軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百五十二話 煉獄迷宮

自分の中に、念のためにと焔将のストーリーを観るために割いていた。どう考えても映像を見るだけには高すぎる知能1000ほどのリソースが戻ってくるのを感じた。

《私の時と違って危機にならなくて良かった》

そう言って美火丸が話しかけてくると、焔将が答えた。

《今の主が思考をひとつ分割したぐらいで危機になるとは考えにくい》

焔将は今まで自分の意識を表に出すことが難しく、単発で声をかけてくるだけだった。こうやって普通に会話するのも初めてだ。俺は再び思考を分割し、会話を続けることにした。

《美火丸も聖勇国が出身なのか?》

《いや、私の出身は大八洲国だ。名前からしてもそうだろう》

《焔将は名前じゃないと思ってたけど、ラティオって呼んだ方がいい?》

《いや、垓殿。それは遠慮する。焔将と呼ばれることが元から多かったからな。それよりもようやく完全に記憶が蘇ったぞ》

《こっちも早く思い出したいものだ。俺はどうもまだ記憶に蓋がかかって思い出せん。美火丸、焔将とくれば次は華か》

《華は正直、自分で言うのもなんですが、思い出すと良くない気がするんですよね》

《不吉なことを言うな》

《それにしても、主様はどうも勇者に呪われてますよね》

焔将、美火丸、垓、華がそれぞれに話しかけてくる。華の護符だけは外さずに身につけている。垓と装備がダブるので、装備していることにはならないが、それでも華とも喋ることができるようになるからそうした。

羅刹はあまりおしゃべりではないようで静かだ。さらにレダの部屋にいる自分、クミカと心をつないでいる自分。魔法やスキルについて考え続けている自分。知能が上がるほど、そういったことに同時進行で思考分割することが癖になる。

これが本当に便利なのだ。そして先ほどから一番メインのリソースを割いているのは煉獄迷宮の中にいる俺であることは言うまでもない。体を動かし、人と会話もする自分が一番大きいリソースを持っている。

だから別れた俺たちは全てその大元に連絡をつないでいる。そして知識の統合も行い続ける。それでも行動に何の支障も出ない。知能4787、莫大な処理能力を持つ頭が一つの意思によって動いている。

「六条、1つ提案なのだがな」

そのメインの俺に雷神様が声をかけてきた。周囲はゴツゴツした岩に囲まれた地下へと続く洞窟だった。横穴がどこまでも長く続き、地面を潜っていくように奥へと続いている。

【煉獄迷宮】

この世界でダンジョンといえば、こういうダンジョンらしい見た目のものらしい。目の前では玲香がモンスターと戦っていた。炎を身にまとう巨大な狼のモンスター、インフェルノウルフが3体出現している。

その姿は、まるで炎の化身のように、全身が赤く燃えさかる炎で包まれている。体長はおおよそ5メートル、体高2メートルほどで、その大きな体は威圧感を放ち、見る者を圧倒する。

「何ですか?」

瞳は赤熱した炭のように輝き、獲物を狙う鋭い視線を向ける。口からは炎を吐き出し、その一発で100メートル四方を焼き尽くす威力を持つ。足元には、溶岩のような熱気が渦巻き、周囲の空気を歪めた。

「お前は慎重にと言っていたが、正直"子犬"のような相手ばかりで我は退屈だ」

煉獄迷宮"最下層"の化け物、インフェルノウルフは、強力な魔物であると同時に、恐怖の象徴でもある。そう。俺が焔将のストーリーを見ている間に、雷神様は本体の俺とともに次々と煉獄迷宮のモンスターを処理してしまった。

そしてこの最下層まで、ただの一度として走るスピードを緩めることなく降りてきてしまった。今は雷神様から、

『何も戦わないでいると体が鈍るぞ。女、お前が戦え』

そう言われて、かなり必死に玲香が戦っているところだ。体にフィットしたバトルスーツを着た玲香。その姿を見ることもやめなかった。玲香はレベル499。多分俺ならレベル400でももう戦いは終わってる。

自分が勝利する形で終わってる。しかし玲香はまだ終わらない。その姿に正直あまり良いレベルアップができていないようだと感じた。南雲さんから十分なエネルギーはもらえたはず。むしろエネルギーは余ってるぐらい。

あの話の時、南雲さんは玲香への評価をちゃんと口にしなかった。玲香の胸のコアにある99個の魂を見つめる。99個集めたといえば聞こえはいいが、つまるところ99個集めなければ、レベルアップできるほどの才能にはならなかった。

クミカには、ミカエラという突出した才能がいたのが良かった。マークさんは銃のレベルアップに失敗しただけで、探索者としての才能はあったんだと思う。

「あの女を帰らせて、このまま今すぐ最後まで行ってしまわないか?」

雷神様が玲香が邪魔だと言っている。玲香も含めて100人もいる混ざり合った魂の全ての顔が苦しんでいる。融合した魂が多すぎて、玲香が強くなれなくなっている。

《玲香君。終わりにしなさい。それ以上は無駄だ》

米崎が俺にも聞こえるように【意思疎通】を送った。

《でも!》

《最初に君を見た時、レベル200が限界の子だと感じた。よくそこまで強くなったものだ。しかしそれ以上は無理だ。そのまま行くと死ぬ。クミカ君の大事な【蘇生】を君が消費するのは非効率だよ。君の命にはそこまでの価値がない》

《玲香。実力はよく見せてもらった。これからは裏方に回ってくれ》

米崎だけに言わせるわけにもいかず、俺もはっきり口にした。

《……私はこれ以上は無理?》

「無理だ」

垓を振るう。ゴールド級の専用装備による【焔閃光】を連続で三閃。3体のインフェルノウルフと同じ炎属性だが、閃光に呑み込まれ、熱には絶対の耐性があるはずの体が燃え上がった。そして狼が苦しみもがき出す。

「玲香、探索者に限界はない。でも玲香にはもう限界が来ている」

魂を見ていても、それ以上は無理だと言っている。

「私がこれ以上になれないから、南雲もこの世界で強さは発揮できない。だから南雲は行き詰まってた。今日までお荷物なんじゃないかって胸が重かった。だからこれではっきりしてスッキリした。これで、もう頑張らなくていいのね」

「ああ、もういい」

何を言っても慰めにもならない。レベル3以上にもなれずに悩む人もいる。もともとそれが玲香だった。米崎の手術でここまで来た。米崎は満足だろう。ただこれ以上にはならなかった。

「あなたが帰ってくるまで、ずっとどうするべきか悩んでた」

「苦しい思いをさせた」

「結局、惨めね……」

玲香が下を向いた。

「裏方は嫌か?」

心配で聞いた。

「……上で待ってるわ」

その答えを言わずに玲香が煉獄迷宮を歩き出した。引き返す方向へと。

《クミカ。こっちは問題ない。上まで守ってあげてくれ》

《畏まりました》

《まあここに居たいなんて面倒なこと言い出さなくてよかったよ。彼女の魂はもう限界だ。百もの魂が混じり合うあの状態で、もし【 転生(リンカーネーション) 】なんてしていたらきっと体が崩壊していたよ》

《そうか……》

結局俺は冷たい人間だ。その根本が変わらないままだ。玲香の魂には自衛隊や警察で、日本のためになりたいと願っているのになれなかった者たちの魂が混ざっている。それは俺個人のために費やされるべき命ではない。

そんなことを思いながら、それを冷静に捉える自分がいる。プライドの高い玲香は俺から離れてしまうかもしれない。でもその方がいいと玲香が思えば止める気もない。これだけ強くなったのに、人間関係だけは一向に強くなれない。

相変わらず俺がうじうじと、コミュ障を発動していると米崎の声が聞こえた。

《玲香君、言っておくけど君裏方に回るだけだからね。見捨てられたとか思って勝手にいなくならないでくれたまえよ》

米崎がまた俺たちにも聞こえるように上に歩き出している玲香に言った。

《ですが足でまといに……》

《君ね。探索者の仕事が戦うことだけだと思ってる? レッドをずっと支配していたのならわかるだろう。支配者は戦う以上に事務仕事の方が多いんだよ。でも六条君の周りで、そういうのが得意なのは僕と君だけだ。それなのに勝手にいなくなっては困るな》

《そ、そうだ! 俺も言っただろう! ちゃんと裏方でいてくれ!》

《……》

《玲香君。そんな不自由な体でありながら、そのレベルまで到達した君が、中途半端なレベルの男と妥協できるのかい?》

《……》

《喜んで引き取ってくれる相手がいるんだから引き取ってもらいなさい》

《お、お前もうちょっと優しく言えよ!》

《はあ、ちゃんと上で待ってるわ。いなくならないわよ》

玲香が口にしてくれてホッとする。人間関係が相変わらず苦手だ。米崎にフォローしてもらうとは、情けない限りである。ともかく首を縦に振った。そして本題に戻る。雷神様はこのまま行きたいのだという。

セラスや伊万里に俺が支配を進める前に、南雲さんの時のように止められたら終わりだ。中途半端なレベルで伊万里と対峙することになれば、俺は何もできずに殺される。それを防ぐためには中途半端なレベルを超える必要がある。

種族的な優位も伊万里のほうが上なら、そのために必要なレベルは900以上だと俺は考えている。そこまで伊万里が何もせずにいてくれる。そうしたいならこっちはレベルアップを急ぐしかない。

だから雷神様の言葉は正しい。のんびりしている場合ではない。

「分かりました。このまま最奥まで行きましょう」

パンッとその瞬間、紅い雷が落ちた。雷神様の象徴である【紅雷】だ。どういうわけか雷が赤く血のように光るのだ。口の端を吊り上げて、雷神様が俺を見た。

「それでこそだ」

《六条君、1つだけ言っておいてあげよう》

それは米崎だった。

《どうした?》

《雷神様は全く最奥に行っても戦う気がないよ》

《なぜわかる?》

《僕もそうするから》

《……おい》

少し殺気が漏れかけた。米崎はいつも冷静だが、時折その言葉には挑発的なものを感じることがある。

《僕の意見だけどさ。君一人で大丈夫だよ》

《もしそうだとしても、ゴールドエリアでは別に敵に楽勝したらダメってことはないだろう?》

《それはそうだ。ゴールドエリアではエネルギーの奪い合いだ。より大きなエネルギーを自分のものにできたものが勝つ。その意味でこのルビー級が異常なほどいる聖勇国はまさに理想郷だ》

《ここで戦わないって言うなら、その豊富なエネルギーを渡さないぞ》

《元からもらう気はないよ。君のレベルが早く上がらないと、僕たちのレベルもこの聖勇国でいつまでたってもあげられないだけになってしまうしね》

《ならなぜそんなことを言ってる? もらう気がないなら3人で戦った方が安全だろう。まさか俺のギリギリの戦いを見たいとか言い出さないだろうな》

《正直結構見たいよ。でもそれはメインの理由ではないな。一番メインは君が東堂伊万里の元に届く一番の近道だと思うからだ。むしろそうしなければうまくいかないと思うな》

米崎の言葉は、意味深な言い回しだ。こいつ、もう、俺が伊万里の元へ行くために最短ルートを見つけているようだ。だが、何が分かったのか言ってこない。それを聞くのも、なぜか腹立たしかった。

《さて、僕が何を考えてるか、君なら戦いが終わる頃には分かってるよ》

面白そうにそう言われると、やはり面白くない。しかし、いつも嘘はつかないやつだ。だとすれば、この戦いが終われば、何かが見えてくるかもしれない。そんな気はする。それがやはり面白くなかった。

「少し暑い」

雷神様が胸をパタパタさせた。胸が見えそうになるが、それでもこの人には特に色気は感じなかった。

「ああ、情報で聞いた限りは一番奥が1000度を超えてるそうです」

「暑苦しい犬だ」

事前にもらったギルド長の情報によれば、煉獄迷宮は奥に行くほど暑くなっていく。中途半端な暑さではなく、まるで炎で焼かれているような熱さだ。バルガレオルが持っている熱が周囲を温め、常時そんな温度を保っている。

それはインフェルノウルフとは比較にならないものらしい。

「あ、そういえば」

俺は再び【意思疎通】を使った。ふと大事なことを忘れていた。それを思い出したのだ。

《ギルド長》

送り先は数十㎞離れているギルド長だ。言っておかなければいけないことがある。

《うん? どうしたんだ? さすがに暑すぎて帰ってくるか?》

《ルーキーじゃあるまいし、さすがにそんなこと言いませんよ。それより今からバルガレオルに挑みます》

《え?》

《多分、結構被害が出ると思います。それだと住民の避難をしなきゃいけないんですよね、どれくらいかかりますか?》

《いやいや、待て待て。お前何言ってんの?》

《避難どれぐらいかかりますか? 最低10kmは離れて欲しいんですけど》

《じゅ、10㎞ってお前何するつもりだ!?》

《バルガレオルを殺すつもりです》

《えー、お前小学生の思いつきじゃないんだぞ?》

《それでどうなんですか?》

《ううん。煉獄迷宮の中なら全員レベル100を超えた冒険者だから、避難するのは【意思疎通】で連絡したら1時間もかからんと思うが、町の住人は10㎞も避難させるなら冒険者総動員にするとしても6時間はいるぞ》

《結構かかりますね。じゃあ急いでください》

《いやいやお前本気? 煉獄獣だぞ。そいつ200年以上ここで居座る化け物だぞ。ゼロ距離になっただけで温度が3000度を超えるとか言われてんだぞ》

《急いでください。6時間後きっかりに始めますから。始めたら相手を殺すまで止まれません》

俺はそう言って【意思疎通】を切った。周囲の洞窟の状況はどんどんと岩が赤く染まっていき、空気が歪んで見える。溶岩の川が流れ、凄まじい熱が肌を焼く。中学生の頃の俺だったら、この場にいるだけで骨も残さず燃え上がった。

「六条。人はな300℃から600℃で燃えて炭になる。それなのにお前は汗ひとつかかない。我々はもう人ではないのだ」

溶岩の横を歩きながら、雷神様は少しは暑いようだった。汗をわずかにかいている。だからって環境ダメージがあるわけでもないようだ。この空間、資料にはどれだけ暑さから逃れようとしても、空気自体が熱いので意味がないとあった。

そして一般人どころかほとんどの探索者がここにいるだけで燃えるらしい。

俺は雷神様の汗が流れるのを見て、

【水の精霊よ】

口にすると、水の精霊が100体ほど雷神様の周りに漂い出す。そうすると、雷神様の周りが一気に涼しくなった。

「お前は炎属性だろう。水の精霊が使えるのか?」

「ああ、まあちょっと水の精霊と仲良くなる機会があったんです」

「便利だな。でも、こんなことで水の精霊を使っていいのか?」

「ちょっと仲良くなっただけで、そんなに出力が高いわけじゃない。攻撃で使っても仕方がないんです。バルガレオルとは炎と炎でどっちが強いかってことでやります」

俺は答える。雷神様が面白そうにしている。

「しかし、水の精霊に囲まれては手伝いにくいな」

「しらじらしい。手伝わないなら黙って見てください」

「なんだ気付いているのか。しかも生意気なことを言う」

「こう見えて生意気なんですよ」

「なかなか可愛いぞ」

「そうですか……もうしゃべらないでください」

周囲はどんどんと熱を帯びていく。赤々とした景色が目に飛び込んでくる。岩が熱によって柔らかくなり、踏みにくいほどだ。やがて、足元が溶岩だけでできた湖に変わっていく。超高温の牢獄にいるようだった。

吸い込む息さえも、燃え上がるように熱い。どの道これでは玲香はついて来れなかったかもしれない。それでも、雷神様とともに姿を消している米崎も平気でついてきているのが……見える?

「出てきたのか」

「……ああ、誰もいないようだから」

米崎は、いつの間にか骸骨に白い聖衣をまとい、周囲の熱をものともせずに溶岩の上を歩いている。誰もいないか……。

「誰かいたのか?」

「先ほどまでラフォーネ君がいたね」

米崎は骸骨の顔が面白そうだった。