軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第79話 盗み聞き

ヴィーは私の前に立ち、ラガルド殿下へ向き合う。

「チッ、煩い奴が来た」

「そりゃ煩くもなるでしょーよ! ニコルに何やってるんですか!」

ヴィーに詰め寄られるラガルド殿下はげんなりとしている。

どうやらラガルド殿下は『剣術バカ』のヴィーの、遠慮がない接し方への対応には不慣れなようで、先程までの不敵な表情も途端にしかめっ面へと変わってしまった。

「ただ話し掛けていただけだが?」

「今日は俺達の授業でこっちの校舎に来る事ないでしょう!?」

「吠えるな。声がでかい。犬かお前は」

ヴィーは私を腕の中に閉じ込めると甘えるようにすり寄りながら、ラガルド殿下へ警戒するような視線を投げる。

「だから嫌だったんですよぉ! ニコルを見たら絶対気になるってわかってたから会わせたくなかったのに!」

「さてはこれまで彼女とすれ違わなかったのも、廊下で会った時に顔を隠させたのもお前の企てだな?」

「そうに決まってるでしょ! ……というか、何で二人は面識があるんですか。俺がいない場所で会ってたんですか?」

「ヴィー……苦しいわ」

ヴィーがこれでもかという程に私を捕まえる腕に力を入れる。

彼の腕を優しく叩きつつ、力を緩めるよう訴えれば少しだけ圧迫感が減った。

「ラガルド殿下だってグザヴィエ殿下と同じように出席している夜会だってあるでしょう? そこで顔を合わせただけよ」

「……ラガルド殿下がパーティーで会っただけの人を覚えてるなんてある訳なくないか?」

「おい。つくづく貴様は不敬だな」

「まあ、ニコルだったらあり得るかぁ……。可愛いし、頭良いし、性格も良いし」

「おい、いいのか。婚約者が王族の声を平気で無視するような男、で……」

王子である自分を雑に扱うヴィーの言動に不服を示すラガルド殿下は、それを私にも訴えようとする。

しかし私はというと、それどころではなくて。

――可愛い。

何度だって彼の口から聞いてきた、何てことのない言葉。

それが何故か自分の鼓動を高鳴らし、顔に熱を与える。

(私、いつからこんなに単純になってしまったんだろう)

普通、可愛いなんて、外見を示唆する誉め言葉よりも内面を認められる方が嬉しいものではないのか。

そもそも、彼のこれらの言葉は人前で私達が仲睦まじい婚約者同士を演じる為の道具でしかない。

それなのに、彼が私の容姿を異性として好ましいと認めてくれたという事実が、私の心を浮つかせたのだ。

驚いたようなラガルド殿下の顔が私に向けられる。

彼の前で隙を見せまいと平常心を装おうとするも、顔の熱は一向に止まらなかった。

今の私は、随分間抜けな顔をしていた事だろう。

「……へぇ」

何に関心を示したのかは分からないが、私の顔を見ていたラガルド殿下がそう呟く声が聞こえた。

***

剣術大会以降、グザヴィエ殿下は公務がお忙しいらしく以前に比べて学園へ足を運ぶ機会が少なくなっていた。

今後の相談や情報共有も兼ねて改めて声を掛けるとはヴィー伝手にお言葉を頂いているが、現状、グザヴィエ殿下から呼び出されるような空気もない。

ジュリエンヌ様もまた、彼とは殆ど顔を合わせていないらしく、彼の多忙さが心身の負担になる事を案じていた。

また純粋な寂しさもあってか、普段よりも少し元気がないように見える。

そしてそんなグザヴィエ殿下とは反対に、ラガルド殿下の授業の出席の頻度は増えていた。

十中八九、私との接触を目的にしているんだろうと、『剣術バカ』のヴィーは拗ねながら言っていたけれど、それのどこまでが真意であるのかは量りかねている。

そんな、変化しつつある日常の中、ラガルド殿下から声を掛けられてはヴィーが何とか庇いに入る……という攻防を繰り返す日々に、些細な事件が起きた。

放課後。

ラガルド殿下からの接触を警戒したヴィーが馬車までの見送りを買って出てくれた為、彼と合流すべく廊下を歩いていた時だった。

「ええっ!? 愛が重い、ですか?」

通り過ぎる教室から、そんな声が聞こえた。

どうやら、授業後に残って談笑をしている女子生徒がいるらしい。

その声に、私の足は思わず止まる。

「ええ、婚約者のダニエルの事なのだけれど」

「愛されている、という事でしょう? 何かいけない事が」

「悪いとは言いませんわ。けれど……私達、ほら、政略的な理由で幼少期に婚約しておりますから……彼の事は、今更異性として見る事が出来なくて」

(……私には関係のない事だわ、ニコレット)

私は涼しい顔を心掛け、平静を装い、再び足を進める。

偶然聞こえた会話に全く興味がない訳ではなかった。

しかし、私は教室の中の生徒達にとって全くの部外者である。

彼女達のプライベートの話に聞き耳を立てるのはどう考えたって褒められる事ではない。

……そう思っていたのだが。

何という事だろう、私の足は勝手に教室の扉へ向かい、気が付けばぴったりと耳をくっつけているではないか。

煩く鳴り出した心臓を抱えながら、私は息を潜めて女子生徒達の会話を盗み聞いてしまう。

「愛がないよりはいいし、浮気されるよりよっぽどマシなのも理解しているわ。きっと私が高望みをしているだけなのでしょう。……けれど、その」

言い淀んだ後、話の主導権を持っていた女子生徒が続けた。

「特に好きでもない相手から寄せられる大きな感情って……疲れるだけなのよ」

彼女の口から発せられた衝撃的な言葉にサッと血の気が引いていくのを感じる。

頭を殴られたような衝撃と共に思考は頭は真っ白になり、私はその場に立ち尽くす事しか出来ないのだった。