作品タイトル不明
第三百四十六話 シルバーエリア入り
《まあそりゃそうだよな。同心円状は綺麗だけどなんか味気ないもんな》
《私にはない感情ですが、人は海が好きなようですね》
《そう言われるとそうだよな。海に行くのにいちいち一番外側まで行かなきゃいけないとか、自分の場所からは絶対見えないとか寂しいもんな》
俺が炎の翼を羽ばたかせて飛んでいる中で、再現された会津若松城が視界に入ってきた。その建物は俺が想像していたよりも随分と大きい。昔の建物が、千年郷のシステムによってかつての形で再現されている。
10区や商業区に見られる特徴で、旧日本や明治以前の建物を再現することは本来かなり難しい。それでも桜千の中に残っている建築システムはそれを可能にしてしまう。何よりも、今は国土の居住可能地域が10割である。
さらに海は日本の排他的経済水域と同じ広さがあり、その気になればそこも埋め立てて使える。それはアメリカの居住可能地域と同等程度の広さであり、桜千がその気になれば、千年郷内はとてつもなく土地を広く用意できる。
だから会津若松城はもともとあった特徴的な赤瓦はもちろん、お堀や長い城壁もすべて江戸時代の頃からのものに再現されている。
城の他にも神社仏閣も有名どころ、信長の安土城や出雲大社の巨大神殿ですら全て再現されているようだ。それが観光資源にもなり経済を回す源にもなる。6区の中でも商業区に指定されているこの地も今は観光地としても利用されている。
そのはずだが、周囲には観光客の姿は見当たらなかった。
「随分待ったぞ」
ふと空を見上げると声が聞こえた。俺の耳には明瞭に響いてきた。そう、上空で暇そうに足を組んであぐらをかいた姿勢になり、頬杖をついた雷神様がいた。
「お待たせしました」
俺は返し、速度を速めて砂埃をまき上げながら地面に着地した。周囲はかなり開けた広場だが、やはりどこにも人影が見当たらない。
《雷神様がいるから人払いされているわけか》
《いえ、違います。彼女は人がいようといまいと気にしません。人がいないのは主様がこのシルバーゲートをご利用されるからです。万が一にもご不快なことが起きないように配慮していただきました》
《そ……そうか》
なんか桜千の俺への忠誠がマックスすぎて怖いんだが。考えていたら落雷の音が響いた。それと同時に雷神様の前に立つと、彼女はじっと俺を見つめた。その眼差しには重圧があった。何かを見透かされているような気がして、背筋が凍る。
「六条だな?」
確認してきた。俺の見た目が女だったので、念のために聞いてきたのだ。
「はい」
「その見た目でずっといるのか?」
雷神様が続ける。
「いえ、あの頃と見た目はずいぶん変わりましたし、シルバーエリアに入ったら元に戻ってもいいかと思っています」
俺は説明した。死んでいることになっているなら、女の見た目のままでいる方がいいのかとも考えた。でも、やっぱりこの姿には慣れないし、レダの部屋で自分の姿をずっと見ていると、鳳凰になった姿は以前の自分とはかなり違っている。
ゴールドエリアには地球の探索者も住んでいるが、人数は少ないようだし、滅多に会うこともない。興味本位と周囲の目をごまかすために女になってみたが、現状ではこの姿でいる意味があまりないなと思った。
「そうしろ。どうもお前が女というのは気味が悪い」
「同性は嫌いですか?」
「昔から我はこの性格で変わらん。故に同性とはあまり仲良くできんな。それより契約をするぞ」
「ああ、本当にいいんですね?」
何のことを言われているのかすぐに分かって聞いた。"召喚獣"のことである。
「いいも悪いもない。このままだと、シルバーゲートをくぐれば自分のシルバーエリア、雷獣国に行ってしまう。誰かの下に着くというのは気に食わんが、まあ元々手を組むつもりだったお前となら仕方なかろう」
「わかりました。米崎も出てきてくれ」
俺は声をかけた。すると、米崎は影から染み出すように出てきた。彼の姿は骸骨と白いローブを羽織り、頭には冠をかぶっている。何も存在しない眼窩には、邪悪な炎が妖しく光っていた。その姿に一瞬、息を呑む。
「種族はグレートリッチというんだ。ここに入ろうと思うと君の召喚獣になるしかない。まあわざわざこの姿になる必要もないんだけど、君への一応の礼儀さ。よろしく頼むよ」
米崎が言った。その言葉には冷たさと生きていることへの絶望感を与えるような、恐怖に満ちた響きがあった。彼の不気味な顔は、完全にホラーそのもので、初めて見る者は誰しもが後ずさりしたくなるような威圧感があった。
「米崎、人間を軽く通り越したな」
「結構気に入ってるんだけどね」
「マジかよ。お前を召喚獣にしたら、間違いなく呪われるに違いないと思えるぞ」
「嫌なのかな?」
「いや、うん。嫌じゃない。嫌じゃないんだが、夜中にいきなりその姿で現れたら心臓発作を起こしそうだ」
「探索者はそれぐらいで死なないから心配しなくていいさ」
グレートリッチの姿でにこやかに話されるとやはりホラーだった。
「ふん、まあ我も本来の姿に変えよう」
何か対抗意識でも芽生えたのだろうか。雷神様の姿が変わり始める。青い獣毛が全身から生え、体がどんどん巨大化していく。空が割れ、雷が轟く中、10メートルほどの全長を持つ赤い雷をまとった虎のような姿へと変貌した。
周囲にほとばしる赤い雷光が、その異様を一層引き立てている。俺はその光景に圧倒され、思わず息を飲んだ。別にそこまで二人ともしてくれなくていいんだけど、という俺の心中はもちろん声にされることはなかった。
「よし、六条。今のレベルは?」
「650です」
「ほお、それにしては、強い」
俺はその言葉を聞きながらも、雷神様のレベルが徐々に落ちていくのを感じた。エネルギーがどこかに抜けていくのだ。米崎も同様で、二人とも一気に弱くなっているのが分かる。心の中で不安が広がる。伊万里のレベルは999。
種族的な優位性も向こうが上。死神に対抗できそうな米崎、それにいくら伊万里が強くても雷神様の全力状態なら対抗できたはず。その2人が俺のせいで弱くなっていく。召喚士より召喚獣はレベルが上ではいけない。
そのルールに縛られる限り二人はレベルを落とさざるを得ない。
「すみません」
「我がお前に臨んだことだぞ。その選択が謝るほど間違えてるか?」
「いや、でも実質弱くなってしまいますし」
「我はどういう状況か聞いた上で選んだ。この10年何をどうしても神になることができなかった。レベル1000の壁が破れなかったのだ。その状況が変わる。六条、お前がそうしてくれるのだろう?」
雷獣の大きな顔が俺の目の前に来た。
「僕も、どうしても次に行きたい。それには君のそばにいるのが一番いい。さっさとしてしまおう」
グレートリッチの不気味な顔で米崎も口にした。2人とも声は魔法で作られているようだ。2人は俺の召喚獣になるために自分のレベルが落ちることをむしろ望んでいるようだった。それよりも何よりも二人とも自分の目的を果たしたい。
米崎はどういう理由でか自分の手で神を生み出したい。雷神様はきっとどこまでも強く上っていきたい。その目的のために自分の強さを抑えなければいけないのなら喜んで抑える。その結果どうなろうと自分の選択したこと。
俺が謝るなどということはむしろ失礼なのかもしれない。
「分かりました。2人が望んですることだから俺は申し訳ないとも思わない。それでいいですね?」
「当然だ」
「むしろそうしてくれないと困るよ」
俺は二人と主従契約を結ぶ決意をした。どうすればいいかは頭の中に自然と浮かび上がってくる。レベル650になり知能も飛躍的に上がり、ある程度の魔法は全て頭の中で思い描くだけで形にすることができる。
誰かを召喚獣にすることも、どういう形で行えばいいのかエヴィーを見てきて理解できた。まず2人との意識をつなげる。そしてそれが俺の優位になるように調整する。意識のつながりが常に俺の方が上だと相手に認めてもらう。
実質的には2人の方が強いのだから、これは2人がそれを納得しなければできない。
【雷神豊国、並びに死霊王米崎両名の召喚獣の儀を行う。両名、我が召喚主であることに問題はないか?】
【【問題ない】】
【では——】
二人の意識が俺の中に流れ込んでくる。それは表向きに作られた2人の意識。2人の方がレベルが下なら、完全に2人のことが何もかも把握できるだろうが、それは無理だった。どちらも隠すところは隠して、俺との契約を結んでいく。
二人と俺を包み込むように大きな魔法陣が現れた。そこから光が発せられ、俺たちを包み込む。それが収まった時、確かに2人が召喚獣になったことが感じられた。できるだけ2人の強さが損なわれないようにと気をつけた。
雷神様の種族名は紅霆。これほどのガチャ運を持つ俺でも、まだステータスでは張り合えるぐらい優秀だ。米崎はそれに比べて劣るようだが、知能が異常なほど高い。万を超えている。知能が何だかバグってる。
何でもすぐに理解できるわけである。知恵袋になってくれる米崎と、凄まじいほど戦いの経験がある雷神様。かなりの戦力強化になった。これで千代さんや美鈴達もユグドラシルから帰ってくれば、なんとかなるか。
そんなことを思いながらもお互いの心は伏せたままだった。2人とも全部俺には見せないけど、俺も隠していることがある。俺が"ダンジョン破壊"を黙っている間、俺は罪悪感を感じてしまう。
この感情までは召喚主と召喚獣の関係になるとごまかせない。二人も気づいてるだろう。しかし、黙っていてくれた。そう思うと、少しだけ心が軽くなった。雷神様と米崎の姿が元に戻ったのを見て、俺は言った。
「行きましょう」
俺はそのままシルバーエリアへのゲートをくぐる。どこか懐かしさを覚える裏路地に出た。薄暗い通りには霧がかかり、どこか神秘的な雰囲気が漂っている。心の中で伊万里がいつ襲いかかってきてもおかしくないと不安に思う。
その一方で伊万里と会いたいと思って期待している。自分の気持ちが交錯する中、すぐに玲香に【意思疎通】を送った。すると、玲香がすぐに反応して位置情報を送ってきた。それは少し離れた場所、建物の中のようだった。
「移動します」
俺は二人も連れて【転移】の術を使った。次の瞬間、現代風でありながらスイートルームのような豪華な部屋に出現した。あまりにもそれは現代風な光景で、俺は一瞬、自分が日本に戻ってしまったのかと錯覚した。
どこか、自分と伊万里の池袋のタワーマンションの一室と似ている。
「いらっしゃい」
玲香が立っていた。彼女は俺を見るなり驚いたような表情を浮かべる。
「ああ、悪い。いい加減戻るよ」
俺は【性別改変薬】を飲む。すると、瞬時に見た目が男のものへと変化していく。男の自分がそこにいた。少しホッとした。周囲の状況が一瞬で変わる中、自分のアイデンティティが戻ってきたことに安堵を感じた。
「急に女だとびっくりするよな」
「いえ、理由は想像がつくわ」
彼女は答えた。
「一応、面倒だからだいたい情報を送っておくよ」
俺は南雲さんとレダ以外の部分を全員と一気に共有した。ユグドラシルであったことや、時の狭間で俺がしていたこと。話し終えた瞬間、玲香がまず口を開いた。
「——お疲れ様。もう会えないんじゃないかと何度も思った。10年は長かったのよ」
「俺は一瞬だったんだよ」
「よく言うわね」
玲香は少し不満そうに応じたが、その顔には安堵の表情が浮かんでいた。彼女も状況を理解しているからこその反応だろう。そうしてからソファーの席にそれぞれ座るように玲香から促された。
「この部屋は?」
俺は尋ねた。
「私を領主として、伊万里が支配する聖勇国から自治権を分断したレッド州の館よ。何しろ聖勇国は科学技術が中世ヨーロッパぐらいだったから何かと不便でね。この10年でせめてこの部屋だけは私好みに変えさせてもらったの。まあいろいろ改造してたら、現代風な感じになっちゃってね」
「居心地が良さそうだな」
「ええ、とても。伊万里は怖いけどね」
玲香は微笑み、飲み物の用意を始めた。すると、慌てたシャルティーと切江が交代し、玲香がソファーに着席した。俺は雷神様と並んで座り、向かいには米崎と玲香が座るという配置になった。
ヒノエは米崎の後ろに立ち、目の前にコーヒーが置かれている。静かな空間の中、少しずつ緊張が解けていくのを感じた。少し落ち着いたところで、会話が始まった。
《六条君》
米崎が別口で【意思疎通】をしてくる。俺は思考分割してそれに応じた。
《うん?》
《ヒノエのステータスができたよ。サブマスターになっている君とクミカ君には見せておいた方がいいだろうから送っておくよ》
そう口にした米崎からヒノエのデータが送られてきた。
名前:赤城ヒノエ
種族:汎用戦闘型上級からくり族
レベル:726
マスター:米崎秀樹
サブマスター:六条祐太、クミカ
HP:19333【太陽石】
MP:8883【金星の魔玉】
SP:8762【金星の気玉】
力:19724【太陽の粘土】
素早さ:4656【精霊駆動機関】
防御:8756【ヒヒイロカネ】
器用:9886【金星の糸】【アウラの糸】
魔力:19975【太陽の魔法機】
気力:8777【金星のスキル機】
知能:8679【金星の頭脳】
素材:ルビー級【太陽石】(HP)
ゴールド級【金星の魔玉】(MP)
ゴールド級【金星の気玉】(SP)
ルビー級【太陽の粘土】(力)
シルバー級【精霊駆動機関】(素早さ)
ゴールド級【ヒヒイロカネ】(防御)
ゴールド級【金星の糸】(器用)
ゴールド級【金星の魔法機】(魔力)
ゴールド級【金星のスキル機】(気力)
ゴールド級【金星の頭脳】(知能)
兵装:シルバー級【機密保持】(常時発動可)
ゴールド級【バリア】(MP1~∞)
ゴールド級【重力グレネード】(MP300)
ゴールド級【ミラージュミサイル】(MP300)
ゴールド級【転移装置レベル3】(MP300)
ゴールド級【異界化レベル1】(MP300)
ゴールド級【マジックボックスレベル1】(500㎏)
ルビー級【ギガフォース】(MP300)
ルビー級【ギガンティックブレード】(MP600)
ルビー級【ファイナルリカバリー】(1日1度)
ルビー級【エレメンタルギガバスター】(MP500~800)(光、水、炎、闇の各種)
ゴールド級【バイオメトリックアナライザー】(常時発動可)
ゴールド級【クワンタムスキャナー】(常時発動可)
ゴールド級【ネオリンク】(常時発動可)
ゴールド級【サイコキネティックアクチュエータ】(常時発動可)
ゴールド級【ステルスフィールド】(常時発動可)
ゴールド級【フォーチュンアルゴリズム】(常時発動可)
マスター補助機能:ルビー級【ダークアウェイク】(MP600~)
ルビー級【ザ・サン】(SP600~)
ルビー級【エレメンタルシンセシス】(MP600~)
《先に言っておくがヒノエのレベルも650まで下がっているよ。これは何の制限も受けてない場合の能力値だと思ってほしい》
《分かった。このアイテムがHPの横に書いてあるのとかは何なんだ?》
《それぞれそのアイテムが、一番影響を与えるステータスに対して、明記してるだけだよ》
《知能は俺より高いんだ。他にもいくつか高いのがあるな》
米崎の説明によれば、ダンジョンから発行されるステータスは全て、自分の持っている第一言語で可視化される。しかし米崎が作ったステータスにはそんな機能までつけてない。だから若干俺にとっては分かりにくい。
そして他にも高い数値があるが、【太陽の石】や【太陽の魔法機】がからくり族に素材として組み込まれることは、俺たちで言えばルビー級の専用装備が一つ手に入ったようなものなのだ。そうするとそのステータスが上がるのは当たり前。
むしろ偏っているからまだまだ抑えられたステータスになってるらしい。これは俺たちの専用装備と同じで揃えば揃うほど性能が上がっていく。そしてマスター補助機能は、俺たちが敵に攻撃を行う時、かなり強力なバフを与えてくれる。
《こんなことを言うと、僕が自分のことだけを考えて口にしているように聞こえるかもしれないけどね》
《なんだ?》
《実際、僕をマスターのままにした君の取った行動が一番正解だと思う。ヒノエを組み直すことをせず、経験値をそのままに、ルビー級が3人がかりで造り上げた。他のどのパターンでもこれ以上の性能にはならなかっただろう》
《そうか……》
ヒノエは強い。3人で造り上げたから、ある意味俺より強い部分を持っている。ヒノエの補助機能を使えば部分的にはかなり強化できる。いや、でも、からくり族である以上、ここからまだレベル制限がつくんだよな。
《やっぱり一刻も早く俺自身も強くなることが必要か》
そんなことを考えながらも、玲香から、俺がいなかった間の聖勇国の状況を詳しく聞いていた。