作品タイトル不明
第三百四十話 ルビーエリア
「ルビーエリアのガチャって、入り口から離れてるんですか?」
「いえ、それほど離れていませんよ。さすがにストーンエリアのような入り口の脇にあるって訳にはいきませんけど、そこまで時間はかからないと思って良いかと」
「吉祥天様。俺は今、ルビーエリアを本格的に探索する気はないんです。時間をかけてる暇もない。だからできれば入った瞬間に揉め事に巻き込まれるなんてことは避けたいんですけど、大丈夫でしょうか?」
心配の影がちらつく。何かトラブルが起きるのは、できれば避けたい。
「それならご心配なく。ルビーエリアの入り口はそのエリアの特色から、安全な位置に固定されてます。その入り口が危険であったことなど今まで一度もありませんよ」
南雲さんの屋敷を後にした後、吉祥天様が俺を先導しながらルビーエリアのゲートへと飛んでいった。屋敷からの距離は100㎞ほどだが、ルビー級まで来た今となっては、駅近1分という感覚だ。
そして吉祥天様と話しながら、頭の中ではレダとの会話も始めた。
《レダ。聞きたいことがある》
《何だ?》
悪神レダは元々老人の姿をしていたが、今はピンク髪の可愛い女の子の姿をしている。声も魅力的な可愛さがある。しかし、彼女の話し方には老人の特徴が残っていて、俺の中ではなかなか彼女のイメージが変わらない。
レダの姿を少しでも見ることができれば、イメージも変わると思うが、俺の体の中に入ってから今日まで、レダの姿を直接見ることはできていないのだ。イメージが変わらなくて当然だ。
《そういえばそうだったな。これからしゃべる時はお前の中に作った私の部屋に案内してやろう》
《え?》
その瞬間、俺の意識の一部が引き寄せられる感覚がする。次の瞬間、目の前にレダが現れた。レダは豊かな胸とお尻を持ち、かなり女性的な姿をしている。白いテーブルに優雅に足を組んで紅茶を楽しんでいた。
テーブルの周りには、薔薇やラベンダー、マーガレットなど、さまざまな花が咲き乱れ、蝶や小鳥が舞っている。陽光が差し込む中、緑の葉がキラキラと輝き、まるで夢の中にいるような穏やかな雰囲気が漂っていた。
「お、おお」
思わず声が詰まる。こいつどうやって俺の中にこんな空間を造ってるのか。彼女の着ている服は露出が多く、なぜか必要のない緊張を感じてしまう。
「それで何が聞きたいのだ?」
「ああ、えっと、最初に確認しておくがお前は何を聞いても俺に正直に答えてくれるか?」
「愚問だな。私はこの特等席を気に入っている」
レダの言葉と共に、360度の景色が一気に広がる。近くで飛んでいる吉祥天様が、俺に向かって話しかける姿も見えた。なるほど、普段はこうして外の様子を見ているのか。
「こんなにはっきり見てるのかよ」
「そうだ。そして、この場所の宿代はお前の問いに答えること。それを反故にするつもりはない」
「嘘を教えたりは?」
レダが本当に信じられるのか不安になる。
「しないな。だが信じるか信じないかはお前次第だ。ああ、そうそう。お前も飲み物がいるだろう。たっぷりのミルクと砂糖の入った紅茶だ。私は飲み物へのこだわりが強くてな。自家製の茶葉を使用している。なかなか美味だぞ」
「それはどうも」
レダの言葉を聞きながら、鼻を通り抜ける紅茶の香りが心を和ませる。目の前には、美しいピンク髪の女がいる。心の中で考えながら、ふっと現れた紅茶を口に運ぶ。相手は悪神であり、姿も平気で変える。
こちらを騙そうと思えば簡単だ。こんな確認にもきっと意味はないんだろうが、それでも言葉ではっきり聞いておきたかった。
「俺はガチャを回し終わったら、"ダンジョンにクエストの申請"をしたいと思ってる」
「ふむ。自分自身とパーティーメンバーに対する申請か」
俺の考えが自然に彼女に伝わる。普段は意識的に心を読むことは防いでいるようだが、目の前にいるとどうしてもある程度は分かってしまうようだ。
「ああ、それをダンジョンに伝えた場合、機械神は俺の行動に対する対抗策を取ってくると思うか?」
伊万里のためにも、効率よくレベルを上げる必要がある。本来なら、何十年も何百年もかけてレベルアップする。それを早く終わらせたい。そのアクセルを踏む前に聞いておきたい。
「当然取るな」
「機械神が本気で敵となると、そんな申請をした時点で俺の行動が筒抜けになるだろうし、その申請自体が通ることが難しいか?」
「当然の心配だが、お前が申請するクエスト内容が妥当なものであれば、その申請が通らないということはない。それに、直接的に機械神ルルティエラ様が動くことはおそらくない。先ほど南雲も白蓮の言葉を口にしていたことだが、ダンジョンが直接人に関われば、人の可能性はあらゆる面で0になってしまう」
「でも例外はあるんじゃないのか?」
「私の知る限り、機械神が平等の理念から離れたことはない。そして機械神がそれをやめれば女神もそれをやめる。両者の御身はお互いに目指すべき道が違う。直接的にぶつかり合うことになればお互いの利益を損なうなどというものでは済まない。それでも女神ならば逸脱することもあるだろうが、ダンジョンクエストの申請は全て機械神によって管理されている。それが破られるなどということは、お互いにとって何を意味するか、考えずとも答えは出る」
レダの言葉から、機械神の冷徹さが伝わってくる。自分が滅びないために、機械神は人には直接手を出さないのだ。
「そうだ。そうするためにダンジョンクエストというものに対してだけは感情部分を排除している。ただルールによってのみ、ダンジョンクエストは管理運営されている。だからそれを理解している女神のクエストも機械神は受け付けるし、ダンジョンから好かれた者のクエストも受け付ける。可能な限り女神と仲良くしようとしている」
この言葉には、機械神の狙いが隠されている。自己防衛のために、彼らは人間との直接的な関わりを避ける。それは俺たちにとってのチャンスでもある。冷静に考えれば、機械神が位置する場所には、自分自身も破れない絶対的なルールがある。
「じゃあもう1つ。クエストによって誰かの行動に制限をかけることは可能なのか?」
「ダンジョンが手を下す形で直接そのものの体に不利な細工をしろなどというクエストは、たとえ何があっても受け付けられない。ただ外的要因によって相手の邪魔をすることはできる。しかし、その邪魔を相手に与えると、相手がそれを乗り越えた場合、相応の対価を受けることになる」
レダの言葉が、心の奥深くに響いた。過去に経験したこととリンクする。ブロンズエリアに来たばかりの頃、久兵衛に出された『勇者を殺せ』というクエスト。それを伊万里や俺たちが乗り越えたことで、報酬を得て強くなった。
クエストで相手に不利になることを与えられても、同時にそれを乗り越えた者には強大な力を与える。平等であるがゆえにそうしなければいけない。
「正直、伊万里の行動に制限をかける方法があればと思ったんだけど、こうすると余計に強くなりそうだ」
「どうするかはお前の自由だ。お前の選択こそ、私は尊重してあげよう」
レダの言葉には、どこか冷たい響きがある。レダは俺が成功するかどうかに興味はない。貴重な情報をくれる協力者であるが傍観者でもある。
「祐太様。あれがルビーエリアの入り口になります」
吉祥天様の声が、俺の思考を引き戻す。表側の俺が目を向けると、下には緑豊かな森林が広がり、その先に整備された森林公園が見えた。胸の高鳴りを感じながら、俺はルビーエリアのゲートへと飛び降りる準備をした。
炎の翼をたたみ、背の高い樹木が両側に並ぶ土の道をまっすぐ歩き出す。目の前にはルビーエリアのゲートが見えていた。ここはレベル500以上から699までの人間が住むという4区エリアで、このゲートを利用する者は滅多にいない。
人影は見当たらないが、荒れ果てた様子はない。誰かがここをきちんと管理しているかのようだ。
「桜千がきっと管理してるんだろうな」
これほどの木々があり、生命のいぶきを感じるのに、枯葉一枚落ちていない土の道にそんなことを思いながらも、俺はゆっくりと歩を進めた。空からは木漏れ日が降り注ぎ、ほどよく吹いた風が心地よい。
森の緑が目に優しく、時折聞こえる鳥のさえずりが、心を和ませてくれる。心の中に抱えていた不安は、少しずつ薄れていくようだった。時間がかからずに、ルビーエリアへと入るためのゲートの前までたどり着いた。
「ではここまでですね」
「ええ、吉祥天様、お世話になりました」
俺が頭を下げると、吉祥天様は微笑みながら言った。
「どうか気をつけて。ルビーエリアは魅力的な場所ですが、油断は禁物ですから」
吉祥天様が微笑み、去っていくのを見送りながら、俺は自分の決意を新たにする。目の前に広がるルビーエリアのゲート。10年も飛んだせいか随分時間がかかった気がした。
「シャルティー、切江。2人とも中に入ることはできないはずだ。待ってもらっててもいいと言いたいところだが、このエリアであまり長居してて変なちょっかいかけられてもいけない。桃源郷の屋敷で待っていてくれ。終わったらすぐにそっちに向かうから」
「畏まりました。ご主人様もその先はルビーエリアです。ガチャを回されるだけだと思いますが、本当にすぐに出てきた方がいいかと」
「ご主人。俺たちはルビーエリアがどんな場所か知らないけど、ガチャを回すだけで大変な目に遭ったりしないようにしてよ」
「分かってる。クミカもいるし、大丈夫だ」
心配してくる2人に俺がそう口にすると、影の中からクミカがぬるっと姿を現した。
「じゃあ行ってくる」
二人は俺がいなくなるまでその場を立ち去る気はないのか、頭を下げて動きそうにない。その様子に戸惑いつつもクミカを促してルビーエリアのゲートに足を踏み入れた。くぐると空気が変わり、周囲の景色が明るく、鮮やかに色づく。
周囲に美しい街並みが広がっていた。石畳の道が続き、色とりどりのパステルカラーの建物が立ち並んでいる。どこか懐かしさを感じさせる風景だが、それと同時に、異世界の神秘に圧倒される思いもあった。
広い大通りがあり、その奥には高い尖塔を持つ巨大な建物がそびえていた。
「これは……学校か?」
目の前の建物を見つめながら、俺は呟いた。チェック柄の学生服を着た者たちが、その建物の中へと入っていくのが見える。どうやらこのエリアは教育のために設計された場所のようだ。
《祐太様、どうやらルビーエリアは人を超えるために高位種族へと転生した者たちの学校施設を中心に作られたエリアのようです》
クミカの声が俺の心の中に響く。彼女は周囲の人々の心を心眼で読みながら、情報を伝えてくれた。その姿はまた隠れていた。出た瞬間、往来の人の数がとても多かったのだ。人が多いのはクミカが嫌うところである。
先程まで、クミカは敵でもいればいけないと心眼を額に表し、爆眼を左目に出して戦う準備をしていたが、敵よりもクミカにとって恐ろしいたくさんの人の姿に即行で俺の影の中に戻った。
《その中でもここにはルビー幼年学部のエクセリア幼稚園があり、レベル500から599までの探索者が通う学校のようです》
「幼稚園……?」
その言葉に驚きを隠せなかった。まさか、ルビー級になって幼稚園から通うことになるなんて、想像できるわけがない。ダンジョンの厳しい試練を乗り越えてきたのに、教育の場での学びも必要だなんて、なんだか滑稽に思える。
《教育課程は幼年学部、初等学部、中等学部、高等学部、大学部の5つに分かれており、いずれの学校もエクセリアの名前は変わらないようですね。ちなみに幼年学部のエリアだけでブロンズエリア全体の10倍ほどの広さがあるようです》
《ダンジョンの中の広さだけはもう驚かないよ。幼年学部だけで太陽が10個ある感じか。全くどこにそんな土地があるんだ》
クミカの言葉に、俺はその広さを想像しながら呆れを感じる。
《そうですね。広さは学部が上になるごとに倍加し、授業内容は熾烈を極めるようです。卒業の難易度は恐ろしく高い。幼年学部でも、命を落とすことがあるとのこと》
《それでも、ダンジョンをくぐり抜けてきた者たちだから、みんなそれなりに楽しんでいるみたいだな》
周囲の制服を着た探索者たちの表情は明るい。龍の鱗を持つ者や、耳の長い者、猫耳や犬耳の者たち。多種多様だ。彼らは皆、わいわいと楽しそうに話しながら、大通りの奥で待ち構えている学校へと向かっていた。
《きっと、ダンジョンの厳しさを知っているからこそ、学校生活を大切にしているのかもしれませんね》
《幼稚園って感じの建物じゃないな……》
俺が経験している厳しい試練が、彼らにも同じようにある。俺だけが厳しい目にあっているなんてことはない。ここでは等しくみんな命がけか。
「そう思うと、少し安心感を覚えるな」
俺はそう呟きつつ、目の前の大きな建物へと歩み寄った。両脇には白い翼を持った門番らしき者たちが立っている。白い翼を持つ存在を見ると思わず天使様を思い出す。日本の出身者は、あるいは誰でも思い出すかもしれない。
堕天使となった天使。そんな心配の仕方がおかしいのかもしれないが、田中とともに元気にしてるだろうか。あるいはもう二度と会うことはないのか。それを寂しいと感じる自分がいた。
「新顔か?」
声をかけてきたのは、右側に立つ男の門番だった。彼は頬を赤らめながら、俺を見つめている。その視線には好奇心と少しの緊張が混ざっているように感じた。左側には、同じく門番の女がいて、彼女も俺に注目している。
「はい、そうです」
「そうか。かなり優秀そうなやつだな。ひょっとして飛び級か?」
男の門番は、俺の姿をじっと見つめ、興味津々の様子だった。飛び級。その言葉の意味するところは、クミカが俺の瞳を通して相手の男の心を読み続けているからわかった。ルビーエリアにたまに現れる超優秀者。
選ばれた者。幼年学部を超えて、初等学部に入ってしまうもの。そういう飛び級もこの世界にはある。しかし、ルビー級になった半分以上の人間が、この幼年学部すら超えられずに500年の命が終わってしまうそうだ。
「ええ、そうなんですけどね。でもそれ以前にコインもたくさんもらえたので、ガチャを回そうかと」
俺は軽く笑いながら答えた。言葉を聞いた男の門番の顔に自然な笑顔が浮かんだ。
「それなら、ここから進んですぐ右だ。良いガチャであるといいな」
「ありがとうございます」
俺は感謝の意を示すと、門をくぐってそのまま建物の中へと進んでいった。心の中でクミカが静かにしているのを感じながら、周囲の様子を観察する。どうやら門番の男は、俺に対して好意的な感情を抱いているようだ。
《クミカ。どうやら危険はなさそうだ。一旦心を読むのをやめようか》
《了解しました》
建物の中に足を踏み入れると、懐かしい教室の扉が目に入った。横にガラガラと引くタイプの扉だ。そこには【ガチャ室】と書かれている。心臓が高鳴る中、俺はその扉に手をかけて慎重に開けた。
扉が開くと、目の前にはルビーでできたガチャが設置されていた。神々しさを感じるそのガチャは、まるで俺を待っていたかのように輝いている。その光景は、心の奥に眠る期待を一層かき立てた。
さらに、その横にはゴールドガチャも見える。周囲は静かで、他の探索者の姿は見当たらない。クミカの姿も見えないが、どうやら彼女は自分のガチャ専用部屋に入ったのだろう。
男の心を読んだ限りでは、ルビーガチャから、その人専用のガチャ室が用意される仕組みのようだ。だから、各々が全て別の部屋に入ることになり、扉が開いて足を踏み入れた瞬間、俺とクミカは別のガチャ室にいた。
「一人で大丈夫かな……」
まあ、さすがに他に人が入ってこない状況なら、クミカも大丈夫だろうと思った。深呼吸をして心を落ち着けた。ガチャを回し終わったら、またクミカと合流できるはずだ。それよりも、今はまずルビーガチャの前に立った。
教室の照明に照らされてキラキラと輝くそのガチャは、こんな懐かしさを覚える部屋の中にあるのに、神秘的な力を秘めているように見えた。魅惑的な美しさに思わず見とれたが、すぐに心を引き締めた。
これから何が出るのか、どんな報酬が得られるのか、期待と不安が入り混じって胸が高鳴る。俺は自分の手に握られた"ゴールドコイン"を見つめ、その重さを感じながら決意を固めた。まず回すのはゴールドガチャからだ。
そのまま横にすっと移動した。今度はゴールドの光を放つガチャが目の前にあった。ガチャゾーンの中では、その人が資格を持っているガチャの中で、必要なものが現れた。
「行くぞ」
ゴールドガチャにコインを投入した。カランという音が響き、コインが内部に吸い込まれていく。俺の心臓は早鐘のように高鳴り、何か特別なことが起こる予感がした。