作品タイトル不明
第三百二十七話 六条教総本山
俺はもう一つの目玉で自分の後ろの姿を確認しながら、道路沿いに歩いていく。 桜千(おうせん) が俺の領地の方角を教えてくれているからそちらに向かっていた。
「うん?」
しかし1分も経過せずに奇妙なことに気づく。なんか人が増えてる。やっぱり若い女の人がやたらと後ろについてくる。それがどんどん増えてる。だが、今の俺の顔に人を惹き付ける魅力はない。ならば何かの行事と重なっているのか?
「もう戦争も終わったって言ってたし、クリスマスかハロウィンでも大々的にやって……それとも【千年郷】独特の行事があるのか……」
空中に浮かべた瞳で見る限り、その視線は薄気味悪いことに俺に集中している。なぜ若い女子ばかりなのか。10代から20代に見える女性で構成されている。レベルが上がれば年齢の進行はかなり緩やかになる。
だから40歳ぐらいの人もいるのかもしれないが、少なくとも俺の目から見ておばさんと言えるような女性すらいない。若い女子たちばかりにつけられる理由は思いつかない。ひょっとすると俺の前方に芸能人でもいるのか……。
確認してみるが、有名人らしき人はいない。ふと、池袋にあるビルの巨大ビジョンに【千年郷移住10周年記念】という番組が流れていた。そこに映っていた人に目を奪われた。とても綺麗なポニーテールの女性。あの頃よりも大人びていた。
【美鈴様。千年郷への大移住計画が完了してもうすぐ10年になりますね】
【そうですね。あれからもうそんなに経つんですね】
《美鈴……芸能人になったのか?》
【意思疎通】で桜千に尋ねた。
【美鈴様は、探索者として非常に有名人です。現在レベル873。ルビー級になることができずに停滞していた折に虹カプセルの2つ目が当たり、榊様と共にルビー級に。その後榊様はレベル900台まで上り詰められたのですが、美鈴様は虹カプセルの3つ目が出ず、レベル873から上がれずにいます】
《十分すごいよ。美鈴も榊も俺よりレベルが倍以上か。置いていかれたなんてもんじゃないな》
しかし、それを嬉しいと感じている自分がいた。美鈴ってこんなに大人っぽくしゃべるようになったんだ。それにジャックといい随分と仲間たちは出世してくれたようだ。これから頑張って追いつけるだろうか。
【ところで最近巷によく流れている噂をご存知でしょうか?】
【噂ですか?】
【そうです。六条様が10年後の世界に復活されるという噂です】
【ああ、ええ、私も知ってますよ】
【ではこの噂、本当かどうかもご存知なのですか?】
俺はドキッとする。レベル800を超えた美鈴はともかく10年も何もしていない俺が、こんな街頭で一番目立つ巨大ビジョンで名前を出されるだけでも緊張した。メディアで自分の名前が言われる。それはなかなかに衝撃の体験だ。
【どうでしょうね。本当なら嬉しいんですが】
【真実は美鈴様でも知らないと?】
【残念ながら確証はないんですけどね。でも私は——】
生きてると信じている。そして今も待ってる。美鈴はあの時より少し大人びていて、転生した影響なのだろう。額に赤い点が浮かんでいた。年齢で言えば26歳。それでいて完全な大人とまではなっていなかった。
18歳ぐらいだろうか。そこで成長をやめてしまったようだ。もっと見ていたいのだがとにかく後ろからついてくる人達が増え続け、仕方なく俺は足早に巨大ビジョンの前を通り過ぎた。なぜこの顔でこんなに注目されるんだ。
自分でも惚れ込んでしまう超絶イケメン顔ならともかく、こんな冴えない顔に人が寄り付くわけがないのに、女子ばかりついてくる。
「考えられるとしたら俺そっくりのアイドルがいる? この人達はアイドルのファンで、追いかけてくるのは勘違い。いや、この顔でアイドルとかありえん。こんな顔でアイドルになろうとしたら書類審査すら通らないぞ」
顔は微妙だけど演技が上手いとかいう芸能人もいるけど、さすがに16歳でこんな根暗な顔のやつがこれほど若い女に追いかけられると思えない。俺は確かめるために細い路地に入った。
この大量に後ろからついてきている人達が、俺と同じく、この細い路地まで入るとなれば偶然では説明がつかない。そうなれば確実に俺についてきてるんだ。
「……」
「……」
「……」
全員何も言わずについてくる。なぜか泣いてる人もいる。怖い。意図がわからない。よくわからないことは先回りして話してくれる桜千もなぜか何も言ってこない。俺がかなり奥に入っていくと細い路地が若い女性たちで渋滞を起こす。
「何なの? マジで怖いんだが」
10区だからレベルは低い人たちだろうし、逃げるのは難しくない。ただ原因を知りたい。何も教えてくれない桜千とそれにレダ、両方に思考分割して同時に尋ねた。
《さすがにこれはちょっとおかしくない? 何してるのこの女の人たち? 暇なの?》
《ふ、勘の良いお前にしては珍しいな。私はまあ大体の察しはつくぞ》
先にレダが答えてきた。
《じゃあ教えてくれよ》
《お前を見つけたからついてきている。シンプルにそれだけであろう》
《若い女の人たちばっかり?》
《若い女が多いのはお前がその方が好きだからだろう》
《そりゃ好きだけどさ。こんなにいっぱいはちょっと……というか俺が好きでも、女は普通この顔は嫌いだろう》
《それが好きだからついてくる》
《なんで?》
俺だってクラスで一番冴えない女子には恋をしない。街中で偶然見かけて追いかけたりもしない。俺もこの顔だったから、冴えない女子を馬鹿にしたいわけじゃないけど、お互い頑張ろうなって思うぐらいだ。
《それは私から聞くよりも桜千に聞け》
レダはそう口にした。
【主様。後ろからついてきているのは、おそらく"六条教"の"信奉者"たちだと思われます】
《何その怪しげな名称?》
【何をおっしゃいます。怪しげなものでは決してございません】
《でも六条教ってよりにもよって何でそんな名前……というよりもそもそも何なのその名称?》
【現在、千年郷日本国において龍神教と双璧を成す宗教団体です】
《しゅ、宗教?》
びっくりするほど怪しげだ。これで怪しくないと言えばそいつは日本人じゃない。あまりの怪しさにめまいを覚えるレベルだ。
【そうです。地球の過去には実際に見ることができる形で救済を与える神は存在しておりません。ですが、ダンジョンと接触した今、実際に目に見える形で神は存在いたします】
《そりゃそうだろうけどさ。なぜに俺の苗字……》
【神と悪神、そしてそれに準ずるルビー級達の戦いによって日本の国土はあれほどのダメージを受けたことは主様もご存知ですね。自然現象よりも恐ろしい神の力。ならばそれに人は許しを請うもの。救いを求めるものなのです】
《それはまあ理解できるが、その対象が、俺であることがわからないんだよ》
【主様は最も大きな救いとなった私が管理する【千年郷】を手に入れた張本人ではないですか】
《ああ……》
その瞬間全て理解してしまった。性能が良くなりすぎるほど良くなった頭が一瞬で答えを導き出した。きっと【千年郷】における一番手柄が俺になってるのだ。この【千年郷】は日本人全ての命を助けたと言っても過言じゃないアイテム。
それを手に入れることに一番貢献したのが六条祐太。きっと南雲さんたちのことだから、手柄を俺にかなり譲ってくれたのだろう。加えて一緒に手に入れたのは迦具夜と弁財天と千代さんだ。全員間違いなく俺のことが大好きだ。
そういったことが相乗効果を生み出し、信仰されるほどに感謝される存在に祭り上げられた。
「予想してなかった……」
理解できると、この状況が一過性のものではないと分かり、嫌な汗が流れる。そのまま細い路地を抜けるとその抜けた先にも津波のように人だかりができていて、若い女の人の視線がこっちに集中している。
相変わらず誰も声を発しない。誰もが声をかけていいのかどうか迷っているようだった。そういえばレベル1000を目指すということは神様になるということなのか。そのことを改めて認識する。
「はは」
女の人たちの顔を見ながら曖昧に笑い【転移】して逃げた。
「「「「「消えた!?」」」」」
俺が目の前から消えた瞬間、今まで黙っていたことが嘘のように、全員が口々に喋り出した。
「ということは探索者よね!? つまり!」
「【転移】ってかなり高位の探索者しか使えないスキルでしょ!」
「六条様は生きてる……あの噂はやはり本当だわ!」
「私【転移】はゴールド級でも使える人は少ないって聞いたことがある!」
「六条様がルビー級になって帰って来られたのよ!」
「こうしてはいられない! 本部に連絡しなきゃ!」
「誰か写真撮った!?」
「そんな畏れ多いことできるわけないでしょう!」
実際のところできるだけ上空に移動しただけだが、10区の人間ではそんなことわかるわけもない。しかし、それにしても改めて若い女の人ばかりだ。それにこの昔の姿がどこから出回ったのだろう。
俺は昔から写真嫌いで日常では自分の写真を撮ったことがない。学生時代の学校行事のものが流出したのか。それにしてもなぜわざわざこの顔なのだ。信仰の対象になるとしてもこの顔はないと思うのだ。
何よりも【千年郷】を手に入れたとはいえ、他の人間の活躍もあってのことである。中でもあの場で千代さんが果たした役割は大きい。俺はレガとの交渉で場所の情報は手に入れたが、千代さんも同じぐらい評価されて良かったはず。
そこまで考えて、千代さんのことがなぜか引っかかる。両方同じぐらい評価されて良かったはず。それが評価されているのは俺だけ、千代さんは何も評価されていないのか? そこまで考えてみると思いつくことがあった。
《千代さんがひょっとして扇動した?》
【おお、よくお分かりになられましたね】
《やっぱり……》
意味はわかった。しかし、まだ若い女ばかりがこの姿に気づいたことには違和感があった。
《どうして若い女の人ばかりなんだ? 六条教は若い女の人しかいないの?》
【いえ、当初から若い女性人気の高い六条教でしたが、現在は他の年齢層や性別の方にも広まっています。ですが六条教総本山への入山が認められるのは若い女だけと決まっているのです】
何だか日本国内での俺の人間性について凄まじい誤解が生まれているような気がする。それにマイノリティしか信仰しないマイナー宗教の匂いがぷんぷんとする。
《信者数ってどれぐらい?》
【3267万8968人です。先ほど73名増えました。女性の数が多く8対2の割合で女性です】
《……マイナー新興宗教の人数じゃない。と、ともかく一度総本山というものを見ておくよ》
【畏まりました】
千代さんと再会できたらこのことを小一時間問い詰めて、解散の方向に何としてでもする。そう心に誓いながら俺はそのまま空を飛んで【千年郷】の中心部へと移動していく。
空から見てると日本の街並みが再現されているエリアも多かったが、他にもヨーロッパ風の街並みや、アメリカや中国風の大きな建物も見える。他にもでかい遊園地やモンスター博物館なんてものもあった。
「エリアによって色々あるんだな」
中心部に向かっていくほど大規模施設が多くなってくる。そして日本の城や西洋の城。誰かの大規模な住まいと思われるものもよく見るようになってきた。
【各区によって建てられる建物には制限がかかっております。10区はかつての日本の建築物の高さ以上のものを建ててはいけない。また建てたとしても千年郷における最新設備の使用はできなかったりします。また他の区でも、建築に千年郷のシステムを利用する場合、通常の工事費用の3倍の費用が必要となり、簡単には利用できないように取り決められております】
「桜千のシステムってそんなに費用がいるものなのか?」
【いえ、完全に自動化されたシステムなので実際は金銭が必要ありません。ただ、それゆえに全く雇用を生み出すことができず、探索者をしていない、もしくはやめた人間のやる気低下を招きます。このため最近決まった法律なのですが基本的に10区、9区での私のシステムの利用は完全に禁止となりました】
「便利すぎる弊害か」
【そうです。ある程度以上に不便でないと人は繁殖活動すらやめてしまうのです】
昔から便利になればなるほど、娯楽が発展すればするほど、人のやる気は低下し、楽な方へと流れすぎる傾向はあった。【千年郷】ではそれがすでに行き着いて、もはや生きるだけなら人は何もしなくて良いほどに便利になってる。
その結果どうなるかの社会実験は大八洲国や他のブロンズエリアの国々によって、試されダメだという結論が出ているのだろう。だからこそ、移住してたったの10年ほどで、楽を捨て、探索者を奨励し、より強いものが生まれるように、そして上昇志向が強い社会になるように貧富の差を強くする。
そうして他国に負けない軍事力を有し続ける。そういう社会構造にしたことを桜千は話してくれた。
《まあ俺もその考えには賛成かな。結局俺もあれほど命をかけてダンジョンに入ったのって、親父があんなだったからだし》
もし俺の親父が弁護士として立派な人間で、親としても立派な人間なら、俺はきっとそれに甘えてダンジョンで命をかけようなどとは思わなかった。親父に生きるために追い詰められたことが、俺を命がけの世界に駆り立てた。
【主様はその考えを米崎様にも少し話したことがあるようです。それを聞いた私は、千年郷の中に住む以上、主様の思想も取り入れるようにと政府には強く注文はつけさせてもらいました。このような形ですがよろしかったでしょうか?】
《ま、まあ、俺なんかがおこがましい話だし、レベル的に一番でも何でもない俺の言うことなんて聞いてもらう必要もないと思うが……。というか10年もいなかった俺の言葉なんて誰か聞くか?》
【恩知らずなものたちですが、残念なことに、主様が言っているといえば聞いてはいただけませんでした。ですから、主様には死んだことになってもらい、南雲様がそれを自分の言葉として口にしてくださいました】
《政治を頑張るなんて南雲さんらしくないな。いや俺が知らなかっただけかな》
【それと主様、ご不便をかけることをまた1つ言わねばいけません】
《何?》
【申し訳ないのですが空を飛ぶことに関してもルールがあります】
日本人が全て移住したのだ。1億人以上もの人間が住む国ともなれば、当然のように様々な制度を施行する必要があり、ルール設定は未だに頻繁に行われているのだという。
【主様。下のレベルのものは上のレベルの領地の上空を飛んではいけない決まりとなっております。また同レベル同士も基本は避けて通る方が良いとされております。そして、これ以上は5区エリアとなります。本来ならば千年郷に主様が通ってはいけない場所などないのですが、余計な問題となることも考えられます。飛行ルートを指示させていただいてもいいでしょうか?】
《了解。もちろん従うよ》
主だからと無茶はできない。昔の封建社会でも権力者だからと威張っていれば配下に殺される。全体として住んでいるのだから調和は大事だ。
《みんな結構いろいろ好きに建ててるな》
それが面白いと思いながら、俺はかなり大きな野山の区画に差し掛かった。結構人の出入りが多くて、女の人の間で流行っているのか登山をしている人が多い。動植物も豊かなようで、その奥に社殿が見えた。
《ひょっとしてここが総本山?》
ずいぶん大きい。建築物の規模からして相当なお金がかかったことが想像できる。俺の借金とかになってないだろうなと不安になった。
【はい。10代から20代の女性、もしくは若い見た目の探索者のみに入山は許されております。お寄りになられますか?】
桜千が聞いてくる。
《え? 別に寄る気はないけど》
というか、千代さんが扇動したのならば、建物にも口を出してそうだし、かなり極端な建物になっている気がして見るのが怖い。
【お寄りになられないのですか?】
《うん。行く必要あるか?》
【……興味がないですか】
なぜか落ち込んでる気がした。
《よ、寄ろうか?》
【はい。それは良い考えかと思います】
桜千の声が弾んでいる。俺は嫌な予感がすごくする。今までの話をまとめるとあれって多分……。そんなことを思いながら建物へ降りた。巨大な神社と思われるような建物。檜柱の1本1本が樹齢1000年を超えていそうだった。
人払いをしてくれたのか人目はない。俺が入り口の前まで行くとゆっくりと扉が横に開いていく。そして、巨大な神社の静謐な雰囲気が漂い、何一つ物音のしない静かな空間を中へと歩いて行くと目の前に巨大な像が安置されていた。
玉座に座るギリシャの神殿に飾られていたというゼウス像のようだった。椅子に座っているそいつは、おそらくダイヤモンドでできているのではと思われる冴えない男子の像だった。
《ダイヤモンド製の像。もしかして……こ、これ、俺?》
その見上げるほど大きなダイヤモンド製の像は気のせいか昔の俺と瓜二つだった。小学校の頃に修学旅行で見た奈良の大仏ぐらいある。おまけにほのかに光る加工でもしているようだ。
「ま、眩しい……」
「お気に召しましたでしょうか?」
そんな声がした。頭に響く声ではなく。辺りにも響く声。広い建物の中、ゆっくりとこちらへと歩いてくる男がいた。洋風も少し取り入れた黒い和装を着て、相変わらずどこか翠聖様と似ている。だから男なのに妖艶な色気がある。
「桜千か?」
「はい。桜千でございます。主様とお会いできる日を今か今かと待ちわびておりました桜千でございます。ようこそお越しくださいました。六条教総本山、六条祐太の神像」
そしてそうこの姿。俺の中学3年の時の姿だ。なぜよりにもよってこの姿なのだ。いや、そうか、このせいで俺の顔はバレてたのか。もう変装する時にこの顔二度と使わんと密かに誓う。こんなもん子供に見せたら泣き出すぞ。
「なあこれ、やっぱり千代さんが造ったの?」
何をどう血迷ったらこんなものができるんだ。
「いいえ、もちろん造ったのは私です。今の日本の技術レベルでは決して造ることのできない唯一無二の神像。しかし、現在の主様のあまりにも美しいお姿をそのまま像に再現させることは不可能。ですので中学3年の頃の主様のお姿を再現させていただきました。この姿も再現するのには苦労が多く、何度造り直したことか」
「そ、そうか……」
きっと好意でしてくれたのであろうことを怒るわけにもいかず、顔が引き攣る。そして若い女ばかりがついてくる理由もわかった。総本山に入山できるのは若い女のみ。だから若い女の人は俺のこの昔の姿こそ一番見慣れていたんだ。
あまりに俺のダイヤモンドの像のインパクトが強すぎて、見落としていたが、ダイヤモンドの像の前に俺のリアルな等身大の像まで設置されていた。まるで俺が生きてそこに立っているようにすら見えて気味が悪かった。
六条教の犯人は千代さんだと思ったが、違う。今確信した。六条教の主犯は桜千に違いない。俺はそれに気づいてしまった。桜千の次々と立て板に水を流すように語るダイヤモンド像製作秘話を聞きながら、これをどうすればやめさせることができるのかと俺はそればかり考えていた。