作品タイトル不明
第三百二十五話 10年ぶりの再会
「あなた私とどれほどレベルが離れてると思ってるの?」
「3倍ぐらいですか?」
「だからおかしいでしょ?」
ナディアが俺の行為に驚いている。体の構造や魂の構造、そういったものへの理解が時の狭間で深まった。それは一体どれほどの時間が経過したのかもわからなくなるほど、自分の魂と向き合い続けた悠久の時間。
地球ではどれほど頑張っても16年以上、探索者としての経験を積むことはできない。何しろダンジョンが現れたのが16年前なのだ。だからその点に関してはいくらレベルが高くても、ナディアよりも俺が勝っているはずだ。
「何もおかしくない。得意分野で勝負しただけですよ」
「得意分野……あなたの得意分野は炎ではないの?」
「これ以上答える必要があるとも思えない。それよりナディア。この状況はお互い困るだろ? 後ろの人も」
「へえ、夜に隠れてるのに気づくんだ」
何か自分の後ろで黒い澱みが動いて見えた。
「久しぶり湊だよね?」
それでもまだ姿は見えないままだったが、徐々に夜のような暗さが固まり形になってくる。
「嬉しい。名前までちゃんとわかってる。お姉様。この子かなり特殊ですよ」
後ろから俺を刺したままの湊の気配が大きくなる。ばれていると確信したようで隠れるのをやめたようだ。そして男だと確信する。黒い淀みが完全に人の形になる。女のような姿をしているがやはり男だ。魂が男なのだ。
悪神ともなれば姿を自由に変えられるのに、男女どちらも選ばないのが湊の生き方か。千葉までバイクレースをした 道明寺(どうみょうじ) 湊(みなと) 。股下10cmほどの黒い着物を着て、かなり綺麗なニューハーフだ。
ただ、ナディアと同じく人間の姿で、その本来転生した姿は隠しているように見えた。魂にはトグロを巻いた黒いヘビが見えている。赤い瞳と鋭い牙を持つ口を開いてる。一瞬でも気が抜ければ丸ごと呑み込まれそうな気がした。
「六条祐太……何なのあなた? 瘴気で動けなくしたはず。どうして動けるの?」
「それは答えない。でも、俺はあなたの魂を壊さない。この後ろの人は俺を殺さない。そういうことでどうだ?」
魂に触れられたことからわかる。ナディアは魂の扱いに関しては俺よりも数段下だ。魂を理解してれば、必ず俺のように傷つけられないように防御する。だから後ろから俺の魂を刺している湊も実際は刺せていない。
何重にもエネルギーフィールドを張り、魂は防御している。それでもレベル差で攻撃されたら俺の防御ぐらい突き抜けただろうが、湊の攻撃に手応えは感じられるように疑似魂に触れさせている。
「これで同じ立場のつもり?」
ナディアにはこの状態でも余裕が見える。俺は瘴気は大丈夫でも、そもそもナディアとは内に秘めるエネルギー量が違いすぎてどうしても俺の方が耐えられる時間は少ない。俺がまだ生きている原因であるレダが話しかけてきた。
《1日のうちに神と戦い、そのすぐ後悪神二人と戦う。これほどダンジョンに好かれるものを見た記憶がない》
《喜んでる場合じゃないよ》
ナディアの体は気持ちがいい。今のところ苦痛はない。むしろ面白がって耳に息を吹きかけてくる。ペロリと舐められた。ナディアはまともな攻撃をこんなレベル差でされたことに最初驚いた。でももう余裕を取り戻したようだ。
「正直ちょっと感心したわ。メトと死神が殺し損ねるだけはある。ねえ、感心させてくれたお返しに大人しく私の魂を離してくれたら、いいことしてあげる」
チュッと頬にキスをされた。10年前ならこのキスだけでナディアに夢中になった。それぐらい魅了の魔力がふんだんに込められていた。多分、魅了するための魔法を使ってる。間近にあるナディアの顔が異常なほど美しく魅力的に見えた。
「魂を離したら俺を殺すよな?」
「いいえ、殺さないわ」
「嘘つきだな」
理性が目の前のナディアが魅力的な女性だと告げている。頭で考えるだけだとナディアに堕ちる。でも魂が染まらない。そこが抑えられない限り最後の最後は耐えられる。
「本当だから信じなさい」
「信じられないね」
その言葉でナディアがもう一度、俺の顔をよく見てきた。
「私とこの距離でまだこんなこと言うのね。どうやっているの?」
「何のことだ?」
「とぼけちゃって可愛い」
言葉から油断しそうになるが、ナディアからの殺意が消えない。この女は言葉とは裏腹に俺への興味などない。南雲さん以外には興味がないとわかる。この女の魂がそう告げているからだ。
〔この子を殺す。そうしたら南雲が怒って私を殺しに来る〕
そう魂が言ってる。俺と南雲さんの繋がりを知ってる。魂は正直だ。嘘がつけない。
「集中が切れてきてるわよ」
《当然だ。これほどレベルが違えば普通レベル差の威圧だけでも死ぬやつは死ぬ》
《生きてるのが嫌になってくる》
早く来てくれ……。
それでも有利に立てないのがレベル差というものだ。魂の防御が甘くなってくる。ナディアが俺に少しでも隙ができる瞬間を伺っているのがわかる。例え瞬きの間でも隙ができたら、その瞬間後ろの男に真っ二つにされる。そう分かる。
湊は俺が斬りたくて斬りたくて仕方ないんだ。
《祐太》
その瞬間だった。
《南雲さん!?》
間違いなく南雲さんの声が頭に響いた。俺は気が緩まないように最大限に気をつけた。わずかな違いに向こうは気づく。これは気づかれるか? だが相手が反応しなかった。他にもジャックと雷神様に繋がったのが分かる。
俺はそれで南雲さん達から何か言うよりも先に、今の状況と必要と思える内容を全て【意思疎通】で圧縮して3人に送った。
そして、
《……祐太、お前、本当女に手を出すのが早いやつだな》
一瞬後に返ってきた南雲さんからの返事がこれだ。なぜだ。かなり真剣に頑張ってるのにその反応はおかしい。それなのにジャックと雷神様も言ってくる。
《10年ぶりでも相変わらずだなリーダー。悪神とまでお付き合いするつもりかよ。ある意味感心するぜ》
《なんだ貴様。10年ぶりで飢えてるなら相手をしてやるのに》
《結構やばいのでそういう冗談はやめてください》
俺は本気でいっぱいいっぱいで真剣に言った。
《ぷっ》
南雲さんのそういう声を聞くと気が緩みそうになる。俺の気の緩みに以前ならもう気づかれていたと思う。それでもまだ気づかれないのは、時の狭間で眠り続けて魂と向き合い続けたからだと思う。
そのせいで自分というものを理解し、自分の体の制御は以前よりも格段に上がっている。何よりも思考を分割して、南雲さんたちと話している俺と体を操っている俺は別系統になっている。これを見破るのはさすがにナディアでも難しい。
そう信じたい。
《六条よ。これってひょっとして月の魔女は殺せそうなのか?》
ジャックが言葉を発してきた。懐かしくて嬉しくて仕方がないのだが、それどころじゃない。ジャックは俺が圧縮して送った今の現状を見て口にし、俺は返事をした。
《……殺すだけなら問題なく》
多分できると思う。普通の状況ならどうひっくり返っても勝てないが、今の状況ならナディアだけは殺せる。それぐらい魂というものに対する理解を深めるのは時間がかかるし、ナディアの魂にはそれができている形跡がない。
それならこのまま握りつぶせるはず。
《マジかよ。お前が送ってくれたものを見る限りまだレベル400のままなんだろう。本当、リーダーは意味わからんな》
《そんな楽観的なものじゃない。殺すのはギリギリだろうし、その後俺は湊に間違いなく殺されるから生き返らせてもらう必要がある。でも、それができたとして、南雲さんはいいんですか?》
ナディアは南雲さんのかなり親しい知り合いではないのだろうか? それどころかこの魂は確かに南雲さんの方だけに向いている。南雲さんが好きすぎた結果暴走した形跡すらある。そして彼女はかつては英傑だ。
《思うところはある。だが死ぬのは仕方ない。それだけのことをもうやっちまってる女だしな。ただ……》
複雑な感情が伝わってくる。もしも伊万里とこんな状況になれば俺は殺せない。南雲さんとナディアの関係がそこまでのものでないにしても、魂をこのまま握り潰せば完全な消滅を意味する。それは生命にとっての完璧な死である。
「湊」
俺が話していると、ナディアも会話しだした。
「なに?」
2人の方には意外とまだ余裕が見えた。
「飽きたわ」
「了解」
嫌な予感がする。
《祐太、お前じゃどんなに頑張ってもナディアは殺せん》
南雲さんがはっきり口にして俺は自分の甘さを痛感する。湊の刀から夜が溢れ出てくる。それは真っ黒な何か。黒く光がなく完全なる闇。ナディアの魂を握っている手に力を入れようとするが入らない。勘が全速力で逃げろと言ってる。
《南雲さん!》
そして自分で逃げたら間違いなく死ぬと思った。
《OK》
後ろから湊に刀が斬り上げられようとしている。俺の手を誰かが握った。そして一瞬自分の認識に歪みを感じる。それは転移の時に感じる歪みだと気づく。すぐ後に別の場所にいた。俺の住んでいたタワマンの屋上。
俺の手を握っていた南雲さんだった。それに加えてジャックと雷神様の姿もあった。
「元気そうだな」
握られていた手が離れて頭を撫でられた。
「いや、まあ、お前にとっては一瞬か。ほら飲め」
そう言ってポーションを渡される。自分の腹に違和感を感じると腹から血がドクドクと流れていた。なんだかこの状況、最初に南雲さんからポーションをもらったあのダンジョンの暑い日を思い出し、俺は飲んで回復させた。
「六条! 10年ぶりだ!」
ジャックの方は全力で喜びを表現してきて抱きしめてきた。本当に嬉しいようで男同士なのに結構強く抱きしめてきた。
「あ、ああ、ジャックかなり強くなったか?」
ジャックと最後に会った時、肉体的なジャックの成長期はもう終わっていた。だから見た目はそこまで変わらない。しかしレベルはまだまだ上がる余地を残していたようだ。雷神様と並んでみても、感じられる雰囲気が対等だ。
「おうよ! レベル988だ! どうだ!?」
「すごいな。俺なんかよりはるかに強くなったんだ」
「抜かせ! どうせすぐに追いついてくるんだろ!」
「俺を何だと思ってるんだよ。レベル988はそんな簡単じゃないよ」
ジャックが解放してくれた。
「さて、このまま排除してもいいんだな?」
雷神様が鋭い目で見てくる。以前よりも強くなってる。そして神にはなっていないようだった。再会を楽しむよりも、目の前の池袋駅が夜の中に沈んでいる。駅ビルの建物全体が崩れて消えていた。
闇の中から悪神の2人がヌルッと浮かび上がってきた。
「南雲。ようやく逢いに来てくれたのね」
ナディアは顔に満面の笑みを浮かべた。
「ああ、退去させに来た」
「一緒に逃避行? 南雲と一緒ならどこまでも行くわよ」
「いいや、お前だけだ」
その言葉を口にしたのは南雲さんではなかった。雷神様で雷鳴が響いた。同時にジャックも動き出した。昔の動きとは全く違う。おそらく雷神様と比べても速いと思えるぐらい。パンッと大気がはじけたと思ったら、
【風神よ踏みつぶせ】
その言葉と同時に空から雲が落ちてきた。それが風の塊となってナディアと湊に直撃する。その間も雷鳴が何度も鳴り響く。赤い血のような色をした稲妻と風が混じり合い、渾然一体となって攻撃を生み出す。
雷による轟音、そして風が地面まで揺らすほどの現象を巻き起こした。完全に夜に飲み込まれた池袋の駅ビルの周囲までがどんどんと崩れていく。街全体が廃墟と化していき、そして俺は今の日本の状況がよく理解できた。
日本人が【千年郷】に完全避難した。だからこそ日本は戦いの場として最も良い場所となった。そしてルビー級を超える探索者同士の戦いがここで何度も起きたんだ。
《祐太。ひとつだけ確認だ。どうして『英傑と悪神は戦うな』と言った?》
南雲さんが聞いてくる。なるほど。だから一番先に戦いそうな南雲さんはまだ戦ってないのか。俺の言葉はかなり重要に取られてしまったようだ。
《まあ無理もない。お前は月城迦具夜に弁財天、この南雲という男に千代女という女、日本という国においてかなり重要な人間4名とのつながりが強い。ましてやその中の3人がお前の女だ。3人の女にとってはお前の言葉は命よりも重く受け止められることだろう》
レダはどうやら交渉好きだけあり、しゃべるのが好きなようだ。結構よく話しかけてくる。ただ全く無駄と思えるようなことは言わない。何よりもこいつは悪神中の悪神。だからその話は重要に思えた。
《そうなんだよな。もうちょっとあの時ちゃんと言葉を残せてたら誰も混乱しなかった》
南雲さんと話しながら先ほどまでナディアの相手をしていた俺の思考領域が、レダとの話を開始する。レダは自分の能力を使用しない限り、話は聞かせてくれると言っていた。知っていることを教えてくれるなら、聞きたいのだ。
《まあ今の状態で下手に手を出さなかったことは、むしろ良かったかもしれんがな》
《レダ。ナディアを殺して大丈夫なのか? 何だか俺は妙にその行為に嫌な感じがするんだが……》
何かナディアは奇妙に見えた。世界からの瘴気の流れが日本に来て、それが彼女の中でわだかまっているように見える。それは取り除いていいものなのだろうか。取り除いた場合瘴気はどこに流れていくのだ。
《よくわかったな》
《時の狭間で長く過ごしたせいかな。そういうのがものすごくよく見えるんだよ》
今、俺の目に映っている"何か"は黒い流れ。それがどこから来てるのかも見える。魂を理解したせいか、そういう見えないはずの世界の裏側がよく見える。
《世界の中に生まれる澱み、それは生命が生きる限り発生し続けるものだ。一番最初に生まれた悪神ナディアは間違いなくそれを最初に受け止めたはずだ。結果、世界で最初に現れる最初の悪神は強くなる傾向がある。ナディアは最初、正気を保つことすら困難だっただろう。だが、それが 夜叉神(やとのかみ) という悪神が新たに現れたことで、澱みの流入が穏やかになり正気に戻っているようだ》
《だとするとやっぱりナディアは殺しちゃダメか?》
《ダメではない。ただ悪神が瘴気を十分に取り込まない場合。その瘴気は神に流れる。故に魔の属性も含んだ神が現れやすくなる。そして神は悪神に堕ちやすくなる。今の地球ならば神は大して破壊衝動が強くなくても悪神になってしまうであろう。そうして瘴気と聖気のバランスは取れ、世界は均衡が取れていく》
《そんなものがない世界はどうなるんだ?》
《神も悪神もいない世界ということか?》
《そうだ》
《その場合、誰にも極端に力が流れ込まないので、その世界の均衡は自然に放置しても保たれる。先ほどの補足だがな。"2人では足りない"はずだ》
《なるほど——》
俺はレダと会話しながらも、もう1つの思考領域で南雲さんと喋っていた。そして今のレダとの会話の内容をその思考領域に送った。
《南雲さん。地球の英傑で悪神に堕ちたのはナディアだけですか?》
《ああ、いや……》
《やっぱりナディア以外にも悪神になった英傑はいるんですか?》
思想的に危険なのは 王(ワン) と弓神あたりかと思った。
《お前がどうして気づいたか知らんが田中と鈴が堕ちた》
《……え?》
それは俺が予想していた中で最もありえない2人だ。
《まあ知らんだろうから無理はない。鈴は昔から結構な引きこもりでな。それが悪く出た。自分が堕ちて火星まで逃げて引きこもりやがった。田中はその結果鈴だけを選んで火星で今頃2人っきりで楽しんでるだろうよ》
《そ、そうですか……》
心が乱れた。天使様のことはほとんど知らないけど、俺は田中を尊敬していた。ガチャ運1なんかじゃ絶対にお金なんて回らないはずなのに、それでも諦めずに探索者を続け、サラリーマンの仕事もずっとしていた。
それでレベル1000を超えたすごい人なのに、いつも控えめで自分が目立たなくても気にしてなくて強い人だと思った。その人は、でも、たった一人を選んだ。
《祐太、どうして気づいた?》
南雲さんはさすがに不思議に思ったようだ。
《時の狭間を彷徨っていた時、少しだけ寄り道することがあったんです。それで僕は、ちょっとだけ知識を得た。その知識は結構大きくて少しだけ物知りになりました》
《はっ。お前はただでは帰ってこないんだな。まあいい、俺も伊万里のことで白蓮様と接触した。その時の話をお前に聞かせたい。また後で話そう。今は目の前だ。俺もナディアと戦っていいんだな?》
《ええ、戦っても構いません。ただ——》
俺が得た知識を南雲さんにまとめて送った。思考加速の中で少し考えた南雲さんは、口を開いた。
《なるほど……完全な排除は現実的じゃないか。祐太。正直俺も結構そんな気はしてたんだ。どうも力の流れがナディアがいなくなるとうまくいかなくなる気はした。そういうことなら、お前が帰ってきたんだ。今日はもういい》
《いいんですか?》
《ああ、いい。豊國、ジャック! 祐太が帰ってきたところだ。帰ってパーッと帰還記念パーティーといくぞ!》
《我は暴れたりん。お前たちだけで帰れ》
《いいのかよ。千代女が帰ってきてまた祐太をかっさらって行くぞ》
《……ちっ、分かった》
《龍神様、俺もOKだ。くく、お前絶対帰ったらビビるぜ》
心底楽しそうにジャックが笑う。何か含みがありそうなのだが何だろう。俺は念のために誰の目にも普通に見える昔の姿に戻っておいた。15歳の冴えない少年。これで完璧だ。だが、なぜかジャックは俺の姿を見て余計に面白そうにしている。
ともかく南雲さんはジャックと雷神様が戻ってくると同時に転移した。