作品タイトル不明
第三百五十話 赤い糸
ギルド長ゼオンとの話し合いが終わり、俺は雷神様たちと共にギルドを後にした。周囲の喧騒が少しずつ遠ざかり、静けさが心に忍び寄る。クミカは、ゼオンが俺たちと話している間、結局彼の心をかなりの部分で探り出してしまった。
相手にとっては嫌な行為だし、クミカの負担にもなったが仕方ない。弱い俺たちは安全になるように動く必要がある。おかげで、知るべきことはほとんど把握できた。その中でも一番気になっていた人物が1人いる。
ギルド長が裏で話していた超越者・灰燼ラフォーネだ。米崎に調べさせたが、女エルフという情報を掴んでる。今のところこちらに対する警戒心が強く、接触しようとする様子はない。
敵意というほどのものも向けないまま、少し離れた位置からついてきているようだ。気にはなるし、クミカにできるなら心を読ませてみたかった。
だが、クミカは同じレベル以上の相手になるとルビー級の【心眼】や【鑑定眼】をもつ今でも、相手に気づかれることがどうしても避けられない。読心するのにもかなり時間がかかってしまう。
ラフォーネが敵対しているわけでもない現状、この2つの能力を使うのはかなりためらわれた。
「美鈴たちは、そろそろ帰ってくるかな」
夜風にあたりながら呟いた。ギルド長からの情報によると、バルガレオルをどうにかしたいという思いは、この街の住人たちにとって根深いものであり、共通した認識となっている。
だからこそ、俺のことを外に漏らさない約束は本気で守ってくれる。だから、裏切りの心配はほとんどせず、バルガレオルの資料が全て揃うまで、一度休憩を取ることに決め、ギルド長が紹介してくれた宿に入る。
田舎であるため高級宿などは存在せず、普通の冒険者宿だ。
それでも部屋は良い部屋にしてくれたらしい。広くて休むには十分な部屋。宿のテラスからは、美しい夜景が広がっていた。星々が瞬く空の下、街の灯りが輝いている。遅い時間にも関わらず、飲んで騒ぐエルフやドワーフの姿。
街の賑わいを感じることができた。冒険者たちの生活リズムはバラバラだが、よほど急いでない限りは、基本的には夜に休む者が多い。冒険者たちは、1日の疲れを酒で癒し、女たちと戯れることでストレスを解消する。
俺も、休息を取ると決めた以上、女たちとの関係を持たない理由はなかった。玲香から始まり、シャルティー、そして切江と、夜が進むにつれてその輪は広がっていく。部屋の中に切江が入ってきて、テラスでゆっくりしていた俺に尋ねた。
「本当にいいのかい?」
「まあ、ちょっと面白そうだしな」
俺は【性別改変薬】を口に入れる。水の精霊に水を作ってもらって錠剤を飲み込んだ。それと同時に胸が膨らむ感覚が広がり、下半身にあったものが消えていくのを感じた。代わりに、男を受け入れる貝に例えられるものが形成されていく。
俺の腰回りは細くなり、自分でも驚くほどの美少女に変貌した。
「うわー」
切江は感動した様子で目を輝かせた。彼女の視線が俺の変化を受け止めることで、少し照れくさそうに向けられる。テラスから部屋に戻ると、窓を閉め、ベッドに並んで座った。
ふと、俺たちの間に漂う緊張感が一瞬和らぎ、心地よい空気が流れた。切江はいつも男の姿をしているが一応女である。短パンを履いていて、その膝に手を乗せると肌の感触が柔らかい。俺の顔を見て真っ赤になっている。
「あ、あのさ」
切江が言いにくそうに口を開く。
「とても口にしにくいことがあるんだけど口にしてもいいかな?」
「まあ切江にはいつもお世話になってるから、その恩返しも兼ねて切江の好きに合わせて女にまでなったんだ。この際だから遠慮なく言ったらいいと思うぞ」
それでもかなり覚悟を決めた様子の顔を切江がしている。何を言いたいのかと不思議に思いながら俺が促すと、彼女は少し躊躇った後に言葉を続けた。
「いや、ううん。じゃあ言わせてもらうけどさ。その、【性別改変薬】ってさ、結構いっぱいあるんだよね?」
「まあ、それは心配ない。この間のガチャでも結構出たから、正直売るほどある」
「何個あるの?」
「何だ欲しいのか? 誰か女にしたい男でもいるのか?」
「そ、そんなのご主人以外いないよ。そうじゃないんだ。いいから何個あるのか教えてもらえないかな。もちろん無理にとは言わないけど」
奴隷身分に落ちている切江は俺が嫌がることはできない。そうすると奴隷の首輪をしているせいで体が停止してしまう。奴隷の首輪は悪意にも反応するから、切江が停止してないなら、悪意があるわけじゃないのも確かだ。
「1つの薬で10個分だから、今は100個近くあるぞ。だから欲しいならあげてもいいけど」
俺は答えた。切江は少し安心したように見えた。
「だったら、嫌じゃなければなんだけど……」
彼女は言葉を続けるのが難しそうだった。俺は、何か重大なことを言おうとしているのだと感じた。
「何か言いたいことがあるなら、遠慮しないで言ってくれ」
俺は促した。切江は目を伏せ、言葉を選ぶようにしていた。ここまで言いにくそうにするというのは何だろうか? 頭の性能は随分と上がったはずなのだが想像がつかない。
《何だと思う?》
《分かりません。何をそんなに迷ってるのでしょうか? 心を読みますか?》
《いや、それはいいけど……》
「お、おお、お、俺も【性別改変薬】を飲んだらダメかな?」
「おうん?」
思わず俺は変な声を発してしまった。
「お前が男になってどうするんだ?」
「男になって女になったご主人とできればエッチなことをしてみたいというかなというか」
いつも男以上に男らしいところのある切江が何かゴニョゴニョ言ってやがる。
「お、お前が男になって、俺は女だと、そ、それが、どういう意味になるか、わかってるのか?」
「分かってるよ」
「お前はアホか」
「ひ、ひどいな。何でも言っていいって言ったじゃないか」
「だからって限度があるわ。このバカ!」
「いや、無理だろうとは思うんだけどさ。俺、自分のことを俺って言うぐらいで、昔から男になってみたいっていう願望が強いんだ。でも普通はそんなの難しいし、なれたとしても中途半端にしかなれない」
切江は意外と真剣な顔で続けた。
「まあ、そうだな。今の日本では医療技術も進んでいるが、男は男、女は女だ。大八洲国では違うらしいがな」
「俺、調べたんだ。性別を変えようとすると結構な費用がいるんだよ。その薬なんて売れば1粒で4億貨ぐらいの相当な高額になるんだ」
「へえ、じゃあこれを全部売れば400億貨か……」
「それでだ。できれば本当の男になって、ご主人に相手をしてもらえれば、俺はもう死んでも後悔はないというか、何というか。別に変態じゃないんだ。普通そういうことを思うよね?」
「ううん、どうかな……」
俺は返した。普通はそんなこと思わないと思う。そもそも俺自身は男としてのアイデンティティが強い。女の体で女を抱くことは許容範囲だが、女の体で男に抱かれるなんて、それは俺の価値観を超えている。
切江の気持ちは理解できるが、それは無理だと感じた。
「無理だろうか?」
切江が不安そうに尋ねる。
「真剣に言ってるみたいだからちゃんと真面目に答える。切江、ごめん。それはちょっと無理だ。俺の価値観に合わない」
素直に答えた。切江は落ち込んだようで、顔を伏せてしまった。彼女の視線が床に向かうと、胸の内にあった期待がしぼんでいくのが分かった。
「そっか……。うぅ、恥ずかしい性癖を見せただけになってしまった。穴があったら入りたい」
「はは、どっちかって言うと、俺は攻める方が好きなんだけど」
その言葉に、切江は真っ赤になって反応した。「だめだ」と照れくさそうに言い返してくる。俺は彼女の唇を奪った。柔らかく優しい感触が、心の奥深くに響くようだった。抱きしめると、お互いの膨らんだ胸を押し付け合う。
その感触が不思議な感覚を呼び起こす。女同士の体というのは、思っていた以上に新鮮で、心が躍る。切江の香りが鼻腔をくすぐり、その甘さが俺の心をさらに刺激する。
その夜は、非常に長く、忘れられないものとなった。
行為が終わった後、切江はそのまま気を失ったが、俺はまだ目が覚めていた。体がベタベタするなと思いながら、立ち上がる。切江は思った以上に激しく乱れるタイプで、俺の体にもいろんな液体をかけられていた。
彼女の興奮が伝わってくるようで、少し照れくさかったが、同時に嬉しさもあった。俺はそのままシャワールームへ向かい、蛇口をひねった。温かいお湯が流れ出し、体の汚れを洗い流していく。
最近汚れは炎で浄化していたが、久しぶりにボディソープを使って体を洗うことにした。泡立てたその香りが、心を落ち着けてくれる。シャワールームの姿見に映る自分の体を見つめる。美しい、とはこういうことを言うのだろうか。
女の姿のまま、胸が膨らみ、肌は滑らかで、思わず見とれてしまうほどの美しさだった。自分が女になったことを実感し、少し興奮してしまった。
「これが俺の姿か」
心の中で呟く。普段の自分とはまったく違う感覚が、体の隅々に広がっていく。しばらくして、体を洗い終わると、シャワールームから出て水滴を落とすために炎を使った。一瞬でボディソープの香りが飛んでしまったのは少し残念だったが、清々しい気分になっていた。
「どうせなら、香りを楽しみたかったな」
思いながら、服を着ることにした。多少の創造魔法なら使える。魔法を操り、昔着ていたブランドもののラフなTシャツとジャージを簡単に作って身に着け、再びテラスに出た。
「ふう」
深く息を吐く。外の空気は心地よく、夜の静けさが心を落ち着かせてくれる。さすがに酔っ払いたちももう家に帰ったようだ。ふと、気になっていたことがあった。アイテムボックスから、この間のガチャで出たアイテムを取り出した。
それは、1本の【赤い糸】だった。
俺にとって最も有用で、心も体も満たしてくれる異性と繋がる糸だ。この赤い糸を使えば、一両日中にその相手が会いに来るらしい。しかし、相手は自分の知らない人であり、知っている人とは繋がらない。
知ってる人でもよければ確実に伊万里に繋がりそうなのに、そういうわけにもいかないようだ。欠点も多いアイテムだが、そのつながる相手はどれほどレベルが高かろうと関係がないという特徴もあった。
俺は心の中で少し不安を抱えつつも、このアイテムの効果に期待を寄せていた。
「レダ。これって人の心を操るアイテムじゃないんだよな?」
相変わらずレダは、椅子に優雅に腰をかけて、今はワインとチーズを嗜んでいる。俺の中の小さな空間。そこを広げて異空間を作っているのか、花畑の中にあるテーブルで実に余裕たっぷりだ。
俺の分割した意識は常にそこにいてレダの相手をしている。だから一番顔を付き合わせている相手はこのレダと言えた。
「違うな。あくまでも恋心を目覚めさせるだけのアイテムだ。過去にはその効果の曖昧さゆえに、誰も会いに来ないということもあったほどだ」
「それってこの赤い糸の先が誰にも繋がらなかったってことか?」
これから先、自分を好きになる可能性のある異性がゼロ人の場合、赤い糸は誰ともつながらずに消えてしまうという。さすがにそれは悲しく思えた。
「その可能性も確率的にはゼロとは言わない。だが、世界は広い。異性の数はダンジョンの中に兆単位でいる。そのうちの誰からも恋心を抱かれる可能性がゼロの人間など存在するわけもない」
「そりゃまあそうだな」
「それでも誰も会いに来ないということは、移動手段がなくて会いに行くのに時間がかかったか、もしくは赤い糸が繋がって恋心を抱いた。それでも赤い糸のアイテムはあくまでもゴールド級だ。相手の階級があまりにも上なら、その心に起こった違和感を不快に思い、会いに行かないことも普通に起こるであろう」
それにしてもピンク髪の可愛い女の子、レダ。こいつ、声も可愛いのになんか雰囲気が爺さんなんだよな。魂まで変化させたとか言ってた割に爺さんなんだよ。100歩譲っても婆さんなんだよ。
まあ本人は1ミリもそんなこと気にしてないみたいだけど、こっちは気になる。でも心までピンク髪の可愛い女の子なら、それはそれで怖い。分割思考のもう一つの俺は、ずっとレダの相手をしているせいで暇である。
「つまり、それぐらい繋がった相手自身が自由に判断するアイテムってことか」
「そういうことだ」
普通なら残念に思う内容かもしれない。でもどのみち当たるも八卦当たらぬも八卦みたいなアイテムである。使って誰も会いに来なかったとしても大してショックではない。戦力が増えなくて残念。それぐらいの感覚だ。
それに使用法から考えても、倫理的な責任をあまり感じなくて良い気がして、俺は赤い糸を手に取った。アイテムの階級を上げる方法がない以上、このアイテムはゴールド級以上の役目を果たすことはない。
出会ったことのない誰か、相手も俺を知らない。そんな縁をつなぐのなら、早く使った方が良いと思った。
「なんだか怖い気もするけど……」
「今、自分が女だと忘れるなよ」
「はっ、そ、そうだった」
俺は焦って再び【性別改変薬】を飲んで男に戻ることにした。女のままで使うと男に恋心を抱かせることになる。さすがに男の恋心なんて望んでない。切江は許容範囲だけど、ガチの男から女になってくれなどと言われたら……。
赤い糸を手に取ると、不思議とその使い方がすぐにわかった。
右手の薬指に結びつけるのだ。念動力を使って結びつけると、赤い糸が伸びていく。しばらくすると異界の扉が開いた。そしてその先が異界の中へと入っていき、あっという間に異界の中へと消え、どこまでも伸びていくのを感じた。
「これで、一両日中に繋がった人が会いに来るのか?」
「まあ期待せずに待っておくことだな」
「期待せずにか。そんな感じのアイテムってことか……」
それでも期待感はある。とはいえなかなか繋がった感じがしない。テラスで色々考えながら、座ったままでいた。ただ静かに赤い糸の効果が現れるのを待っていた。やたら時間がかかる。結構かかるものなのかと待っている。
翌朝、いつも通りの朝日が差し込んできた。1日中起きていたが、赤い糸はまだ伸び続けていた。切江はまだ眠っているようだった。彼女の寝顔を見ながら、これは時間がかかりそうだと立ち上がる。
「まだまだか」
赤い糸が繋がれば切江が起きる前に女に戻っておいてあげようかとも思ったのだが、まだ繋がる様子がない。しかしそう思っていた時だった。誰かと繋がったとはっきりと感じる。そして繋がった瞬間、俺の右手の薬指から赤い糸が消えた。
「これで一両日中に繋がった人が会いに来る?」
本当にそんなことが起きるのか? 俺は半信半疑の気分になる。それでも繋がったことは感じたし少し楽しみな気分にもなった。
「もう大丈夫だよな?」
「うむ。問題なかろう。さて誰と繋がったのか。使ったのがお前だと考えると私も結構楽しみだ」
レダがそういうのだから大丈夫なのだろう。扉が叩かれた。シャルティーが顔を出す。俺が起きてるのに切江が寝ていることに慌てて起こしにいく。
「申し訳ありません。すぐに起こしますわ。それとご主人様。お食事の準備が下の階に整っておりますの」
「分かった。じゃあ先に行ってる」
「すみません。切江! 起きなさい! 寝坊ですわ!」
シャルティーの怒った声が聞こえる。宿の厨房から漂ってくる香ばしい匂いが、食欲をそそる。周囲には、他の冒険者たちが集まり、談笑しながら食事を楽しんでいる姿が見える。彼らの笑い声や話し声が、朝の静けさを破っていく。
「我の部屋に遊びに来ないとはつれないやつだ」
すっと雷神様が真横に現れた。米崎は相変わらず姿を消したままだ。基本的に米崎は自分の姿を表にさらすことを嫌っていた。その方がメリットが大きいと考えるのもわかるが、あまり隠れすぎるのは日陰の人生のようだ。
程よく人前に出たいと思わないのだろうか。そして真逆を行くのが雷神様だ。この人と南雲さんは隠れるのが苦手そうだ。
「雷神様の部屋に遊びに行ったら蹴飛ばして外に叩き出されると思いました」
「冗談を言うな。これ以上はもういいかなと思ったんだろう?」
「……ちょっとだけ」
「まあいい。私ももう少し高ぶっている時でないと性欲がわいてこないタチでな。またそういう時は相手をしろ」
「はは」
「今日は行くのか?」
「ええ、煉獄迷宮に入ろうと思います」
テーブルの一つに朝食の用意ができていて俺と雷神様が席に着いた。周囲の人間は楽しそうにしゃべりながらも俺たちの動きに注視している。
【超越者】
自分たちのいつもいる場所に爆弾が放り込まれている。気になって仕方がない。そんないつもよりも確実にピリついている周囲の様子を他人ごとのように見つめながら、急激に変わっていく自分を不思議に思う。
玲香の姿が見えて、シャルティーが走ってくるのが見えた。切江は急いでシャワーを浴びて身だしなみを整えているのが離れていても分かった。今となってはこの距離ぐらいなら、どれだけ壁を隔てても姿が見える。
大抵の思ったことがそれだけでできてしまう自分。1年と少し前まではあんなに情けなかったのに……。
《切江。そんなに急がなくても大丈夫》
《ご主人。ごめん。すぐに用意するから》
《そんなことで怒らないからゆっくりしていい》
誰かに気を使われることなんてないまま人生は終わるはずだった。
《それはわかってるんだけど!》
面白く思いながらも指を鳴らす。そうすると切江の周りに炎が揺らめいて、体の全てを浄化する。驚きながらも切江はどういうことか見当をつけて、服を着るとこちらへ走り出した。テンプレみたいに絡んでくる人間はいなかった。
心を読んだ限りここの人たちにとって超越者とは、聖勇国における貴族よりもまだ怖い。下手に声をかければ殺される。まあ要は日本でルビー級を見かけた時と変わらない。冒険者なんてやっててそんな常識もないやつはいない。
俺たちは羨望と恐れを抱かれながら、宿を後にすると、それからしばらくして煉獄迷宮に足を踏み入れた。そして俺はその瞬間、自分の景色が切り替わるのを感じた。覚えのある感覚。そしていつもの機械的な女の人の声が頭に響いた。
【条件が達成されました。焔将のストーリーが開放されます】