作品タイトル不明
第三百六十話 内閣総理大臣
「祐太がいる!」
一番に抱きついてきたのは美鈴だった。シルバーエリアのゲート前で昔より大人びた二十歳ほどに見える美鈴がしっかりと抱きしめてくる。俺はそんな風に美鈴に抱きしめられることに安堵感を覚える。
どんどん10年前に戻ってきているように感じられて嬉しい。ただそれでも違うものもある。一番顕著なのが美鈴の髪と目の色だ。金色の髪に緑の瞳。欧米人にでもなったような見た目だ。
「それって染めてるわけじゃないんだよね?」
「違うよ。私は【 転生(リーンカーネイション) 】で 七式(ななしき) という種族になったんだけどね。これが結構変わっててさ。髪の色と瞳の色が、その時々によって変わるんだよね」
「ひょっとして単一種族?」
「うん、そう。ガチャで出てきた虹装備の数だけ色のバリエーションが増えていくの。虹装備でやっていこうとする人間だけが転生する種族。今のところ赤髪と紫の瞳。それとこの金髪と緑の瞳があるんだ」
「美鈴、俺は今こんな感じだ」
俺は炎の翼を生やして、さらに体を完全に鳳凰の姿に変化させていく。そうすると炎をまとった鳥になった。鳳凰の姿は結構大きい。会津若松城の広場に巨大な鳥が一羽現れた。季節は冬で、広場がほのかに暖かくなる。
「やっぱり祐太が鳳凰なんだ」
巨大に成長した俺は、空に浮かび上がった。美鈴を背中に乗せてやるととお城を軽く一周して、戻ると炎の翼だけ残して地面に着地した。驚いた顔をしている美鈴。そして周りを見渡すと米崎はもちろんいる。
その他に千代さんに榊の姿も見えた。他の人はいない。それぞれルビー級なんだから俺以外の繋がりも用事もあるはず。立場もあって忙しいみんなが、全員ちゃんと来てくれるか不安になった。
「千代さん、ただいま」
「はい。本当に長い間待ってましたよ」
榊が美鈴の体を俺から引き剥がすと、千代さんが今度は抱きしめてきた。
「中はどうでした?」
「絶対神セラスって女が仕切ってる。そいつが不自然なぐらい強い。レベル1500を超えてるらしい」
「サファイア級後期ですか……そんなのゴールドエリアにいるはずないんですけど、おかしいですね。セラスって神だけが飛び抜けて強いんですか?」
「いや、向こうにはルビー級を超えたのが、伊万里と死神以外にも16体いるみたいだ」
「16体? ちょっとそれは異常ですね。長くダンジョンを見てきましたが、そんなゴールドエリアがあるなんて聞いたことがありません。普通は存在するルビー級は一体。かなり強いゴールドエリアに当たったとしても3体もいればかなり多いんですけど」
それはダンジョンを壊す究極系という俺がいるから。千代さんはレダの話は知ってるから、言いたくなる。それでも言えなかった。そして千代さんの言葉が奇妙なほど引っかかる。俺は自分が究極系だから、ゴールドエリアが異常なのだ。
それで納得していた。でも、もしも、俺以外の理由があるとしたら? ふとそう思えた。そうすると今まで聞いてきた話の中で何か腑に落ちないことがあった気がする。何だったか。
「どうかしました?」
「あ、いや、何でもない。ともかく千代さんと会えて今ものすごく嬉しい」
「私もです」
千代さんの顔が近づいてきてこれはキスの流れだなと思っていたら、コホンッと交代しろと言いたげに榊が咳払いをした。それを聞いて若干不満そうではあるが、千代さんが離れた。
榊は白い猫耳と尻尾が生えていた。美鈴と同じく二十歳ぐらいの見た目で、ツインテールは以前と同じ、露出の多いきわどい服を着てるのも以前と同じ。専用装備は魔法使い風なのも懐かしい。
「榊は猫耳が生えたのか?」
「というかもっと猫よ。本当はこんな感じ」
そう言って姿を変えると榊は猫耳としっぽだけではなく、猫がそのまま人の形になったような、全身が猫の毛に覆われ、まるで雪のような柔らかさを感じさせる鮮やかな見た目に変化した。夢の中の生き物のような白猫人だ。
猫耳はバツが悪そうにピクピクと動き、恥ずかしいという感情を表現していた。大きな瞳は深い紫色で、どこか妖しく輝いている。しっぽは長く、俺の視線から逃れるように揺れている。
「あ、あんまり見ないでくれる。私この姿ちょっと違うなーって思ってるから」
「え? 何で?」
「なんでってそりゃ、人の見た目からちょっと、いや、かなーり外れてるし」
「でも可愛くない? 触らせてもらっていい?」
「えー、やだ」
榊は本当に嫌だというように一歩下がった。
「嫌ならいいけど」
「やめるの?」
「嫌なんだろう」
「嫌だけど……。あんたそういうとこあるよね。10年経っても変わらないのね。私的にはなんかさらに格好よくなってるそのイケメン顔で強く来たら触らしてあげるのに」
「いいのかよ」
「いいわ。その顔でこうグッとした感じでお願い」
榊が言った瞬間、表情がふっと緩んだ。頭を撫でると恥ずかしさを隠すように視線を外しながら、少しだけ頬が赤く染まっているのが見えた。こいつ本当にイケメン好きだな。10年経っても変わってないのか。
俺は慎重に手を動かし、彼女の頭を優しく撫でた。榊の猫耳がくすぐったそうにピクンと反応する。
「彼氏とかできたか?」
「あんたの顔を超えるイケメンがいないからできないわ」
「その基準はハードル高いかもな」
「ねえ、あんた的に私はどうよ?」
「なんか不思議な気持ちだ。これが猫の癒し効果か?」
「も、もう終わり。やっぱりこの姿苦手だわ」
榊が本物の猫みたいにそっけなく離れる。よほどその姿でいるのが嫌なのか猫耳と尻尾だけの猫人に再び戻ってしまった。羨ましそうに美鈴と千代さんがこっちを見ていた。2人とも榊を触りたいけど、なかなか触らせてもらえないのか。
「みんなそれでなんだが——」
俺は説明しようとして、すぐに南雲さんからの話が頭に浮かんで言葉が止まった。むやみやたらと情報を漏らすわけにはいかない。俺は伝えるべき是非を考える。雷神様たちですら話したのだ。俺のことを伝えるべきだ。
ただ倫理観に興味のない雷神様や米崎よりも、美鈴やジャックのような人間の方が俺の話を受け入れにくいのではと思えた。
「祐太?」
俺が黙っていたのは10秒ほどのことだった。美鈴がさすがに聞いてきた。
「ごめん。ちょっと考え込んでしまった。美鈴、榊、千代さん。伊万里の件でどうしても人手が必要なんだ。詳しいことは後で話すから、今はとにかくできるだけ早くメンバーを全て呼び寄せてほしい。そして伝えてくれ。『六条パーティーで、聖勇国に戦争を仕掛ける』と」
「……戦争……本気?」
榊が聞いてきた。
「本気だ。伊万里を取り戻す。そうでないと俺は何も始められない」
「そっか……まああんたと伊万里はそういう関係らしいわね。でもあんたのパーティーメンバー全部集めるって事は、地球ですらぶっ壊せるぐらいの戦力集めるって事だからね。結構ひどいことになるから覚悟しなさいよ」
「分かってる。でも、榊は嫌ならここで抜けてもいいぞ」
ついそんな言葉が口から出た。
「バカ。そんなこと言ってないでしょ」
「小春。まあそういう話は今はいいじゃない。祐太はきっと後で全部ちゃんと言うよ。祐太、それよりジャックやマークさんも呼んでくればいいのね?」
「頼む」
「六条!!」
榊が首を振って両手を腰に当てて口を開いた。
「な、なんだよ」
「昔はあんたがイケメンだからここにいただけ。でもそれだけで10年も待ってたわけじゃないのよ。その辺ちょっとは理解しなさいよね。そんで理解したら簡単に抜けろとか2度と言わないで!」
「なんだよ急に。びっくりするだろ」
俺は目を瞬いた。
「返事は!?」
「あ、おう。悪かった」
「じゃあ美鈴がジャックで、私が土岐を呼んでくる。千代女様はマークさんでいいですか?」
「いいですよ。お姉ちゃん戦争は得意ですから任せてください。頑張ります。じゃあ米崎ちゃんはどうします? マークさんと摩莉佳さんは夫婦で常に動いてるから、摩莉佳さんは大丈夫ですし、他に呼びたい人います?」
「いないね。今回の件はむやみやたらと人は増やすべきじゃないと思うし、六条君が信用できるもののみに絞るべきだろう。用事のない僕は、一度大きく使用したヒノエの調子が見たい。他にも短い用事を終わらせておくから、遅れるかもしれないけどまあ大丈夫だろう」
米崎は骸骨の姿から元に戻った。全員が集まったら、ここにさらにバルガレオルとラフォーネが+されて15だ。聖勇国にいる超越者は伊万里と死神が合わさるから18。15対18。十分に勝負になる。
そして誰かが勝利するたびに俺はレベルアップして、こちらの戦力はその度に増大していく。全員まだ10年分の色んなことをしゃべりたい。そんな顔をしていたけど、ここまで美鈴も榊も10年間探索者として生きてきた。
その経験が、急ぐ時は何があっても急ぐべきと思わせるようだ。さっさと行動に移した。美鈴が俺の頬にキスをして、榊は俺の顔をもう一度よく確認して、2人の姿がスッと消えた。
「祐太さん、もう本当に勝手にいなくならないでくださいよ。私がこの10年間どれぐらい寂しかったか」
「大丈夫。本当にもう急にいなくはならないから」
千代さんは美鈴と榊が動いたのに、自分がいつまでも動かないわけにはいかないと、その姿がすっと消えた。間違いなく3人とも昔より強くなっていた。美鈴と榊はまだわかる。だがこの10年間で千代さんもさらに強くなっている。
そして3人がそこまで自分を追い込んで頑張った一番の理由は、俺がいなくなったことに関係していると思った。そのことを申し訳なく思う。3人は俺の話をどう思うだろうか。そうして考え込みそうになり、
「みんな動いてるのに俺がぼーっとしてるわけにもいかない。行くか」
《はい》
クミカの返事を聞いて、米崎を見るとその姿が消えていた。気配を消してヒノエを見てるのか、それとも何らかのアイテムを使ってるのか、そこら辺はよくわからない。とりあえず「行ってくる」と声をかける。
「行ってらっしゃい」
とだけ声が聞こえて、次に桜千に声をかけた。
【主様。急がれるのでしたら後に回されてもいいと思いますが、この度のお帰りは桜の大樹で作ることができる初級ポーションのことも込みでしょうか?】
桜千によって、人払いが行われているのだろう。そのため、シルバーエリアのゲート前にある会津若松城には、相変わらず人が見当たらなかった。
《ああ、1日でも遅れるとポーションだけは死人が増える。できれば早くしたい。そんなに時間がかかることではないんだろ?》
【はい。千年郷制御室まで来ていただき。正式な運用許可をいただければ、些事は私の方で処理させていただきます】
《どこだ?》
【このポイントまでよろしくお願いします】
桜千から千年郷制御室の位置情報が送られてくる。それではっきりとポイントを頭にイメージしながら【転移】する。わずかな違和感を感じた後、再び世界に現れる。制御室は中央にそびえる桜の大樹から少し離れた場所にあった。
「ようこそお越しくださいました」
うさぎの耳を生やし、相変わらずどこか翠聖様と似た見た目を持つ黒い和装の男。桜千がうやうやしく一礼してきた。
「主様。あの日からずいぶんと時間が経ちましたね」
「まだ1日だろう」
「いえ、主様がここに来た日からのことです」
「ああ」
そう言われると確かに久しぶりだった。中央制御室に最初来て桜千と初めて出会い、俺が主だと決まった。桜千は俺が【千年郷】に最初に触れたあの時に生み出された存在。最初【千年郷】に入るのは時間がかかった。
それはきっと桜千が新たに生まれるまで時間がかかってたんだと思う。そう考えると桜千が懐かしがるのも理解できた。
「あの日に私は生まれて命を授かりました」
「桜千は俺がここに来た瞬間に生まれたわけか……」
最初から知能の高いからくりだから、桜千は生まれたその時から記憶があるようだ。だからこそ懐かしがるか。祐希丸や玉姫とほとんど一緒の時間を生きてる桜千。そう思えると少し笑えた。
「そうです。主様がここに来たから私は生まれ、主様が生きているから私も生きている。何とも尊いことです」
「10歳か。何か誕生日祝いでもするべきなのか?」
「あ、いえいえ、そんなものは必要ありません。私事で主様の時間を取るつもりはないのです。改めて、主様。初級ポーションを作るにあたり、南雲様や山田総理はどうされますか? 一緒にいて話を聞いておいてもらいますか?」
「2人とも呼んでくれ。ただ山田総理は時間がかかるなら、呼ばなくていい」
「主様がここにいるという時点で、公務を全て中止して、こちらに来ることを優先されるでしょう。南雲様に拾っていただくようにお願いすれば、おそらく時間的にはすぐかと」
山田総理はもう俺のことを知っている。確かそういう情報だったはずだ。それなら挨拶ぐらいはしておきたいし、ポーションについても話しておきたい。そんな思いもあった。
「総理大臣に会うか……」
すごいパワーワードだ。
立場は南雲さんの方が上になるだろう。今となっては美鈴だって立場は上かもしれない。しかしそれでも総理大臣である。山田総理。何気に世界的な有名人だ。何しろこの人、ずっと日本の総理大臣をしているのだ。
それこそ俺が10年飛ぶ前から、そしてダンジョンに入る前から、総理大臣だ。当然テレビで何度も見たことがあったし、SNS でも何度も見たことがあった。その時は俺の人生で関わることのない上の立場の人間だと思っていた。
それが向こうから会いに来る。不思議な気分だ。それから10分もかかってなかった。
「——よう。思った以上に早いな。もう、伊万里に会えたか?」
目の前にサングラスをかけた南雲さんがいた。そしてその横には初老の男性がいた。探索者なのだろう体は頑丈そうで足腰はしっかりしている。そしてその顔からは思慮深さが伺える。その人物はおそらく間違いなく、
「龍神様。こちらが?」
その人物は、俺の反応を伺いながら慎重に南雲さんに声をかけた。
「ああ、本当の【千年郷】の主・六条祐太だ。その証拠に桜千が後ろについてるだろ」
「そうですか……」
向こうの方が緊張しているようで、ゴクッと息を呑んだのが分かった。この出会いで怯えるのは俺じゃなくて相手のようだ。総理大臣が完全に俺を見て格上だと受け入れているような顔をしていた。
「名乗るのが遅くなり申し訳ありません。私は六条様が手に入れてくださり、主である【千年郷】という理想郷で内閣総理大臣を務めさせていただく山田太一というものです。まだこの事実を知っているものは私と一部の政府高官だけなのですが、日本国民を代表し、感謝の意を伝えさせていただきます。本当に六条祐太様のご厚意により、この地に住まわせていただきありがとうございます」
しっかりと深々と頭を下げてきた。何があっても不快感だけは与えないように気をつけているようだ。すごい人だと思う。探索者はこれぐらいレベル差があると、相手は怖くて仕方がないはずなのだ。
それなのに震えた様子もなく、どこか堂々としたものを感じさせる。探索者という化け物と何度も接してきたことがある人間なのだとよくわかった。