軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第69話 蒸汽爆発

金色の光と、冷熱が交差する世界が、舞台の上で鮮明な対比を描いていた。

今のオースティンは、別人だった。

左手からは刺すような冷気が放たれ、右手からは灼熱の熱気が立ち昇っている。二つの相反する力が、彼の体内で完璧に共存していた。冷気の青白い光と、炎の赤い光が、オースティンの体を中心に螺旋を描いて渦巻いている。赤い髪が熱気に煽られて揺れ、足元の石畳は左側が凍りつき、右側が赤く焼けていた。

七年間封じてきた力の、解放。

場内の空気が、根本から変わっていた。先ほどまでの氷の冷たさだけではない。熱が加わることで、舞台全体が異常な気配に包まれている。観客席の者たちは、言葉を忘れていた。

「冷却と加熱の同時制御……」

カッセルリック侯爵は杯を置いたまま、立ち上がっていた。

「熱力系の完全形態だ。あの年齢で、あの制御精度……恐ろしい子だな」

隣でクロードは言葉もなく、甥とその兄を交互に見つめていた。

レオンは——その光景を、見上げていた。

右腕に残ったゴールデンフォームが薄く明滅している。体は限界に近い。だが、レオンの目は——輝いていた。

(これだ。これが見たかった)

(兄上の——本当の姿だ)

「さあ、レオン」

オースティンが一歩踏み出した。その一歩で、足元の石畳が半分凍り、半分焼けた。

「本当の勝負を始めよう」

◆◇◆

オースティンが踏み込んだ。

右手の炎が槍のように伸び、レオンの顔面に迫った。レオンは横に飛んだ——だが左手からは同時に氷の刃が放たれていた。冷と熱が同時に、異なる角度から襲いかかる。

片方を避ければ、もう片方に当たる。

レオンは体を捻り、炎の槍の下を潜った。だが氷の刃が左肩を掠め、布地が裂けた。着地の瞬間、膝が僅かに震えた。

(まずい……体が重い……)

全身のゴールデンフォームを維持し続けた代償だ。金色の光が、先ほどより明らかに薄い。

オースティンは止まらなかった。両手から冷気と熱気を交互に放ち、レオンを追い詰めていく。氷と炎が入り混じった弾幕が舞台を覆い、回避できる空間がどんどん狭まっていく。

先ほどまでの氷だけの攻撃とは、完全に別物だった。氷だけなら軌道が読めた。だが熱が加わることで、攻撃のパターンが倍に増えている。氷の刃を避けた先に炎が待ち、炎を弾いた瞬間に冷気が足元を凍らせにかかる。

レオンの体に、被弾が増え始めた。炎が右腕を焼き、氷の破片が頬を切った。ゴールデンフォームで致命傷は防いでいるが、防御のたびに金色の光が薄くなっていく。

◆◇◆

オースティンの攻撃が、変わった。

右手から火弾が連続で放たれた。レオンは金色の腕で弾く。だが同時に、左手から巨大な氷塊が複数生成され、レオンの周囲を取り囲むように配置された。

火弾と氷塊。二つの攻撃が同時に迫る。

レオンは火弾を弾きながら、氷塊を避けた。だが氷塊は攻撃してこなかった。ただレオンの周囲に浮遊し、壁のように行く手を塞いでいる。

(何を——)

違和感に気づいた時には、遅かった。

オースティンの右手が、レオンではなく——周囲の氷塊に向けられた。

炎が、全ての氷塊に同時に集中した。

巨大な氷の塊が、一瞬で灼熱の炎に包まれた。氷が瞬時に蒸発し——高温高圧の蒸気が、レオンを中心に四方八方から噴き出した。

「——っ!!」

逃げ場がなかった。

氷塊に囲まれていた。その全てが、同時に蒸気に変わった。白い蒸気がレオンの全身を包み込み、灼熱が肌を焼いた。

「ぐあっ——!」

レオンは悲鳴を上げた。ゴールデンフォームが残っている右腕以外の全身に、蒸気が触れていた。肌が赤く焼けただれ、激痛が全身を貫く。

「レオン様!!」

観客席からローシーの絶叫が響いた。

カッセルリック侯爵が低く呟いた。「氷を火で蒸発させ、相手を蒸気で囲む——氷は罠だったか。冷熱を同時に操れるからこそできる戦術だ」

クロードは立ち上がりかけていた。顔が蒼白だった。

◆◇◆

蒸気が晴れていく。

レオンは舞台の上に倒れていた。全身が赤く、蒸気で焼けた痕が腕にも脚にも広がっている。震える腕で体を起こそうとしたが、肌が動くたびに激痛が走った。

それでも——起き上がった。

膝をついた。肩で息をしている。

全身を覆っていたゴールデンフォームは、完全に剥がれていた。今や光が残っているのは、右腕だけだった。それすらも、薄く明滅している。

オースティンが、歩みを止めた。

「レオン」

その声は、冷たくなかった。

「もう十分だ」

レオンは顔を上げた。オースティンが見下ろしている。その両手にはまだ氷と炎が灯っているが——拳は握られていなかった。攻撃の構えではない。

「お前は強い。俺にこの力を使わせた——それだけで十分だ」

オースティンは一歩近づいた。

「これ以上続ければ、お前が壊れる。——降りろ、レオン」

その声には、嘘がなかった。兄として、弟を壊したくない。本気でそう思っている。

観客席からも、同じ空気が流れた。

「レオンもよく頑張った……」

「あの実力差で、ここまで持ったのは大したものだ……」

「もう降りても、恥じゃない……」

◆◇◆

レオンは膝をついたまま、オースティンを見上げていた。

全身が痛い。魔力はほとんど空だ。右腕のゴールデンフォームも、あと一撃分が残っているかどうか。

降りれば、楽になる。

誰も責めない。オースティンが言う通りだ。ここまで戦っただけで十分だと、誰もが思っている。

だが——

レオンの脳裏に、七年間の日々が過ぎった。

朝起きて、訓練場に行くたびに向けられた目。「出来損ない」「落ちこぼれ」——その言葉が、毎日のように降ってきた。

あの七年間、レオンは何度も「もう十分だ」と言われた。

お前は才能がない。ここまでで十分だ。諦めろ。降りろ。

——いつも、そう言われてきた。

レオンは、笑った。

血が滲んだ唇で、笑った。

「……断る」

オースティンの目が、僅かに見開かれた。

レオンは震える腕で体を押し上げた。膝が震え、足が笑っている。だが——立った。

「俺は——」

レオンは右拳を握った。残った最後の金色の光が、微かに脈動した。

「七年間——ずっと降りなかった」

一歩、前に出た。

「今更——降りるわけがない」

◆◇◆

場内が、静まり返った。

満身創痍の少年が、四つ星の兄の前に立っている。体は傷だらけで、魔力はほとんど空だ。右腕に残った金色の光は、蝋燭の炎のように揺れている。

だが——目は、死んでいなかった。

オースティンは、レオンを見つめた。

長い沈黙があった。

「……そうか」

オースティンは呟いた。その声には——怒りも、呆れもなかった。

何かを理解したような——静かな響きだった。

オースティンは再び構えを取った。左手に冷気、右手に炎。

「なら——来い」

レオンの右拳の金色が、最後の力で——輝きを増した。

二人が同時に、地面を蹴った。