作品タイトル不明
第三百三十二話 父上
《弁財天、これは違うんだ。俺は日本で死んだことになってるから、伊万里のことが終わるまでは、それを続けるつもりでいるんだ……》
《ああ……》
「母上、この美しい女性は誰ですか?」
男の子が赤面しながら緊張した声で尋ねてくる。
「祐希、そんなことより、父上のことを聞いてよ。母上! 父上に会えるんじゃないの!?」
「え、ええ……」
そもそも状況がよくわからない。なんか俺いつの間にか父親なのか? 父親だとするとさすがに女の姿で現れるのは、子供にとってショックが大きすぎるだろう。俺が焦って戸惑っていると、
《祐太君、大丈夫だから、まずこれを見て》
不意に弁財天から情報が流れ込んできた。それを受けて俺は理解した。
「な、なるほど……」
本当に父親になっていたんだ……。どうしてこうなったのか、状況がわかっても受け入れるのは簡単じゃない。深呼吸をして、どう対処するのが一番いいか考えてみる。どうやら知らぬ間に2児の父になっていたらしい。
男の子は幼名・祐希丸。俺の名前の一部を受け継いだらしい。 女の子は幼名・玉姫。弁財天の幼名から名付けられたようだ。大八洲国では、貴族の子供は15歳まで幼名を使うらしい。祐希丸はかなりのイケメンで、玉姫も可愛い。
そして俺は女の姿をしている。
もういっそ【転移】してやり直すか。でも男に戻っても基本は変わらないんだからバレるよな。いや、バレないか。さすがに女から男になるとは思ってないだろう。今ならまだ格好良い父としてやり直せる。
《どう思う!?》
内心で焦りながら弁財天に問いかけた。10年ぶりの再会なのに、ロマンチックな雰囲気は全くない。たった7歳しか違わない子供たちの前で、焦っている自分が恥ずかしい。
《祐太君。2人には祐太君の事情を話してあるの。祐太君が死んだことになっていることも理解しているから、出直さなくても大丈夫、私がちゃんと説明するから安心して》
《そうなの?》
《それより、私があなたの許可も取らずに2人の子供を産んでしまったこと、怒ってない?》
《それは——》
言われた瞬間、反射的に頭の中で思考が加速した。この応えはかなり重要に思えたのだ。レダとクミカにも相談して、自分がそのことに対してどう考えているのか。後で余計なことをごちゃごちゃ思わないか。
俺は意外とその場は良くても後でごちゃごちゃ引きずる方だ。
だからしっかり考えてから結論を出した。その結果、実際には1分ぐらい経ってしまったと思う。弁財天が不安そうに俺を見ていた。母親がそんな顔をするものだから、俺が誰か知らなくても2人の子供も不安そうに見てくる。
《ごめん。待たせた。ちゃんと考えてから言おうと思って》
《い、いいの。その、やっぱり怒ってる?》
《あ、いやいや、そうじゃないんだ。ただ、軽い感じで応えることじゃないと思っただけなんだ。聞かれたこと一生懸命考えてみたんだけど、俺は自分に子供ができることなんてどれだけ考えても、まともなことは言えそうにないなって思った。それでも、色々考えた上で言うよ》
《え、ええ》
《弁財天。俺は全然怒ってない。むしろ嬉しい》
《よ、よかったー。嫌われちゃったかと思って生きた心地がしなかったわ》
《はは、ごめん》
《じゃあちゃんと2人に父親を紹介するわね》
いや、じゃなくて、それ以前の問題として、
「祐希丸、玉姫。父上の事情は話しましたね?」
今の俺が女であることをごまかしたいのだけど弁財天はそれを気にせず話し始めた。
「はい! レベル400で神を退けたすごい方なんですよね!」
「そこではなくて」
「祐希のバカ。母上、私ちゃんと覚えてます。父上は今事情があって死んだことになっているんですよね」
「あ、そのことなら俺だってちゃんと覚えてるよ!」
「二人とも賢い。父上は今、事情があって姿を偽られているの。ですからこの綺麗な女の方が父上よ」
「「えっ!?」」
二人の驚いた顔を見て、俺もそりゃそういう顔になるよと思った。だから、さっさと【性別改変薬】をもう一度飲むことにした。
「——は、ははっ」
体が女から男に戻り、引きつった笑いが浮かぶ。俺は親になったことがないから、こういう時、何を言えばいいのか全く分からない。
「ごめん。改めて2人の父親になる六条祐太だよ。いきなり言われてもよくわからないと思うけど……」
「あ、あの、綺麗なお姉さんがこの超イケメン……」
祐希丸は混乱しているようだ。
「えっと、以前ほど会えないことはないと思うから、また様子を見に来てもいいかな?」
「もちろんです!」
「私、双子の姉の玉姫9歳です。父上、その、会いたかったです!」
「お、俺も会いたかったから! 双子の弟の祐希丸9歳です!」
「えっと、改めてよろしく。君たちのお父さんだよ」
今、この状況に実感がない。赤ん坊から見てたらもう少し実感があったかもしれないが、いきなり9歳の子供が目の前にいる。育てた記憶もないのに、成長している。俺は16歳で、普通に考えたら6歳か7歳でできた子供だ。
大八洲国でも、探索者になれるのは15歳かららしいから、いくらこの国でも6歳で子供がいるのはありえない。でも俺は6歳で子供を作ったことになる。なんだか、いろいろな法律に引っかかりそうだなと思った。
「とりあえず立ち話も何ですから、中に入りましょう」
弁財天がそう言って、俺たちを中へと招いた。弁財天側の人間は他に誰も見当たらない。俺の今の状況を考えて、人払いしてくれてるのだろう。
「——それでね、母上は父上のことが大好きで、このお城も変わってるけど、父上の好みに合わせてるんですって」
ゆったりとした椅子に腰掛け、玉姫が俺の膝の上を占領している。祐希丸が羨ましそうにしてくるので、隣に招き寄せると抱き寄せた。2人とも甘くていい匂いがする。自分の子供なのだ。こうしていると、少しは実感がわいてくる。
レダと過ごした永遠の時間は、魂の中でのことだ。なんというか、あれはほとんど時間の流れがないように思えるし、長い夢を見ていたような感覚になる。そして、魂が肉体に戻って目が覚めると、時間が経っていなかったと感じる。
生まれ変わった時に魂だけだった時の記憶があるかと言えばない。レダに言わせれば、それと同じようなものなのだという。実際、あの瞬間にどれほどの時間が経っていたのかは、レダですら分からないらしい。
そのせいか、俺の心の中ではまだ16歳のまま。今の現実を受け入れるのに精一杯だった。
用意された洋菓子をつまみながら、しばらく話しているうちに、玉姫がかなり打ち解けてきたのが分かる。祐希丸は話したそうにしながらも、姉の勢いに負けている。
そんな中で分かってきたのは、弁財天が俺のことをこの2人に「この世のあらゆる男の中で、最高の男」と褒めちぎっていたことだ。だから、この2人はそんな素晴らしい父親に会うのをとても楽しみにしていたようだ。
そんな大層なものではないのだが、我が子の理想を壊さないために、否定することもなく、できるだけにこやかに話を聞く。父親ってこういう感じでいいのだろうか。俺の親父はどんな感じだったんだろう。
いや、あのクソ親父は、俺と伊万里がこの子たちぐらいの時に捨てたんだ。どう考えても、こんな可愛い年代の子供をマンションに2人で放置とか無理だろ。本当、あの時の親父は何を考えてたんだ。
「玉姫、祐希丸。今の目標はあるの?」
何の気なしに聞いてみた。俺はこの頃、親父と同じ弁護士になれたらいいなと思っていた。
「「もちろん父上と母上のような探索者になりたい!!」」
その声は重なり合っていた。純粋で、心からの言葉だとわかる。親がすごい存在だと思えば思うほど、子供は親と同じことをしたいと思うものだ。何よりも、弁財天の育て方が良かったのだろう。
この2人には俺のような反抗期なんてものはなさそうに見える。
「弁財天。大八洲国には学校とかあるの?」
「ええ、もちろんあるわ。15歳まではダンジョンに挑戦できないのは大八洲国でも変わらないから、7歳から初等教育校3年間、それを卒業したら次は中等教育校3年間、それも卒業したら高等教育校3年間があるの」
「その後は?」
「1~3層の住人には、その後はないわ。15歳の誕生日に必ずダンジョンに入らなきゃいけない。そして16歳の誕生日までにレベル10を超える探索者になれなかったら、それで貴族の子供でも4層に落ちるの。まずないことだけど、ダンジョンに入ることをそもそも嫌がったら、その時点で5層行きね」
「そ、そんなに厳しいの?」
俺は目を瞬いた。2層で敵となるゴブリンライダー。これを倒せない者は、日本ではかなり多い。ダンジョンに入った人間の最初の関門はゴブリンだが、それを乗り越えても、一般の人間のほとんどがゴブリンライダーを倒せない。
そしてそんなのを倒せないとレベル10にはなれない。
「まあ、貴族の子供からゴブリンライダーを殺せない探索者なんて10人に1人もいないぐらいよ。いくら親のスキルや魔法を全く受け継がないと言っても、やっぱり遺伝子は優秀だし、貴族の遺伝子を受け継ぐ時点で、レベル10ぐらいまでは問題なく上げられるわ」
「それ以降は?」
「それ以降は、他の人間と条件が全く変わらなくなるの。レベル10になると、ほら、100mを4秒ぐらいで走れるようになるでしょ?」
「ああ、まあ確かに、もうちょっと早く走れた気がする」
「それよりも優れている子供は、いくら親のレベルが高くても生まれないの。祐太君も知っての通りレベル10で魅力がストップする。それと同時に、根本的な体の強化が終わってしまうのよ。そうすると、貴族の子供でも普通の子供でも、身体的な強さは同じになる。そこからは探索者として本当に優れているかどうかを試されるようになるの」
「そうか、2人はレベル10は問題なさそうだな」
なんとなく魂を見るとそのことはわかった。この2人はレベル10ぐらいまでなら楽勝だ。
「父上がそう思うの?」
「うん。多分簡単だよ。でも、問題はレベル500だよな」
「レベル500……そりゃ、そうなれたらいいけど。貴族の子供が貴族になれる確率って10年に1人いるかどうかなんだよ」
祐希丸が言った。
「祐希! 父上の前で情けないこと言わないでよ!」
「分かってるけど、ルビー級になれるのって本当の本当に限られた人だけなんだよ」
生きていくために、誰もが命がけでダンジョンの攻略に挑む。その中でさらにふるいにかけられるのだから、狭き門どころではない。
「でも、私たちは神様の母上と英雄の父上の子供なの! 何よりも父上のパーティーメンバーは全員ルビー級になったのよ! 普通ならそんなの絶対にありえないって先生が言ってたもん!」
「それはまあそうだけどさ、じゃあ父上、僕をパーティーメンバーに入れてくれる?」
「うん、いいよ。もちろんおいで」
俺が嫌がる理由もないし、むしろそう言ってくれて嬉しくて微笑んだ。
「ず、ズルい! 私もなりたい!」
「2人ともダメよ。レベルが違いすぎて話にならないわ。祐太君、あまり極端にレベルが違うもの同士は一緒に行動できないのは知ってるでしょ?」
「それは、うん。でも、レベル上げって、手伝うとレベルが上がりやすいよね?」
「ダンジョンに好かれる者の周りには才能がある人が集まりやすい。そのせいで祐太君がそう思うだけなの。探索者がレベル上げを手伝ってレベルが上がりやすくなる人は限られてるわ。レベルが上がらない人は手伝っても全然よ」
「そっか……」
「二人とも安請け合いしてごめん。無理なんだって」
「あ、ううん、全然問題ないよ。ダンジョンでずるしても何もいいことが起きないって、先生も言ってた。僕の方こそごめん」
「祐希のバカ。私まで怒られる」
「自分で言ったんじゃないか」
「2人とも」
俺は二人の肩に手を置いた。
「「は、はい」」
二人の顔を覗き込むと、赤面している。この顔は、どうやら自分の子供にも効果があるようだ。そして、怒られるのかと思っているようで、緊張した表情を浮かべている。
「今、何年生?」
「中等校1年」
「僕も同じ」
「授業参観とかあるの?」
「父上、あります。来ていただけるのですか!?」
テンションが高いな。俺が来ることがこの2人は嬉しいようだ。
「うん。そのつもりだ。嫌じゃなければだけど」
「全く嫌じゃありません! 是非来てください!」
「私も来てくれたら嬉しい!」
「へ、へえ、祐太君が行くの?」
「そうだけど、ダメかな?」
「いえ、じゃあ次の授業参観は、父上と母上の2人で行きましょうね」
「「母上も来るんですか!?」」
二人のテンションがこれ以上ないぐらい上がっている。弁財天は桃源郷の神様だし、どこの学校に通っているのか知らないけれど、神様が授業参観日に来るって、問題ないのか?
「弁財天、それは大丈夫?」
「まあ、貴族の子供ばかりの学校だし、大丈夫だと思うわ。それに祐太君と夫婦らしい行動なんて、今から楽しみだわ」
「そ、それは、母上、今から学校に言っておかないと!」
「母上は別に来なくてもいいんじゃ……」
「玉姫、何か言った?」
「う、ううん。何も言ってないわ!」
2人は自分が言い出したことではないけれど、焦っている。桃源郷の支配者として、これから1000年も君臨し続ける存在が子供の授業参観日に来ることは、総理大臣や大統領が授業参観に来ることの比ではないかもしれない。
実際、総理大臣や大統領が授業参観に来るなんて、警備の問題で実現しないだろうし、実現したら間違いなく批判の嵐だろう。しかし、神様だしな。自分の身は自分で守る。批判しようにも、怖くてそんなことできるわけがない。
でも、2人の様子を見る限り、たかが授業参観でも当日は騒ぎになるのだろう。後で吉祥天様だけには言っておいた方がいいかもしれない。それまでに伊万里の問題を解決できていればいいのだが。しかし、子供か……。
まさか父親になっているとは、全く想像していなかった。
南雲さんも、あれだけ多くの女性がいるなら、子供がいるのだろうか? 後で会うときに、気をつけておくべきことを聞いてみよう。まあ、南雲さんのアドバイスはダンジョンのこと以外ではあまり役に立ったためしはないのだが。
「さて」
弁財天が区切りをつけるように手を叩いた。
「2人とも。父上はとても忙しい方です。これからしなければいけない大事なお仕事もあります。母はその前に父上に話しておかなければいけないことがあるので、下がりなさい」
「「……」」
二人とも不満そうな顔をしていた。母親から父親のおとぎ話のような素晴らしい話を聞かされ、ようやく会えたと思ったら、1時間ほどで終わり。もっと話したいという思いが見え隠れしていた。
「そんな不満そうな顔をしてもダメです」
「もうちょっとだけ話したい!」
「私も、やっと父上に会えたのに短すぎる!」
弁財天も、自分の子供相手にレベル差による威圧を使わないだろうが、怒りを抑えているのが分かった。俺がこれからすることがどういうことか、弁財天は少しわかってるんだろう。
「二人とも、ゲームとかしたりする?」
「ゲームですか?」
「あんまりしません。母上が遊んでいる暇があるなら、強くなりなさいって……」
弁財天は教育ママのようだ。2人は俺のそばにいると、怒られないと思っているようで、ぎゅっと抱きついたまま離そうとしない。実際、弁財天は怒るべきかどうか悩んでいる様子だった。
「じゃあ、今日だけ、俺と、いや、えっと、お、お父さんと一緒にゲームをしてくれる?」
「祐太君、いいのよ。後は私が面倒を見るから、あなたは大事なお仕事があるはずよ」
「あるけど、今日はいいよ。今度、いつ帰ってこれるかも分からないんだ。今日ぐらいは父親らしいことをするよ」
自覚のなさすぎる父親だった。俺には、親父と遊んだ記憶が、2人の年齢ぐらいの時から完全に途絶えている。それがものすごく寂しくて、幼い頃、玄関のチャイムが鳴るたびに父親が帰ってきたのではないかと期待していた。
でも父親は必要な用事以外で帰ってきたことは一度もなかった。いつからか期待することもやめた。俺はこれから何が起きるのか自分でも想像がつかない。こんな時間はもうないかもしれない。親父のようになるかもしれない。
だから、今日ぐらい7歳しか違わない2人の子供とゆっくり遊ぼうと思った。俺の心の中には、父親としての責任感と、子供たちとの関係を築きたいという強い思いがあったのだ。