作品タイトル不明
第三百二十八話 自領
【千年郷】で生産された資源を海外に輸出することで、外貨の獲得も順調らしい。最初は復興支援から始まったものだが【千年郷】のシステムは海外にはないもので、復興が終わってからも継続してほしいという要望が多かった。
「中止する必要もございませんが、ただ【千年郷】のシステムは地球にとってはオーバーテクノロジーすぎるもの。一歩間違えばあらゆる資源を日本が独占してしまい余計な災禍を招くかもしれません。そこで生産する資源を絞って、流通量も搾り、そして雇用創出のために【千年郷】の中に資源を埋める形にしております」
「なんというかもう本当に雇用創出という感じだな」
正直言えば【千年郷】では普通の人は何もしなくて生きていける。人が生きていくために、人が働いてきた技術はすでにあり、誰もが遊んで暮らせる。だがそうしてしまうと無気力の人間が増え、探索者となるものも減ってしまう。
「はい。あえて仕事を作っております。山田総理の考えなのですが、科学が行き過ぎた世界では、雇用は必要に迫られて生み出されるものではなく、為政者側が生み出すものだとのことです」
「なるほど……でもそれで働く側の人は良く納得するな」
「情報を絞り、そういうものだと思い込ませれば、人は自分が好きな方に理解をしようとするものです。何よりも必要なことではあります。長い目で見ればピラミッド型の構造の底辺がいなくなれば、いずれ上もいなくなります。下を養い育てる。これができない国家はいずれ滅亡します」
「下がいるから上がいる。下がいなければ上もいない。下がいなければいずれ無になり、そこには何も存在しなくなるか」
「ご明察です。弁財天様のご厚意により、山田総理を始めとした政府首脳を大八洲国4層に招待もしているようですよ」
「そんなのできるんだ」
「可能です。地球の神と大八洲国の神が了承すれば、ある程度の行き来は自由となります。最近では中国やアメリカ、イギリスなどもダンジョンとの国の文化、技術交流を始めているようです」
こちらがそれをやってうまくいけば、その真似は当然されるものだ。その反面、そういった恩恵に預かれるのは英傑と一部のルビー級探索者を保有する国家のみとなり、追いつこうとしても追いつけない技術格差もできている。
世界は平等にすることができず、格差はますます広がっている。ただ一つ、ダンジョンの扉だけは誰にでも開かれている。その事実だけが完全な平等だった。
「それと南雲様は、主様のガチャにも期待されているようです」
「俺の?」
「はい。主様のガチャ運は驚くほど良いのだと聞いております」
「俺はまだゴールドガチャも回したことがないぞ」
「それはもちろん承知しております。ですが、主様がレベル1000を超えればサファイア級のガチャを回せるのですよ。そうして手に入れたサファイア級のアイテムで、主様が許せば【千年郷】を買い取りたいそうです」
「それを南雲さんが桜千に話したのか?」
俺が不在の時に南雲さんがそんなことを言うだろうかと思えた。
「いいえ、ただ、【千年郷】の中で誰が何を話しているのかは、全て私が把握しております。今の会話は山田総理が南雲様に『【千年郷】を弁財天様から買い取る方法はないか』と尋ね、それに対して南雲様が、『それと同価値のサファイア級アイテムを向こうに渡せたら、買い取ることはできるだろう』と答えた時のものです」
「どうしてそれが【千年郷】を俺のアイテムで買い取る話になる?」
「簡単です。後に南雲様は『祐太がいればな』と呟かれました」
「マジかよ」
「はい。マジですのでお任せください」
ドン引きしてるのにその意思は通じていないようだ。俺が言いたいのは『お前南雲さんにまでスパイ行為してるのかよ』ということだ。桜千はちょっとズレてるからくり族。俺の中でそういう認識が出来上がった。
ただ、桜千の推理が多分に入っているが、俺もそれが外れているとは思わなかった。
「もちろん【千年郷】を買い取る場合、南雲様は主様に相応の対価を支払う予定でしょう」
「それはいいよ。もしもそうなれたら俺も南雲さんと同じ立場なんだし、当然自分でも【千年郷】を買い取れるなら買い取りたいと思うだろうし」
「そうなれば、ますます六条教は栄えますね」
嬉しそうに言うな。それが一番嫌なのに本当に栄えそうで怖い。頭を悩ませながらも六条教総本山から飛び立ち、桜千の案内に従いながら、南雲さんが分け与えてくれたという自分の領地へと向かっていた。
「あれが自領?」
この世界の中心になる木はどれも近づくと、それが木だと気づかないぐらいでかくなる。もはや壁のように見える。それぐらい距離が近くなり、大きな桜の大木の幹に近づいていきながら、地上へと降りていく。
「綺麗な光景だな。翠聖様よくこんなの創ったな」
桜の花びらは天にあり、空一面に咲き誇っていた。
「ちなみにこの桜は【千年郷】全体のエネルギー循環を司るもので、ルルティエラ様からの許可を得て【異界】のエネルギーを取り入れることもできるようになっております。そのためストーン級ポーションに限られるのですが、製作することができるのですよ」
「それはマジですごい」
ストーン級ポーションとはいえ探索の初期においてどれほど役立つか言うまでもない。森神様ができたことの下位互換。ストーン級を超えてからも1000万円のポーションは一番よく使うぐらいだから、これはかなりありがたいことだ。
「みんな結構役立ててるだろ?」
「いえ、ガチャアイテムは主様が直接裁可を下さらないと生産できない物資に指定されております。製作する場合は、【千年郷制御室】にて承認してもらう必要がございます」
「……それって南雲さんは知ってるの?」
「知りませんね。【千年郷】の最高位執行権【壱】はあくまで主様にのみあるものなので、それがどういう内容なのかを知るべきは主様のみです」
「……おお」
10年後に飛ぶ前に【千年郷】のシステムをもっと見ておくべきだった。後悔しても仕方ないが、これによってかなり死んだ人もいるんじゃないかと思うと、申し訳なさが湧き上がってくる。これはかなり反省だ。
「どうかされましたか?」
「いや、本当まだまだだなと思ってるだけ」
今飛んでいるのは南雲さんの領地なのだが、田中や天使が堕ちたことで、南雲さんの領地は【千年郷】の中心部のほぼ全てとなっているらしい。南雲さんは俺がどこを通っても問題ないと言ってるらしく、遠慮なく飛ばせてもらった。
横には桜千が一緒に飛んでいて着地すると、うさぎの耳を揺らしてパンと一度手を叩いた。桜千が手を叩いたと同時に、大きな森が消えていく。
「へ?」
森が霞のように消えていく光景に驚いた。
「ここにあるだけでもバレることはまずないのですけどね。一応隠していたのですよ」
大きな木が次々と消えて、どうやらカモフラージュがかかっていたようだ。そうして現れたのは大きな旅館のようだった。
「これって桃源郷にある俺の屋敷と似てるような」
そして現れたのは六条屋敷だった。桃源郷にあるものと見た目は全く同じで外側は長い伝統を誇る温泉旅館のようで、中に入れば相変わらず最新設備が揃った住環境となっていた。
「様々な意見を取り入れた結果、仮住まいとなるため、あまり派手なものは建てないということになりました。何よりも主様が生きておられることはまだ一部の関係者以外には秘密です。無駄に目立つものを建てるよりは、これがいいと美鈴様もおっしゃられました」
「他の人の領地だと、西洋風のお城とかもあったもんな」
「あちらが好みでしたらすぐにでもお建てしますが?」
「いやいや、変なの建てられるよりはこっちの方が助かるよ。俺は洋室は好きだけど、お城に住みたいわけじゃない」
「美鈴様も主様ならこちらの方が喜ぶだろうとおっしゃっていましたが、正解だったようですね」
桜千はとても有能だ。唯一、六条教だけがどうにかならないかと思ったが、あらゆることについての判断力が非常に優れている。主の願いを叶える。そのために必ずしも主をナンバーワンとしない。その臨機応変さが素晴らしい。
「「——ご主人様、おかえりなさいませ」」
姿を見せてくれたのは、シャルティーと切江ともう一人懐かしい顔がいた。シャルティーは相変わらず胸が大きくてメイド服がよく似合っている。切江は相変わらず男装の麗人のような中性的な顔をして、執事服を着こなしていた。
2人とも俺より少しレベルがまだ下のままだ。レベル386。からくり族に堕ちた2人の主人だからだろう。見ればすぐにそのステータスが頭に入り込んできた。からくり族は主人より上のレベルになることができない。
何よりもレベルアップのためのエネルギーも本来ならば俺が与えねばいけないはずが、どこからか確保してここまで上げたのだろう。
「2人ともよくレベルが上がったもんだ」
レベル200から386。ゴールド級に足を突っ込んでおり、普通の探索者としてならば十分以上の成功者だ。
「いいえ、正直まだまだですわ。あまりにもレベルが足りなくて、ご主人様に無許可で申し訳なかったのですが、なんとか博士と迦具夜様に頼んで、エネルギーの供給制限だけは解いてもらいましたの」
「それは全然構わないよ」
「ありがとうございますます。しかし、ここまではレベルアップできたのですが。ご主人様以上のレベルになることだけはできないとレベルアップはここまでで断念しました」
「そうか……」
からくり族のそれが宿命なのだろう。主人よりも強い部下。地球ならそれで当然だけど、こと探索者においては、主人こそが最も強くなければいけない。強くない主人は下の立場に堕ちる。そういうシステムだ。
切江が今度は口を開いた。
「ご主人、正直なところ、今のレベルでは全然足りないんだ。【聖勇国】は他のゴールドエリアと比べて、かなり強い存在が多いからね。今のままだと、玲香様の足を引っ張ることになっちゃう。それなら、シャルティーとも相談して、ここでご主人様をお待ちすることに決めたんだよ」
「玲香は?」
「玲香様は、ゴールドエリアで待ってるよ。それとシルバーエリアは南雲様と共に支配を完了。でも、どうしてもゴールドエリアだけは南雲様でもどうにもならなかったんだ。また詳細は南雲様に確認してもらえるかな」
「了解」
「じゃあ、早速なんだけど提案しておきたいことがあるんだ」
「何?」
「僭越ながら俺たちの扱いについてだよ」
「そうですわ。奴隷身分に落ちている私たちが、これ以上レベルが上がる必要はないと思いますの。今回は仲間としてではなく私たちはあくまでお手伝いとしてついていくだけで、本当のパーティーメンバーは玲香様と雷神様そして……」
シャルティーが周囲を見渡した。多分紹介しようとした人物が見当たらないと思ったのだ。俺の少し後ろにずっと魂が揺れている。"この男"が、意外と人を驚かせることが好きだということも知っていた。
向こうも俺が自分に気づいたことに気づいてる。ただ俺は姿に気づいたのではなく魂が揺れていることに気づいた。これほどレベル差があってもやはり魂については有利になるか。伊万里に会いに行く前に有用な力を手に入れた。
そして俺のパーティー仲間で最も古株の男、
「米崎。久しぶりだな」
「まず今の君がどんなものかと思ったけど、最初から気づくとは予想外だった」
最初に男の声だけがした。
「そうなのか?」
「時間なんて存在しない場所にいたはずだよね。どうやって"成長"したんだい?」
そして米崎がその場に染み出すように現れた。ようやく俺にも姿が見える。相変わらずこうして気配を消すのが好きな男だ。見た目に変化はない。ただまとっている雰囲気は以前よりももっと風格があった。近づきがたい雰囲気。
まあこの男が近づきがたいのは昔からではある。俺はそれよりもこいつの顔が見れて嬉しかった。嬉しすぎて相手は米崎なのに抱きしめた。
「久しぶり」
「こういうの恋人同士にしなよ」
「長く持ちこたえてくれて助かった。俺がいない間に起きたことある程度は教えてもらったよ。苦労をかけたな」
「まあそれなりにね。正直やっと帰ってきたって思ってるよ。君がいないとやはりエラーがよく起きる。それに退屈だ」
「ついてきてくれるのか?」
「そのつもりだ。迷惑でなければ君の召喚獣という形で僕も雷神様と共について行こうかと思ってる」
「それは助かる」
俺は米崎から離れた。最初、米崎を受け入れた時、毒を食らわば皿までと思い切ったつもりだったが、あれからさらにミカエラの魂を持ったクミカと一緒になり、迦具夜も受け入れた。そして極めつけがレダだ。
俺はそのたびに強くなった。毒を食らって強くなる。どうにも俺はそういうタチのようだ。
「米崎の転生先は何だ?」
米崎の魂には今の見た目とは全く違う姿が浮かんだ。それは魂まで変化した転生の姿。骸骨に異様なほど大きな角が生えた存在。そのままレベル1000を超えたら、まず間違いなく悪神になるのではと思えるほど禍々しい。
「死霊王。魂を操るのが得意になった」
「そうか……」
不思議とそれに危機感は感じなかった。そういうものなのだろう。あるがままそのままに受け入れて流している自分がいる。レダを受け入れたことによるものだろうか。それとも善悪に対する頓着が薄いのかもしれない。
「俺は何になるんだろうな」
「それが僕も楽しみだ」
「これで上がれなかったらとんだ間抜けだな」
周りのあまりにもそういう風に扱うから自分でもルビー級になれるのは当たり前のように喋っているが、実際のところレベル500の壁は高い。
どれだけ才能があっても、順調にレベルが上がっているものでも、レベル500の前になると急にストップする。そしてそこから一切レベルが上がらない。そんなことが普通にあることらしい。
「それはない」
あっさり米崎が断言した。
「本来の才能で言えば僕は超えられなかった。それでも超えた。僕でも超えたんだ。君のパーティーメンバーでルビー級になっていないのは0だ。全員が超えたよ」
「それはまた……みんなすごいな」
「みんながすごい?」
「そうだろ。正直、置いていかれた気がするよ」
「バカな。本来の才能でルビー級を超えられたものは、伊万里君と榊君だけだ。しかも全員がレベル500をかなりオーバーしている。レベル800下回っているものはいない。僕の目に狂いはない。僕は改めてそう確信している。君ならルビー級なんてあっさり超える。むしろ君が嫌がっても超えるだろうよ」
「シャルティーと切江は超えてないよな?」
「へ?」
「ああ、まあそうだよ」
シェルティーと切江は困ったような顔をした。
「その2人は君の持ち物だろう。超えさせたければ君が超えさせればいいじゃないか」
二人が気分を害していないかと顔を見るがニコニコしていた。やはりこの2人は俺に仕えることを完全に受け入れているようだ。自分たちが殺してしまった人間への後悔がそうさせるのか、それとも純粋な忠誠心か。
そんなことを考えて、ふと、米崎の左手の薬指が気になった。
「結婚したのか?」
米崎の左手の薬指に結婚指輪が見えた。
「ゴールドエリアで必要に迫られてね。形だけさ。愛などない。肉体関係すらない。そういうのが欲しければ、適当に男を作ってくれと相手にも言ってる」
「お前は相変わらずだな……」
正直、呆れる。米崎がこんな風でなければ玲香は、間違いなく米崎とそういう関係になっていただろうに、この男はそういうことにびっくりするほど関心を示さない。性欲が著しく低いタイプの男なのか?
探索者でなければあり得るが、探索者だと体は超がつくほど健康体になる。誰も相手がいない状態というのはかなり苦痛に思えるはずだ。ただこの男にそんな下世話なことを聞いても、答えなど返ってくるわけもない。
「結婚相手は意外とお前が好きなんじゃないのか?」
「君は不思議だね」
ふと顔をよく見られた。
「なんだよ急に」
「僕はあれから10年経ってレベルも上がってずいぶんと成長したつもりさ。傲りではなく、これだけ君とレベルが違えば、僕は君から遠慮されるんじゃないか、それは嫌だなと思っていたんだ。ほら、最初、3階層で出会った時みたいにさ」
「ああ、あの時はお前が怖くて仕方がなかった」
話すだけでも気を使って、米崎に殺されないようにするために必死だった。何しろまだレベル7付近の頃である。あの頃の米崎はレベル200で、ちょっとでも気分を害せば殺されると思った。
今から考えると笑える。この男はそんな"無駄"なことに労力を使う男ではないとよく知っている。それにしても見事なほど話題を変える。くだらないことを聞くなと言いたげだ。
「それなのに君、以前よりももっと僕に遠慮してないね。このレベル差でかなり不思議なことだ。普通はどうしてもそういう言葉遣いができなくなるものだけどね」
米崎がレベルによって漏れ出る覇気を全開放した。強烈な圧迫感。でもそれは殺意ではない。レダの瘴気にさらされ続ける方がまだしんどい。シャルティーと切江が思わず一歩下がった。それでもなんとか俺の前に立って守ろうとする。
「あまりシャルティー達を虐めるな。特にその"怖い顔"でな」
「怖い顔?」
「顔ではないか……お前に"骸骨の幻影"が見えるよ。とても豪華な。そっちが本当の姿か?」
米崎はさすがに骸骨の姿では不便なのだろう人の姿をとっていたが、本来は死霊王にふさわしい。ずいぶん迫力のある骸骨になっているようだった。それは魂を見るとわかる。魂を見るとだいたいの人間の本性が見えるのだ。
「……もう一度何があったのか聞いてもいい?」
漏れ出る覇気を抑えて、本当に面白そうな顔になる。
「ちょっとな」
一部だけでも言おうかとも考えた。だが、やはり口にしなかった。
「隠し事かい?」
「そんなところだ」
俺がそう言うと米崎は機嫌が良さそうだ。
「主様」
黙って後ろに控えていた桜千が、頃合いを見て声をかけてきた。
「私の創造主様より、預かり物をいたしております。主様がここを訪れれば必ずお渡しするようにとのことでございます。持ち運ぶことはできないもので、少し奥へとついてきていただきたいのですが」
創造者様……。桜千がそう呼ぶ相手は1人しかいない。翠聖様だ。翠聖様に関わることだけは、どんなことよりも優先した方がいいと思った。預かり物……。今まで翠聖様が関わることで俺にマイナスになったことは一度もない。
そう思って、今回は何事かと俺は桜千について行くことにした。