軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第80話 愛が重い……?

「疲れるって、流石に可哀想じゃあ」

「ええ、分かっています」

聞き手に回っていた生徒の一人が言葉を選ぶように言い淀みながら口を挟む。

「将来を考えれば異性として意識する事は必要なのでしょうけれど、それって別に、必ずしも恋愛でなければならない訳ではないじゃありませんか。私だって別に、ダニエルが嫌いとかじゃない。ただ、それは幼馴染としての話で、同じ気持ちは返せそうにないというか……だから、期待されている事に気付いてしまって」

「どう接すればいいのか分からなくなってしまった、という事ですね」

重い沈黙が訪れる。

恐らくは数秒程度だったが、体感ではもっとかかったように思う。

やがて長く深い溜息が吐かれた。

「彼は彼で、私の気も知らずに猛アプローチを仕掛けて来るし、上手く応えられないと微妙な空気になるの。このままこんな事ばかり繰り返していると、寧ろ……」

放課後の教室に一人の生徒の声だけが反響する。

それは勿論、廊下で聞き耳を立てている私にまで聞こえていた。

「――余計に冷めてしまいそう」

一段階低まった声が、私の耳にこびりつく。

私に向けられた言葉ではないのに、胸が酷く絞めつけられ、眩暈がした。

衝撃のあまり、ふらふらと扉から数歩後退る。

(……彼が自分自身を曝け出せるように、私から素直になるべきだと思っていた)

思い至ってからも、全てが明け透けに出来た訳ではない。寧ろゆっくりとした変化だろう。

それでも、以前よりは素直な気持ちでヴィーに接しているつもりだった。

(けれどそれは寧ろ、彼の要らぬ負担となっていたの――?)

私は最近の自分の変化を振り返ってみる。

ちょっとした事でヴィーを意識し、動揺してしまう有様の自分。

感情に振り回され、理性が鳴りを潜める場面だってあった。

こんな有様の自分が、王太子殿下の片腕の隣に立っているのは、果たして相応しいと言えるのだろうか。

そんな不安が渦巻いていた。

(私の考えはただ、押しつけがましいだけなのかしら……それに、最近の私の気持ちにもし彼が感づいていたら――)

――『愛が重い』。

先程聞こえた言葉が脳裏で何度も反芻される。

(わ、私の これ(・・) は、重いのかしら……)

扉の先で繰り広げられた会話から想起される、冷たい顔で遠巻きに私を見るヴィーの姿……。

そんな現実ない……はず、と思いながらも不安は膨らむ一方で払拭できない。

(少なくとも、この感情が政略的な立ち回りに於いて不要である事は明白だわ。なら、隠しておいた方が良いのかしら)

何より、ヴィーの足を引っ張る事は避けたい。

ぐるぐると纏まらない考えを巡らせ続けている内、目まで回って来た。

これ以上、女子生徒達の話を聞く事が恐ろしくなった私はゆっくりと扉から離れる。

その時だった。

「お前、ヴィクトルの奴が好きなのか?」

先程まで私がいた、すぐ後ろに当たる場所から声がする。

ぎょっとしてそちらを見れば、壁に凭れ掛かっていたラガルド殿下が涼しい顔で私を見ていた。

「で……っ!」

思わず出掛かった大声を、口を両手で塞ぐことで抑え込む。

教室側へ注意を向けるも、中にいた生徒が私の存在に気付く様子はなかった。

「な、何故こちらに」

「偶然だ」

にっこりと胡散臭い笑みを貼り付けるラガルド殿下。

これは絶対に嘘だろう。

「それで、どうなんだ? 好きなのか」

「な、何故そのような事を聞くのですか」

「お前の事を好意的に見ているからだが?」

あまりに真っ直ぐな言葉に、私は少々面食らう。

私を見つめる彼の顔は至極当然の事を言っていると言わんばかりの、涼しい顔だった。

(……いっそ、私もこのくらい直接的な言葉を使えばいいのかしら……いいえ、必要な芝居以上のアプローチは迷惑になりかねないでしょうね)

「おい、王族に対して無礼なのは婚約者揃ってなのか」

先程から抱えている悩みが頭を過り、遠くを見る。

同時に思わず溜息が漏れてしまっていたようだ。

ラガルド殿下が苛立ちから口角を引き攣らせていた。

「まさか。ラガルド殿下にだけですよ」

「ああ、分かった。婚約者揃って僕を舐めているという事がな」

ラガルド殿下の人柄は既にある程度分析済だ。

愉悦の対象か純粋な好意、興味かは定かではないが、とにかく彼が前向きな評価を下した人物に対しては不敬の類は大した問題にはならない。

寧ろ、その壁を越えるような『変わり者』こそ、彼の興味を掻き立てる存在足り得るのだろう。

そしてどうやら、私やヴィーはその『変わり者』としての一線を越えた存在らしい。

だからこそ私は敢えて彼が面白がりそうな言動を選択し、接するようにしていた。

あの仮面舞踏会の晩。

あそこに現れた『生意気な令嬢』こそが彼の好奇心を擽った存在だっただろうから。

(とはいえ、今も彼が『夢の香霞』を所持している可能性は高い。気を抜く訳にはいかないし、二人きりの時は余計に身構えてしまうわね)

たとえ今の彼が『夢の香霞』を持っていたとして、私はそれを奪う為に動くことが出来ない。

ラガルド殿下に罪の疑いがいくつも重なっていたとしても現状は証拠不十分。

その状況でただの一貴族令嬢である私が王族である彼に手を出せばその時点で捕らえられてしまう。

ヴィーが手を出せない理由もここにある。

王族の罪を裁くには言い逃れが出来ないだけの証拠を揃える必要がある……通常よりも慎重にならなければならないのだ。

おまけに、ラガルド殿下の身体能力では私の不意打ちなど易々と躱してしまうだろうし、そうこうしている内に『夢の香霞』を使われて傀儡にされるのが落ちだ。

ヴィーやアンセルム様など……相手の捕縛や所持品の奪取等に於いて私よりも上手く立ち回れるだろう人達ですら手を出せないでいる人物を私が刺激するべきではない。

「まあ、どちらであっても構わないが」

ラガルド殿下は咳払いをしてから、不敵な笑みを私へ向けた。

「たとえお前の気持ちがあいつに傾いていようとも――望みは薄いだろうからな」