軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百三十八話 白蓮話②

「その辺は白蓮様もどうなってるか知らんらしいが、機械神と女神はそれぞれ人のルルティエラに別の役目を与えられていると言われてる」

「それは何ですか?」

「機械神はダンジョンが永遠に続いていくようにする役割を持っている。一方、女神は逆に最終的なダンジョンの破壊を頼まれているそうだ。永遠に続くことと破壊。どちらも決して相容れない関係性だ」

その言葉をじっくり噛みしめる。永遠に続くことと、その破壊。どちらかがどちらかを攻撃することは今までなかったのだろうか。どれほどの力を持つ神々であっても、互いに手を出さずにいる理由があるのだろうか。

「ダンジョンってよく今も続いてるんですね」

俺は思わず言ってしまった。南雲さんは頷き、続けた。

「女神が人から頼まれているのは、あくまでも最終的な破壊らしい。途中で壊せなんて言われてない。むしろ、壊すまでは続く方がいいと思ってるようだ」

その言葉を聞いて、俺の頭に一つのイメージが浮かんだ。砂浜で砂の城を築くという行為だ。完璧な形を作り上げた後、そこを壊したくなる衝動。完成したものには、もう何もすることがなく、壊すことで新たな創造を求めるのか。

「理解しにくいですね」

「そうだな、正直何を考えているのやら、俺もよくわからん。しかし、そんな理由から女神は勇者が嫌いだ。見つけたら殺そうとする。ただ、直接手を出すことはしない。そこは機械神と女神で直接、探索者には手を出さないっていう取り決めがあるらしい。何しろ、どちらも自分たちが手を出すと一瞬で何もかも壊してしまうからな。そうなると、勇者もダンジョンから好かれたものも、存在することは一瞬たりともできなくなってしまう」

「なるほど、だから代行手段としてダンジョンクエストがあるわけか」

俺は理解を深めていった。ダンジョンは探索者に挑戦を与え、その結果として成長を促す。しかし、それは同時に互いの最も殺したい相手を殺すためのシステムでもある。2つの神は人から与えられた役目を実行し続けている。

その言葉が頭に妙に響いた。

「そういうことだ。そしてそのクエストは、達成不可能なものを出してはいけないという不文律もできた。ダンジョンがその気になれば、実行できないクエストを出すことは簡単だ。しかし、それをするとお互いの大事な存在がすぐに死んでしまう。それを避けるために、不文律ができたわけだ」

南雲さんは言葉を切ると、再度ワインを口に運んだ。俺もそれに倣って、少しずつワインを味わった。舌の上で広がる甘みが、心を少しだけリラックスさせてくれる。

「大丈夫か?」

南雲さんの優しい声が響く。俺は頷き、少しだけ微笑む。

「はい。先をお願いします」

「ダンジョンクエストで、難易度が高いことをすればするほど、大きな報酬を与えるという仕組みができ上がった。そう考えると、ダンジョンクエストは単なる試練ではなく、双方のバランスを保つための巧妙な仕組みだということが分かる」

「それもお互いにメリットがあるからそうしたんだ」

俺は口にした。

「そうだ。だから、勇者という存在は特別なんだ。ダンジョンに好かれる者が、それを破壊する役目を持っている。だが、彼らが本当に望むのは、単なる破壊ではないのかもしれない。そしてそれは悪神と繋がるものでもある」

南雲さんの言葉が、俺の心に深く響いた。破壊と創造の狭間で揺れ動く存在、それがダンジョンに好かれたものなのかもしれない。それに、ダンジョンクエストが滅多に出ない理由が、なんとなく理解できてきた。

この世界の永続性と最終的な破壊、それに関係のないものはあまり出ないのだろう。そして、だからこそ、俺には頻繁にダンジョンクエストが出るんだ。

「南雲さん、白蓮様は伊万里のことを何て言ってたんですか?」

「伊万里は現状しなければいけないことを『勘違いしている』と言ってたな」

「勘違いですか……」

「そうだ」

「伊万里が俺に関することでということですか?」

俺はさらに訊ねる。

「ああ、そういうことになる。それとこれも気になっているだろうから言っておくが、伊万里は正気らしい。誰かに操られているわけではない。お前と一緒だった時から連続した自分の意思で動いているようだ」

「その伊万里は自分の意志で俺を殺しに来てるんですね? それで間違いないんですね?」

南雲さんの顔に迷いが浮かぶ。何事にもはっきりしている南雲さんらしくない。別の言い方も考えてるように見えたがそれでも言った。

「ああ、伊万里は正気でお前を裏切ったし"殺そうとしてる"」

「そっか。良かった」

俺は心から安堵した。万が一にも、彼女が誰かに操られているなんてことがあったら、俺は絶対にそいつを許せなかった。そんな状態であれば、俺は誰と戦ってでも、伊万里を元の状態に戻すしかないと思ったからだ。

しかし、伊万里が正気であるのなら、無理に戦う必要はない。彼女のしたいようにさせてあげればいい。そう思った瞬間、胸の奥に温かい感情が広がった。10年の遠回りをしたけど、結局伊万里のために死んであげるだけでいいんだ。

そんなシンプルな結論が、俺の心を穏やかにしていく。それならあのまま死んでおいてもよかったかもしれない。

「いや、それでいいんですよ。だって俺は——」

「『伊万里のしたいようにさせてあげればいいだけだから』とか思ってそうだから言っておくがな。それもやめとけ」

南雲さんが言った。俺の思考パターンを見透かされているみたいだった。何気に南雲さんも俺とは違う形で過去の経験が似ているようだし、そのせいで分かってしまうのか。

スープを飲み終わった後、しばらくすると白身魚のポワレがいつのまにか現れていた。

「どうしてですか?」

「俺がお前に死んでほしくないからだ」

南雲さんは言った。その言葉は、嬉しさで胸がいっぱいになるほどだったが、その理由だけでは俺の選択は変わらない。俺には俺の道があるのだから。

「他にもある。ほら、また冷めてしまうぞ、食え」

俺は、南雲さんの優しさを感じながらも、少し戸惑った。

「こんな話の時に言われてもな」

フィッシュスプーンを握りしめ、目の前の美しい白身魚に視線を移した。きっと一流のシェフが料理してくれているのだろう。皮がパリッと焼かれ、魚の肉は新鮮で、甘いソースが口の中に広がった。思わず、料理の感想を口にする。

「……美味しい」

南雲さんも頷きながら、俺の反応を楽しんでいるようだった。南雲さんの優しい笑顔を見て、少し安心感が広がった。料理の美味しさが、緊張を和らげてくれるような気がした。再び俺のグラスに白ワインを注ぎながら、南雲さんは続けた。

「先に断っておくが、俺もあの白蓮の婆さんをどこまで信じていいのかわからん。だが、嘘をついてるとも思えなかった。その上で言うぞ。婆さんの話だとな。伊万里は勘違いをしているらしい」

「それをさっきも言ってましたよね? それって大事なことなんですか? もしかして伊万里が正気だけど騙されてるとか?」

「思考誘導的なものはあるのかもしれん。婆さんの予測では、伊万里はお前を救うには殺すしかないと思っている。でも、思考誘導とも言い切れないところがある。何しろ、それぐらいお前が生きているとダンジョンが破壊される可能性はかなり高く、お前はダンジョンに好かれている"究極系"なんじゃないかと、白蓮の婆さんも思っているらしい」

「どうして俺なんですか?」

何度も言っているが、俺はルルティエラなんて知らないし、自分が人とは違う特別な存在であるという感覚も持ったことがない。どちらかと言えば、平均以下の存在だ。学校の成績も大して良くなかったし、運動もそこまで得意じゃない。

筋トレはしていたから、基礎体力は平均よりは上だが、それもトップレベルの中学生に勝てるほどではなかった。嫌なことをされても、それをはっきり否定することもできず、クラスに一人はいる虐げられる側の人間だ。

「本当に、何度も口にしてるけど、俺は特別じゃない。ダンジョンみたいな不思議な存在と会ったこともないし、ただの普通の一人だと思うんですけど」

「だろうな」

南雲さんもそんなことは百も承知だと頷いた。

「それでもお前が特別とされる理由はあるんだ」

「どんな理由ですか?」

「どうも婆さん曰く、女神の反応がそれらしい。やはり、お前のような極端なレベルアップは機械神では起きないし、女神以外では考えられない。特にお前は極端すぎる。たった1年ほどでレベル650だ。特に"お前にとっての"ここ数ヶ月のレベルアップはもはや異常だ」

「それは確かに……」

五郎座衆のクエストが終わったあたりからの俺のレベルアップの速度は、常識を逸脱している。

「加えて、ルビー級で最も死ににくいとも言われる鳳凰だ。そしてお前の周囲もガチガチだ。お前が10年いなかったのもこうなってくると、お前の信用できる仲間が、お前と同じようにレベルアップできる期間まで設けたとしか思えない。お前の仲間は全員ルビー級のトップランカー。俺が言うのもなんだが、ルビー級になるってのは結構難しいんだぜ」

その言葉を聞くと、確かにそうかもしれないと思った。ルビー級を超えることができるのは地球の中で1000人。その数字は多く思えるが、ダンジョンに何十億人も挑戦して、その中の1000人だ。

さらに、ルビー級のトップランカーとなると、50人もいない。

「他の人たちはレベルが上がってないんですか?」

「レベルが上がっているには上がっている。ただ、お前の周囲の人間以外は、レベルの上がり方が落ち着いてきている。そもそもお前はルルティエラからの好かれ方が壊れてる」

自分だけが異常に突出しているというのは、何とも言えない気持ちだった。ある程度ならばいいだろうが、ある程度を超えている場合、異常者だ。周囲の仲間たちが10年かけて一生懸命成長したのに、帰ってきただけの自分が……。

「……何なんでしょうね」

「難しいな。いろいろ推論が立てられるが、ただの想像の域を出ない。ともかく、伊万里はお前をそういう運命から解き放つには殺すしかないと考えてるようだ。おまけに伊万里のパーティー仲間はローレライと死神らしい」

「それはまた……」

言葉が詰まる。ローレライが何者かは知らないが、死神にはとてつもなく苦手意識があった。

「まあ肉でも食え」

南雲さんが再び料理を入れ替えてくれた。やはり一流の料理人がいるのだろう。まるで美術品のように美しく盛り付けられ、皿の中央には、柔らかい肉が、完璧な焼き加減で乗っていた。

外側がこんがりと香ばしい焼き色を帯び、内側はジューシーでしっとりとしたピンク色。ナイフを入れると、肉汁が溢れ出す。香ばしい香りのソースが全体を包み込み、一口頬張ると、肉の豊かな風味が口の中で広がった。

「あっ」

肉料理に合うようにしたのだろう。いつのまにか白ワインから赤ワインに変わっていた。深い赤色の液体がグラスの中で揺れ、どこか妖艶な雰囲気を醸し出している。

「こんなにされたら最後の晩餐かと思っちゃいますよ」

「帰還記念に大人数でパーと宴会ってのも考えたんだけどな。よく考えたら俺はそういうのが苦手だった。それよりは最高にうまい料理を気の許せるやつと2人で食べる方が好きだ」

「俺もです」

そう答えた瞬間、心のどこかが温かくなった。

「祐太。俺でも死神……コシチェイの爺さんだけは、苦手だ。本気で命を狙っている相手をどうやってでも確実に殺しに来る。俺もレベルが下がった状態じゃ近づいただけで死ぬイメージしか湧かなかった。お前も、いくら転生で鳳凰になれたと言っても、迂闊にあのクソ爺にだけは近づくなよ」

「わかってます。そもそも俺は死神の【呪怨】でどれだけ苦しめられたか」

あの呪いによって、10年も未来に飛ぶ羽目になった。自分で決めたこととはいえ、10年も先に行くのかと考えた時の孤独感と恐怖が、今でも心の奥に影を落としている。

「まあそうだよな。あの爺さんへの警戒心は、俺よりお前の方が大きいかもな」

南雲さんが言った。そして、落ち着いた仕草で赤ワインを飲み干すと、話の続きを始めた。

「白蓮様が伊万里は勘違いしてると言っていた件だがな」

「はい」

「おそらく伊万里は、お前を殺した後自分も死ぬつもりだ」

「それは……」

「そしてそれは無意味だ」

南雲さんは冷静に言った。その言葉には、確かな意志が込められていた。

「確かにそうですね。でも、伊万里が死ぬことを防ぐのは、俺が死んだ後じゃできないし、俺を殺した後伊万里が死なないように何とか南雲さんが止めてくれませんか?」

「違う違う。二人とも死んだら無意味とかそういうことを言ってるんじゃない。そもそも“お前が死んだところで無意味だ”と言ってるんだ」

その言葉が、俺の心に強く響いた。無意味という言葉が、まるで暗闇の中で真実の光を照らすようだった。生きる意味、死ぬ意味、全てが揺らぐような感覚に陥る。

「でも、それでダンジョンが破壊されることは回避される可能性は高いんですよね?」

「それはそうだ。お前が死ねばダンジョンの破壊は回避される。ただ、婆さんはこうも口にしていた」

南雲さんが続ける。

「『どうもこの世界は少なくとも一度はループしているようなのじゃ』ってな」

「ループ?」

俺は混乱した。何を言っているのか理解できなかった。この世界がループしている? まさかタイムリープ的なものなのか?

「ああ、人のルルティエラ。それはどうもダンジョンに好かれた究極系を求め続けているらしい。そしてその求めは、これから先のどこかで終わる。終われば、ルルティエラは再び究極系に出会うためにダンジョンの時間を巻き戻してしまうらしい」

「それはまたどうして?」

俺は疑問を口にした。なぜ、ダンジョンがそんなことをするのか。全てが繋がっていないような気がして、頭の中が混乱していた。

「ここから先、どこまで先かは白蓮の婆さんにも正確にはわからない。ただ、100万年以上先ということはないだろうとのことだ」

「100万年……」

体感では理解しにくい時間だ。そんなに長い間、何を繰り返しているのか、考えるだけで気が遠くなりそうだ。

「そしてループさせるのがどこまで過去かは、100万年以上過去ということまでしかわかっていない。100万年以上過去なのは、婆さんがダンジョンの中で100万年前の遺跡を見つけたかららしい。そして100万年以上未来なのは、ダンジョン内での科学の発達具合を婆さんが、ダンジョンがない場合のパターンで、地球の未来予測をしてどこまで先に行けば、ダンジョンと同等レベルの科学技術になるのかを計測して導き出した答えらしい」

「なるほど……」

俺はようやく理解し始めた。

「ルルティエラはおそらく過去未来合わせて200万年以上の時間を少なくとも一度はループさせている」

「南雲さん。そして今はそのちょうど中間地点ぐらいなんですね。ルルティエラが究極系を求めているのだとしたら、中間地点にこそ究極系がいる可能性は高い」

「お前はやっぱり察しがいい」

だが、思考が深まるにつれ、なぜそんなとてつもない苦労をして、果てしなくそのようなことを繰り返しているのか。俺の頭の中は、疑問でいっぱいだった。

「全ては人のルルティエラが求める存在と出会うためらしい。出会ってしまえばダンジョンは壊れる。婆さんの話では、ダンジョンはそのために創られ、究極系に出会えばその役目を終わってしまう」

南雲さんの言葉が、軽いようで重い。俺はその意味を噛みしめることに苦労した。

「……つまり、人のルルティエラは、もしも俺がその求める人物だったら、俺と出会った瞬間ダンジョンを壊してしまうということですか?」

「それに似たことが起きると婆さんは考えている」

「俺が『そんなことをしないでくれ』とお願いしたら?」

その瞬間、少しの希望を感じた。自分が今の言葉を口にするだけで、世界が救われる可能性があるのなら、何とかする方法があるのではないかと思った。