作品タイトル不明
第三百五十一話 焔将ストーリー
美火丸のストーリーの開放の時は、そのまま気を失ってしまった。でも、今の俺はあの頃からずいぶんと成長した。思考を分割できるようになり、
焔将のストーリーを見つめる自分。
実際に体を動かす自分。
レダの部屋で優雅に休憩している自分。
実際にはさらに分割して10個ほどのタスクを同時進行し、それらを完全に別のものとできる。だから雷神様と玲香と共に煉獄迷宮の下へ降り、意識を保ったまま、何事もなかったように焔将のストーリーを見ることもできた。
本当に危険な状況ならば分割した思考を一気に統合するが、煉獄迷宮の浅い層は推奨レベル100である。美火丸のストーリーを見たのもレベル100の頃だったが、あの頃とじゃあまりにもできることが違う。
俺は焔将と共に本人の生き様を見ていくことになった。もう一人の分割された俺が、意識下でゆっくりと目を閉じた。
【見たいですか?
見たくないですか?】
あまりにも巨大すぎる青蛙と戦ったあの日、焔将は俺が無茶な使い方をしたせいで、装備としては復活しなくなってしまった。そして、あの日から話しかけても、返事がないままだ。でも焔将の魂はあの時から今までそばにある。
それはずっと感じていたし、魂が残っているならストーリーは見れるだろうとも聞いていた。それがようやく本当に見れる。焔将にも人に伝えたい思いがあったのか、俺は心を落ち着けてつぶやいた。
「見たいです」
もう一度、焔将の声が聞きたくて、その言葉を口にした瞬間、
【了。焔将ストーリー開放】
メッセージが浮かび上がった。次の瞬間、俺の目の前に、焔将の姿が浮かび上がる。頭に触れてきて、喋りたいから少しだけ何もない空間を開けてくれと言っているのがわかる。焔将の願いに応じて、脳に俺のいない空間を作った。
焔将が俺の頭の中に入り込んでくる。それはレダ以来の感覚だが、あれほどの強烈な嫌悪感はなく、すんなりと受け入れられる。そして結構野太い声が聞こえた。
『久しいな、六条祐太。ストーリーの開放条件を満たしてくれたこと、嬉しく思うぞ。私とちゃんと喋るのはこれが初めてか?』
『そんな感じだったんだ』
目の前にはギルド長ゼオンと同じぐらい、がっしりした大男の戦士が現れた。エルフと同じ長い耳を持ち、見た目からもエルフなのかと思った。このエルダーリアでストーリーが開放されたエルフ……偶然じゃなさそうだ。
ひょっとしてゼオンと兄弟だろうか?
『エルフなのか?』
『ああ、この世界のエルフだ』
『やっぱりそうなんだ』
『進化してなったエルフではないから、当然ルビー級ではない』
『そんなのどうでもいいよ。それより、全然ストーリーが開放されないから、もうストーリーを見れないのかと思ってた』
『それは主がようやくここに来たからで、そもそも体感時間では1年ちょっとだろう。そんな短期間で、ブロンズ装備のストーリーを開放したのは、かなり早い方だぞ。条件が整わないままストーリーが開放されない専用装備の方がはるかに多いはずだ』
『ストーリーって必ず開放するもんじゃないの?』
『そう思っているものは多いがな。次のエリアに入れば必ず開放されるのは、ストーン装備だけだ』
焔将の背丈は2メートルほどで、俺よりもかなり高い。ちょっと見上げると、その男は俺が装着していた焔将の鎧とは違う西洋の鎧を身にまとっていて、それが意外だった。俺が装備する時の姿は、俺に合わせてのものなんだ。
『どんな開放条件だったんだ?』
『全ての装備を揃えた後に、主が私の死んだ場所を訪れること』
『死んだ場所……。え? 完全な運任せ?』
『いや、そうではないと言われてる。何しろ優秀な探索者ほど専用装備との相性がよくて、自然と専用装備と縁のある場所へとやってきてしまうそうだ』
『やってきてしまう……じゃあ、焔将は煉獄迷宮で死んだのか?』
『そうだ。私はここで死んだ。だから、主である六条祐太に語らせてほしい。そうすれば私もまた美火丸のように再び主の役に立つことができるのだ』
焔将の言葉には、かつての栄光と、今は失われた命の意味が感じられた。彼の姿が揺らぎ、映像が切り替わった。俺の目の前には、エルフとしての焔将が映し出される。大きくて力強い体躯、誰が見ても戦闘向きの体だ。
私はな。正直、自分では優しい性格だと思っていたため、少年の頃、周囲から"冒険者になるんだろう"と見られているのが心外だった。誰かと戦って糧を得る。それが野蛮に思えて、冒険者にだけはなりたくないと思っていたのだ。
『見た目通りじゃないのは俺もだよ。焔将とは逆に、どう見ても戦闘向きじゃない小僧が、探索者になりたかったんだけどな』
そなたはそれで成功した。私と共にいてくれたのは少しの間だけだったが、どんどんと英雄のように強くなっていく主の姿を尊敬していた。私は母の期待には添えず、やり遂げられなかったからな。
その言葉に、少し胸が締め付けられる思いがした。専用装備は誰もがルルティエラから誘われて専用装備になる。その際にルルティエラから心の中にある後悔の思いを理由に誘われるそうだ。それが焔将にもあるんだ。
私はこのエルダーリア国に生まれた。今は伊万里によって統一国家・聖勇国ができて、エルダーリアは一つの州となったが、当時はそれぞれの国が独立していた。そんな中、冒険者の街で生まれた私は、最初この街を好きになれなかった。
『どうしてだ?』
父親も冒険者でな。私と似た見た目の父で、優秀な人だった。冒険者としてハーレムを持つぐらい優秀なS級冒険者で、それなのに煉獄迷宮で死んだんだ。それどころか4人パーティーだったが、父が死んだ時1人を残して全員死んだ。
そして父が所属していたのは、いわゆるハーレムパーティーというやつだったが、死んだ中に私の実母もいた。
次々と切り替わって行く映像。とてもたくましい体をした焔将の父親と、とても美しい3人の母親たち。一人は見覚えのある姿で、残りの2人が亡くなったのか、映像に出てこなくなる。死んだ実母は焔将の面影を感じさせた。
私はそれ以来、余計に冒険者が嫌いになった。
『焔将も冒険者だったんだよな?』
ああ、冒険者だ。結局嫌っていたのに私は冒険者になったんだ。煉獄迷宮の街にいるとそれ以外の道を選ぶのが難しいのもあった。しかし一番の原因は1人生き残ってくれた義母への憧れだったと思う。
恥ずかしい話、私は義母が本当に好きだったんだ。
『マザコンというやつか?』
そいうことだ。異性として見ていたわけではないが、義母が本気で好きだった。そんな私には冒険者の才能があるようで、義母に期待された。それが正直、冒険者を嫌う気持ちよりも大きかったんだ。
父がS級冒険者だったわけだから、当然、義母もS級冒険者で、いや、主にはゴールド級と言った方が分かりやすいか。
『おお、ゴールド級なら相当すごいな』
ああ、すごい人だった。でも、義母は優秀だから煉獄迷宮に入るのをやめなかった。それだけが心配で、私は毎日義母が死んでしまわないかとそればかり考えて不安だった。S級冒険者の母はよく稼ぐ。お金には困らない。
生きていける分のお金はあった。だから余計に家にいてほしかった。私は義母の無事を祈りながら、時折、窓から外を眺めては、早く帰ってこないかと思ったものだ。
『この人、ラフォーネだよな?』
ああ、そうだ。ここに来れば必ず見ると思ったが、灰燼ラフォーネが私の義母だ。義母が元気でほっとしてるよ。まあ"あいつ"だけが気がかりだけどな。
『あいつ?』
義母の唯一の本当の子供で、私の兄だよ。これが碌でなしというやつで、父が残した莫大な遺産を食いつぶす勢いで、贅沢三昧に明け暮れた。俺たち他の兄弟姉妹は俺も含めて4人いたんだが、義母の唯一の子供には逆らえなかった。
実子に嫌われて、義母から嫌われるのが怖かったんだ。
その実子の映像が見えた。
「お前ら俺様がどういう身分の人間か分かってるよな? お前らは母さんの子供じゃない。でも俺は母さんの子供だ。お前たちは俺の母さんの慈悲で生きてるだけだ。でも俺は違う。お前たち出来損ないとは違うんだよ」
「でも、ネメル。父親の残したお金は俺たちにも権利があっただろう? そんな大事なお金を母さんに黙って全部使ってしまうつもりか?」
「はあ、どうやったらそんな都合のいい勘違いできるんだ? 親父が残したお金だって俺が使っていいに決まってるよな? だって親父は俺のためだけに金を残したんだ。母さんだって本当なら俺のためだけに冒険者をして金を稼いでるんだ」
「違う」
「違わねえよ! 特にお前! ちょっと冒険者の才能があったからって勘違いするなよ! お前みたいな出来損ない、俺の気分一つでいつでも母さんから捨てられるって忘れるなよ!? そもそもよ母さんの子供である俺の方が冒険者の素質は高いんだ!」
『こいつ、池本級に鬱陶しいな。目の前に来たら殺してしまいそうだ』
勘弁してやってくれ。こんなのでも義母の子供なんだ。俺は兄の鬱陶しさに唯一悩まされながらも現金なものだ。嫌っていた冒険者にいつしか憧れを抱くようになっていた。
"親が超有名冒険者のやつはいいよな"って友達からも羨まれたしな。そうすると自然と冒険者がすごく思えてしまう。
『その経験は俺もあったな。みんなから弁護士の父親をすごいんだって褒められるほど、弁護士はすごいんだって憧れたもんだ。まあ肝心の俺の頭が弁護士になれるほど良くなかったのが残念だけど』
今となっては鼻歌を歌いながらでも、弁護士試験に合格するだろう。
『今はね。当時は絶対無理だった。なあエルダーリアでも学校があったわけだろ。学校、楽しかったか? ちなみに俺は1分1秒も学校を楽しい場所だと思えた瞬間がなかった』
申し訳ないのだが私は意外と楽しかった。兄とは5年ほど年が違ったから、学校に兄はいなかったし、義母の子供である俺は周りから尊敬された。何よりも俺には冒険者の才能があったみたいでな。
「両親に似て強くなる」
みんなからそう期待された。義母からもそう期待されたんだ。義母は稲妻のように速く地上を駆け、空をワイバーンよりも速く飛んだから、学校に実技を教えに来てくれる時もあったりして、誇らしくもあった。
"いつか俺もそうなるんだ"と思っていた。
『ラフォーネに声をかけておこうか?』
気が向いたらでいい。正直、俺が死んだのに気にもしていない母を見たらショックで落ち込みそうだ。それに、俺が専用装備になってしまったことは知られたくない。もし本当に会えたとしても、俺のことは黙っていてほしい。
『分かった。兄弟姉妹がいるって言ってたけどそっちは?』
ああ、そっちはできれば元気かどうかだけ確かめてほしい。兄はどうでもいいが、姉と妹と弟がまだ生きてるはずだ。私は3番目に生まれて、兄、姉、私、妹、弟という順番だ。その中で私と血の繋がりのあるのは姉だけだ。
そして冒険者としての才能を持っていたのは、私だけだ。他の兄、姉、妹、弟は才能豊かとは言えなかった。特に姉と妹と弟は両親を失ったトラウマで、敵の前で怯えてしまって、戦うことができなかった。
ただ兄は俺への対抗心からあまり才能はなかったが、それでも冒険者になることを選んだ。母は何も手をかけなくても勝手に強くなっていく俺には興味がなかった。実子である兄ばかり気にかけていたよ。
『焔将の本当の名前はなんて言うんだ?』
ラティオだ。焔将は2つ名だ。こう見えて私は兄貴肌で人を指揮することが得意だったからな。煉獄迷宮でもパーティーを組んでよく全体のパーティーリーダーになって指揮をしていた。日々は順調だった。
でも、この世界では【勇者エンデ】が現れて私の日常が全て変わった。
『勇者エンデ……』
その名前を聞いた瞬間、俺はドキッとした。伊万里の専用装備の名前だ。偶然だろうか? いや、違う。おそらくこのエンデがその本人だと思った。
主が奇妙に思ったのはわかる。エンデが伊万里のストーン装備だったからだな?
『あ、ああ、そうだ。エンデはこの国に繋がりのある人間だったのか?』
理由は知らない。でもエンデが伊万里のストーン装備であることは奇妙だ。私が知る限り、エンデはレベル100で止まるような人間ではなかった。実際にそれを遥かに飛び越えていた。
私は自分に才能があると思っていたが、エンデはそれを超越した。脚色抜きで主のようだった。瞬く間にレベル400を超え、自分の地位を確たるものへと築いていた。そして、この世界に勇者が現れたのは、エンデが初めてだった。
世界も勇者エンデを歓迎し、優しい性格の男だったから、余計に人気が出たよ。隣の国のことだったけど俺もエンデのことだけはよく知ってた。善行の話は何度も聞いた。義母に認められるためだけに冒険者を頑張っていた。
でも、エンデの話を聞くとそれも違う気がしてきた。いつ頃からかエンデに憧れ、そして私は義母に憧れを話した。
「そんなにエンデが好きなの?」
「ああ、好きと言うか尊敬している。だから仕えようと思ってるんだ」
「そう。なら私も一緒に行く」
どうしてか義母もついてきた。この時の義母はすでに超越者になっていた。だから大騒ぎだった。俺は面白いことに義母と一緒にエンデに仕えた。実際仕えてみるとエンデの傍にいれば何かが起きる。そんな気持ちにさせる男だった。
そして、晴天の霹靂が起きた。
このまま順風満帆にエンデがレッドを治め、王女と結婚するのだろうと思っていた。しかし、予想外の事態が起こった。絶対神セラスが、
【エンデを討て】
と世界に大号令を発したのだ。
『セラスが……? 何でそんなことを言い出したんだ?』
未だにその理由は分からない。だが、セラスがそう命じると、誰もが従わざるを得なかった。それがこの世界のルールだ。セラスはこの世界にとってあまりにも一人だけ桁違いに強かったから、それが何であろうと従うしかなかった。
レッドの大地が全て血の色に染まるほど大きな戦いが起きた。エンデを殺すために超越者3名が派遣されると聞いても、誰も怯えなかった。エンデとともに死ぬつもりだった。義母も付き合ってくれるつもりのようだった。
だが、よりにもよって煉獄獣バルガレオルが煉獄迷宮から出てきて暴れだした。煉獄獣が暴れだすとエルダーリアはいつも酷い目に遭ってきた。そして、故郷が大変なことになっていると聞いて私は焦った。
義母によく「今日はエンデがこんなことをしていた」と盛り上がっていた私だ。それでも、捨てたはずの故郷で、姉や弟や妹が死ぬかもしれないとなれば、エンデのそばに居続けることはできなかった。
エンデがどれほど追い詰められていたか、よく知っていた。だから、義母はともかく俺は顔を覚えられていないだろうと思ったが、義母と一緒に「すぐに帰ってくる」と伝えに行った。
『ラフォーネとラティオだね。エルダーリアが今大変なのはよく聞いてる。助けに行けなくてごめん。でも君たちも死なないように体には気をつけて。大丈夫。僕もいざとなったらさっさと逃げるから』
エンデが俺たちの名前を知ってくれていたことが嬉しくて、義母とその話で盛り上がりながら、故郷に帰った。しかし、帰ってみると、故郷はひどい有様だった。超越者が暴れまわる恐怖は、主自身がよく理解しているだろう。
『その気になれば魔法一つでどんなこともできる』
せめて家族を守ろうと、みんなは必死で立ち向かっていた。俺は義母に姉と弟と妹を頼んで、無茶だという義母の言葉も無視して、炎を得意とする私が、炎で挑んだ。そして煉獄獣の炎に呑み込まれて命を落としてしまった。
誰かを守れたかどうかもわからないまま、私の意識は薄れていった。
そんな焔将の話を聞きながら、俺は青蛙の時、最後に焔将が言った言葉が、今でも耳に残っている。
『今度こそお役目を果たせた』
その言葉を思い出すたびに、焔将と俺の心が重なり合う感覚があった。
『六条祐太』
『うん』
『お前はなかなかこれから楽しいことをしようとしてる。何気に私が一番頭に来てるセラスを痛い目に遭わせることもできるかもしれん。だから私はお前の役に立ちたい。今となっては微々たるものかもしれないが、構わないか?』
『ああ、来てくれ』
『感謝する。よければ"私を持っておいてくれ"。そうすれば私は永遠に美火丸たちと共に主を守ろう』
焔将の言葉が、心の奥に響く。彼の存在が俺にとってどれほど大切だったか。ブロンズエリアに来て、焔将がいなければどうにもならなかった場面がいくつもある。それらが全て鮮明に思い出された。
大柄な男の焔将の姿が小さな水滴型の形になり、その中心に炎を宿した一つのピアスとなった。それが手元に乗る。俺はそれを迷わずに右耳につけた。
シルバー級【焔将のピアス】力、素早さ、防御、器用、魔力、気力+1170
そのピアスをつけた瞬間、体中に熱いエネルギーが流れ込むのを感じた。力がみなぎり、周囲の空気が変わったように思えた。焔将の力が俺の中に宿ったのか、これまでとは違う感覚があった。
自分の限界を少しずつ超えていく。
「焔将、行こう」
小さな声でつぶやくと、焔将の力がさらに強く感じられた。意識を分割したもう1人の俺に戻し、統一していくと、そこは煉獄迷宮の中だった。