作品タイトル不明
第三百十七話 Side南雲 八年 信長
Side南雲
「やっと行ったか」
3人の後ろ姿を見送った。まあ田中だけだと不安が多い。でも、風神雷神がいれば、たとえ鈴以外の悪神がいても田中は殺せない。ナディアと夜叉神は不気味だが、千代女が持っていた戦闘データも渡した。
その上で隠れて千代女にもついて行ってもらった。過保護すぎるかもしれないが万が一にも田中だけは失えない。第二世代は着々と力をつけてくれているが、それはこちらに限ったことではない。
何よりも第二世代で唯一の英傑エヴィー・ノヴァ・ティンバーレイクはアメリカに渡って以来、六条パーティーと連絡を取ってない。桐山美鈴ですら、一度も連絡が来てないらしい。祐太との関係を考えると敵ではないと思うが……。
「それにしても織田信長か……」
ダンジョン内にある国にとって地球は英傑であっても新参者で格が落ちる。そもそも真性の神がいない国など、大八洲国からしたら二流もいいところだ。そういう国の人間は、たとえレベル1000を超えても一流国家の下と見られる。
だから、一流国の最上位貴族レベル900を超えた相手には敬称をつける。
「【千年郷】。あっちはどっちでもいいものがこっちは欲しいか……」
【千年郷】はどうあっても日本に必要だ。現在の所有者で一番使用権限の高い月城様には使用許可はもらっている。でも【千年郷】の所有権が月城様から離れてしまう可能性が大きくなってきた。
というのも月城様は【幻影の円環】を手に入れた後、体調不良で桃源郷の神の座を争う代表者を弁財天に変わってもらったらしい。このため桃源郷の争いに勝利した場合、レベル1000を超えて神になるのは、月城様が指名した弁財天様になる。
そして月城様は面会謝絶の状態で会うこともできず、俺はその話を弁財天様に聞いた。余計なお世話だが、それは不憫に思えた。月城様は祐太が好きだから死ぬ気になって、桃源郷の神に全力でなろうとしたのだろう。
「全く思うようにはいかないもんだな」
思うようにいってればそもそも今の事態にもなっていない。今は月城様に代わって弁財天様と信長が争っている状態だ。これがそのまま弁財天様が勝利した場合なんの問題もない。
月城様と同じく、弁財天様が生きてる限り【千年郷】を貸し出してくれる約束はできている。でも、弁財天様が負けることがあれば【千年郷】の権利は信長に移行する。その可能性は楽観的になれるほど低くないのだ。
むしろ勝ち目は薄いと言われてる。月城様と信長の個人の強さは拮抗していたという話だが、弁財天様はそこからかなり落ちるらしい。この状況で信長に一切関わりを持っていない日本。
信長側の情報はなかなかつかめないが、【黄泉孵りの卵】を手に入れたという情報が大きく流れていた。
「信長が負けたら、日本人全員が明日から急に【千年郷】の外に追い出される。そうなったところで文句は言えんか。だからって正直な……今更信長のご機嫌を伺いにいくのかよ。どうにも間が抜けてるぜ」
俺は椅子に座り、床で足を鳴らしながらしばらく考えた。そして顔を上げた。
「吉祥。いるか?」
「はーい。どうしたの?」
俺の後ろから抱きしめて現れた。吉祥天。大八洲国の名門貴族である弁財天家と姉妹家と言われるぐらい仲がいい貴族。そして今代の吉祥天家当主は弁財天様よりかなり若いので妹的立場なのだという。
足元まで届くような黒髪。白い肌。少し幼さのある顔立ち。桜の花が咲いたような美しさのある女だった。体的には少しおとなしめ。それでも俺よりはかなり年上だ。
「信長と会いたい。手配できるか?」
「ああ、やっぱり行くんだ」
長生きだから察しは良い。あまり良い顔はしてなかった。
「できれば行きたくないが仕方ない」
「まあそろそろかなとは思ってた」
「無理筋だと思うか?」
「ううん。信長は日本出身だしね。いくらなんでも日本人全員、今の日本に帰れなんて言い出さないとは思うけど、正直、弁財天のお姉さまほど優しくないかも」
「だろうな……」
こういう時ババアがいてくれたら、一番いい形で話をまとめてきてくれたんだ。それを俺がやるのだ。考えただけで頭が痛くなる。どう考えても適材適所から外れているが、烏丸では格落ちになり、頼み事をする手前失礼だと思われてしまう。
「ちょっと待ってね。信長に連絡してみる」
しばらく待ってると答えが返ってきた。
「——構わないそうよ。信長はちょうど城にいるから来るならすぐに来いって」
「そうか……」
【黄泉孵りの卵】を手に入れた織田信長。実際手に入れたかどうかは公表されていない。しかし、月城様が【幻影の円環】を手に入れて、それほど時間が経たないうちに信長も手に入れた。そう言われていた。
というのも信長の居城にいる貴族の数が増えた。そして現在他の勢力は桃源郷の神の争奪戦から全て降りてしまった。残るは信長と弁財天のみだ。大方の予想通り、勢力の大きい1位と2位が争うことになる。
「どういう人間なんだ?」
「そうね。大八洲国に来て最初の100年ぐらいすごいペースでレベルアップしてた。それこそ今の近藤を超えるぐらいの勢いでね。第六天魔王なんて自分のこと呼んで、2つ名もそうなってた。でも、ある日から急に人が変わったみたいになった」
「どんな風に?」
「大人しくなった。2つ名も変更して勢力拡大もゆっくりとしたものになった。それがまあうまく嵌まって、大貴族までのし上がるのはさすが日本史史上最大級の覇者織田信長ってところかな」
勢力をゆっくり慎重に拡大。それは俺の中にある織田信長のイメージから一番遠かった。危険を顧みず、どんな苦しい状況の中からでも天下を狙いにいく。変化を恐れず、時代の寵児であり続ける。
信長といえばそういうイメージだ。
「なんでそんなに変わった?」
「私の生まれる前のことだから詳しくは知らないけどさ。どんなに勢いのある貴族でも100年過ぎたら気づくもんだから」
「何に?」
「真性の神がどんな存在なのか。私でもちょっとは思ったし。真の神は遥か遥か遠い古の時代。地球ではまだ炎ですらまともに使えてなかった頃。そんな時からずーっとずーっと生きてるやつら。上を見たらそんなやつらが蓋をしてる。こんなのいつ越えられるの? 無理だよねって」
「それは……そうかもな……」
29年しか生きてない俺ですら長いことだけが分かる。真性の神の代表格・翠聖様は万年を生きてるという。きっと翠聖様の足元にも届かない歳で俺は死ぬ。一度でもそれに気づいたら第六天魔王なんて自分のことを言えるわけがない。
「せめて足元に届いてから言えってことか」
「そういうこと。信長はなまじ賢いからさ。さっさとやめちゃったって話だよ。まあ私が生まれる前だし、お姉さまから聞いたことなんだけどね」
「吉祥、256だっけ? それでも100年以上前か。やっぱ吉祥も婆さんだよな」
「婆さん言うなー」
じゃれついて来られて、押しのける。これからすることを考えると女と遊んでる気にもならん。吉祥は信長が俺を呼んだ場所を頭に流し込んできた。やっぱり二層の居城だった。信長は二層に日本をはるかに超える土地を有している。
そこに築かれた城はそれはもう目も眩むほど立派な城なのだという。何よりも信長というネームバリューがすごい。その名前を知らない日本人などいないだろう。
「すぐって今すぐでいいんだよな?」
「いいみたいだよ」
《烏丸。ちょっと出かけてくる。留守を頼むぞ》
《了解です。どこに行かれるか聞いても?》
《信長のところだ。【千年郷】の許可を信長にもちゃんと取る。そういう話になった》
《わかりました。お気をつけて。ついていく必要は?》
《吉祥天がいる。心配はいらん》
出かけるのにいちいち許可を取る。面倒だが勝手にいなくなったら困る。ましてや本当にいなくなったら困るどころではない。何度か昔のノリで出かけて、烏丸や山田総理まで俺が帰るまで何も仕事が手につかなかった。
そういう話を何度か聞いて、さすがにそれはやめた。ババアに鈴。どっちも何も言わずに急にいなくなった。そのことでみんなそれだけは勘弁してくれという気持ちだった。日本人は誰しも英傑の心配を過剰にするのだ。
「吉祥。一緒に来てくれるな?」
「そりゃもちろん、私も一緒に行くー。友禅一人だと心配だし、粗々があるといけないでしょ」
「……頼む」
そう言われると思い当たることがありすぎる。余計な失敗をして面倒ごとになるのは困る。大八洲国のしきたりに詳しい吉祥。【意思疎通】で聞きながら動くのは、どうにもバツが悪いが、失敗はできないので仕方ない。
「ちょっと出かけてくる」
給仕をしてくれていた女が一礼した。
「——ここか」
それは一言で言えばでかい安土城だった。本物なんて地球にもないから実物は見たことはないが、本来の規模よりも10倍ぐらいでかいんじゃないかと思える。現代の高層ビルだと、地球にも、もっと大きい建物はある。
しかし山そのものを利用した500mほどに及ぶその建物は、地球のどの建物よりも高く思えた。思わずひれ伏したくなるような異様。戦国時代の人間なら俺が現代の感覚で見ている光景よりも、安土城を見てもっと驚いたと思う。
「探索者にならなくても覇王だった男か」
「そうそう。だから、日本から大八洲国に招き入れられた人間は信長に心酔するものが多かったの」
「まあまず間違いなく織田信長が生きてたら会いたいと思うだろうしな」
それがちょうど生まれてから500年ほど経つのが今だ。ルビー級になってから500年の寿命がさらに得られるため、信長の寿命はまだ60年ほど残ってるらしい。つまり信長はルビー級として440年も生きてる。
それはルビー級として最も実力のある時期と言われている。自分が強くなった上で、さらに自分に従うものも最も増える時期なのだ。これ以降となると今度は寿命が迫ってくる。自分は強いままでも家の勢力は落ちてくる。
特にそれは織田家と月城家の勢力の違いにも出ている。そんなことを吉祥は話してくれた。10mほどある高い門はまだ閉じられたままだった。それがゆっくりと内側に開いていく。そこに虎のような見た目の男が立っていた。
「拙者は高円寺高虎。龍の王、信長様がお待ちです。どうぞこちらへ」
後ろに女性が控えていて手を差し出してくる。その手に触れると【転移】だと気づく。玄関先にまで一気に来ていた。吉祥と高円寺もついてきていて靴を脱ぐように促され、脱ぐとすぐにまた女の手を取る。
さらに【転移】してどこかの廊下にいるようだった。障子1枚隔てられた向こう側に大きい気配がある。その気配は信長のもので間違いないと思えた。
「では龍の王。我々はこれで」
今度は女が高円寺だけを連れて消えた。廊下に残されたのは俺と吉祥だけだった。通常はこういう場合出迎えた側が障子を開けるのだが、貴族の家は独自ルールが多い。そしてこういうケースは大抵こだわらない相手のようだ。
《いきなり障子開けていい感じか?》
《大丈夫。私がするから立ってて》
「織田君。入るよー」
「うむ」
「それでいいのかよ」
「いいのいいの。貴族が部下を下がらせた時点で、何もこだわってないってことだから」
つまり何も警戒されてないってことか。それは吉祥天もいるからだろう。吉祥は気さくな人柄で、男性人気が高いらしい。逆に弁財天様は男性人気はいまいちで女性人気の方が高い。そんな話を思い出しながら、16枚立ての障子戸が開いた。
吉祥が手をかけた瞬間、横に一気に16枚の障子がさーっと全て開いていく。目の前に広がるのは安土城の一番上から見ていると思われる海かと思えるような湖を望む光景だった。一瞬目を奪われ、そして部屋の中央で茶を立てている男がいた。
「よくぞ来たな。地球の龍の王。世は織田信長。作法は問わぬゆえ自由にしろ」
不思議な茶室だった。他に何かがあるわけでもなく炉釜のそばで信長は茶を立てていた。炉釜から湯気がたちのぼり、抹茶をすすめられた。甘い菓子と一緒に食べると程よい苦味に感じられる。
作法は問わぬと言われたが、さすがにビールを飲むような飲み方ではアホだと思われる。吉祥の方から【意思疎通】で作法のデータを送ってもらった。堅苦しいとは思うが、目の前の景色が良くて、気持ちは落ち着いた。
「緊張したか? 日本の神」
「ああ、正直俺には似合わないと思う」
普段はちゃんと髷を結ってるらしいが、今は長髪が頭の後ろに垂れていた。見た目など簡単に変えられるルビー級である。顔自体は変えていないのだろうが西洋の服を着て、サテン地の黒の服を着た信長は髭を蓄えていた。
痩せ型で身長は高くなかった。男前で綺麗な顔をしている。ゲームで見るような迫力のある男の顔ではなく、物憂げな美青年。そんな印象だった。噂と少し違う。時々によって印象を変えているのだろうか?
その時によって容姿を変化させる貴族もいる話は聞いたことがあった。
「なかなかどうして見事なお手前であったぞ」
「そう思ってもらえたなら良かった」
「その茶碗はそなたにやろう。使うかどうかはわからんがな」
信長からそう言われてその茶碗を持ち上げた。
「なかなかの高級品だ。世がドワーフに窯を造らせ300年ほど昔、3点だけ作らせた【曜変天目茶碗】だ。名を【 星輝(せいき) 】と言う。魔法によって夜になると美しく光る。『できるのは100年に1つで良い。二度と作れぬひとつだけを作れ』と命じた。そうしないと面白みがないのでな。それは一番最近できたものだ」
「これがそうなのか……」
俺でも聞いたことのある国宝の茶碗だ。昔自分が持っていた美術品の再現。それを信長は何人かのドワーフにさせているらしい。その中でも一番高級なのがこの星輝曜変天目茶碗だ。夜になると茶碗の中に宇宙が浮かぶらしい。
それで茶を飲むとなんとも不思議な感覚がする。そんな話を聞いたことがある。信長はそれを3点だけ作った。売りに出せば地球なら値段などつけられないほどの高級品になる。ドワーフ美術の最高傑作の一品。
「どうしてこんなもの……」
「ふ、月城に見事に先を越されたのでな。地球の神と……特に我らは日本の英傑とは仲良くしておきたいのだ。いずれ、それが得にもなる」
《受け取っていいんだよな?》
《大丈夫。どうなったところでどっちかしか生き残らないだろうし》
そんなことを吉祥から聞くと、とりあえず作法に乗っ取って茶碗を置いた。そして話を切り出した。
「それで【千年郷】のことなんだが、話は通っていると思う。だから説明は省くぞ」
「ああ、聞いている」
「まだあんたらの戦いは終わってない。だからこんなことを言えばずいぶん都合よく聞こえる。ただ、俺たちは【千年郷】を利用してしまった。正直言うと使わなきゃよかったと思えるほど【千年郷】は便利すぎた」
「それはそうであろうな。地球と大八洲国では技術レベルが違いすぎる。世もこの世界の技術に触れて、元の戦国の時代に戻れと言われれば、はっきり嫌だと言える」
「それでも恥知らずな頼みと思う。あんたが勝者として生き残り【千年郷】の神となった場合、【千年郷】を引き続きこちらで使わせてもらいたい」
口にしてみると何とも身勝手な話であった。俺たちは月城の味方をした。その他の勢力はそれでかなり割を食わされた。信長の利益となることを何もしていない俺たちが、信長にとって最も大事とも言える三種の神器を貸し続けてくれ。
このまま通るとは思えなかった。
「日ノ本は世の故郷。困るようなことはしようとは思わん。ただ、何もしていないお前たちに便宜を計りすぎれば納得せんのものも多い。故にならん」
「……無理か」
「せめて何かしらの対価がいる」
「では月城家と同じような形で、日本全体の探索者で何かが起きた時、そちらのタイミングで織田家を支援する。ということでどうだ」
「ふむ……それでもまだそちらの都合が優先されているな」
「……」
こんなこと今更言うのはあまりにも都合がよすぎる。それは分かってる。だからと言ってあまりに空手形を大量に切るべきではない。これから日本はいくらでもこういう場面はある。そのたびに空手型を切っていたらきりがなくなる。
大量にできた借りで日本の探索者が身動き取れない。月城家への協力でもその間日本のルビー級やゴールド級はレベルアップにかなり支障が出た。【千年郷】がなければ戦争継続すら難しかった。だからそれはしたくない。
妥協できる範囲を考えてみる。どのみち弁財天様が負けた地点で、こっちはかなり不利になる覚悟で月城家についたのだ。ババアはそっちにかけた。だがずいぶんそれが分が悪くなってしまった。
【千年郷】は諦めるか……。
「それなら信長様。3年だけでいい。それだけ貸してくれたら必ず返す」
「なるほど【千年郷】自体は諦めるか」
「頼む。3年借りることができれば、その借りを返すことを日本の探索者の誰一人として嫌がらないはずだ。どうか」
「まあこれからの付き合いもある。その辺が落としどころではあろうな……」
その言葉で俺の気が楽になった。信長自身やはり100年を過ぎたあたりから人が変わったようになった。その言葉通りだった。歴史上で知るような強引で言うことを聞かない。そういう部分がかなりなくなっているように見えた。
それだけにこれから起こることが残念に思えた。そう遠くないうちに桃源郷の神の座を巡る戦争も終わろうとしている。最後は1対1の決戦。大八洲国らしい決着の付け方になるのだという。そしてそれはどちらも一歩も引かない本気の戦い。
加えてどちらも負ければそれほど長く生きるわけではない。故に生き残る前提で戦うものではない。多くの場合こういう戦いは本当の意味での死闘となるらしい。
弁財天にも生きててほしい。
だが、この男が死ぬこともまた惜しく思えた。