない程度で調整してくれ」
と口を添えておき、
「ありがとうございます。ですができる限りのことはするつもりです」
山田総理はしっかりと口にする。
「いえ、総理。俺が表に出ない状況だと、ポーションで発生するお金は南雲さんの口座に振り込むわけだし、南雲さんが新しい利権の全てを独占すると捉えられて迷惑がかかるかもしれません。そんなことになるぐらいなら俺は何もいらないぐらいです」
「それを言われるとなんとも……」
「祐太。あんま俺の心配なんてするな。生意気だぞ。それにお前は前の感覚が抜けないみたいだが、この世が平等だなんて、もう誰も思っていないさ」
ポンポンと頭を撫でられた。
「でも俺はもう十分なお金があるわけですし、本当に無理しなくていいですから」
「無理はしないって。まあごちゃごちゃ抜かすやつを調教する可能性はあるけどな」
一瞬、南雲さんから怖い気配が漏れる。俺はそれ以上何も言えなかった。この世界を10年治めてきたのはこの人だ。俺には口の挟めないすごみがあった。ただ、俺はポーションのことで1つ気になることがあって口を開いた。
「南雲さん」
「なんだ?」
「アメリカがポーションの供給源になってるみたいですけど、それってつまり、アメリカにポーションの製造ができる森神が誕生したってことですよね?」
俺の知っている限りエルフさんが、日本のどこかでポーションを製造して、それを世界に供給して、エルフさんは世界一の大金持ちになった。その結果、エルフさんが世界経済を牛耳っていたのだ。
だからこそ簡単にはエルフさんを殺せないと思っていたのに、八英傑は真っ先にエルフさんが死ぬように動いたらしい。そしてエルフさんがいなくなって、俺が知ってる限り森神の座はそのまま不在だったはずだった。
「お前まだ聞いてないのか……」
南雲さんは、なんだか話しづらそうな顔で口を開いた。
「お前のところのエヴィー・ノヴァ・ティンバーレイクがいただろう?」
「はい」
そこまで聞いて気がつく。誰も美鈴ですらエヴィーの話をしていなかった。俺の2番目の仲間。いるのがあまりにも当たり前だから、どこかにいるんだろうとだけ思ってた。伊万里の問題に集中しすぎて、気にするのが今になった。
それがどうにも薄情に思えて、バツの悪い気持ちがこみ上げてくる。
「あの女がアメリカでサファイア級にまで上り詰めて、新しい森神となった。そしてアメリカのニューヨークに万年樹を植えたんだよ」
「……」
南雲さんがあっさり口にした。あんまりなことに言われた言葉を受け入れるのに時間がかかってしまった。
「何ですかそれ? 南雲さん、俺の女は誰も"裏切ってない"って言ってませんでした?」
伊万里以外はそうだったはずだ。今はエヴィーが森神なら、エヴィーがアメリカに行ったのは戦争中のことだったと想像がつく。それはどう考えても裏切りだろう。
「悪い。伊万里に続いてエヴィーの話もするのはどうかと思ってな。それに、あの女に関しては裏切ってるのか裏切ってないのかよくわからん。ただアメリカに渡ったまま、日本には一切帰ってきていない。お前が10年前に渡ってすぐのこと、千代女はアメリカに渡ろうとするエヴィーを裏切り者と決め、殺そうとした」
「千代さんがそんなことをしたんですか?」
「千代女はかなり怖い女だぞ。簡単に人を殺すし、先の大戦でルビー級を一番殺したのは多分あの女だ。お前の女もおそらく遠慮なく殺すつもりだったはずだ。だが、迦具夜が寸前で止めた。そしてエヴィーがアメリカに行くことを許した」
「迦具夜が……」
迦具夜がなぜそんなことをしたのかと考えた。そしてすぐに千代さんがエヴィーを殺さないようにするためだと想像できた。それはきっと10年後に俺がここに帰ってきたら、それを聞いた俺が嘆くだろうと想像がついたからだ。
あの迦具夜がそこまで考えたんだ。それが俺のためだったんだと思う。
「すみません。責めるような言葉が出ました」
「祐太。お前だから言うけどな。俺は戦争中、自分が不甲斐ないと思うことだらけだった。そんで意外と俺は万能じゃねえんだなって思い知らされた。エヴィーのこと、正直全く手が回らなかった」
「い、いえ、本当に余計なこと言いました。あの、でも、エヴィーはどうしてアメリカなんかに行ったんですか? そもそも美鈴とゴールドエリアを支配したんじゃないんですか?」
「それをやったのは榊だ。エヴィーに捨てられた形になった美鈴を、榊が見かねて自分のエリアに誘ったんだよ。エヴィーがそこまでしてアメリカに行った理由は、どうも弓神ロロンが死神と交渉して、家族の復活を取引材料にしたらしい」
「ロロンですか……」
家族を人質にされた。それならエヴィーはアメリカに帰るかもしれない。父親との関係が最悪だった俺と違い、エヴィーは家族との関係が良好だった。それが死神によって目の前で一気に殺された。復活できるものならしたい。
「エヴィーの家族を殺したのは八英傑側でしょう?」
「まあそうだな。自分たちで殺しておいて『助けてやる』はふざけるなって話だが、向こうに家族の魂がある状態じゃ文句も言えなかったんだろう。ただ、問題はその後だな」
「何かありましたか?」
「それからのエヴィーは俺でも驚くぐらい、探索者として順調にレベルアップして森神になった。まあ、確実にロロンとゲイルがエヴィーにそこまでちょっかいを出したのは、よほどエヴィーを森神に担ぎ上げたかったんだろう」
「エヴィーと連絡は取れないんですか?」
「ずっと敵対してたからな。戦争後も、お前のパーティーメンバーは誰も連絡を取り合ったことがないって話だ」
「なんで連絡ぐらい取らないんですか?」
「それは本人に聞かなきゃわからん。でも一番仲が良かったのは美鈴だったらしいが、その美鈴は美鈴でエヴィーに連絡を取って自分が『お荷物だったから』と言われるのが怖い。そんなことを榊が言ってたな」
妙に美鈴は自分に自信がないところがある。その理由は彼女らしいと思えた。
「あの、そもそもどうしてエヴィーが森神になったんですか?」
「そこは簡単だ。あの女が【 四元(しげん) の召喚士】だからだ」
「四元の召喚士ですか?」
エヴィーは四獣使いの称号はついてたなと思い出した。
「そうだ。そもそも森神の向いてる職業が、召喚士なんだよ。森神になると最初に万年樹を植える。その万年樹の周りには森が形成されていく。何百年、何千年、それこそ何万年もかけてな」
「はい」
「これによって形成される【万年樹の森】の特徴として、万年樹が異界からのエネルギー循環炉の役割を果たしているために、エネルギーが豊富で、強力なモンスターが現れやすいことだ。それらを管理維持するのに一番いい職業が召喚士だと言われてるんだよ」
「エルフさんって召喚士でしたっけ?」
「ババアは召喚士じゃない。 精霊皇(せいれいこう) だ。精霊系でも守護全般なら何でも得意だ。四元の召喚士の次ぐらいに森神に向いてるって話だ。でも最高じゃない。だからババアはいずれふさわしい召喚士が現れたら自分の立場を譲ることも考えてた」
「それがエヴィーですか?」
「そうだ」
「四元の召喚士とか言うのだからですか?」
「そうだ。そもそもエヴィーの召喚獣は四元龍と色が同じなんだよ」
「四元龍?」
「水龍神 蒼羅(そうら) 様、炎龍神 紅麗(こうれい) 様、冥龍神 暗璃(あんり) 様、風龍神 白聖(はくせい) 様、最古にしてダンジョンシステムとも直接繋がりがあるとも言われる存在だ。順番に青、赤、黒、白を司ると言われている。大八洲国の翠聖様の召喚獣もそれと全て同じ四神獣とも言われている。そしてエヴィーもそうだった」
「それって何かいいことあるんですか?」
「色が同じだと元龍の恩恵が来ると言われている。俺の場合は暗璃様、黒の系譜だ。お前は間違いなく紅麗様、赤の系譜だ」
「じゃあエヴィーの召喚獣はその全てってことか……」
「まあそれをババアが知る前に、ロロン達に知られたことがこの戦争の初手のミスだな」
「本人もわかってなかったんじゃないかな……」
それにしてもエヴィーと美鈴が離れるのは予想外だった。あの2人は俺以上に一緒に行動していることが多かったし、伊万里がいなくなっても2人で支え合ってると思っていた。その役目がいつの間にか榊になってた。
おかげで榊は調子が狂っているように思う。本来うちのパーティーで一番レベルアップが早いのは榊のはずだ。それぐらいあの女は才能を感じさせた。でも榊の呪師は美鈴とは相性が悪いように思う。
というのも呪師はピーキーな性能だと言われているのだ。美鈴もそうで、どちらもピーキーなのは、結構やりにくかったはず。美鈴にはエヴィーが合ってるのだ。何でもできる召喚士が美鈴のピーキーさをうまくコントロールしてきたのだ。
「レダはなんかわかる?」
レダは常に俺の目の前で外の景色を見つめ続けている。俺と共に外の景色を見続け、俺の観察を続けている。だから細かい説明は不要だ。
「そもそも私はそのエヴィーという女を詳しく知らん」
「ああ、そうか……」
そう言われてエヴィーの情報を渡すかどうか悩んだ。悪神にエヴィーの情報を渡すのは正しいだろうか。ただ、今更エヴィーの情報を与えるかどうかぐらいで、何か悪いことを始めるとも思えなかった。
大体、レダがその気になれば、俺の知ってるエヴィーの情報ぐらいは簡単に手に入れられる。そう考えて俺は一通りの情報を与えた。
「——なるほどな」
俺が情報を与えるとレダは長く黙っていた。そして面白そうにニヤリと凶悪に笑った。可愛い女の顔をしているはずなのに、以前のレガの顔となぜか似てると感じさせた。
「な、何だよ……」
「白蓮がお前たちの中で一番最初に会おうとしたのはエヴィーだったわけだな?」
「ああ、そうだよ」
「そして白蓮のペットとかいう召喚獣が、エヴィーの召喚獣になったと」
「召喚獣? 黒桜のことでいいのか?」
「ああ、私はよく覚えているよ。こいつが私のところに勇者の話を聞きに来た時から、白蓮のそばにいたのを。あれはもう900年は昔だった。この猫、お前は力を解放した姿を見たと思っているようだが、まだまだ、かなり力を抑えているな。なるほどいろいろ面白いな」
「900年前? 黒桜はサファイア級なのか?」
そうでなければ黒桜はもう死んでるはずだ。見間違ってるんじゃないのか? いや、レダという真性の悪神にとってそれは多分ない。レベルが上がれば上がるほど、見ただけで相手の情報をたくさん仕入れられるようになる。
そんなレダは人の見間違いなどしない。
「いかにも。それ以外ないだろう。あれは間違いなく白蓮の召喚獣なのだから。あるいはサファイアの輝きすらこの猫は超えてるだろうよ」
「白蓮様の召喚獣……」
「まああの頃、白蓮は安倍晴明と名乗り、この者も黒桜ではなく、 六合(りくごう) と呼ばれていた。重なると思わないか? お前も六条。六に合う。偶然だろうか?」
「こじつけじゃ……」
「安倍晴明の式神、【12天将】はお前の世界でもかなり有名な存在だぞ。特にその中で六合は謎多き式神として知られている。お前と会う目的があるいは900年も前からあったのか。実に興味深い。だがまあこれでももう一つ分かった」
「何をだ?」
「これは、ほぼ間違いなくどこかに"奴"がいるぞ。やはり黙っているほど賢くはないか」
「奴って誰?」
「憶測ばかりになるからこれ以上はやめておこう。やはりエヴィーという小娘本人に聞きに行った方がいいな。ことによっては伊万里という小娘よりこっちの方が面白いかもしれんぞ」
「ええ……」
つまり伊万里級かそれ以上にエヴィーの問題が大きいということか。一体どうしたらそんな面倒なことになるんだ。同時進行でいろいろ起きすぎだ。それにアメリカは、今の俺が簡単に行ける場所じゃない。
エヴィーがいるアメリカは戦争中は殺し合っていた相手。そして俺だってルビー級になって、簡単には動きにくい立場だ。美鈴だってレベル800を超えてる。そんなレベルで、他国に乗り込むとまた戦争かと思われかねない。
特に日本はアメリカとの関係の再構築には難儀しているようだ。他の国とは千年郷システムによる支援の関係もあって、徐々に仲良くなってきてる。でもアメリカは森神が生まれたことで、結構強気らしい。
その強気の姿勢はダンジョンが現れる前を思い出させるほどらしい。
「本人に確認か……」
つい俺が口で発してしまった言葉に南雲さんが反応した。
「何だよアメリカに行くのか?」
「いや、無理ですよね。俺も一応ルビー級ですし、六条パーティーが一大勢力として捉えられているのはなんとなく理解しています。そんな状況でアメリカに行くのは難しいですよね」
「確かに、バレると、昔で言うところの空母とイージス艦の大艦隊を組んで、他国に侵攻するぐらいの印象を与えるかもな」
「戦争になりますかね?」
「どうだろうな。俺はちょいちょい行ってるけど」
「行ってるんですか?」
「まあ気晴らしに。アメリカには好きな景色が結構あるからよ。バレないようにこっそりな。さすがに現地の人間には会わないように気をつけてるぞ」
「こっそりですか……」
「祐太もこっそりアメリカに行って、エヴィーに会ってみるか?」
「……そんなことしていいんですか?」
南雲さんが面白そうに笑いかけてきた。南雲さんはあくまで人に接触しないように気をつけてたんだろう。そりゃいくら弓神達でもアメリカ中を常に見張ってるわけじゃないだろうから、南雲さんならそれぐらい簡単かもしれない。
でも俺は今向こうで一番注目されているであろうエヴィーに会いに行きたい。目立たずにこっそりとか可能だろうか。レダの話を聞く限り、面倒な敵がいる可能性も高い。そして一番の問題は南雲さんは気配を消すのが苦手だったはず。
俺も正直そこまで上手くない。
俺はちょっと考え込んだ。