軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百二十話 Side弁財天 九年 桃源郷最終決戦

Side弁財天

【幻影の円環】を手に入れたその日。迦具夜がいなくなった。どこに消えたのかはわからないけど、一緒にいたという一ノ瀬和馬は迦具夜のその後を知らなかった。ただ気づいたら姿が消えていたのだという。

祐太君の国のゲームだと死んだ人が消えるという現象があるらしいが、たとえモンスターでもよほどの理由がない限り、死んでも消えたりはしない。私は一ノ瀬から【幻影の円環】を受け取り、何度も中を確かめた。

それでも中には閉じ込められて絶望して、生ける屍と化した貴族などは数名いたが、それらは邪魔なので全て放出した。月城家の探索者も何名か迷い込んでいたが、それももう外に出している。しかし迦具夜だけが消えた。

私は内心動揺したどころではなかったが、それでも迦具夜から後を託されていたこともあり、毅然と振る舞った。何よりも迦具夜から、自分が死んだ後のことも聞いてはいたのだ。

『いないものは仕方がないわ。かねてよりの遺言通り、私が以降の指揮を取るけど、意見があるものはいる?』

月城傘下の貴族、そして家臣達含めて、誰も意見を挟んでこなかった。この時点ではまだ勝ち目が残っていたんだ。何よりも迦具夜は元からこうなることを予想していたようで、他の貴族にも遺言を残していたようだ。

迦具夜、あなた自分が死ぬ準備しすぎでしょ……。

正直、呆れるほど用意周到で、迦具夜は全てを決めていた。そして私には理解しかねるほど、自分はこれ以上生きているべきではないと考えていたようだ。それでも迦具夜の執念はすごい。私にどうあってもやらせるつもりだ。

その執念の賜物で離反者は出なかった。それどころか迦具夜に何を聞かされたのか、私に対する期待を向ける目もすごかった。ただ、こっちで決めても、それでいいわけではない。ちゃんと許可がいる。桃源郷の神の争奪戦。

その代表者が変わるなら監督神の許可がいる。だから了承をもらいに 天照(あまてらす) 様がおわす 高天原(たかあまがはら) を訪ねた。高天原に 月夜見(つくよみ) 様は迦具夜の消失がショックなのかおられなかった。

だが、他の監督神はおられて、中でも翠聖様が相変わらず優しく声をかけてくれた。

『お前にはあの者が迷惑をかけるな。この争いの監督中は誰の味方もできぬから何も言えぬが、この戦いは——』

『お婆様。それ以上は許しませんよ。ただでさえ彼女たちは見逃したことが多すぎます。今とても余計なことを言おうとしましたね?』

天照様はいつも御簾の中で姿を見せず、反対に翠聖様はいつも姿を見せてくれる。

『……うるさい女よ。弁財天はどうせ逃げたりはせぬ』

『だからそういう余計なことをなぜ言うのですか。我らにとって粗末なことでも、彼女たちにとっては大きいのです。そういう大雑把なところがお婆様は』

ただ天照様は翠聖様と相性が悪い。それは大昔からのことで、遠い悠久の大昔から一言でこの関係性は揶揄されている。それは大八洲国という国自体の【嫁姑問題】である。

翠聖様は長く生き過ぎてるせいか基本的にお婆ちゃん気質で、訪ねてくるものに甘すぎる。そんな翠聖様を天照様は気に入らない。だからよく言い争いをしてる。戦えばどちらが強いのか。そんな議論も昔からよくある。

だが、そんな恐ろしいことは絶対に起きてほしくない。この二柱が争ったら冗談抜きで国が消し飛ぶ。

『ほら、弁財天。長居するとババア共がうるさいぞ。さっさと帰れ』

そしていつの間にかいた 素戔嗚(すさのお) 様にひょいと背中の服をつままれて高天原の外へと放り出された。変に巻き込まれると口喧嘩でも大怪我しかねないので、助かった。素戔嗚様はあまり関わったことはないが、大八洲国の男にしては珍しい。

男には厳しく女には優しい神様なのだという噂だ。

『弁財天、存分にやれ。それを我も楽しみにしている』

そんな言葉もかけられた。それからほどなくして無事に真性四柱から代表交代の許可が正式に下りた。私の覚悟とは別に全てはトントン拍子に進み、空白となった月城家当主の座も決められた。

それは弁財天家の当主である私にはできない。迦具夜の家臣で一番優秀だった八代がルビー級になるまで、翠聖様に預けておくこととなった。この争いで貴族には少なくない死人も出て、空白となった貴族家は多い。

何よりも迦具夜がその貴族の空白を作ったのだ。月城家の後釜を狙うものは多かったが、迦具夜がいなくなって2年後に八代は無事、ルビー級となり月城家を継いだ。一方で私は、今日で最後の戦いへの準備を全て終え、

【レベルアップのお知らせをします——】

そんな声が頭に響き、私はルビーエリアから出た。迦具夜を消失したまま、3年が経過した。八代は無事に貴族となり月城家を継いだが、まだ月城"八代"と名乗っており、正式には"迦具夜"の名を継いでいない。

若輩で迦具夜の名を名乗るのは恐れ多いとのことで、せめてレベル800を超えてから、迦具夜の名を正式に名乗るようだ。それと同時に養殖男で構成していたハーレムを解散。迦具夜に倣い、自分だけの1人を探すことにするらしい。

そこまでしなくていいだろうにと思ったが、どうしてもそうしたいらしい。

『それに消えただけでどこかで生きてるかもしれませんし』

そんな風に八代は信じてるようだ。ただ、養殖男たちはハーレムの解散を宣言すると八代に最低でもレベル200以上まで育ててもらった恩も忘れて、全員さっさといなくなり、八代は月城家の男運のなさもしっかりと引き継いだ。

ともかく私も迦具夜が生きてる可能性に期待したいところだが、寿命で考えても迦具夜が生きてる可能性は低い。消えた迦具夜に縋るわけにもいかない私は、自分を鍛え直しルビーエリアでギリギリまで頑張ったわけだが……。

「おかえりなさいませお姉様」

自分の屋敷に帰ると桜のように華やいだ女の子がいた。桃色の着物を着ている可愛い女の子。私の可愛い妹、吉祥天。本当の妹ではもちろんない。だが、貴族は自分の血縁者までがルビー級になることは滅多にない。

そのために100年もしないうちに家族は全て死んでしまう。それは貴族でもかなり寂しい。だから同じルビー級同士で姉妹や親子の契りを交わす。弁財天と吉祥天は昔からずっと姉妹の契りを交わしたまま何代も続いていた。

だから吉祥天の先代は私の姉で、今代の吉祥天は私の妹だ。どちらかが死ねば次代を責任持って育てる。それが昔からの約束。姉だった吉祥天が死んだ時、最も才能があると見込み先代が跡継ぎと決めた女の子はまだシルバー級だった。

だから私はこの吉祥天を自分でもやりすぎだと感じるぐらい可愛がって育てた。私の人に甘い性格は、男だと堕落につながる。だがどういうわけか私の甘やかしは女の場合かなりうまくいく。

吉祥天は姉としての私の愛情を受け取り、メキメキと頭角を現し、そして今となっては私のレベルを超えるほど強く育った。しかも彼女には愛する男までできた。つい最近のことだが日本の英傑・龍炎竜美だ。

そのために吉祥天は月城家を筆頭としていた貴族派閥から離れた。その男のハーレムにとって今は大事な時期だからと、私のところにも長く会いに来てなかったのだが、

「来てくれてたの?」

「はい。この吉祥天。お姉様のこの大事な時に来ないなどと薄情な妹ではありません」

「ふふ、ありがとう」

何気にこの子に男ができたと言われた時はショックだった。そして様子を見に行ったら他国とはいえ、かなり近しい国のまだ若すぎて私たちからしたら神とは呼べないけど、レベル1000を超えた男の正妻候補になっていた。

おそらくそう遠くないうちに正式に結婚するんだろう。それで動揺してしまった自分が、恥ずかしかった。まあ今となっては私もその国の男に骨抜きにされたのだけど。やっぱり恋はいいなと思う。

そのおかげで吉祥天へのわだかまりも今はない。

「それでお姉様、レベルの方は?」

「レベル919。これ以上は無理ね」

「そうですか……」

レベル919。桃源郷の神の争奪戦に参加する代表貴族としては間違いなく私が一番レベルが低い。元々のレベルを考えると頑張った方だがレベル999の信長との差は大きい。何よりも私は3年前まで鍛錬を怠っていた。

男問題を失敗しすぎて、精神的に弱ったこともあり、200歳を過ぎたあたりからほとんどルビーエリアでレベル上げをするなんてこともしなくなった。常に自分を磨き続けてきた迦具夜とは全く違うのだ。

あの子は桃源郷の神の座が空席になるのを狙い、何十年も前から準備をしていた。レベルも十分と思えるほど高い。それに比べて私の3年前のレベルは913である。3年ほどでレベルを6上げられたのならまだやれた方である。

でも焼け石に水であることは明白。これでは準備が足りなすぎる。

「お姉様。失礼を承知で言わせてもらいます」

「言わなくていいわよ」

「いいえ、言います。正直信長にお姉様が勝てるとは思えません。美しくも圧倒的な水をお持ちであった迦具夜様とお姉様では違いすぎます。自殺まがいに戦うよりもいっそ信長に勝ちを譲るというのは?」

「吉祥天。そこまでにしてちょうだい。迦具夜は私が勝つと信じてくれてた。そして祐太君との子供がいる。親としてそんな情けない姿だけは子供に見せられないわ」

「でも、信長は【黄泉孵りの卵】を持ってるんですよね?」

「ええ、他の貴族が全て桃源郷の神の座の争いから降りたことから考えても、持ってるでしょうね」

「アイテムとしてはあちらの方が格上だって聞きます。実力で勝てないのに持ってる三種の神器の質でも負けるんじゃ勝ち目はありません」

「吉祥天、あなたは本当にそういうところ可愛いげがないわ」

私は本当に心配してくれてる様子の吉祥天の頭を撫でた。昔はよくこうしていた。いつ頃からかしなくなった。

「私はお姉様に死んでほしくないだけです。神の座の争いはよほどのことがない限り残った一番強い貴族2つのぶつかり合いになる。それが殺し合いになる可能性も非常に高い。それが太古よりのならわしです。でも、そんなことになったらお姉様!」

「死ぬのが怖いから三種の神器を二つも持ちながら戦いもせず降伏なんて、できるわけないでしょ」

「……」

「吉祥天。貴族は貴族であるために強くならねばいけない。それを怠った貴族は貴族ではない。私はこの500年の命にあぐらをかいていた。そんな貴族は大八洲国に必要ないのよ」

「お姉様……」

吉祥天が私を悲しそうに見ていた。ぎゅっと抱きしめて、落ち着かせると離れて外に出た。吉祥天は後ろについてきて、外には八代や綾歌もいた。実を言えば全員に来ないように言っていた。それでもこの3人は来たか。

「弁財天様……」

ようやく貴族になれた八代もこうなることが分かっていたから、貴族になれてから今日までずっと嬉しそうな顔をしていなかった。せっかく貴族になれたのに喜びもできず申し訳ないことだ。私が弱いのが全て悪い。

「ごめんなさいね。でも負ける気はないわよ」

「そうですね。勝つ可能性もあると思います。またきっと生きて会えることを願ってます」

「ええ、ピンピンして帰ってきてあげるわよ」

迦具夜の月城家は隣でそちらの方角を見る。全く大変なことを任せてくれる。おかげであなたと同じく祐太君ともう会えないわよ。

「行ってくるわ」

すっと体が浮き上がった。神の争奪戦は最終的に生き残ったもの同士の一騎打ちとなる。神となるにふさわしい頭脳を持っているかどうかは最後の戦いになるまでの駆け引きで、終わりとされる。

そして最終的には武力が問われる。集団の武力などではなく、個としての武力。四層の人間の戦争などとは違う。神こそが一番強く、最強の武力機関であり、それが弱いなどというのは話にならない。

だから最後の最後はそこが問われる。

お前は強いのか? 弱いのか?

その戦いは大八洲国の全てに放送される。国外でも見ようと思えば見れる。賭けも開催されているらしくオッズは、私が勝利した場合29,6倍の配当金。信長が勝利した場合1,6倍の配当金だ。ほとんどみんな私が負けると思ってる。

これが全盛期の迦具夜だったら、結構いいオッズになっただろう。

「力不足もいいところね。迦具夜、あなた私に何をそんなに期待してたの」

怖気づくつもりはない。勢いよく会場へと向かっていた。どこで戦うかは決まっていたからだ。神の座の戦いは、太古からいつも同じ決まりがある。私は転移駅に向かう。今日ばかりはほとんどのものがテレビに釘付けだ。

私が負けると分かっていても、神に最も近い貴族の戦いがテレビ中継される機会など滅多にない。誰もがその戦いを見逃したくないのだ。駅員が頭だけ下げてくる。貴族に軽々しく言葉をかけることは禁止だ。

ましてや大事な時にガタガタ抜かすと殺されかねないので何も言わない。駅員は分かっているからすぐに場所をつないだ。私は二層にある【転移門】をくぐり、桃源郷の二層エリアへと向かう。

桃源郷に着くと整備された広い石畳の道に足を下ろした。ゆっくりと歩いていく。そうすると桃源郷はどこでも同じだ。別の層へと移動したい時は地面に黒く大きくて丸いゲートが広がっていた。地面に設置された黒いゲート。

ここから神々のゴミ捨て場と言われる五層に直接向かうこともできるし、一層に向かうこともできる。私は黒い部分に足をつける。黒い膜を体が超えていく。向かう場所は一層。かつて隠神刑部が住まいとしていた場所。

黒い膜を通り抜けると自然の野山が広がっていた。

「ふふ、隠神刑部様らしいわね」

少し笑えてしまう。何の飾り気もない広大な野山。何も手をかけずに太古のまま放置すればこういう光景になるのではというぐらい人の手が入った様子すらない。飾り気がなく面白いことだけがひたすら好きだった神様。

広大な土地を何ひとつ手を入れるわけでもなく、自然のままに放置する。この広大な土地にはマンモスからサーベルタイガー、恐竜や翼竜までいるらしい。ただモンスターだけがおらず、隠神刑部様はこの土地で気ままに暮らしていたらしい。

「ある意味贅沢よね」

どこまでも続いている日本の原風景のような野山。少し行くと寒かったり暑かったりする土地にもなるそうだ。その中になんてことのない普通の藁葺き屋根の古民家が建っていた。ここに誰か来た時は例外などない。

たとえ翠聖様でもあの古民家でもてなしたらしい。ただいい加減なことはしなかったらしい。翠聖様が来た時はせっせと隠神刑部様自ら動いて寝床の用意から何からする。翠聖様からは結構気に入られていて、よく行幸されたらしい。

もし生き残れたらこのままでもいいかもな。そんな風に考えてしまった。祐太君や子供とここでゆっくりしている自分を想像すると悪くなかった。

「早いな」

後ろのゲートから別の気配が現れた。

「あなたもそれほど違わないでしょ」

振り向くと信長がいた。長髪を後ろでくくり、昔の信長の姿なのだろうか美青年といった容貌で甲冑とマントをつけ腰に見事な細工のある刀をさしていた。それを見てわかる。信長はルビー級の全ての専用装備を装備していた。

最後の最後で手加減などしないか。この様子をどこからか映されているのだろう。地球のようなカメラなどというものはない。ただ見たいと思った場所を見る。それができる技術があるから邪魔にはならない。

私と祐太君の子供達ももう9歳。戦うこと自体の意味はわかるだろう。母の最後の姿が恥ずかしいものではないようにせねばいけない。

「降参はせぬか」

「たとえ死んだとしてもね。貴族としての恥はかけないわ」

「哀れだな」

「何とでも言いなさい」

両手を横に出した。全てを出し切ればあるいは勝つ可能性だってある。惜しんで出し切らず負けることだけはあってはならない。

【幻影の円環】

二つの円環が私の両手に現れる。本当は12の円環を操るものなのだが、私では無理だった。感覚的には全て操ろうと思うとレベル1300ぐらいいると思う。それぐらいサファイア級の武器は扱いが難しい。

私はそこからさらに1つの円環を琵琶に、もう一つを琵琶を奏でる 撥(ばち) とした。かつて神となった先々代の弁財天は8本の腕があったそうだが、私には二本の腕しかない。私が修練を怠った結果だが、なぜそうしたかといえばもう1つだけ理由がある。

8本の腕は見た目が良くない。

美しくいたいという思いが私は強くて、弁財天としての本当の神格を表すのは嫌だった。戦闘中だけのことなのに本当にバカなことをした。私と迦具夜。2人ともいなくなって子供だけ残ってたら祐太君がどれほど悲しむか。

死なないように戦う。

一瞬そんな弱気になりかけて私は首を振った。どの道それでも長くは生きられない。中途半端なことをしても仕方ない。本気にならなければ万に一つの勝ち目もなくなってしまう。私は覚悟を決めた。