作品タイトル不明
第三百三十一話 女子
【千年郷】の7区にあるブロンズエリアの入り口の前に到着する。結構な人混みで驚いた。それだけブロンズ級も増えたということだ。これだけ探索者が優遇される世の中で、探索者になろうとする絶対数も多くなっている。
そんな中で一際自分の容姿が目立つ。それだけは自覚できた。自分の顔であって自分の顔ではないような美しさ。それだけに自分の顔がどれぐらい異次元に見事な容姿なのか、いつも他人ごとのように見てしまう。
【性別改変薬】の服用前なら女の人に顔を見られるのがチラチラと男の人から見られる。男から赤面しながら見られることに満更でもないと感じ、多少は精神が女の体に引っ張られているのを感じた。それでもこの姿になって正解だった。
綺麗すぎて男はビビって近づいてこない。若い女が近づいてくる理由となる"とある宗教の神様的な何か"でもない。誰も男だとも思わず、俺はこれなら大丈夫だと改めて安心して、ブロンズエリアへの入り口をくぐった。
いつも通りの違和感の後、大八洲国の本州に出た。ブロンズのガチャ屋敷と天照が住んでいるという 高天原(たかあまがはら) の空飛ぶ島が見え、そこまで大人しくついてきていた 桜千(おうせん) が、
「主様。管理人の私は【千年郷】からあまり離れすぎることができません。私はここまでです」
綺麗な礼をしてくる。
「おかげで助かったよ」
多少困ったことをやらかしてくれた桜千だったが、全ては俺を思ってのことだし、間違いなく今無事にここに立っていられるのも桜千のおかげだ。
「主様に私がすることで礼を述べてもらうことなど一切ございません。私はそのために造り出されたからくりなのですから。それで、引き続き【千年郷】を運営していく上で、ご指示などはございますか?」
「ポーションのこととか南雲さんも連れて後でもう一度話しにいくよ。だからまたすぐに帰るから、今まで通りやってきたことを継続してくれたら十分だ」
必死になってこれまで大人たちが考え実行してきた【千年郷】の運営方針に、俺が口出しすることなどない。あるとすれば幸運にも【千年郷】の所持者となったものとして、サポートできることをするだけだ。
「畏まりました。ではお帰りをいつも心よりお待ち申し上げております」
優雅に一礼する桜千に見送られ俺とそれについてきているシャルティーと切江を連れて【転移駅】に向かい、今度は本州から桃源郷に渡る。桃源郷に着くと湯の華の匂いと見慣れた温泉街に帰ってきたことを実感する。
「ここに来るととりあえず温泉で一服してから動きたくなるな」
「ここのお屋敷に1日だけでも逗留されますか?」
「それはいい考えだよ。ご主人。シャルティーと2人でお世話させてもらおうか?」
「魅力的だけど今はやめておくよ。あんまりのんびりしてると千代さんや美鈴たちが帰ってくる。そうしたらまた何日か泊まりたくなってしまいそうだ。それに千代さんと雷神様はあまり仲が良くない。鉢合わせて揉められても困る」
俺がそう言うと確かにその二人の争いは怖そうだと思ったのかそれ以上何も言わず、俺が空中に浮かび上がると一緒に飛んでついてくる。シャルティーたちのペースにも合わせて1時間ほどだろうか。
富士山をさらに大きくしたような高い山を抜けて、岩石砂漠の地帯に出て、桃源郷でも開発されていない場所にある巨大な黒い輪っかが見えてきた。
「なんかあの輪っかも懐かしいな」
「そうですわね。ここではずいぶんいろいろありましたものね」
「5層でご主人に仕えることが決まって、俺の新たな人生は始まったようなものだし」
3人で感慨にふける。五郎座衆討伐クエスト。今のレベルですら桃源郷中に散らばった五郎座衆を討伐することは困難を極める。実際、大八洲国の武官はその問題をどうしてもクリアできずに、五郎座衆にいいようにされていた。
この上、バックに迦具夜なんて化け物がいたことを考えるとよく達成できたものである。
「……誰かいるな。こっちを見てる」
巨大な黒い湖にも見える場所に誰かが立っていた。近づくほどにその姿がはっきりしてくる。足元まで届くほど長い黒髪の女の子。桜の花が咲いたような可愛い女の子がいて首をかしげた。その割に魂を見ると転生した強者だとわかる。
「2人とも誰かわかる?」
俺の知らない人なので、シャルティーと切江に聞く。手を振る姿はどう見ても俺たちを呼んでいた。
「南雲様の後宮、序列1位の吉祥天様ですわ。弁財天様と姉妹の契りをかわしていると言われるお方です」
「ご主人。大八洲国の最高位貴族だよ」
シャルティーと切江の順番で答えてくれた。
「強く見えるのはそのせいか……」
俺の知る弁財天よりも強く見える。さすが南雲さんのところで1位になる女の人だけある。見た目のまま可愛い女の子と思って相手をしたら、かなり失礼になる。どんどんと近づいて目の前で荒野の岩石地帯である地面に降りた。
「初めまして、えっと後ろの2人はシャルティーと切江でしたね。それで、あなたは六条祐太様の関係者ですか?」
不思議そうに女の子が口にした。なぜこんなことを聞くのかと一瞬思うが、自分が女の姿であることを思い出す。
「ああ、ええ、まあ、ははは……」
ゴールド級にまでなって、いつまでも南雲さんから借りてる【天変の指輪】に頼るのもどうかと思う。だから自前で完全に姿を変えられる【性別改変薬】を使用したわけだが、真剣に聞かれるとどうにもバツが悪くなった。
「よかった。私は吉祥天と申します。弁財天お姉様と姉妹の契りをかわしておりますの。それで祐太様のお迎えを任されているのですが、ご本人はどこにおられるのですか?」
「えっと、ああ……お、俺が本人ですよ」
【性別改変薬】はどうやらすこぶる性能はいいようで、大八洲国の最高位貴族ですらこちらの本当の姿は見えないようだ。それは嬉しいのだが、相手の方が立場は上であり怒られないかと心配になった。
「女性……ですよね?」
吉祥天様はばっちりお目々をぱちくりさせた。
「ええ、これは、その、国元側の事情があってちょっと姿を変えているというか何というか。あの、別にふざけてるわけじゃなくて、こっちの方が色々と面倒がないので」
「ああ、なるほど。六条様は今のところ死んだことになってるんですよね。友禅からそれは聞いていました。それって、ひょっとして【性別改変薬】ですか?」
「おお、せ、正解です。俺が生きてることはまだ秘密なんですよ。だからこの姿になってるんです。別にふざけてるわけじゃないんですよ」
「畏まりましたわ。ふふ、でも面白そう。きっとお姉様が見たら驚くわ。それに友禅も」
「おお」
よかった。冗談の通じる人だ。
「大丈夫。私笑いは分かる女ですよ」
どうやら気を使う必要はないようだ。ぎゅっとする姿が可愛い。
「よかった。怒られるかと思った。実は2人の反応が俺も面白そうだって思うんですよね」
「ふふ、六条様はもっと真面目な方だと聞いていましたが、趣味が合いそうです。お姉様のところで話が終わったら、友禅のところにも私が案内しますね」
花のように笑う女の子だった。ただこちらに興味がある感じではない。そういうのは魂のゆらぎでわかる。南雲さんの言葉が出た時に、この子の魂は一番反応してる。本当に南雲さんのことが好きなんだな。
「ところで序列1位って南雲さんの奥さんか何かですか?」
「まあ、六条様は嬉しいことを言ってくださるのですね。いずれそうなるつもりなのですけど、今のところまだ。友禅も他のことが忙しくてなかなか結婚などしてられないのです。この調子だとあと10年ぐらい先になるかもです」
「それはまた残念ですね」
「六条様。友禅ったら私のことより、あなたの話をしている方が多いんですよ。私と寝ててもあなたの話をしょっちゅうしてます。最近は特にひどいんです。ですから反応を楽しむのは面白いのでいいのですが、間違ってもその体で誘惑しようとしたりしないでくださいね」
「し、しませんよ。俺、男は無理だし」
多分この姿を何年も取れば、男の方にも興味がわいてくる。そんな感覚はする。しかしやはり男である時の記憶の方が強い。いくら精神が体に引っ張られると言っても、男として生きてきた年月が、男を求める思考には向かわせなかった。
「なら良いのですが若干心配です。友禅に言い寄られると大抵の女の人がコロッと行っちゃうんですよね。それなのに友禅はダンジョンの中で人を助けてばかり、それでも男は今までそんなに仲良くなることなかったのですが、あなたのことは特別大事にしていますもの。もうすぐ帰ってくるってここ1週間は明らかにソワソワしてましたし、それが女の姿なんかで現れたら危険ですわ」
「えっと、南雲さんのところに行く前に男に戻りましょうか?」
「いえいえ、友禅のあなたを見た時の反応を私も見てみたいです。それは面白そうですものね」
「まあそうですね」
この人も大八洲国の最高位貴族となれば、相当な長生きであり、人生への達観を何度もしている。そういう貴族たちは面白さも大事にしているらしい。そんなことを弁財天と繋がった時に聞いたことがあった。
なんでも、そうしないと貴族の長い人生には色がなくなってしまうそうだ。それは迦具夜が行った悪事でも変わらず、良くも悪くも大八洲国は善悪に対する許容幅が広いのだ。どちらでも滅多なことではお咎めを受けない。
だがそれとは対照的に、地球では考えられないほど許容範囲が狭い内容もある。それは弱いこと。そしてやる気がないこと。前者は容赦なく下層に落とされるし、後者は罪に問われる。ことによっては処刑されることもある。
弁財天曰く、
『必ずしも強さだけでなくても良い。でも何かを前に進めようとする気持ち。それがないとこの国では嫌われるのよ。私だと強くなるのはやめちゃったけど音楽とかね』
と言っていた。無気力こそ最大の罪か……。それを聞いてダンジョンが現れる前と真逆の価値観のように思えたのを覚えている。
「どうかいたしました?」
「ああ、いえ、ちょっと考え込んでしまいました」
「まあそうですの? 何かお悩みですか?」
「いえいえ大丈夫です」
「なら、ご案内しますね。くれぐれも、友禅のところでは誘惑しないようによろしくお願いしますよ」
「しませんって」
吉祥天さんは本当に心配しているようだった。いくらなんでも男の俺に南雲さんが惚れるわけないだろうに、この人も変な心配をするものだ。ともかくそのまま案内されて俺は巨大な黒い輪っかをくぐった。
少しの違和感の後、5層だと足から出るが、1層だと頭から出て行くことになる。足から入ったのに頭から出ることに違和感を感じる。閉じていた目を開いた。周囲には豊かな自然あふれる野山が広がっていた。
少し離れた場所に海も見える。そのまま吉祥天は空に浮かび上がり、かなり高い山が見えた。俺たちが出てきたのは広大な森林地帯の中央だった。緑色の絨毯がどこまでも遠くに続いている。ただ黙って自生する樹木。
それを見つめながら吉祥天が先に飛び出し、俺もそれについていく。そこを抜けるとコバルトブルーの湖が広がっていて、吉祥天が指さした高い山はロッキー山脈のように連なっていた。
「ここに弁財天が?」
山脈に沿ってさらにどんどん上昇して、吉祥天に続いて一気にその山を飛び越えていく。山の上の方は吹雪いていた。若干寒いと思ったので体温を高めに調節する。後ろにはシャルティーと切江も黙ってついてきていた。
超えるとその高い山は巨大な円になるように連なっていた。中央部分が広大な盆地となっており、水はけを考えてか不自然なほどぽっかりと一つだけ山がなくて海へと続いていた。
「はい。桃源郷1層となります。まだお姉様は神となられたばかりでサファイアエリアにいることも多く、住まいの建設はなかなか進んでいないのですけどね。忙しいお姉様に変わって私が少しずつ、要望を聞きながら建設しているのですが、個人的にはまだ納得がいってません」
「そうなんだ」
「はい。ただ、六条祐太様に気に入ってもらう場所にしたい。お姉様はそれだけなのですけどね」
「俺のためにこれを……」
「そうですよ。お姉様自身はあまり済む場所にこだわりはないようなので」
自然をそのまま動かすことができる大八洲国の技術力は改めてすごいと思う。たった一人のためにロッキー山脈よりも巨大な山々まで造ってしまう。その中央に城が建設されていた。かなり大きなものだ。大八洲国にある城としては珍しく、西洋ゴシック様式の城だ。
「すごく立派なものですね」
「そう言ってもらえて嬉しいですわ。私は最近神様となられたお姉様の住まいを少しでも華やかなものにしたくて、毎日そのことばかり考えているのです。ですが正直、お姉様が住む場所としては、まだ不細工なんですよね。もっと綺麗に整えようと今模索中です」
十分すごいと思うけどな。人の努力に水を差すのもどうかと思いその言葉は呑み込んだ。広い庭園に虹を作る大きな噴水と色とりどりの花が咲き乱れる。大八洲国はどこも和風建築ばかりの印象だったが、完全な西洋だ。
「大八洲国って和式ばっかりかと思ってたけどそうでもないんだ」
「いえ、大八洲国は何でも和式ばっかりですよ。この建物は祐太様が洋式の方が好まれると聞いたから、『そういうのにして』って言われたからそうしてます。西洋のことは私も全然知らないから、現在勉強中ですの」
「でも、何で俺に合わせたの?」
不思議で首を傾げた。迦具夜ならそうするのも理解できる。しかし弁財天とは後々も関係は続くのだろうなとは思ったが、夫というわけではない。結婚しているわけでもない相手にそんな趣味まで合わせるものだろうか。
住む場所など自分が好きなように建築すればいいじゃないか。まあ弁財天はとことんまで男に尽くして、最終的に相手がダメになるまで尽くすと言ってはいたが、これはその片鱗なのだろうか? だとすると確かに若干の重さは感じる。
「それは……ああ、そうですね。よく考えたらお姉様、あの時点で別れたのなら何も祐太様ご存知ない?」
「何が?」
話がながらも地面に着地する。探索者の移動能力である。どれだけ広くても到着するのは早かった。庭園の長い芝生の道を歩いて行く。そうすると玄関が見えてきた。ここからでも玄関の扉が開いたのがわかる。
きっと吉祥天が【意思疎通】で到着を知らせたのだろう。
赤いドレスを着た美しい女性。弁財天が出てくる。重いところはあるけどやはり特別に綺麗な人だ。城に合わせたドレス姿。すぐにでも抱きしめたくなる。ただ気になることがあった。弁財天の後ろに10歳ぐらいの子供が2人いた。
「まあ詳しくはお姉様から直接聞いた方が早いと思います」
「それはそうだろうけど、あの子供達は?」
弁財天とどこか似た雰囲気だなと思った。男の子と女の子だ。2人とも洋服を着て、かなり顔立ちが整った子供だと思えた。昔CMで見たエヴィーの子供の頃の姿と比べても遜色がない。それぐらい可愛い二人だ。
「それも知らないのですね……ふふ」
なぜか吉祥天様は楽しそうだが、
「「あっ」」
従者として控えて黙っていたシャルティー達が急に声をあげた。
「どうした?」
「あの、いえ、祐太様。父親が女は……」
「ああ……ご主人。ごめん。事前に言っておくべきだった」
「ふふ、分かってされてるのかと思いました」
シャルティーと切江がなぜか焦っている。吉祥天はそれでも笑ってる。俺の女の姿がまずい……。弁財天って男のすることを何でも受け入れてしまう女の人だった印象がある。
「弁財天がそんなに怒るとは思えないけどな」
「いえ、ご主人様! 子供ですわ!」
「子供……」
子供、子供、子供って何? 一瞬何を言われたのかと女のまま首をかしげる。しかし性能のいい頭は万が一の可能性に気づく。今まで弁財天ばかり見ていたのに、完全に視線が男の子と女の子に注がれてしまう。子供……誰の?
《レダ。何のこと?》
《状況から考えれば答えは一つしかあるまい。私に尋ねるまでもないと思うが、あの2人はどう見ても10歳ぐらいであろう》
《……は?》
身に覚えはありすぎる。ありすぎるぐらいありすぎる。だからってそういうことなの?
「まさか俺の子供なの?」
「それ以外何がありますの」
いたずらに成功したと言いたげに吉祥天が笑い出した。
「マジで俺の子供?」
シャルティーと切江にも確認する。2人が激しくコクコクと頷いた。
「ええ……」
それならもうちょっと心の準備がしたい。むしろちゃんと先に言ってくれ。そういえば何か楽しそうにしていたジャックの姿を思い出す。己、ジャックめ。まだ2段目があったのかよ。面白がって事前に言わないのこれはひどくない?
しゃべりながらも玄関までそこまで時間はかからない。俺は奇妙な汗が背中に流れてくる。何だろうこの変な緊張は。混乱しながらも、弁財天の顔が見えてきて俺は手を上げた。そして弁財天が戸惑ったように首を傾げる。
《おかえりなさい祐太君。あの、その姿は?》
弁財天はさすがに俺が誰かすぐに分かったようだ。
「ああ……」
俺、今、女の子だったわ……。