軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第71話 激突

オースティンの掌で、火球が膨れ上がっていた。赤い光が舞台を照らし、砕けた氷の破片が蒸発して白い蒸気を上げている。

レオンは仰向けのまま、その赤い光を見上げていた。血に塗れた顔で、笑っている。

「撃ちたいなら撃てばいい。——俺は、逃げない」

さっきの言葉が、まだ空気に残っている。

オースティンはレオンの目を見た。動けないはずだ。魔力も空のはずだ。なのに——あの目だけは、折れていない。

「……本当に、馬鹿な弟だ」

オースティンは呟いた。

そして——掌の火球に、左手の冷気を合流させた。

炎と冷気が螺旋を描いて絡み合い、火球の密度が一段跳ね上がった。赤と青白が混ざり合う光が、オースティンの顔を照らしている。

冷熱合一——最後の一撃。

「避けろとは言わない。——だが、恨むなよ」

火球が、レオンに向かって放たれた。

◆◇◆

火球が迫る。赤と青白の螺旋が、空気を裂いて飛んでくる。

レオンは仰向けのまま、その光を見つめていた。

(ああ——来たな)

動けない。立てない。逃げられない。

だが——両手だけが、まだ動いた。

レオンは左手を火球に向けた。掌から、吸引力が放たれた。

火球の軌道が——歪んだ。

「——何!?」

オースティンの目が見開かれた。放ったはずの火球が、レオンの左手に引き寄せられるように軌道を変えている。

「馬鹿か——自分から引き寄せてどうする!」

レオンは答えなかった。

火球がレオンの上空に達した瞬間——吸引力の方向が変わった。左手が弧を描くように動き、火球を自分の体の周囲に引き回す。灼熱が顔を焼き、髪が焦げる匂いが鼻を突いた。だが、止めない。

火球がレオンの体を中心に、半円を描いた。吸引力に引かれた勢いが、遠心力に変わっていく。

(もう少し——もう少しだけ——!)

一回転。

火球が十分な速度に達した瞬間——レオンは左手の吸引を切り、右手を突き出した。

反発力が、火球の背面を叩いた。

吸引の遠心力と、反発の推力が合わさった。火球は——弾丸のような速度で、オースティンに向かって撃ち返された。

「——返してきただと!?」

オースティンの目が見開かれた。自分が放った冷熱の火球が——倍近い速度で、自分に向かって飛んでくる。

回避する時間はない。

オースティンは両手を前に突き出した。残った魔力の全てを、冷気に注ぎ込む。青白い冷気の奔流が、両掌から噴き出した。

冷気と火球が——正面から衝突した。

◆◇◆

炎の熱と冷気の冷が、一点でぶつかり合った。

火球の表面で氷が生まれては蒸発し、蒸気が凍っては再び蒸発した。冷と熱が極限でせめぎ合い、衝突点で空気そのものが悲鳴を上げた。白い蒸気が爆発的に膨張し、二人の間で渦を巻く。

だがそれだけでは終わらなかった。

火球の中にはオースティン自身の冷気も含まれていた。冷熱が一体となった火球に、さらに冷気をぶつけたことで——冷と熱の連鎖反応が、制御を超えて加速した。蒸発、凝結、蒸発——衝突点のエネルギーが、二人の制御を完全に離れた。

光が——膨れ上がった。

白と赤と青が入り混じった光球が、急速に膨張する。

「止められない——!」

もう、誰にも止められなかった。

ドォォォォォンッ!!!

舞台が——呑まれた。

衝撃波が全方向に広がり、観客席の最前列まで届いた。結界が軋み、空気が震えた。白い蒸気と砕けた石畳の粉塵が渦を巻き、舞台全体を覆い尽くした。

「きゃあっ——!」

観客席から悲鳴が上がった。最前列の者たちが身を屈め、腕で顔を庇った。

何も見えない。

蒸気と粉塵が、全てを覆っていた。

◆◇◆

煙が、ゆっくりと晴れていった。

最初に見えたのは、舞台の惨状だった。中央に巨大な窪みが穿たれ、石畳が放射状に砕けている。氷柱は一本も残っていなかった。焼け焦げた跡と凍りついた跡が入り混じり、舞台全体が破壊の痕跡に覆われていた。

煙の中に——人影が一つ、見えた。

オースティンだった。

膝をついていた。全身が震えている。両手は垂れ下がり、冷気も炎も消えていた。魔力が完全に空だ。衣服は半分焼け、半分凍りつき、頬と腕の切り傷から血が流れている。

だが——生きていた。

オースティンは荒い息の中で、顔を上げた。

レオンがいた方向を——見た。

煙が晴れていく。砕けた石畳。散らばった瓦礫。蒸気の残り。

だが——

レオンの姿が、なかった。

「……レオン?」

オースティンは目を見開いた。

舞台の上を、見渡した。端から端まで。瓦礫の影も、窪みの中も。

いない。

どこにも——いない。

「レオン……!」

オースティンは叫んだ。返事はなかった。

煙が完全に晴れた。舞台の全貌が露わになった。

破壊された石畳。焼けた跡。凍った跡。

だが——レオンの体は、どこにもなかった。血の跡すら、残っていなかった。

あの爆発に、呑まれたのか。

「レオン——!」

◆◇◆

「レオン様!!」

観客席から、ローシーの絶叫が響いた。

「レオン兄さん!!」

アレンが叫んだ。小さな体が、舞台に飛び出そうとして、ティモシーに抱き止められた。

「離して! レオン兄さんが——!」

「落ち着け、アレン——」

ティモシーの声も、震えていた。

エヴィルは立ち尽くしていた。紫の瞳が、破壊された舞台の上を見つめている。何も映していないかのように——空っぽな目で。

◆◇◆

五長老の老人が、ゆっくりと立ち上がった。顔色が変わっていた。

「何が……起きた……」

カッセルリック侯爵も、初めて表情を崩していた。杯は手から離れ、足元に転がっている。

「あの爆発は——二人の力の衝突が限界を超えた結果だ。だが——あの子の体が消えるなど……」

隣でクロードが、声もなく立ち上がっていた。顔が蒼白だった。唇が震えている。何か言おうとして——声が出なかった。

◆◇◆

舞台の上で、オースティンは膝をついたまま、動けなかった。

目の前の窪みを、見つめていた。

さっきまで弟が立っていた場所。血に塗れて、ボロボロで、それでも笑っていた弟が立っていた場所。

今はもう——何もない。

「俺は……」

オースティンの声が、震えた。

「やりすぎた……のか……?」

返事はなかった。

風が吹いた。蒸気の残りが散り、砕けた石畳の粉末が舞い上がった。その中に——微かに、金色の粒子が混じっていた。蝋燭の灯りを受けて、一瞬だけ光り、消えた。

オースティンは、その金色の粒を見つめた。

弟の、最後の光。

「レオン……」

その名前を呼んだ瞬間——オースティンの脳裏に、記憶が蘇った。

遠い日の記憶。まだ幼かった頃の——

【続く——回想篇へ】