軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百二十一話 Side弁財天 九年 桃源郷最終決戦②

Side弁財天

「それがそちらの三種の神器というわけか?」

信長が空中に浮かびながら問いかけてきた。私も同じように空中に浮かんだ。一層の広さは他の桃源郷の層と変わらない。【千年郷】よりもはるかに広大な世界は、私たちでも戦うには十分な場所。新たにこの場所の所有者となる。

勝者が所有者になると決まっているからこの場所で戦うのだ。壊したところで新たな神が創造し直す。レベル1000を超えると創造の力も手に入るのだ。桃源郷・神の座の争いで最後に残った二人だけの世界。

生き残ったものが真性四柱の監督神から承諾を得て、正式にルルティエラ様によって【 転生(リンカーネーション) 】される。そして正式に桃源郷の神となる。あらゆるものを手に入れるか。それとも手に入れられず死ぬか。

「ええ、三種の神器【幻影の円環】は使用者の望みにすべて応える。その数は12。幻のように12の武器、防具、アイテム。どんなものにでも幻想を表出させる。全てを合わせ迷い込ませれば幻影の牢獄、それぞれに使えばあらゆる効果を発揮させる幻影の武器ともなる」

「なるほど、だから誰でも使えるわけか」

「そうよ。そっちはどうなの?」

【千年郷】【幻影の円環】【黄泉孵りの卵】この3つはたとえガチャから出した使用者が死んでも、誰でも本来の持ち主と同じレベルで使用できると言われている。これが桃源郷の歴代の神々が所持していた至宝。

それぞれに誰が使っても同じ効果を発揮するというのには理由があり、【千年郷】はそもそもがアイテムとして独立している。だから使用者を選ばない。【幻影の円環】は使用者に反応して12の円環を幻影として変化させる。

【幻影の円環】の12を全て使いこなせれば【黄泉孵りの卵】と遜色のない、とんでもない威力となるらしいが、そもそもルビー級ではそれはかなわない。実際、私がこの3年、どれほど鍛錬しても使えるようになるのは2つまでだった。

ゆえに三種の神器のランクは、

【黄泉孵りの卵】

【幻影の円環】

大きく離れて、

【千年郷】

となる。大八洲国の神として使えば一番価値があり、私からすれば使われて一番厄介な【黄泉孵りの卵】。【幻影の円環】が誰でも使えると言っても、完全に使いこなすにはレベルが必要という条件がある。

だが【黄泉孵りの卵】にはそれがない。誰が使用してもサファイア級の神と変わらぬ威力を発揮すると言われている。信長がそれを所持しているのだから私の圧倒的負けは必然。

でもせめて後で笑われるようなことだけはしたくなかった。だが実際のところ迦具夜が消失した時点で、代表権など変わらずに弁財天はどうして降りなかったのかと周りの貴族から笑われていることだろう。

私とてそうしたかったが、迦具夜がどうあってもそうならないように先回りして、全て段取りをしていた。迦具夜が何を考えていたのか今となっては分からないが、そこまで彼女が思うならどうせ短い命だ。

乗ってやろうと思った。

「ふっ、こちらはこれだ」

信長が腰に差した刀を抜いた。その行動が奇妙だった。さらに次の動きがあるはずだと身構えるが信長は刀を構えたままだった。だから私は戸惑いながら口にした。

「……何のつもり?」

その姿は気迫に満ちていたが、私は信長が何をしているのか理解しかねた。だって、

「何とは?」

「ふざけるな! 同情などいらぬ! さっさと出せ! 私は命をかけているのだ! 恥をかかせる気か!」

「何をだ?」

「【黄泉孵りの卵】をもう使っているのだろう! さっさと表に出せ!」

言葉が乱暴になった。頭に血が上った。この地には他の人は誰もいない。しかし、この映像は誰もが見ている。大八洲国。それどころか他国にまで放送される殺し合いだ。そして誰もが神の誕生を目にするのだ。

何一つ隠すことなく真の実力で誕生した神だと内外に示す。それが信長だったとしても仕方がない。私が鍛錬を怠り招いた結果だ。だが、それでも勝つ可能性はある。それが奇妙な同情によるものだなどと笑われたくはない。

信長が構えた刀。それは信長の有名なルビー級専用装備【 天魔一刀(てんまいっとう) 】だ。その威力は絶大と聞くが、サファイア級でも最高ランクに位置する【黄泉孵りの卵】からは、さすがに格が落ちる。

だが信長は【黄泉孵りの卵】を出さないまま、感じられる気配がどんどんと膨れ上がってくる。

どういうこと?

この戦いで手加減などすれば自分の価値を落とすというのに【天魔】が縦に振り抜かれた。山をも断ち切るような鋭い斬撃。

本気で来てる?

少なくとも迎撃しなければ死ぬ。琵琶を鳴らす。私の本来の専用武器ならどうにもならなかったであろう攻撃が、まるで幻だったとでも言うように空中で霧散した。立て続けに地面や空を断ち切りながら黒い斬撃が飛んできた。

私はその度に琵琶を鳴らした。

「さすがに効果がないな。では、これならばどうだ?」

【 相克(そうこく) ・ 黒(くろ) !】

信長の装備スキルだと判断する。私の琵琶の音を呑み込んで行こうとしている。私は本気で旋律を奏でた。

【 寒鴉戲水(かんがぎすい) 】

カラスが戯れる曲。それを刹那に弾いてしまう。カラスどもが現れて信長の黒色の衝撃波を踏み潰した。そのカラスがさらに信長に襲いかかり、信長がそれを躱していく。

「見事だ。かつて大狸殿と戦った貴族の攻撃は、全て夢幻の如く消えたと聞いていたが、確かよな」

「本気なの?」

手は抜いてないように見える。だからこそ、

「目的がわからない。どうして……」

【黄泉孵りの卵】も有名なアイテムだ。使えばどういう風になるかは私でも知っていた。しかしその兆候がどこにもない。

「このまま戦う気? 負けた時の言い訳、いえ、あなたが有利なのにそれをする意味がわからない。どう考えても使わないのは無駄に戦いを長引かせるだけよ」

「だからなんだ? 殺し合いに語らいなど必要なかろう!」

「何を考えてるのか知らないけど、こっちだって負ける気できたわけじゃないのよ!」

【天魔】の黒い刃が無数に向かってくる。【幻影の円環】での戦闘は嫌というほど特訓した。万が一にも勝てるとすれば【幻影の円環】を使いこなすしかない。だから、この3年は生き残るためにも子育てもほとんどしなかった。

八代も忙しく、綾歌が育ての親みたいになって面倒を見てくれていた。親だと忘れられるぐらい放置して嫌だったけど、それ以前に死んでは話にならない。だから必死だった。その集大成だ。

【 幻破魔曲(げんはまきょく) 】

琵琶が音を奏でる。そうすると音が壁となり、信長へと向かっていく。黒い刃が触れると黒い刃だけが消える。一撃の破壊力は私の方がある。しかし信長は速い。マントをたなびかせて私の巨大な攻撃圏から逃げてしまう。

【 幻剣戯曲(げんけんぎきょく) 】

さらに戦いの音を奏でる。私の後ろに現れた剣が一つの巨大な刃となる。振り下ろすと同時にその刃が私に向かってきていた信長の正面に現れる。そのまま振り抜く。信長は受け止め、その刃が【天魔】をすり抜け、信長の胴を斬った。

幻の刃は、本当の刃ではない。信長の体は私から見ればちゃんとくっついている。しかし他の誰からも2つに分かれたように見える。本人どころか見ていた人にすらそうなったと思い込ませて、実際に傷を負わせてしまう。

魔法やスキルといったものは、心の力が大事になる。だからこそ心からそう思い込むと本当のダメージとなって回復しなくなる。そうして【幻影の円環】は私に有利な幻想を相手に植え付ける。

【幻影の円環】はそのために無限に人を惑わす。戦っている相手はいずれ正気を失い、幻の中へと閉じ込められる。

「なるほど、敵に対して完全に斬れたと思い込ませてしまうのだな。幻があまりにも強烈すぎて分かっていても頭の誤認が解けぬ。目を閉じても耳を聞こえなくしても鼻を削いでも無意味か」

信長は躊躇なく自分の目耳鼻を潰したが、それで幻が消えるわけではない。頭が斬れたと思い込んでいるのだから、それこそ脳みそをつぶさなければ意味がない。

「喰らえ」

次の瞬間、信長のルビー級第2の武器【天魔の獣・魔迦羅】が現れ信長の頭を食いつぶした。そして再構成させて現れるのに1秒もかかってなかった。

「おお、くっついたくっついた。確かに体があるぞ」

「むちゃくちゃするじゃない」

「面白いな琵琶娘。次はこちらから行くぞ」

巨大の口だけの化け物。【天魔の獣・ 魔迦羅(まから) 】が私を丸ごと飲み込もうとして向かってくる。巨大な化け物。武器のくせに生きて口だけの顔で四足獣のように足が生えてる。大口を開くと私の体よりはるかに大きかった。

私は本当に鍛錬を怠っていたのだ。サファイア級の装備を手に入れながら、相手は使ってもいないのに、それでも相手が怖いと感じる。その圧倒的なまでの強さが羨ましい。500年。1日も欠かさず努力し続けた男の結実した姿。

「貴様はせいぜい綺麗な曲だけを奏でておけ!」

「言ったでしょう! 負けられないと!」

ここまで強さが違うのか。これでは相手が【黄泉孵りの卵】を使ってこないのもわかる。これで勝ててもまだ【黄泉孵りの卵】がある。勝てる可能性などもはやない。それでも諦められない。私の琵琶の音と信長の天魔が衝突した——。

「——ふっ」

どれぐらい時が過ぎた。私は貴族になってから初めて肩で息をしていた。向こうはまだ余裕そうにも見えた。しかし心臓のある胸部に穴が開いていた。

どういうことだ?

私は……。

「怯えるな弁財天。なかなか美しい曲の中で戦えて世は満足よ」

「信長……」

私の心の中に奇妙な名残惜しさを感じる。強いのは信長で、私は自力が違いすぎて【幻影の円環】頼みで乱発した。あまりにもアイテム頼みで、私の戦いに美しさはなかった。ただ、強くなるのをやめてからも、琵琶だけは弾き続けた。

【幻影の円環】はその私の美しい音の中で、威力を最大限に出してくれた。でも、やはり、本来勝つべきは信長で……。

「人生50年と歌って幾星霜……。これで終いか」

三日三晩戦い続け、決着がついた頃には私のエネルギーは完璧に枯渇していた。アイテム類の補充ももうほとんど手札にはない。どれだけ強力な回復能力を持っていても、それを使うだけの原資がなければ、仕方がない。

相手は【黄泉孵りの卵】を使いもしないまま、私はここまで追い込まれた。

だが、敗北したのは私ではなかった。

地面に惨めにも横たわっているのは"信長"の方だった。

「貴様の勝ちだ。すぐにどこの馬の骨ともわからんような貴族に殺されてくれるなよ」

「そんなこと……いえ、それよりあなた……」

私は確信を持って口にした。

「あなた【黄泉孵りの卵】を持ってなかったのね?」

そうとしか思えなかった。何しろ三日三晩も戦って、ついにMPもSPもアイテムも使い切り、一層の美しかった野山が全て平らになるほど技をぶつけ合い、それでも最後の最後まで【黄泉孵りの卵】は使用されなかった。

使われていたら最初の一撃で終わっていたのではというほどの実力の開き。それでも倒れているのが信長なのだ。私が勝ちきれてしまった。

「カカ。バレたか。琵琶の娘。世は【黄泉孵りの卵】を手に入れそこねた。最後の最後。とんだ大うつけよ」

なのに彼は楽しそうに笑った。

後悔など微塵もないと言いたげだった。

「他の貴族は……近藤ですら降りたじゃない。誰も手に入れてないなら、最後の1つ【黄泉孵りの卵】はブロンズエリアのどこかに残ったままなのにどうして降りるの?」

「世に協力したのだ。さすがにお前たちがしたことが皆気に入らなかった。日本を丸ごと引き入れるなど反則ギリギリもいいところだ。まあ、それで負けるのだから悔しかったとも言える。近藤などどうして六条は俺に先に言わんとかなり腹を立ててたようだ」

まあ確かにそうだろう。自分の仲間を皆殺しにしかけた迦具夜に協力を頼み、先に一番繋がりが強かったはずの近藤には何の相談もしなかったのだ。

「とはいえ同じようなことをすると芸のない阿呆と言われる。そもそも日本以外の国を引き入れるのは大八洲国とのつながりが薄すぎる。となれば近藤も風魔もこの時点で勝ち目がなくなってしまったのだ。ゆえにお前たちへの意趣返しのために手を引いた」

「私たちにあなたが【黄泉孵りの卵】を手に入れたと思わせるために?」

「世は月の姫が死んだ時点で、お前たちがこの戦いから手を引く可能性は8割と踏んだ。もちろんこちらが【黄泉孵りの卵】を手に入れたと信じ込ませることができた場合だ。実際お前は近藤達が降りたことでそれを信じただろう。さらに代表の月の姫が死んだのだ。琵琶娘、お前さえ代表権を継がなければそれで終わるはずだった」

だんだんと信長の言葉が頭に染み込んでくる。実際私は代表になるのはかなり嫌だった。レベル的にはギリギリだったし、信長が【黄泉孵りの卵】を手に入れたなら、継いだところで負ける結果しか残されていなかった。

それでも私は迦具夜の遺言に押される形で、代表権を受け継いだ。

「その様子では分かってはいなかったようだな。だが月の姫は【黄泉孵りの卵】を手に入れることが相当困難だと踏んでいたのだろう」

「迦具夜がそこまで考えてた?」

「真実は世も知らぬ。だが世ですら【黄泉孵りの卵】を手に入れることを諦めた。近藤達もな」

「でも、まだ、あの時点ではかなり時間が残されていたのよ? 近藤達はどうしてあなたに勝ちを譲ってまで私を騙そうとしたの?」

「【黄泉孵りの卵】はどうやっても”手に入れられぬ”とはっきりしていたのだ。まあ酷い話だ。だから女神は嫌われるのだ。よもや【 紅麗(こうれい) 様】とはな」

「紅麗様?」

紅麗様。その名前は一つしかこの世に存在しない。炎龍神のことだ。それが少しでも関わっているならまさに悪夢だった。最古の四龍の中で最も苛烈な性格をしているという紅麗様。

ルルティエラ様は紅麗様に【黄泉孵りの卵】を預けたのか? まさか勝利しろなんて無茶は言わないだろうが、紅麗様が関わる時点で炎に圧倒的耐性がなければ近づくこともできない。

「なるほど。私たちはダンジョンに好かれていたのね」

このダンジョンの中においてそれは良くも悪くも重要なことだ。全てを見通すルルティエラ様。その方に好かれるということは苦難と共に幸運も手に入れる。特に女神が関わると好き嫌いが大きく出る。

だからこそダンジョンの母でありながらルルティエラ様はあまり好かれてない。

「信長……あなたの方が強かった」

「いいや、貴様の方が強かった。それだけのこと」

それ以上でもそれ以下でもない。それでもどこか納得がいかない。手元には【仙桃】がある。1つだけ残った。迦具夜が五郎座衆との一件で大量に手に入れた【仙桃】。先の先まで考えた迦具夜。本当の意味で勝ったのは私ではない。

迦具夜だったのだ。そんな気がした。自分ではなく迦具夜が勝ったのだと思う。私は最後の一つの【仙桃】を取り出した。信長に与えてもいいかと思ったのだ。信長に尋ねた。

「まだ生きたいと思う?」

「いいや、精一杯生きた。世は満足だ」

「そう……」

私は地面に膝をついた。一気に体にエネルギーの枯渇を知らせる虚脱感が押し寄せてくる。

【織田信長の死亡を確認。真性四柱の監督神からの許可がおりました。弁財天のレベル1000を超える規定条件クリアを承認します。レベル1126へレベルアップ。弁財天は種族・七福へ昇格。神格を音楽神とし……】

頭の中にルルティエラ様からの声が響く。信長の方を見る。命の気配が何もなくなっていた。ルルティエラ様の声が終わる頃になって、なんとか体が回復してきて立ち上がる。

「迦具夜、約束守れたわよ」

次第に心の中には喜びが膨れ上がってきた。体に力が満ち溢れてくる。これがレベル1000を超えるということ。自分が半神になれた喜びよりも、もっと大きい喜びが押し寄せてくる。これで祐太君と会える。周囲を改めて見渡した。

田舎の牧歌的な風景が、何が起こったのかというほど傷ついていた。両手に琵琶と撥を持つ。3日の間に一層はほとんど破壊された。隠神刑部が住んでいた古民家も吹き飛ばしてしまった。

「最初の仕事ね」

私は琵琶の音を奏でた。

昔の神の面影はなくなり、新しい神が創り直す。ここで戦うのはそういう意味もあるのか。琵琶の音色と共に野山が新たに生み出されていく。最初の神としての創造の音楽を奏でながら、私は1年後帰ってくる彼を楽しみに待つことにした。