軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第71話 たすけて

第三者の介入。

それに対しラガルド殿下は驚きを見せる。

一方で私はラガルド殿下から距離を置くように抱き寄せられたまま、ヴィーに耳打ちをする。

「研究室へ向かって。シャルル様からの報告が途絶えた」

それに言葉が返される事はなかったが、代わりに彼は私を抱き上げる。

彼が何か動こうとしている気配を察知したのだろう。

ラガルド殿下の顔に警戒の色が見えた時、『夢の香霞』から薄い煙が漂い始めた。

恐らくは私やヴィーを操る為のものだったのだろう。

しかしそれに気付いた私は呼吸を止める事で煙の影響を受ける事を避ける。

そして私が息を止めた直後。持ち上げられていた体が揺れ、視界に映る光景が目まぐるしく変わり始めた。

私を横抱きにしたヴィーはラガルド殿下の傍から離れ、研究棟へと向かって駆け出していたのだった。

***

凄まじい速度で、音も殆ど立てずに去っていく背中をラガルドは立ち尽くしたまま見送る。

「水を差されたな。興が醒めた」

ニコレットを攫った男の素顔を、ラガルドは見ることが出来なかった。

しかしフードの下から僅かに見えた髪色には覚えがある。

仮面舞踏会の夜、自分を追って現れた紺色の髪の男を思い出し、ラガルドは小さく舌打ちをする。

(外套の下は制服……ならば学生である可能性は高いが、変装しているだけの可能性も拭えない。敢えて素顔を隠したがるのは、そちらの方が都合が良いからだろう。恐らくは、騎士団など公の組織には属していない、兄上に認められている人物――)

容姿の特徴から真っ先に連想させられるのは宰相の息子であり、グザヴィエの側近であるアンセルムだ。

しかし現状は同一人物である確証はない。

考えを巡らせていたラガルドの意識を現実に引き戻したのは、後方から聞こえる多くの足音だった。

「応援か。思ったよりも早かったな」

ニコレットの足止めとヴィクトルの乱入により、洗脳された者の無力化を終えた騎士達がやってくる音であった。

彼らより先に目的の研究室へ向かおうとも、そこには先に向かったニコレット達がいる。

何より、『外套の男』の身のこなしから、彼が相当な実力者である事をラガルドは悟っていた。

仮に後を追い、研究室に辿り着いたとて、自分に優位に働くような事は何もないだろう……ラガルドはそう片付ける。

(『夢の香霞』は未だ手中にある。この場に居た事を言及されるような事があっても適当な理由をでっち上げればいくらでも言い逃れできる。僕は――『何もしていない』のだから)

実際に罪を犯すのは洗脳された者だけ。

彼らが『勝手に』動いているだけ。そう言い逃れが出来る。

ラガルドが研究棟にいたという事実がいくら不審であろうと、それが直接何かしらの罪に当たる事はない。

仮にグザヴィエが何らかの理由をこじつけて取り調べを行おうとも、『夢の香霞』がラガルドの手元にある限り、聴取側を操りさえすればいくらでも罪の言及から逃れることが出来る。

よって彼が選択したのは、計画の強行ではなく、身を引く事だった。

(もう少し遊べなかったのは残念だが……どうせ、またすぐに会う事になるだろう)

ニコレットの姿を思い出し、ラガルドは鼻で笑う。

彼はテレーズの研究室へ向かう道から逸れ、別の道を進んでいく。

そして外へ繋がる窓を開けると、そこから外へと飛び込み、姿を消すのだった。

***

虚ろな目をしているテレーズはチェストを開けると暫しぼんやりとしたまま佇む。

フォンタニエ伯爵は満足そうに笑みを深め、そのチェストの中身を手に取った。

(先生の様子が明らかにおかしい。とても正気の様には思えないし、そもそもどんな理由があったって、こんな事をするような人ではない)

腹部を刺された痛みに苛まれ、意識が朦朧としながらも、シャルルは二人の姿を視界に留め続ける。

(意志を感じない、覚束ない動き……こんなの、まるで暗示にでもかけられているような――)

『暗示』。

その言葉が過った途端、シャルルの背筋が凍る。

他者の精神に影響を与える術として、軽い作用を与える『催眠術』や心理学的な観点による理論などはあれど、ここまで大きな影響を与えるものは現代において存在しない。

それが世の常識だ。

――ただ、一つを除いて。

(……いや、あり得ない。だってあれは)

彼がその答えに辿り着いたのは、その『一つ』が偶然にも身近な存在だったからだ。

『研究課題』として。

「ああ、君はもういいよ」

目的のものを回収したフォンタニエ伯爵はふと思い出したように、テレーズにそう言った。

するとそれまで突っ立っていただけのテレーズは緩慢な動きでシャルルに近づき、彼に突き刺さったままであった短剣を躊躇なく抜く。

「っ……」

痛みからくぐもった声が零れた。

傷口から血が溢れる。

そんな元教え子の様子には目もくれず、テレーズは手に取った短剣をゆっくりと――自分の首筋に押し当てた。

「っ、せん、せい……っ」

一連の動きに一切の躊躇は見られない。

彼女は虚ろな顔のまま、自決という手段を取ろうとしていた。

彼女を止める為に発したシャルルの声は喀血のせいで掠れ、頼りなものだった。

シャルルは自分の声が届かない事を悟ると、上手く力が入らない体を何とか奮い立たせ、床に手を突いた。

傷口から流れ続ける血液には見向きもせず、半身を起こそうと躍起になる。

そんなシャルルを見てもフォンタニエ伯爵が動かなかったのは、彼には何も変えることが出来ないとわかっていたからだろう。

それが余計に腹立たしかった。

(動けッ!! 動け、動け、動け動け動け――)

白む視界の先、テレーズが持っている刃が彼女の肌にゆっくりと食い込んでいく。

どう足掻いたって、彼女を止められる未来がシャルルには見えなかった。

大きな無力感と絶望が彼を襲う。

(……誰か)

テレーズと過ごした時間が走馬灯のように頭を駆け巡っては消えていく。

彼女を失いたくないという想いが膨れ上がっていく。

(誰か、彼女を――)

「……たすけてくれ――」

当てのない懇願が掠れた声となって絞り出される。

刹那。

その言葉の最後を掻き消すように、大きな音が響き渡った。

***

ラガルド殿下から離れたヴィーは速度を落とすことなく、軽々と階段を駆けのぼり、廊下の途中に立っていた監視の脇を通り抜ける。

背後から制止の声が飛んだが、ヴィーはあっという間に監視と距離を離し、そのままテレーズ先生の研究室まで辿り着いた。

「掴まって」

扉から後退するヴィーの囁きで、私は彼が何をするつもりなのかを悟る。

彼に両手を回して強く抱き着くと、安心させるように優しく背中を叩かれた。

それから彼は私を強く抱きしめたまま大きく助走をつけ――

――扉を蹴破ったのだった。