軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百二十四話 10年後の日本

目の前には弧を描く大きな窓があった。メトたちから逃げるために伊万里が割ってしまったと言っていたが、タワマンの管理会社が修理してくれたようだ。でも10年間誰も住んでなかった場所であり、床に分厚い埃が積もっていた。

「伊万里は一度も帰ってないか……」

俺の10年前の記憶と内装が一致している。伊万里は結構な綺麗好きなので、帰ってきてたらそのままということはないはずだ。

《お前の住まいか?》

「ああ、レダからすれば何の変哲もない場所だろうな」

タワマンの価値など悪神には関係あるまい。

《そうだな。だがこの世界の文明レベルならかなり良質な住まいなのだとはわかる。しばらくここにいるのか?》

「そんなわけない……」

《どうかしたか?》

「いや、結局本当に住むことがない場所だったなと思って」

この部屋は南雲さんの名前でお金がロハになったし、苦労して購入した場所ではない。それよりは六条屋敷がどうなっているのかの方が気になる。ここはまだ存在していたが、六条屋敷は大丈夫だろうか?

思いながら目の前の弧を描く大きな窓から東京の街並みを見渡す。目の前に広がっていた光景は、俺の想像以上に……。

「何だこれ……」

大都会の光景はまるで文明が滅びた後の惑星のようだった。核戦争でも起こったのか、あちこちの地面に巨大な隕石でも落ちたようなクレーターがあり、地殻変動だろうか地割れが目の前の地面に大きく走っている。

ほとんどの建物が崩れていて、ここが無事なのが不思議なほどだ。目に入った東京スカイツリーは塔の真ん中で折れていた。それに空気が淀んで瘴気が蔓延している。その原因を探るとすぐにレダと似た気配を2つ感じた。

「悪神……」

《ほお、生まれたばかりだな。お前は運がいいのか悪いのかよくわからないやつだ。いや、それでこそルルティエラ様の寵愛を受けるものということか》

「嬉しくないな……」

本当に嬉しくなくて俺の眉間にしわがよる。悪神ということはレベル1000以上であり、俺が気づいたということは、2倍以上のレベルである悪神もまたこちらに気づいたはず。そもそも悪神との距離が近すぎた。

《いるのは池袋駅だよな……》

このタワマンは池袋駅から500mほどしか離れてない。逃げるのは無理そうだ。そう思っていたら早速、悪神がこちらにゆっくりと近づいてくる気配がした。他にも生物の気配があちこちからしている。

ゴブリンやスライムが地面を徘徊し、ガーゴイルやワイバーンが空を飛んでいる。そしてそれらは悪神の影響を受けて瘴気をまとい、黒く染まっていた。俺はレダに確かめたいことがあって、会話を思考加速に切り替えた。

《レダ。お前はこういう時、俺を助けてくれるのか?》

《くれると思うか?》

《思わない……》

《その通りだ。観察と交渉。これが私の欲求だ。お前が死ぬその最後の時まで私はずっと見ていてやる。この状況だと、それは思ったより早いのかもしれんな。いや、あるいはお前も 悪神(こちら) 側に来るか?》

《その気はないよ》

こんなことを言ってるがレダは俺を悪神に無理に染めようとはしない。その確信があるので俺は彼女については敵にはならないと安心していた。それはレダの優しさなどではなく、極々、恣意的なものだ。

圧倒的な存在であるレダが俺に何かすれば、俺は言いなりになるしかない。そういう分かりきった状況をレダは楽しいと思えない。しかし変化が他からの影響によってもたらされる分には、全く構わない。

この女がそういう風に考えるやつだということは、わかっていた。そして分かっていたから最初から死にそうな状況に心拍数が上がってくる。思えばこんなことばかりなのだが、今回もなんとかしなきゃいけなかった。

《ではどうする? お前は時間移動の前と比べて特段強くなっているわけではない。レベル400のままだ。まあこの2人の悪神を殺せば一気にレベルも上がるだろうが、それはあまりにも酷い蛮勇とも呼べない代物だ》

《分かってる。だからどうするべきか考えているよ》

悪神の接近はゆっくりとしたものだ。向こうも突然現れた気配に様子見をしている段階だろう。

《レダ。ここで逃げるのは絶対バカだよな?》

《バカというより無理だな。お前は短距離転移しかできないだろう》

《じゃあ【意思疎通】でこの状況を打破できる誰かに繋がらないかな》

南雲さん、

米崎、

美鈴、

エヴィー、

伊万里、

ジャック、

榊……。

どれも繋がらない。10年もあるのだ。全員俺より強くなっていると思うのだが近くにはいないようだ。というよりもこの辺り一帯にこれだけ人間の気配がないということは、日本に一人でも日本人はいるんだろうか?

《人間がいなくて、悪魔だらけじゃないか》

《困ったのう》

レダの声がはずんだ。

《楽しそうに言うなよ。悪属性に効果がありそうなものって言えばシルバーガチャから出てきた【聖水瓶】ぐらいか》

《先に言っておいてやるがそんなもの効かんぞ。その辺をうろついてる悪魔になら効果はあるが、お前に気づいてどんどん近づいてくる悪神は二人ともサファイア級だ》

《だよな……》

所詮はシルバー級の聖水。この相手は気配の大きさが南雲さんと似通っている。この程度の聖水などただの水と変わらない効果しかない。ともかく昔の姿から、本来の姿である絶世のイケメンに戻した。

《どうして戻した?》

《俺の心は読まないのか?》

《楽しみが減るのでそれも封じた》

《俺の中でいることをエンジョイしてるな》

《悪いか?》

《この気配ちょっと覚えがあるんだよ。多分、この人ナディアだ。時の狭間で少しだけ見た記憶を思い出した。その時ナディアは悪神になっていて南雲さんに固執している様子だった。つまり男にこだわってるって事だ。それなら格好良い顔の方がいいだろ?》

男にこだわった女なら見た目のいい男を即行で殺そうとはしないはず。それでまず1分1秒でも長く生きることを優先する。死ぬのが先であればあるほど、何か起きる可能性も高くなる。

《なるほど道理だな。この状況では焦って逃げ出すものがほとんどだと思うが、お前がそうしないから相手も慎重になってるな。この状況下でお前ができるベストな選択と言えるな》

《レダ。お前は俺の話し相手ということでOKか?》

《OKだ》

《俺の話し相手なら、アドバイスはOKか?》

《私の能力を使用してのアドバイスでないのならば別にいい。それはお前がお前でなくなることにはならんだろう。私はそれを"宿代"と考える》

《じゃあ——》

俺は自分の考えを述べてレダのアドバイスを求めた。

《——面白い。おそらく今のお前にそれは可能だ》

「よし。じゃあ、とりあえず"会ってみるか"」

【転移】して外に出た。荒涼とした世界に太陽の光だけが寂しく降り注ぐ。地上に瘴気に犯されたゴブリンがうろついているのが見える。スライムや大蜘蛛もいる。上空を飛んでいたワイバーンがこちらに目をつけて襲いかかってくる。

とりあえずそれは【石弾】で風穴を開けておいた。

そして池袋ダンジョンを見る。

しかし、あると思った池袋ダンジョンが"無かった"。

《は? 何でないの?》

池袋駅の前に池袋ダンジョンの10個並んでいた入り口がない。ダンジョン崩壊したダンジョンゲートの姿ではなく、最初からそんなものなかったというぐらい綺麗さっぱりなくなり、元のアスファルトの地面に戻っていた。

《おお、確かにないな。あそこにダンジョンの入り口があるはずだったのか?》

悪神ナディアが相手でも時間稼ぎはできる。レダにも相談して自信は持てた。そして俺は時間稼ぎをしている間に池袋ダンジョンのゲートから大八洲国に逃げるつもりだった。でも池袋ダンジョンがないのではその手は使えない。

《う、うん。いや、これってまさかダンジョンに入るのに甲府に行かなきゃいけないの? いや、日本がこんな状況で池袋にもダンジョンがないのに甲府にある保証もないよな》

《これは困ったのう》

楽しそうなレダ。俺が困れば困るほど嬉しいようだ。焦りが出てくる。心臓がドクドクうるさい鼓動を始める。この状況は詰みだ。悪神2人を相手に池袋ダンジョン以外なんて絶対に移動できない。それまでに追い詰められて殺されてしまう。

《六条、生き延びる方法があるぞ》

《何!?》

《簡単なこと。悪神の生活というのは楽しいぞ》

ダメだこいつ。俺に甘々だった迦具夜と全く違う。助ける気がなさすぎて驚きの黒さだ。とはいえ最終手段として死ぬよりはマシか。悪神。悪神。悪神。いや、やっぱりダメ。それは冗談抜きで勇者伊万里に殺されるやつだ。

【主様】

そんな嫌な考えが起きた時だった。頭に声が響く。

《主様? レダのことか?》

《いや、私の部下はこんなところにはいない。何よりも元の私はもうこの世には存在せん。ちゃんと身辺整理をして出てきたぞ》

【主様。六条祐太様。本人で間違いないと思うのですが、返事をいただけないのはなぜでしょうか?】

《主様って俺のことでいいの?》

【よかった。ようやく繋がりましたね。ずっと探し続けておりました。主様の帰還を確認】

どこかで聞き覚えのある声。どこだったか。記憶を探るが思い出せない。

《何この人?》

《……ふむ。人工生命体のようだな。お前を主様と呼ぶ人工生命体。ひとつ思い当たるものがいるな。以前の私に聞いていたアイテムの生命体ではないのか?》

《レダに聞いてたアイテム……》

【私は管理型からくり族 桜千(おうせん) 。千年郷の管理運営をしております。主様のバイタルに異常を感知しました。非常に焦っているご様子です。必要ならば今すぐお迎えにあがりましょうか?】

《千年郷……桜千……ああ! 桜千!》

ようやく俺も思い出した。【千年郷】の桜千。確かに知ってる。

《助かる! すぐに来てくれ!》

【了解。ただ私がそこに到着するのは1時間ほどかかりそうです】

《そんなに待ったら死ぬ! 10分以内でお願いします!》

【残念ながら私の移動速度ではそれは不可能。しかし、主様の緊急の危険を感知いたしました。千年郷内部に存在する最大戦力に助力を要請しますか?】

《します!》

【要請を送信】

俺は少し待った。

《返事来た?》

【まだです】

《まだまだですか?》

【少しお待ちください】

《だんだん近づいてきてるんだけど!》

【……承諾を確認。南雲友禅、雷神豊國、風神ジャックが急行します。しばらく持ちこたえることはできるでしょうか?】

《それは……何とか頑張れると思う! できるだけ早く来てもらってくれ!》

懐かしい3人の名前が聞けたことが嬉しくなる。良かった。南雲さんがいるということは日本は滅びてないということだ。今の言葉から類推して【千年郷】に日本の住居を移しているのか。

【了解。主様への危険レベル超と判断。千年郷の全システムダウン。移動に全ての力を注ぎ込みます】

《え? 住んでる人大丈夫?》

【大丈夫です。死にはしません。しかし申し訳ありません。待ち望んでいた主様の最初のご命令を守れないとは痛恨の極み】

《いや、それは仕方ないけど、南雲さんたちがこっちに来てくれてるならお前は移動せずに待っていてくれ》

【お迎えに行かなくていいのですか?】

桜千はなんだかものすごく残念そうだ。

《その3人が向かってきてくれるなら大丈夫だ。千年郷が無理に動いて中の人に迷惑かけたくないし》

【おお、自身が危急の時に何とお優しい。この桜千、感激いたしました】

《そ、それは良かった。千年郷はそんなに離れてるのか?》

【現在千年郷は地球から19万㎞離れた宇宙空間に存在しております。到着までどうしても時間がかかってしまいます。南雲様たちの到着は私よりはかなり早いと思われますので、何とか持ちこたえてください】

そう言って送られてきた座標が頭に浮かんだ。ブラジルのはるか上、19万㎞。確かに完全に宇宙だ。衛生のように地球を周回していて今は月との中間地点ぐらいだとわかった。

《どうしてそんな場所にいるんだ?》

【現在、私は主様の承認を得ていないので仮名ではありますが、千年郷・日本国を名乗っております。そして日本は現在世界から孤立状態にあります。主様がおられる場所に悪神が住みついてしまい、私にはどうやったのか不明ですが、主様は南雲様方に、『悪神と戦うな』という指示を出されたとのこと】

《そんなことがあった気がする》

俺のせいでした。ごめんなさい。

【結果として南雲様たちは悪神と戦うことを避ける決定をしました。そして千年郷の中に避難したのはいいのですが、今度は逆に出れなくなってしまいました】

《なるほど俺の言葉が中途半端すぎて大きく取られたんだな》

【その通りでございます。南雲様も米崎様も主様の言葉がどこまでの範囲を示すのか完全に理解することが——】

桜千の言葉が途中で途切れた。その瞬間。

「美男子さん、誰と喋ってるの?」

背中に乳房の感触がした。女の人が抱きついてきたのだと気づく。先ほどから感じた2つの気配のうちの1つが急に接近して体を捉えられた。もう1つは気配が消えている。俺では感知できないぐらいうまく隠れてしまった。

「ずいぶんすごい格好してますね」

真後ろにいる人間を見るぐらいのことは魔法を使えば簡単なことだった。もう一つ用意した目玉に随分と露出の高いビキニのような服を着た女が映る。SM女王みたいだ。男としては眼福な見た目である。

「ふふ、驚かないの?」

「驚いてますよ」

ただ、レダの悪神としての格が大きすぎて、悪神に対する耐性がつきすぎた。瘴気に対する嫌な感覚がない。普通に女の人と話しているような感じさえする。でも俺がこの女の人に勝てるかといえば、勝てるわけもない。

気配からして悪神だ。つまりサファイア級。俺よりも2級も上だ。今だと1級ぐらい上なら少しぐらい戦えそうなのだが、さすがにこの相手は無理だ。

「ね、あなた六条祐太じゃないの?」

「どうして俺の名前を?」

「結構有名人よ。日本人だと誰でも知ってるだろうし、世界中でも大抵知ってるんじゃないかしら」

彼女は俺から離れて目の前に回ってきた。

「ねえ」

「なんですか?」

予想通り男にこだわっているようだ。情欲にまみれた顔で唇を舐める。すぐには殺されない。南雲さんの【転移】がどういう性質のものかは知らないが、19万㎞だと一発で飛んでくるというわけにはいかない距離のようだ。

となれば桜千の言葉通り、持ちこたえるしかない。

「あなたこっち側に来ない?」

「行けません」

「そう言うとは思ってた。でも安心して。あなたまだまだレベルが低いわ。これなら簡単に取り込めそう。ふふ、動かないでね。動けないでしょうけど」

金縛りをかけられているのが分かった。瘴気を形にして鎖のようにする。それで体を縛る。レベルが相手の方が高ければ動けなくなる。その状態でナディアが再び俺を抱きしめてきた。俺の体に流れるエネルギーの形。

それをプラス側からマイナス側に変更する。

そうすると普通の人は悪神側の存在。悪魔になる。魂の理解を深めたせいか自然とそれが理解できた。

もう一人いるのはどこに行ったか。そうすると後ろから刀で"刺された"ことがわかった。先ほどまで見えてなかったが魂に触られた瞬間気づいた。こいつすごい。攻撃の瞬間でも全く気配が揺れなかった。

後ろから見ている目玉にもまだ姿が映らない。魂に刀のようなものが刺さってきたのがわかるだけだ。そいつが俺の背中から刀を刺して、魂に突き込まれている。それが俺のエネルギーをマイナス方面に変えていこうとしている。

でもどうやってここまで気配を消してる? ここまで完璧に気配を消すのは千代さんでも無理だ。あの人ですら、攻撃の瞬間にどうしても気配が出ると言っていた。実際その瞬間だけは俺でも千代さんがわかる。

いや、あの人より気配を消すのが得意な人間が存在するとは思えない。いくら悪神でもこいつらはまだ若い。魂を修練したせいかそう思える。千代さんの気配を消す能力は修練の果てに生み出されたもの。どうして若いこいつが……。

「ああ、なるほど」

瘴気に目をこらす。そうすると姿が浮かんできた。こいつ、瘴気に溶け込ませているのだ。夜と一体化したようなやつ。綺麗な男のようにも女のようにも見える。

「なるほど、ナディアにできるだけ濃い瘴気を出してもらう。そして自分がその瘴気に溶け込むことで殺意も何もかも消してるか。さらに魂を刺して悪神側に堕とす武器か。とてもいい刀だ」

後ろにいる存在が動揺した。

魂が揺れたのだ。

「変わらない……どうして?」

「"そっち"で来るなら無駄だ。そっちなら俺は結構得意なんだ」

《もったいない奴らだ。観察力が足りんな。瘴気にお前が全く反応していない時点でもっと警戒すべきだ》

俺はナディアに対して二つ優位に立てることがある。永遠とも言える時間を自分の魂を見つめることだけに費やした。そしてレダの瘴気に当てられ続けた。だから俺はこの2つに関してはなりたての悪神になら負けないほど得意だ。

実際、瘴気の束縛の意味など何もないというように体が動いた。彼女に抱きしめられている部分以外は動いた。だからナディアの背中に手を回し、当てる。

「何を!?」

ナディアの体の中に手がめり込んで行き、溶けるように滑り込んだ。

「嘘……え?」

何をされたのか気づいて離れようとする。だがその瞬間、ナディアの体がビクンと震えた。

「ひぎっ」

「下手に動かない方がいいと思います。体から魂が離れますよ」

本能的に何か危ないと分かったのだろう。ナディアは動かなかった。動いてたら殺してた。そしてその後すぐに俺も後ろにいる存在に殺されていた。だから動かなくてほっとした。

「ナディアさん、この魂になってまだ若いですね。悪神になって自分の思い通りに生きれるようになった喜び。それでいて魂の奥底に少しだけ残っている後悔の気持ち。そしてこれは誰だろう。南雲さんが欲しくて仕方がない?」

「くっ!」

ナディアさんさっきまで楽しそうにしてたのに今は怒った顔で睨んできた。魂を"握られる"のはかなり嫌だろう。そして魂を"見られる"のも嫌だろう。だが俺は無遠慮に覗いた。