作品タイトル不明
第三百五十八話 Side米崎 祐太
Side米崎
僕は常に極限まで気配を消して動くようにしている。理由は難しい話じゃない。探索者にとって敵対者に自分の位置を知られていないことはかなり重要だからだ。だから普段から僕はそうすることが多い。
でも普段から隠れているのは、不便だし強さに自信のある探索者としては臆病だと言われる。だからほとんどの人間はそんなことしない。でも敵に自分の居場所を知られるのはいつも突然だ。
知られたくないタイミングで知られてしまう。そして不幸はいつも突然訪れる。手遅れだったと気づいた時にはきっと僕は死んでる。それが嫌だから僕はいつでも気配を消す。気配を消す僕の行動は千代女様と一緒だ。
でも、あちらはいつでも人を簡単に殺せるように気配を消してる。僕は敵が怖いから気配を消してる。その違いは結構大きい気がする。
「生きてきた過程が違うんだよ」
気配を消すことと気配を探ること。この2つだけはかなり練習しないと達人にはなれない。僕には千代女様のような練習期間がないから、当初、ラフォーネのことには気づかなかった。
しかし、ラフォーネはゼオンと連絡を取った。ゼオンは心をクミカ君から隠せない。そんなところから気づかれるんだから、本当に不幸は突然訪れる。六条君は敵対者ではないから良かったけど、敵対者だったら死んでた。
いるとわかっている相手を探す。そうなると相手が気配を消してても難易度が急激に下がる。それは街から離れた森の中、しんしんと雪が降り積もる。
「超越者を誰がこの国に入れた……」
只人であれば寒さで凍えそうな中。探索者である彼女は雪の中にいた。僕は静かに彼女へと近づいていく。どこか僕の国、霊王国にいるブリュンヒルデと似ている気がした。
灰燼ラフォーネは白い雪の中に溶け込むように、静かに雪を受け止めていた。長い銀色の髪が、雪の結晶にキラキラと反射して輝いている。どこか冷たさを感じる顔立ちをしていて、その緑色の瞳は街の方角を見てる。
六条君との距離は1㎞ほどある。それでもルビー級にとっては一瞬の距離。ここからゼオンの【意思疎通】を受け取りながら会話している。クミカ君の情報ではゼオンは5人と会話しながら、六条君と話しているようだ。
僕は会話が終わるまで静かに待つことにした。生物観察でこういうのは慣れてる。大丈夫。こういう分野では僕は一番うまくやる。すっと美しい少女の隣に頭に角を持った骸骨が佇んだ。気づけば怖がるだろうな。
こういう悪戯をして楽しむ癖が僕にはある。
「さて、会話はもうすぐ終わる」
ゼオンの心がこちらに好意的になってきている。それはそうだろう。いくら強いから見逃されている存在でも、
暴れだすと人を平気で殺しまわるバルガレオル。
それに何も対処してくれないセラス。
そもそも六条君のこと以外に興味がない現支配者伊万里君。
そんな実利のない相手よりも、実利がありそうな相手に人は飛びつきたくなるものだ。
「お、おい、どういうつもりだ!」
静かに佇んでいたラフォーネが、思わず声を出してしまう。クミカ君情報ではゼオンが考えを変えて、バルガレオルを殺してくれる可能性のある六条君に乗り換える。それを納得させるためにしゃべっていた5人を説得し始めたようだ。
ラフォーネも含めてゼオンと【意思疎通】で繋がっているのは、エルダーリア森林州側の人間ばかり。ゼオンはエルダーリア側の人間の中でも、かなり信用できると思ったもの以外とは【意思疎通】をつないでいない。
だからラフォーネを除く他の人間は、バルガレオルが倒される可能性が高い方がいいと、乗り気になっている。だがラフォーネは納得いかないようだ。この場で一番強いのはラフォーネだ。だからラフォーネの納得は必要だ。
そんなラフォーネにゼオンがさらに説得する。その声はクミカ君がゼオンの心を読み、それを六条君が読み取り、僕にもリアルタイムで声が届けられていた。
《エルダーリアの中でも煉獄迷宮はド田舎だ。黙っていたらセラスは気付かない。本当に殺せるかどうかはわからないが、俺の見たところ少なくともルビー級が目の前に2人いる。青い猫耳の姉ちゃんも間違いなくルビー級だ。そして多分ラフォーネより強いぜ》
《だとしてもセラスの怖さを忘れたのか? あいつは自分の思い通りにならない人間に容赦しないぞ。エンデの時もほぼ間違いなくバルガレオルを暴れさせたのは、セラスだ》
《だからバルガレオルをセラスが知らないうちに殺すんだろ。バルガレオルさえ居なきゃあんただってもっと自由に動ける。ラフォーネもこれでバルガレオルが死んでくれたらめっちゃ嬉しいだろ?》
《どこの馬の骨ともしれん相手だぞ!》
《そんなこと言い出したら伊万里様はどうなるんだよ。あれは確かに強いとは思うぜ。でも誰にも勝ってない。それで支配者って何だ?》
《それはセラスにも何か考えがあるんだろう》
《そりゃそうだろうよ。でもそれがまたエンデの時みたいなことならお前は納得できるのかよ》
《できるわけがあるか!》
他の4人は、その意見に賛成し始めている。それぐらいバルガレオルの被害は洒落にならないのだ。なんとか殺せるものなら殺してほしい。そのためにセラスに少しの間黙っているだけなら、許容範囲と判断したようだ。
「待て! セラスは甘く見るな! あいつは!」
灰燼ラフォーネが先ほどから声を出してしまっている。実際のところセラスが、バルガレオルをこっそり処理したとして、怒るかは微妙なラインだ。それがエルダーリアの助けになったとしても、セラスは怒るだろうか。
普通の国のトップなら、民心を恐れて怒らない。でもセラスは圧倒的な神。いつでも自由に怒ることが許されてる。だから怒るだろう。
僕はこの時、ラフォーネという少女は問題ないと判断し、幽霊だけ取り憑かせて六条君に報告した。そして、六条君に協力するべきかどうか悩みながら、煉獄迷宮に入った僕たちについてきたのは六条君も知っての通りだ。
そして六条君が一人で戦うと言い出したことに、”腹を立てて”何よりも上に残している家族が心配で、こちらに協力するよりも、家族の避難を優先させた。
Side祐太
米崎から【意思疎通】を受け取り、何があったのかの把握はだいたい終わった。何も手を出さず、相手と会話すらしなかったのは米崎らしい。自分では臆病だと言っているが、米崎の興味がわく相手ではなかったのだとも思えた。
そして俺たちはラフォーネに会うため、森の中に入り、雪を踏みしめながら歩いていた。静寂に包まれた森の中、雪はふわふわとした白い絨毯を敷き詰めている。木々は雪に覆われ、枝先が重みに耐えてゆらゆらと揺れる。
冷たい空気が肌に触れ、息を吐くと白い霧となって消えた。
「ラフォーネはバルガレオルには恨みがあったようだしね。僕たちと敵対する可能性がかなり低いと思ったよ。そもそもこの街の人間でバルガレオルに恨みのない人間はいないと言ってもいいぐらいだしね」
「その姿で行く気か?」
死霊王の姿をした米崎に顔をしかめる。
「何もしてこないと思うけど、一応威圧をかけたい。人間最初が肝心だろ?」
「まあそれはそうか」
そう口にして来るから、俺も炎の翼を生やした。そんな俺を前にして死霊王が横にならんでついてくる。異様な外見は死を体現する。彼の目は冷たく、周囲の空気が米崎の存在によって重くなっている。
しかし、そんな米崎の隣の俺は、燃えるような赤の翼が雪の中で鮮やかに映えてる。その奇妙なコントラストが、2人を際立たせる。米崎の冷徹な雰囲気と、俺の炎の輝き、生と死の対局にいる二人が一緒にいる。
雪が舞い降りるたびに、俺の翼の炎がその白に対して煌めき、光と闇が交わる。そんな俺たちの目指す先には、雪の中に佇むエルフの少女がいた。ラフォーネはその美しい容姿に似合わぬほどの緊張感を漂わせ、俺たちの姿を見つめた。
彼女の目には、恐れと興味が交錯している。米崎の冷たい視線と、俺の存在感が、ラフォーネに何を感じさせるのか、興味が湧いた。俺はどこか他人事のようにレダの部屋で、その様子を映画を見ているような気分で楽しむ。
焔将が、
《母をいじめるな!》
とうるさいが、これから面白いんだから黙ってろと思った。
「さて、ラフォーネ君。僕たちの主が君とお話をしたいようだ。もちろん聞いてくれるよね?」
目の前の少女の緑の瞳が俺をしっかりと捉えた。それと同時にざんばら髪の幽霊女が、その存在感を表に出して、ラフォーネのいた地面から浮かび上がる。ラフォーネのお腹の中をすり抜け、すうっと米崎のところに帰ってきた。
「ひうっ!」
米崎がずっとラフォーネの位置を掴むために取り憑かせていた幽霊女だ。
「な、なんだこの気味の悪いゴーストは!?」
「酷いな。君のそばにずっと憑けていた子なのに」
ラフォーネの耳がピンッと立つ。米崎は嬉しそうだ。骸骨の顔で表情などないのになぜかそれがよくわかった。ラフォーネも分かったようで悔しそうな顔になる。
「お、お前! い、いやこんなことはいい! お前たち、まさかセラスと敵対するつもりか!?」
「そのつもりだ」
「小僧! お前はセラス様の怖さを知らない! 逆らうのがどれだけ無駄か分かってない!」
あまり身長は高くなくて胸も控えめな少女だった。当然少女と言っているが、焔将の義母である。俺より年上どころじゃないだろう。ただそれでも見た目は少女だ。
「そんなに怖いのか?」
「怖いさ。私はそれで大事な人がたくさん死んだ。一番大事な私の子供まで……」
「俺がセラスを殺すと言ったら?」
思い切ってラフォーネに言ってみた。
「何をバカな……。そんな夢物語を考えてるならなおさら話にならない。セラスのレベルがどれほどだと思ってるんだ?」
「セラスのレベルがわかるのか?」
「分からない。少なくともレベル1500は超えてる」
「それぐらいなら真性の神ではない?」
「やはりそんな言葉が出る時点でお前は分かってない。どうしてこの世界であんなレベルの存在が生まれたのか理解できない。それにセラスは全て見ている。お前たちだってきっとまだ見逃されているだけだ」
「レダ、どう思う?」
目の前にいるレダに声をかけた。漠然と誰かを怖がり続けることは中学時代でもうこりごりだ。本当にどこかから見ているならはっきりさせたかった。
「常に見ていることはありえぬな。この規模の広さを常に見ているのは真性の神にできないことではないが、はっきり言って煩わしい。まあ用心深いやつなら定期的に世界をチェックするぐらいのことはしているかもしれん」
「それをセラスはどれぐらいの頻度ですると思う?」
「お前の帰る時期を知っているかどうかによるな。知っていれば10年を過ぎた時点でほぼ毎日チェックするだろう。知らなければ月に一度すればいい方か。だが、この世界でセラスが圧倒的な存在であればあるほど、自分からわざわざ世界など調べぬ可能性の方が高い」
「伊万里次第か……」
伊万里は俺が10年後に帰ってくる情報を知っている。それをセラスに言うかどうか。それを俺は甘い見積もりかもしれないが、言わないと思えた。伊万里が操られて俺を裏切ったわけじゃないなら、伊万里はそれを秘密にする。
伊万里が伊万里のままならきっとそうする。
だからと言ってラフォーネの言葉が何もかも、嘘だとは思えなかった。セラスが今見ていることはないと思うが、時間をかけると知られる。そしてこちらの情報を持たれて、向こうが本気で動き出すとこちらはかなり不利になる。
レダとの会話をしたまま、俺はラフォーネと会話を続けた。
「でもセラスが何でもすぐに動き出すとは思えない。今までだってそうだったんじゃないか?」
お互いにゼオンを通して知っているために自己紹介もせずに話が続いた。
「それは……」
「セラスがまだ直接動かないなら、俺はそれまでにセラスをどうにかできる方法を持ってる」
《焔将として本当に声をかけなくていいんだな?》
焔将に聞いてみた。耳飾りをしっかりと見せれば、ラフォーネもルビー級だ。焔将の魂に気づくことができる。ただそうでもしないと気づかないと思う。それぐらい魂を見るのは難しい。
それ専門の死霊王ならともかく、普通は俺のような状況にでも追い込まれない限り、魂について理解できるものではない。
《いや、いい。母は母で元気で生きている姿を見れただけで十分だ。先に死んだ私を改めて見ても、余計なことを思い出してしまうだけだろう。何よりも俺は実の子ではないしな》
《まあそれは確かにあるな……》
それでも親ならばなんて思わなかった。正直一般人より未だに自分が劣っていると思うのは、両親の愛情がなかったことだと思う。幸せな家庭などほとんど記憶にないし、だいたい実の父親が死んだことに未だに涙も流してない。
母親ならばまた違うという期待もないではないが、人にそれを強制させたくなるほどの衝動ではなかった。むしろ世の中の義母は大抵義理の息子は嫌い。そう思うぐらいにはひねくれていた。
「セラスをどうにかできる……本気で言ってるのか?」
ラフォーネの瞳がこちらを鋭く捉える。
「ああ、近くそれがわかる」
「何をするつもりだ?」
「お前が俺に全面的に協力してくれないなら言えない。だが、あんたにはそのことも含めて俺のことはセラスに黙っていてもらいたい。エルダーリアでは、あんただけがセラスと伊万里に連絡しようと思えば一瞬でできる。それはやめておいてほしい」
「……私はセラスが嫌いだ」
「それは知ってる」
義理の息子に愛情なんてないとしても、セラスがバルガレオルを野放しにするからパーティー仲間も全滅したのだ。
「それでも無駄に争いを起こす人間はもっと嫌いだ。お前はそれをやろうとしている」
「この世界がセラスを中心にずっと落ち着いているのは知ってる。でも、俺にとっては必要なことだ。だから俺にとって争いが必要なら争う」
「……私は協力しないぞ」
「あんたを数に入れたことは一度もない。ただ黙ってそこで見ててくれ」
俺は結構優しく声をかけているつもりだ。焔将のことを話せばもしかすると協力的になってくれるかもしれない。だが逆かもしれない。親の子供に対する愛情には疑問しかない。だから無理に争いに巻き込むつもりもない。
「お前……」
ふいにラフォーネが俺の耳飾りを見た。なぜかじっと見てる。
「ラティオ?」
「は?」
「い、いや、何でもない。なぜか息子の顔が見えた……」
「息子……ラティオというのか?」
「そうだ。なぜだ。お前となんて全く似てないのに……あの子はもっとゴツくて格好良かった」
人の美醜は様々だが、魅力90になった俺が人に負けたのは初めてだ。でもそれが母親というものなのか。若干、焔将が羨ましくなる。沖縄で生きていたという母。未だに会いに行く勇気は全く湧いてこない。
「俺に聞かれても知らない」
「そうだな……お前」
もう話が終わりかけていた。でもラフォーネはまだ俺と話す気があるようだった。
「何をする気かちゃんと教えてくれないか?」
「どうして教えなきゃいけない」
「私はお前のようなスキルがなかったから、バルガレオルを殺すことはできなかった。しかし、こう見えてお前よりレベルは高い。823だ。ラティオが死んでから、もう誰一人死なせたくなくて死に物狂いでレベルを上げた。それでも炎同士のぶつかり合いだとバルガレオルは殺せなかった。でもお前は確かにバルガレオルは殺した。だからセラスに何をするつもりかぐらいは聞く価値はあると思う」
「教えてもメリットがない」
「教えてくれて私が納得すれば、お前に協力してもいい。私の技はバルガレオルには刺さらなかったが、他の超越者には結構刺さると思うぞ」
「裏切られたら困る。セラスに情報を伝えないだけで十分だ。それも根本的には信じない方向で動こうと思ってるぐらいだ」
「まあお前は疑うよな。私でもお前の立場なら疑う。でもな……私は"他の超越者の情報に詳しい"ぞ」
「それは……」
そこで俺は言葉を止めた。ゼオンの頭の中はクミカが結構探してくれたのだが、超越者の能力情報は少なかった。エルダーリアは田舎だし、バルガレオルとラフォーネ以外の情報は、ないよりはましというぐらいだった。
そこに詳しい情報が入れば俺のパーティーメンバーが、自分の得意な相手と戦ってもらえる。それに超越者の位置情報も欲しかった。居場所がはっきりしているものもいるが、結構な数の超越者の居場所が漠然としている。
10年の間に玲香も調べてくれているが、それでもはっきりしないものが多いし、ゼオンの頭の中も大して変わらなかった。下手にパーティーメンバーを配置して、敵と2対1の状況になってしまう。そんなことだけは避けたかった。
「本気なのか?」
「本気だよ」
「どうしてだ? 急に態度が変わったように見えたぞ」
「簡単だ。なぜかお前に息子の顔が見えた」
そうだ。その名前が出た瞬間、ラフォーネの雰囲気が変わってきた。トゲトゲしさが急になくなったのだ。
「姿が見えただけだろう」
「死んだラティオの姿が一瞬でも見えただけでも私には十分なんだよ。なんとなく息子が私に何か教えてくれたような気がしたんだ。それがすごく嬉しかった」
「気持ち悪い。意味が分からない」
「お前は若そうだけど親になったことはある?」
「……ある」
「その子達が死んで私のような状況で相手にその子の姿が見えたらどうする? なんだか見えたラティオに嫌な感じはなかった」
「それは……理解できるかもしれない」
祐希丸と玉姫が死ぬことなど想像もしたくないが、もし相手にその姿が見えたら、俺はその相手に全面的に協力してしまうかもしれない。
「だから……」
ラフォーネは気づくと泣き出していた。
「私はあの子に何もしてあげられなかったから……」
親とは、母親とはどういうものなのだろうか。亡くなった息子の顔が一瞬だけ見えた? たったそれだけで、本当にこんな風に初対面の人間に、本当にいきなり協力したいと思うものなのだろうか。
そして死んだことを思い出して泣き出すものなのだろうか。俺はちゃんと祐希丸と玉姫のことで泣けるんだろうか。なぜか胸がズキリと痛んで煩わしかった。この感情は面倒なものだと思えた。