軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百三十九話 白蓮話③

「そんなに都合よく行くなら、それに賭けるのもありだ。だが、ダンジョンが壊れないなら、機械神が"究極系"と"人のルルティエラ"が出会うことを止める理由がない。どうやったところで壊れてしまうから機械神は究極系の存在を排除しようとするんだろう」

「わざわざ壊れなきゃいいのに……なんでそんな事態は起きるんでしょう?」

「それは確かに俺もそう思う。だからこそ、白蓮の婆さんはその根本を変える方法を探し続けて、答えを見つけようとしているようだ」

俺はその言葉の先に興味を持った。白いテーブルクロスが敷かれたテーブルの前に座っていた。キャンドルの温かな光が揺れ、周囲の空気を柔らかく包み込んでいる。その光の中で、俺は南雲さんから聞いた信じ難い話の続きを待った。

「白蓮の婆さんはお前がダンジョンに好かれる究極系で間違いないと睨んでる。そしてそのお前を100万年以前の【始まりのゼロ】に送りたいらしい」

その言葉が耳に残る。始まりのゼロ。ダンジョンが現れたこの世界ですら、まるで夢物語のようだ。その始まりに行くということ……南雲さんが続ける。

「それって白蓮様が行くんじゃなくて、俺が行くんですか?」

「そうだ。白蓮様は送り手でな。自分自身が行ってしまうと帰ってくることができなくなるらしい。だから今まで行けなかった。そして誰を送るかをずっと考え続け、それはダンジョンから好かれた究極系がいいと判断した」

俺はその言葉を咀嚼しながら、心の中でさまざまな疑問が渦巻く。

「どうしてですか?」

「その場所にルルティエラがいるとして、何かを調べるにしても、他の誰かでは調べられないからだと言ってたな。始まりのゼロで究極系となるお前が調べる。実際のところそれが一番ベストなのかは確信がないらしい。だから、そこはやってみなきゃ分からんってことだ」

俺はさらに不安が募る。100万年前の地球なんて、俺にはまるで別世界のようだ。そこで何をするというのか? 自分が何を調べる必要があるのか、全く見当もつかない。

「それって地球の過去ですよね?」

「そうみたいだぞ」

「いや、100万年前なんて俺は影も形もないですよ。地球なんてそれこそ原始人が存在するぐらいでしょ? ダンジョンはそんな昔になんの用があるんですか?」

「それが分からないから、それを調べに行くってわけだ」

「まあそうですけど」

俺は思わずため息をついた。

「理解できないことが多いですね」

「ああ、わからんことだらけだ。ただ、人のルルティエラが究極系と出会った場合に起きるというダンジョンの破壊。それだけは俺も回避するべきだと思う」

「はい」

「伊万里はそれを回避する側だ。お前を殺せばそれが達成される。そしてダンジョンのある世界が今ここにある以上、今まで散々ループしてきた中で、勇者は一度としてダンジョンから好かれたもの。その中でも究極系を殺しそこねたことがないということだ」

その言葉は、まるで運命が俺を見つめているかのようだった。

「はは、じゃあ俺はループしたあらゆる世界でことごとく伊万里に殺されてるってことか」

南雲さんは静かに頷いた。伊万里は、何があっても俺を殺そうとする。同時にこの世界を守るために動いている。

「伊万里はループには気付いてないんだろう。何しろ今すぐ起きることじゃない。猶予期間がかなりある。機械神としてはどれだけ繰り返したところで、"自分自身が繰り返していない"のならそれでいいのかもしれん」

今の話を聞く限り、ループする世界の中でも、ルルティエラだけは繰り返していない。機械神はループしても何でもいいから"自分が破壊されない"ように生きている。じゃあ女神は自分が死んでもいいと考えているのか。

俺はため息をついた。この状況は本当に面倒だ。南雲さんが言うように、伊万里が俺を殺すことで世界が守られるのなら、俺の命はどうなってもこの際仕方ない。だがそれは根本の解決になっていない……。

「考えれば考えるほど、頭が痛くなってくるな……」

「ああ、祐太。どうする? お前は伊万里が正気でいたら、大人しく伊万里に殺されるか? それとも白蓮の婆さんの誘いに乗ってみるか?」

「始まりのゼロに行くか、伊万里に殺されるかですか……」

その選択肢は、俺の心を一層重くする。どちらを選んでも、俺の未来は不確かなものになる。南雲さんの言葉が胸に響く。

「俺はお前に始まりのゼロに行ってほしいと思ってる。俺はお前が死ぬのは嫌だ。できれば1000年も生きる長い人生だ。もしかしたらそれ以上になるかもしれない。一緒に生きるダチは気心が知れたやつにしておきたい」

その言葉は、俺の心を温かい光で照らしてくれる。南雲さんは、俺にとって大切な友人だ。彼の期待に応えたいという気持ちがある。

「でもその場合、伊万里が完全に俺の敵になってしまいませんか?」

「なるだろうな。特にゴールドエリアではお前を全力で殺しに来ようとするはずだ。伊万里は決してダンジョンの破壊には賛成しないだろうからな。もしそうなれば、伊万里は死ぬけどお前だけが生き残るという状態になる。伊万里はおそらくそれが嫌なんじゃないか? それに面倒な問題はもう一つある」

「何ですか?」

「始まりのゼロに行くためにはかなり大きなエネルギーを扱う必要があってな。その上、エネルギーに耐えるにはレベル1000を超えたものだけが扱えるようになる神気をまとう必要がある。つまり、始まりのゼロに行くためにはレベル1000を超える必要がある。これはわかるな?」

「はい」

かつてレベル1000を超えることは、果てしない道のりのように感じられた。まさかそれを当たり前の通過地点のように話す日が来るとは思わなかった。これで超えられなかったらバカだ。

「しかし、おそらく女神・ルルティエラはお前がそんなところに行く前、レベル1000を超えた時点でお前と接触をはかってくる。普通、女神という大きい存在と接触するだけでも人は死ぬ。だからどうしてもレベル1000を超える必要があるんだ。そして、お前が正真正銘究極系であった場合、そのままお前が女神に導かれて人のルルティエラと出会えばダンジョンが壊れてしまう」

究極系を殺すことができなかった勇者としての伊万里。そしてダンジョンそのものとも言える女神。この2つの存在をどうにかしなきゃいけない。どちらか一つだけでも無理だが、特に女神はどうにかできる気がしない。

俺には、伊万里をどうにかする手段が見えてこない。考えを巡らせるたびに、頭の中が混乱に包まれていく。溶けかけたソルベの冷たい甘さが、考えを一瞬和らげてくれたが、それでも悩みは消えない。

「伊万里……無理心中なんて、勘弁してほしいですね。ちょっと今、俺は伊万里の何を見てたのか自信をなくしてます」

「まあどれだけ長く付き合っても、他人は理解できないことが多い。俺も未だにババアの最後の行動が理解できんしな」

南雲さんがソルベを下げると、テーブルの上にはチーズとケーキと果物が一斉に現れた。甘い香りが漂い、俺の心も少し軽くなった。

「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」

「紅茶でお願いしていいですか? ミルクと砂糖も入れてください」

「分かった」

俺が図々しく頼んでも、南雲さんは嫌な顔一つせずに用意してくれた。その優しさに心から感謝している。甘い紅茶を飲みながら、何気なくフレンチが美味しかったなと考えていた。

食事が終わって立ち上がると、次の行き先は自然と決まっていた。しかし、歩き始めた瞬間、体のバランスを崩しかけてしまった。すると、南雲さんがすかさず支えてくれた。

「と、やっぱり女の体には慣れないな」

できるだけ女の動きを頭の中にインプットしようと奮闘していたが、やはり元は男だ。思った以上にこの二つの動きは違っていて、気を抜くと簡単にバランスを崩してしまう。

「お前、本当に綺麗な女になりすぎてるぞ。変なのに襲われるなよ」

南雲さんの言葉に、妙に胸がざわつく。女の体に引っ張られているのか、心がざわめく感覚が止まらなかった。

「大丈夫です。元は男ですし」

「お前、魅力また上がってるだろう? 今、幾つだ?」

「90です」

「うわー。80の時でも、俺は女が寄ってきすぎて鬱陶しいと思ったぞ。90なんか、マジで男が発情期の猫みたいに寄ってくるぞ」

「そんなバカな」

そう言いながら、南雲さんの手が俺の尻を撫でていた。触れられる感覚に驚きつつも、俺の表情は驚きから呆れへと変わった。少し身を引こうとしたが、南雲さんの腕がそれを許さなかった。

俺は困惑しながらも、南雲さんの目を見つめた。

「あの……触らないでもらえますか?」

「お前が女になるとなかなかいいぞ」

南雲さんは軽く笑いながら言った。その笑顔には少しの悪びれた様子も感じられない。俺は気恥ずかしさを抑えつつも、南雲さんの自然体な振る舞いに不思議な魅力を感じていた。笑顔が明るく、俺の心の不安を少しだけ和らげてくれる。

南雲さんが近づいてくると、存在がますます際立っていく。思わず目をそらしたくなるほど、魅力的な視線が俺に注がれていた。

こんな感じでこの人、手が早いんだろうなと思いながら、南雲さんが俺の腰を抱き寄せ、そのまま顔に近づいてきた。部屋には他に誰もいない。俺は南雲さんの顔が近づいてくるのを感じながら、サングラス越しの瞳を見つめた。

「冗談ですよね?」

「長く生きてて、やることなくなったらやってみるか?」

「はいはい。それじゃ行きますか。南雲さん、ありがとうございました。本当にいろいろ教えてもらえて助かりました」

南雲さんにあまりエロいことをされないように、さっと離れた。何気にそれもいいかと思ってしまうのが、この体の怖いところだ。女としての経験がない俺には、心の中の複雑な感情を整理するのが難しかった。

「ゴールドエリアでの伊万里の情報は玲香が全部持ってる。あんまり俺がいろいろ言いすぎると、あの女の立場がなくなるからな。俺は俺しかお前に教えられんことだけにしておく」

「はい。ありがとうございます」

再び背中に炎の翼が生えてくる感覚があった。美しい装飾が施された扉を開くと、さわやかな風が頬を撫で、瞬時にシャルティー達が俺の後ろに控えていた。俺は一歩を踏み出し、敷地の石畳の上で靴音を響かせ歩き出した。

建物を振り返ると、南雲さんの姿はもう見えなかった。代わりに、吉祥天様が俺の横に並んでいる。

「南雲からルビーエリアの入り口まで案内するように言われました。もうしばらくお付き合いしますわ」

「助かります」

翼が動いた。羽は赤く輝いていて、次の瞬間、大地から跳ね上がるように空へと舞い上がった。風が髪をなびかせ、自由な感覚が全身を包み込む。南雲さんの家が徐々に小さくなり、やがて視界から消えていった。

翼の炎が明るく輝きながら周囲の空気を温める。空高く舞い上がると、彼方まで広がる青空を背景に、さらなる上空を目指して飛翔を続けた。

《レダ。お前にとって今の話はどうだ?》

《興味深いな。だが私はお前の邪魔をしないよ。私の興味はお前がお前のままに生きるのを見届けたいというその一点に全て注がれている。邪魔をするのは簡単なことだが、そんなことをして自分の楽しみを奪いたくない》

《最後にダンジョンを壊すのはレダたち悪神の役目じゃないのか?》

《どうだろうな。実のところ私も知らなかったことをいくつか白蓮が調べ上げているようだった。白蓮が勇者であることを考えると、そこまで己の束縛から逃れられるものなのか。多少の疑問は残るが、私自身ダンジョンが壊れる時、その場に立って自分がどうなるのかはよくわからんというのが本音だ》

「ご、ご主人様! 速く飛びすぎです!」

シャルティーが声をあげた。振り返ると、彼女の姿が豆粒のように小さく見えた。吉祥天が焦って飛んで何とか近づいてこようとしている。それでも追いつかない。新しく生えた種族スキル【鳳凰飛翔】の効果だ。

飛行することに関してとてつもないバフがかかるのだ。吉祥天様はレベル900を超えてるらしいから、間違っても『待ってくれ』なんて恥ずかしくて言えないようだ。飛ぶことに向いている種族ではないのだろう。追いついてこない。

この体の性能は以前とは比べ物にならない。まだこの体になりたてで、飛ぶ感覚も完全には掴めていないのに、スピード感に飲み込まれていくように、どこまでも速く飛びたくなった。

「ごめん。少し加減するよ」

俺は意識して速度を落とし、ゆっくりと空を舞うことにした。高い空から見る。森林地帯だった。それは緑の絨毯のようで、遠くに見える山々とのコントラストが美しかった。自然の壮大さに心を奪われ、少しだけ不安も忘れられた。

「吉祥天様もすみません」

「ぜ、全然平気ですし」

彼女の反応を見ていると、可愛らしい。南雲さんがこの人のことは本当に好きなんだろうなと思った。吉祥天様の可愛い顔がむくれていた。ちょっと失礼なことになってしまって反省する。

しかし、今の俺には伊万里のことが頭から離れない。伊万里がどんな選択をするのか。あくまでも俺を殺そうとするだろうか。ふと、目を閉じて風を感じながら、そんなことを考え始めた。

空を舞う感覚は自由そのものだが、心に不安が居座っていた。