作品タイトル不明
第三百四十七話 ゴールドエリア会議
「玲香。まず聞きたいんだが、シルバーエリアは支配できてるということでいいのか?」
「ええ、それは大丈夫。伊万里は元々私のことは相手にしてなかった。だから伊万里から、もっと小さな地方領地の支配は許されていたの。でも、それ以上は私じゃなかなか手を出せなくて、レベルもなかなか上がらなかった。でも、南雲が来てから急に事情が変わった」
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸の奥に嬉しさがこみ上げる。そうすると雷神様も続けた。
「まあそうだろうな。たとえどんなレベルでも、あの男がシルバーエリア程度で手間取るとは思えん」
「実際、そうでした。元々のシルバーエリアに当たるこのレッド州の支配を南雲のおかげで完了させることができました。ただ、南雲でもそれ以上は行けなかった」
「やっぱり伊万里が邪魔をした?」
「まあそういうことだったんだと思うわ。直接彼女が出てくることはなかったけど、それに近いことをされたから。聖勇国となったゴールドエリアには、このレッド州も含めて、20のルビー級がいる。彼はこの中の魂喰らい冥羅、氷霊獣フロストリオ、毒蛇竜アスピクスを殺して、私のレベルを499まで上げてくれた。そのことで召喚獣だった彼もレベル499までは実力を出せるようになった」
俺は息を呑んだ。南雲さんのレベルはここに来た時かなり低いはずだ。レベル400には届いてなかったはずである。実力が実際のレベルよりも低い傾向がある2つのモンスターならともかく、魂喰らい冥羅を殺したのか。
「それぞれレベルはいくつだったんだ?」
「人である魂喰らい冥羅がレベル593、私たちのレベルは350ぐらいだったのがこいつを殺して一気に400まで上がった。さらにモンスターである氷霊獣フロストリオがレベル704、これで462になったの。同じくモンスターである毒蛇竜アスピクスがレベル758。そうしてレベル499まで上げることに成功した」
俺は彼女の言葉を噛み締めながら思いを巡らせた。冥羅も人間であることを考えると脅威だが、フロストリオ、アスピクスのレベルも思っていたよりも高い。そんなルビー級をよくゴールド級の状態で殺せたものである。
ルビー級の頭はとてもいい。最初の冥羅がレベルの低い南雲さんたちに無警戒の状態だったとしても、最後のアスピクスなど、たとえモンスターでも情報を受け取っていただろうし、相当警戒されて厄介だったはず。
「正直、僕のエリアならアスピクスを殺した時点でゴールドエリアの支配が終了して、ルビー級になることが許されたと思うよ」
米崎が口にした。
「だが、そこで止まったのだな?」
雷神様が話すと、玲香は静かに頷いた。俺は、自分がルビー級になれたことを思い返していた。ゴールドエリアの支配が必ずしもルビー級になる条件ではない。ルビー級として認められるため、十分な行動を取ればルビー級になれる。
ダンジョンは下の階の情報を公開しないようにしているため、あまり知られていない出来事が情報として広まることは少ない。
「多分あと一体でもルビー級を殺せていたら、このゴールドエリアを完全支配しなくても、ルビー級に確実になれてたはずだね」
「俺は例外的にルビー級になれた。伊万里は玲香というより、南雲さんが例外的にこのエリアでルビー級になることをふさいだ。12英傑最大火力を持つと言われた南雲さんがルビー級になれば、どれほど面倒か分かっていたんだろうな」
《そうだな?》
レダに確認をとっておいた。彼女の答えはいつも正確だ。
《それで間違いない。しかしそれ以前に……》
相変わらず分割した意識を形にした俺の目の前で、彼女は優雅に椅子に座り足を組んでいる。強く力を使ったように感じた。レダの放つ力が波のように周囲に広がっていく。力の気配から推察するに、聖勇国の"全て"を索敵したのだろう。
その上で黙った。自分の能力を使用しなければ得られない情報に関しては教えてくれないようだ。
「本当に私はあともう少しでルビー級になることができた。龍神様がいれば可能なはずだった。でもそこで天からの使徒と呼ばれるローレライが出てきたの」
「ローレライ……」
土岐とジャックの言葉にもあった存在だ。
「ええ、ちょっとこいつの強さがおかしいのよ」
「おかしい?」
「目の前で見て、何かこう強いのもあるけど、薄気味悪く思えたの」
「ちょっと見てみたい。玲香も見たなら出してくれ」
俺の言葉に、玲香は一瞬戸惑ったようだったが、すぐに【意思疎通】で自分が見た光景をみんなに共有した。
『これ以上は通行止めです』
その男は白い聖衣と思えるようなものを着ていた。それなのに、確かに薄気味悪く思えた。いつも嗤っているような、それでいて泣いているような、そんな不思議な表情で、映像越しに俺を見ている気がした。
『ほお、お前、道路標識か何かか? 違うよな? 命令するなよ。殺すぞ』
南雲さんの怒りが伝わってくる。しかし、玲香が感じたこの感覚が本物なら、この相手はレベル499の状態で手を出してはいけない。
『なるほど、私は道路標識ではありませんが、これ以上進むのはやはり禁止——』
だが南雲さんという人間はそれぐらいでは止まらなかった。
『2度も言わせるなよ』
【転移】で瞬時に距離を0にするとローレライの顔を思いっきり殴った。南雲さんの動作は一瞬のことで、映像越しにローレライが吹き飛び、地面を転がる様子が見えた。さらに素早くローレライの胸に背中に背負っていた大剣を突き刺す。
そのまま心臓まで食い込んで、背中まで貫く。映像越しに見えるその光景は、まるで悪夢のようだった。ローレライはあっという間に息絶え、周囲が静まりかえった。それなのに、
『ちっ』
南雲さんは舌打ちをして、心臓を突き刺されたのに、
『いきなり殺しに来るなんて暴君だとは聞いていましたが、失礼なトカゲですね』
ローレライは平気そうに起き上がり、口にした。
『私がしつけてあげましょうか?』
その瞬間絶望を感じさせるほどのオーラがローレライから溢れ出した。映像で見ててもわかる。これはレベル499でなんとかなる相手じゃない。南雲さんは一瞬の時間も置かなかった。その瞬間、玲香と共に【転移】した。
【意思疎通】から見ることができる映像はそこで途切れた。
「追っては来なかったのか?」
「ええ、幸い見逃してたわね」
《クミカ。【鑑定眼】で映像越しからの情報でもいいから、鑑定してみてくれ》
《畏まりました》
玲香のレベルは499であり、これぐらい高いレベルのものが見て感じた映像を見ると、情報量がかなり多い。実際の人が目で見て感じる情報よりも、はるかに多い情報量が含まれている。
だからクミカの【鑑定眼】で見れば、相手のレベルぐらい分かるんじゃないかと思った。
《どうだ?》
《正確なレベルは分かりませんが、放たれるオーラの情報などを読み解く限り、迦具夜や信長と同じようなレベルのオーラを持っていると思われます。おそらくレベル950は超えているでしょう》
レベル950。思っていた以上に高い。現状で戦いになるレベルではない。そのことだけはわかった。だとすると俺たちも普通にゴールドエリアを支配しようとすれば、南雲さんたちと同じく行き詰まる可能性が高い。
何よりも俺を殺そうとしているはずの伊万里が、俺の時も見逃してくれる保証はない。俺は悩みながらも口を開いた。
「こいつのレベルは950以上とのことだ」
「クミカの情報?」
俺が出した情報に玲香が尋ねてきた。
「ああ、玲香が見て感じ取った情報をクミカが鑑定したんだ。その限りでは、この気味の悪い男、ローレライは迦具夜や信長に迫るオーラを持ってるらしい」
俺は、クミカに影から出てくるように指示を送った。彼女は以前よりは少し人見知りがマシになっている。言われるとすぐに出てきた。
「うん?」
雷神様だけがクミカを知らずに、彼女を鋭く見つめた。
「ご紹介が遅れました。雷神様、この子はクミカと言います」
「お前の従者か?」
「そんなところです」
俺が少し控えめに答えた。クミカの表情には、以前よりも少しだけ自信が見える。雷神様はそれ以上の質問はせず、話を先に進めようとしていた。
「女。ローレライの詳細は分かってるのか?」
雷神様が玲香を見て尋ねた。
「ゴールドエリアを探索して情報は集めはしました。でも残念ですが力をふるっている姿を見たものがいないようです。ただクミカの言葉からもわかってもらえると思いますが、戦うのは無謀と判断して、それを避ける方針を取りました。まあつまりゴールドエリアの探索が完全にストップしてしまいました」
その言葉に米崎が続けた。
「……まあ当然かな。499と950以上、これぐらいのレベル差になると戦いが面白くすらならないよ。僕も玲香君から何度か相談されて答えたけど、日本における龍神様の重要性を考えるにこれ以上危険なことはしてほしくなかった。現状、六条君の帰還を待つのが一番いいというのが僕の結論だったんだ」
「死神の今のレベルはわかる?」
「確か1040だったように思うね」
米崎が口にした。トップランキング1000はこまめに確認しているようだ。
「変わってないんだな」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心は一層重くなった。変わっていないということは俺たちの敵になる可能性が高く、レベルを上げることなく自分の精度を上げることに集中している可能性が高い。
「そうだね。逆にレベルが高い方が良かった。あまりにも実力に開きがあると僕たちのクエストに関わって来れないからね。それにあまりにも向こうが無茶苦茶の対処すれば、我々もそれに合わせて本来なら許されないことも許される」
「死神はやっぱりそのままのレベルなのか?」
「ええ、どうやらそうみたい。聖勇国の支配者である伊万里の許可があれば、死神は伊万里の召喚獣にならずとも、聖勇国に入ることができるのだと思うわ」
「この情報で正しいんだな?」
ゴールドエリアに関わったことのない俺は、ゴールドエリアの支配を完了している米崎に確認した。
「そうだよ。聖勇国の支配者が許可すると、どんなレベルの者でも聖勇国に入国できてしまう。その条件はどこのゴールドエリアでも変わらない。だからこちらは圧倒的に不利になる。君が10年留守にしてる間に伊万里君は育ちに育ちきってしまったというわけだ」
彼の言葉が、俺の心に重く響く。伊万里はまだもっと強くなる可能性を秘めている。真勇者から神勇者になってしまう可能性がある。それを考えると、時間はかけてられない。俺は自分の方針を早く決める必要があった。
「他のルビー級はどんな感じなんだ?」
雷神様が尋ねる。
「この世界はバグみたいに強いルビー級が多いんです。残ったルビー級はどれもレベル800を超えてます。ローレライの他にもレベル900を超えた人間がいるし、ここが本当にゴールドエリアなのかと疑いたくなるほどですよ。そしてその中でも飛び切り面倒なのが【絶対神セラス】です」
「セラス?」
「この存在について南雲から聞いた?」
玲香が俺を見てきたので、俺は首を横に振った。
「玲香から聞いた方がいいと言われたから、聞いてない」
「そう……。どうもこの絶対神セラスなんだけど、本物の真性の神に近い存在なのよ。龍神様がレベルを下げなかったとしても『あれは無理だ』と口にしていたわ」
この世界にはレベルというものがある。それがあまりにも開きすぎると、どんなに天才的な人間でもどうにもならない。その不文律は南雲さんにも適用されるようだ。それにこのゴールドエリアは、ただのエリアではない。
機械神ルルティエラが、究極系の存在を殺すために用意した箱庭である可能性が高い。俺たちが直面するのは、勝ち目のない戦いだとわかった。
「いや、違うか。可能性が0になるようなことはできないはずだよな」
俺は自分に言い聞かせるように口にした。個人的な感情で高レベル探索者が低レベル探索者を殺すことはよくある。だが南雲さんから聞く限り、女神と機械神は、お互いの大事な存在を一方的に殺されたくないはずである。
俺は頭の中で今考えている方法を整理した。ひとつは、ここから出てルビーエリアの学校でレベルを上げて、レベル1000を超えることだ。だがこの方法はダンジョンの平均的なレールに乗った方法で、おそらく相当時間がかかる。
「ルビーエリアよりは、これだけルビー級がいるなら、このままゴールドエリアの支配を広げた方がレベルアップは早いはず。だがそれだと伊万里側に潰されて終わる」
「そこが問題だ」
「だから工夫を凝らさないとな」
「どうするんだい?」
米崎が俺に聞いた。
「これはずっと考えてたことなんだけどな。俺は高レベル探索者が低レベル探索者や一般人を殺そうとする。この状態で一般人が高レベル探索者から殺される運命を回避する方法は、少なくとも個人的努力ではゼロだと思うんだ」
「そりゃそうだ」
「でもダンジョンの中には可能性がゼロであることはしてはいけないという不文律がある。それなのに、それができるケースもあるっていうのは、矛盾してるなって思ったことがあるんだ」
「それは僕も考えたことがあるね。結論は出た?」
「ああ、出た。米崎なら分かってると思うが、その理由は、結局のところその殺人がクエストであるかどうかが一番重要なんだと思う」
「クエストになると成功率ゼロになるようなクエストは出なくなる。逆に言うと可能性をゼロにしてはいけないのはあくまでクエストだけというわけだ」
「つまり伊万里から無茶な接触を受けないですむようにするには、ダンジョンクエストを機械神に申請することが一番だってことになるよな」
「ダンジョンクエストを申請するかい?」
「先に言っておくけど南雲もそれを申請しようとしたのよ。でもどんな条件で申請しようとしても通らなかったの。あなたなら結果は違うかしら?」
南雲さんの言葉では俺はダンジョンに好かれる究極系らしい。それならば結果が変わる可能性は大いにある。そう考え、その時、突然、頭の中に声が響いた。
【ダンジョンクエストが発生しました。通知を受け取りますか?】
その声に驚き、俺は緊張した。こういう時に良いことが起きた試しはない。だが、内容を聞かない選択肢もない。しかし周りに黙って自分だけ聞く理由もないので、俺は【意思疎通】で全員にダンジョンからの声をつないだ。
そしてその状態で受け取りのボタンを押した。
「あまり良くないな」
米崎がボソッと口にした。やめろ。お前の言うことは結構当たるんだから。
【機械神ルルティエラからのダンジョンクエストです。以下の内容となります。受諾するかどうかの返答をください】
女神ではなく機械神か……。ということは女神は俺がここにいるのを知らない? 聞きたくないな。それでも断ったら多分もっと悪くなる。それがわかっていたから、俺は視線を下に動かし、ステータス画面にクエストが表示された。
全員がそれを頭の中で共有しているのを感じた。
【クエスト内容:東堂伊万里の殺害。
期限:六条祐太がレベル999に到達して1週間以内。
参加制限人数:6名。
全体報酬:ルビーコイン3000枚。魅力を除く全ステータス+5000】
その内容を目にした瞬間、俺の心臓が跳ねた。伊万里を殺すという明確な指示。機械神が俺にクエスト発注する理由。
「……」
女神はこちらの味方。機械神は伊万里の味方。その機械神がこんなことを言う。狙いは多分こうしてしまえば俺は伊万里から逃げられなくなる。それと同時に俺にとって行動を制限されることにもつながる。
「はあ」
俺は深いため息をつき、決意を固めるように受諾のボタンに指先を当てた。指先が冷たく感じ、心臓が高鳴る。玲香が驚いた表情で俺を見つめている。
【先にいくつか質問したいがいいか?】
【了】
【このクエスト以外のクエストを後で受けられるか? そして伊万里を殺した後で生き返らせてもいいのか?】
【これ以外のクエストを受けることも、ダンジョン側に申請することもできません。そして伊万里の蘇生はクエスト不達成とみなします】
【もう一つ。このクエストを受諾せずに他のクエストを受けることはできるか?】
【できません。ダンジョンから受けられるクエストは常に1つと決まっています。それは受けても受けなくても変わりません】
「はあ」
俺はもう一度長いため息をついた。
「いいの?」
玲香が心配そうに聞いてくる。
「ああ、押さないと始まらないし、迷う前に押した方がいいと思った」
俺は自分を奮い立たせるように言った。
「……そう」
「それでも死なないように頑張ってみるよ」
俺は言葉に力を込めた。そして承諾のボタンをぐっと深く押した。この時、俺は衝動的にボタンを押した。自分のその行動理由を、俺は後々まで考え続けることになる。その理由が明確にならないまま、進むことを選んだのだ。
伊万里……。
ただもう一度心の中でその名前を呟いた。