作品タイトル不明
第三百三十話 性別改変薬
クミカが再び俺の影の中へと入っていく。それを見届けて、出口の方へと歩き出した。木の根が機械の回路のように入り組んだ道を出て行くと、桜の花びらの天井が再び空にあり、その下で桜千が待ってくれていた。
「創造主様よりお預かりしていたものは、問題なく受け取っていただけたでしょうか?」
「ああ、確かにちゃんと受け取った」
俺はしっかりと頷いた。
「彼女を守り続けてくれてありがとう」
「私はいつも当然のことをしているだけです。お預かりしていたものはもう消えてしまったのでしょうか?」
桜千は俺が来るまでの間、迦具夜の体に異常が出ないように何度も確認していたようだった。そのことはクミカと繋がった瞬間から記憶として頭の中に流れ込んできた。クミカは何度も声をかけられることに感謝していたようだ。
『あなたは何度見ても飽きないほど、とても綺麗な預かり物ですね。主様が帰ってくれば、あなたは目を覚まし動き出すのでしょうか?』
桜千からそう呼びかけられた言葉が、まるで自分に言われていたように頭の中に残る記憶となる。それは4年ほど前から始まり、以来、欠かさず毎日、桜千は迦具夜の様子を確認しに来ている。忠実に動くからくり。そこに命はあるのだろうか。
《祐太様》
そして、俺が何か言うまでもなくクミカから呼びかけてくる。桜千としゃべりたいようだ。そのことに、わずかにだが"嫉妬心"が湧いた。
《……ではやめておきます》
それが伝わって俺に嫌がられるならやめておこうとした。胸が締め付けられる嫌な感覚。最近は感じてなかったはずの劣等感。心が通じ合っているクミカにこんな思いが起きる。自分が自分でばかばかしいと首を振った。
《いや、ごめん。違うんだクミカ。外に出たい時は出たらいいんだ。まあクミカにずっとそばにいて欲しいなんて思っているところが俺もかなり、クミカに依存してると思うけど、同時にやりたいと思ったことはやってほしいんだ。だから出てくれ》
《本当にいいのですか?》
クミカは俺に嫌われるぐらいならこれから先誰とも喋らなくていいと考えた。
《大丈夫》
俺がそう伝えると俺の影の中からクミカが頭だけ出した。その姿が妙に懐かしくなった。
「クミカと申します」
そして桜千に話しかける。本当なら全部出てこようとしたのに、俺に気を使って頭だけにしている。俺って結構束縛の強い男なんだろうか。自分に自信がないから、大事なクミカが取られるんじゃないかと心配になる。
過去の経験がふとした瞬間、思い出され、俺にできた自信をかき消すんだ。
《まだこんな感じなんだ。ごめん》
《何を謝られるのですか? 祐太様に嫉妬していただけるなど今私はとても幸せです》
「これは変わった挨拶ですね。私は桜千でございます。見た目がかなり違うように思えるのですが、あの水色の髪をした女の方はどこにいらっしゃるのでしょうか?」
「私の中にいます。魂は交わり、離れない絆を生む。我らは三位一体。それぞれ格の違うもの同士が共生し、一番弱い私程度が主人格をしております」
「では、時には交代するのですか?」
「いいえ、彼女たち二人はもう目を覚ますことはないでしょう。2人はそれぞれにもう死んでいますから。それでも私の中に確かにいる。理解していただけるでしょうか?」
「もちろん理解できます。こう見えて私は高性能なのですよ」
「なら良かった」
「ですが1つ補足を」
桜千はクミカに一歩近寄った。
「後の2つが表に出てこないのは死んだからではありませんよ。あなたが一番前に出るにふさわしい美しいものだと認めているからです。そして今お顔を見て僭越ながら私もそう思いますよ」
桜千はかなり高性能なのだろう。クミカの言葉を理解することもできるようだ。クミカの瞳の中を覗き込むように見ている。魂を見ようとしているのだと分かった。
「あの?」
俺の影から頭だけ出していたクミカが、マジマジと見られるのを嫌がるように半分だけ入ってしまう。
「おっとこれは失礼。不躾に見つめて申し訳ございません。ですがもう一つ納得できました。あなたは私と"同じ"ですね?」
俺には桜千の言葉の真意が分からなかった。それでも、"同じ"と言われた部分ですぐに共感したのかクミカはあっさり頷いた。
「はい。そうです。理解してもらえましたか?」
クミカはぬるっと俺の影から浮かび上がってくると、ちゃんと姿を見せてスカートの端をつまむと一礼して見せた。そして【意思疎通】で言葉を送ったのがわかった。何を送ったのかもわかった。それは言語化できない思いだった。
「了解しました。クミカ。我等は主様の道具。我等、自らの意思なく生き、主様の意思のままに生きる。仲良くしてまいりましょう」
「桜千。あなたは素晴らしい方のようですね。この命続く限り祐太様のために尽くしてまいりましょう」
クミカは桜千を同志と捉えたようだ。
「道具……」
その表現に抵抗を感じた。
桜並木を再び歩いていく。過剰に褒められ評価される。そのことが居心地が悪く思えた。おそらく造られた存在だから主に対する忠誠心がMAXになるように最初から設定されているのだろう。そこに心などない。
「桜千は何千年も生きてきたんだろう。今回、たまたま1番最初にお前に登録されただけの俺をそこまで評価する必要があるのか?」
「主様。簡単に1度刻み込まれただけの心を、からくりは簡単に変えられないのですよ。創造主様は私に主様に仕えよと。そういう存在であれと生み出された。その心は主が違う存在へと入れ替わり、ならば次のものに忠誠を。などというものではないのです。創造主様が我々を造った時に定めたのは絶対なる忠誠。私は主様を支え、あらゆる生活をサポートし、それを至福の喜びと受け止めるために生まれました。その証拠にあなたが死ねば私も死ぬのです」
「は?」
意外な言葉に俺は目を瞬いた。
「いかにカラクリでも心は簡単に変えることができない。あなたが死ねば私も死ぬ。次の主が現れれば、新しい私が生まれる。今のこの私の心は主様だけのもの。どうぞそのことだけはご理解いただけるとありがたいのです」
「それは悪かった……」
作られた心。でも心は心。それを消すなら死ぬしかない。結局、人とからくりの違いなどほとんどないのかもしれない。心が生まれた限りそれは1つの命。そういうことか。
「でもな。俺は、いい加減でズボラなとこもたくさんある。誰よりも努力したなんてことは口が裂けても言えない。むしろ運が良かっただけとすら自分のことを思ってる。もちろん努力は自分なりには精一杯したさ。でもその今受けている評価は、お前が思うほどのものではないんだよ。そのことはお前もわかっててくれ」
「理解いたしました。過剰な評価は避けるようにいたします。できる限り現実のまま。それがよろしいのですね?」
「まあちょっとは甘やかされたいけどな」
こういうところが凡人なのだ。それぐらいに思っておいてくれ。
「了解です。お任せください」
性能のよすぎるからくり。ふいに桃源郷の神様が桜千を全く使わなかった理由もわかる気がした。きっとこいつ便利がよすぎるんだろうな……。自覚のなさそうな桜千の頭を無理やり撫でると桜並木を抜けて、枯山水の庭園が見えた。
「なあ、前に桜千2号って制御室にいたよな?」
「覚えててくださったのですね。嬉しい限りです」
「2号も俺が死ぬと死ぬわけ?」
「死にます。というか処分ですが……」
「なんか可哀想だな」
「そうでしょうか? そういうものとして生まれたのであまり思わないのですが。それに【千年郷】はサファイア級最高位アイテムとなります。つまり主は必然的に半神となられる方となるのです。つまり寿命で言えば1000年です。主様が真性の神へと至ることまでできれば万年やも知れません。それは十分すぎるほどの長生きだと思いますよ」
「そう言われるとそうか」
生き延びることができれば俺はルビー級にはなれると思う。だとすれば桜千も500年は生きることになる。それは確かに生き過ぎなほどなのかもしれない。
「主様。どうか末永く私をお使いください」
「ああ、それはもちろん。よろしくお願いするよ」
そうして話していたら玄関エントランスに戻ってきた。米崎の姿は見当たらず、シャルティーと切江だけが待機していた。
「米崎は?」
「桃源郷にある六条屋敷に帰って『必要な作業を終わらせておく』と言っていましたわ」
「忙しそうか?」
「博士もご主人様と同じく死んだことになってますの。ですから余計な頼まれごとはしなくなったようですが、個人的にやりたいことは山ほどあるそうです」
「なんであいつまで死んだことになってるの?」
「口で言うよりは送りますわね」
シャルティーから【意思疎通】でその関連のことに関しての情報が圧縮して送られてきた。そのことで俺が死亡したと発表されたと同時期に、同じような理由で死んだことにされた。そのことは理解できた。
自分が死んだことにしてしまうならシルバーエリアにいる探索者をどうしたのだろう。疑問に思うが、近藤局長と同じく最初の時点で全員殺してしまったのかもしれない。もしくは契約書を交わしてるか。
「まあその辺抜かりのある男じゃないか」
「そうだね。博士の心配はするだけ無駄だ」
切江が肩をすくめた。
「10年経ったけど桃源郷の六条屋敷もまだあるんだ」
「ふふ、博士がいつのまにか六条屋敷の半分以上を研究棟にしてしまっていますの。何度か注意しているのですが『きっと六条君は怒らないよ。彼のためでもあるしね』と言って聞いてくれません。本当に困った方です」
「そっか」
思わず笑いがこみ上げる。10年の間に屋敷の持ち主は誰なんだっていうぐらい使い込んでるか。夢中になっててあんまり考えてないんだろうな。何をそんなに楽しいことをしているのか一度見せてもらいに行くかと思った。
「ともかく、こっちの用事は一旦これでいい。弁財天の住んでいる場所に行こうか。弁財天から今一番、受け取りたいものがあるしな」
「「畏まりました」」
シャルティーと切江が2人で頷く。俺は玄関から出て空へ飛び立とうとし、ふとこのままじゃダメだと思って自分で足を止めた。
「どうかした?」
切江が聞いてくる。
「いや、前の姿ですらすぐに見つかってたし、このままじゃまたそうなるな」
「ああ……確かにそうだね」
切江も頷いた。俺が死んだことになってるならさすがにこの姿はまずい。桜千と千代さんのせいで無駄に有名になってるのだ。
「ゴールドエリアに玲香や伊万里以外の探索者っているか?」
「住み着いてるのが何人かいるよ。確かに今の姿だとゴールドエリアで伊万里様を探す時も、ご主人様の美しすぎるお姿はいやでも目立って、生きてることが周知されてしまうね」
「余計な問題に今は構っている暇はありませんしね」
「住み着いてるやつら、やっぱり【千年郷】に帰ってきたりする?」
「するよ」
「そういうやつが何人いる?」
「ごめん、性格には把握してない。少なくとも10人以上はいると思う」
「多いな……」
人の口に戸は建てられない。黙れと言って黙ってられるのはよほど利害関係が一致している間柄だけだ。全員にそれを期待するのは楽観的すぎる。
「……あれで行くか」
困った時の【天変の指輪】もいいのだが、マジックバッグに眠らせたままの自前のアイテムがある。いつまでも南雲さん頼みのアイテムを使い続けるより、ちょっとずつ自立するべきだろう。それにそのアイテムが今なら面白いと思えた。
手に入れた時は、この薬だけは絶対に使わないと思っていたアイテム。マジックバッグを覗いて取り出す。
「それは?」
「シルバーガチャから出たアイテムなんだけど見たことない?」
「え……だとすると、結構いいものですわよね……。見たことありませんわ。何かの"薬"ですの?」
「正解。これは【性別改変薬】。最初は興味なかったんだけどさ。マジックバッグの中にあるのを見てると俺って女になったらどんな感じになるのかなって。だんだん興味がわいてきてさ」
「ほお、僭越ながら私も少し興味があります。主様の美しい御姿が女性になるとどうなるのでしょう?」
「え、ちょ、戻れるのですか?」
慌てて不満そうにシャルティーが口にした。女になったら肉体的に仲良くなることが何もできないじゃないかと心配しているようだ。
「大丈夫、大丈夫。これ2つも出たんだよ。1つ10個入りだから、20個もあることになる。女になるのも戻るのも簡単だ。いや、でも、俺が女になるのって変か?」
「い、いえ、そんなことは決してございませんが……、というか、そういうことでしたら私も正直ご主人様が女になった姿に興味がありますわ」
ぽっとシャルティーの頬が赤らむ。
「シャルティーもノリがいいね。じゃあ飲んでみるよ」
そう言って紫色の錠剤を一つ取り出すとどうせ戻れるとわかってるから、躊躇なく口に放り込んだ。最初は特に何ともない。何か飲み方を間違えたかと心配になる。だが次第に胃の内側から何かが変わっていく。それがわかる。
熱が湧き上がって、体中が熱い。しばらくすると胸と股間の部分に違和感を感じた。胸の方は膨らみ、装備が痛くて慌てて緩めた。そしてその違和感が収まると、自分の胸を装備の隙間から触った。
「おお、柔らかい」
股間を確認する。ない。何もない。
「へえ、面白いな」
興味深そうにシャルティーと切江が確認したそうにしている。
「見る?」
「い、いいのですか?」
「別にいいけど」
どうせここには他に誰もいないからと思ってズボンを開こうとした。
「い、いけません。主様!」
「え?」
「何をなされてるのですか!」
何かめっちゃ怒ってる。
「いや、ちんちんの有無を見ようとしただけなんだし、別に怒らなくても。ここには身内以外、誰もいないんだし」
「そういうことはご自分だけでなさってください! だいたい、女になられたのであれば慎みをお持ちください! むやみやたらと股間を見せる女がどこにいるのですか!」
「あ、ああ、えっと、ごめん」
「ご主人様は今女です。そのことを忘れないように!」
「はは、よく考えたらそれもそうか。分かった。確かに気軽にそんなことする女いないよな。2人ともやっぱりやめとくよ」
「当然です」
シャルティーと切江ががくりとうなだれた。桜千を恨みがましそうに見つめる。
「えっと、なんかここまで体の構造が変わるとどうやって動くのかわからないな。女になっただけでも胸とかお尻のおかげで体重バランスが変わって、こんなに滑らかに歩きにくくなるんだ」
《クミカ》
《畏まりました》
どう見ても女でも、男のような動きでは気味が悪いだろう。俺は今まで見てきた女性の動きを頭の中に再現していく。クミカにも手伝ってもらい思考分割を行い女性専用の運動領域を作る。それによって俺が女になった場合の動き。
それを想定して、クミカと2人でどんどんと頭の中に作り上げていく。それと同時に今の姿では専用装備が全く体にフィットしない。
「華。いける?」
《大丈夫です。お任せください!》
専用装備は相手が女になれば女の形に。それが可能なようで、華に声をかけると胸の部分が膨らみ腰の部分がくびれ、そして若干露出の多めな装備になった。おへそが出ている。上乳が出ている。
「なんか露出が多くないか?」
《華はこっちの方がいいと思います!》
「そ、そうなのか。まあいいけど」
そうしている間に女性の行動を再現する運動領域が出来上がった。俺は3人に向かって腰に手を当て左足を前に出し、モデルのようなポーズで薄く微笑んだ。
「す、素晴らしい。まさに天女の如く美しくあられます」
「悔しいけど負けましたわ……」
「……ふ、ふつくしい」
桜千は平常運転でシャルティーが落ち込み切江がちゃんとしゃべれないぐらい興奮している。そうか。切江とは関係を持ったことが一度もないが、そっちの趣味だったか。
「切江、よかったら一度こっちで相手してあげようか?」
「い、いいのかい!?」
「まあ今度また時間がある時にな」
「それはとても楽しみにしてるよ!」
切江は完全に同性愛者なんだな。全くそっちに興味を示さないからそんな気はしていたが、やっぱりそういう人もいるんだ。エヴィーは両方行けるみたいだったけど、切江は女だけか。まあともかくこの姿なら問題ないだろう。
「桜千、これが俺だって思うやついると思う?」
もう一つ用意した目玉で自分の姿を確認する。絶世の美少女がいる。エヴィーより綺麗……。もう一人の自分がいたら自分に惚れる自信がある。男の俺の顔でも未だに見惚れる。そしてこの顔はもっとやばい。髪の毛の長さは変わらない。
だから女の子にしてはかなりのショートカットだ。それでもこれだけ顔が良ければ髪型などもはや飾りである。きっと坊主でもこれ以上ないというほど美しい。切れ長の憂いを帯びた瞳。綺麗な鼻筋。艶を帯びた形のいい桜色の唇。
どれをとっても1級品だ。男前は女になっても美女か。世の中とは本当に不公平なものである。そのまま飛び立つと股間の辺りがスースーする。この姿で南雲さんの前に行くとどんな反応をするだろう。
面白いのでこのまま試してみようと思った。いや、その前に弁財天のところに行くんだった。