軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第54話 家族魔闘会

巨大な演武場が、人の熱気で溢れかえっていた。

セレストーム侯爵家、一年に一度の家族魔闘会。秋の豊年祭を除けば、この屋敷の上から下まで全員が一堂に会する機会など、他にはない。

百人余りの家族の若者たちが演武場の中央に立ち並び、喧騒が天に向かって立ち昇っている。演武場は巨大な円形で、石の段席が幾重にも上へと連なり、最上段にはセレストーム家の雷紋の旗が冬の風に翻っていた。

場の中央に、人の背丈ほどの巨大な結晶体が据えられていた。

——魔法水晶。

深い群青色の六角柱。内部には幾筋もの光の脈が走り、微かに明滅している。オルハイム王国全土を見渡しても、これを配備できる貴族は十数家に過ぎない。水晶の傍には、無表情の審判員が冷ややかに場内を睥睨していた。

演武場の左手、高台の上が貴賓席だ。中央に当主カッセルリック・セレストームと七人の長老たち。その隣には——レオンが予想していなかった顔ぶれも並んでいた。

アウレリウス大祭司。白袍に銀髪。穏やかな微笑みを浮かべ、まるで自分とは無関係の見世物を楽しみに来たかのような佇まいだ。

そしてもう一人、さらに意外な姿——紫藍色の束腰のドレス。首席競売師ベアトリス。紫水晶の耳飾りが陽光にちらりと揺れている。どこから貴賓席の入場札を手に入れたのか、茶杯を片手に、怠惰な目つきで場内を眺め回していた。

下方の演武場では、これから魔闘会に臨む若者たちが、それぞれの思いを胸に立っていた。日頃から優秀な成績を収めている者は余裕の表情で、時折周囲に優越の一瞥を投げている。才能が凡庸な者、自信のない者は、隠しきれない不安と焦りを顔に張り付かせていた。

全ての視線が、同じ一つのことを待っていた。

——開幕。

「レオン兄さん、まだ来ないわ……」

エヴィルは観覧席の最前列に立ち、銀色の長い髪を風に揺らしていた。紅い瞳が演武場の入り口を見つめ、眉間にかすかな皺を刻んでいる。

傍らのロキシーが、やわらかく声をかけた。

「大丈夫ですよ、エヴィル様。レオン様は必ずいらっしゃいます。きっと、何かあったのでしょう」

「でも、もうすぐ始まるのに……」

エヴィルは下唇を噛んだ。レオンがこの二週間、何をしていたか——具体的には聞いていない。だが、グリューネベルクから届く知らせはいつも同じ一言だけだった。修行中、と。

二週間。音沙汰なし。食事すら人に運ばせていたという。

間に合ったのかどうか——分からない。

分かっているのは、今日の相手がオースティンだということだけだ。四つ星。

貴賓席では、長老たちの囁きがしばらく前から続いていた。

「族長、時刻が迫っておりますが——レオンはまだ姿を見せていないようですな」

二番目の長老が眉をひそめて口を開いた。言葉づかいは穏やかだが、込められた意味は誰にでも読み取れた。

カッセルリックは横目で一瞥した。

「まだ時刻は来ていない。何を焦っている。二長老、その程度の落ち着きもないのか」

痛いところを突かれ、二番目の長老は顔を歪めた。口の端が陰湿に吊り上がる。

「族長もあまり期待されぬほうがよろしいかと。あの小僧が来たところで、デキソコナイはデキソコナイ。七年も経って、今更何ができましょう」

カッセルリックの表情が一瞬、沈んだ。口を開こうとした、その時——

別の長老がすかさず口を挟んだ。声の大きさは絶妙で、周囲に聞こえるか聞こえないかの際どいところだった。

「まったくです。七年のデキソコナイが、オースティンと比べられるわけもない。場内の誰を相手にしても——」

言葉が終わらぬうちに。

演武場の入り口のほうで、騒ぎが起こった。

全ての視線が、一斉にそちらへ向いた。

大柄な男が、大股で演武場の中央に向かって歩いてくる。

クロード・アシュモア。レオンとアレンの叔父。

——その背中に、銀色の髪の少年がしがみついていた。

「すまんすまん、遅くなった!」

クロードは豪快に笑いながら、演武場じゅうに響く声で言い放った。

全場が、半拍ほど固まった。

「クロード……?」

「なぜレオンを背負っている……?」

「足でも折れたのか、あいつ」

ざわめきが波のように広がっていく。

クロードは意に介さず、場の中央で腰を落とし、レオンを地面に下ろした。手を叩きながら、にかっと笑う。

「こいつが昨夜遅くまで修行を止めなくてな。今朝起こしに行ったら、足がふらふらで立てもしない。道中で溝に落ちかけたから、しょうがなくそのまま担いできた」

レオンはわずかに頬を赤くしながら、身体を立て直した。

「叔父上、自分で歩けたのに……」

「歩ける奴は溝に落ちない」

クロードはレオンの肩を叩いた。遠慮のない力だった。少年の身体が一歩よろめく。

「さあ、行ってこい」

肩の上の手に、ぐっと力がこもった。

そして——離れた。

レオンは深く息を吸い込み、顔を上げた。

「レオン兄さん——!」

エヴィルが観覧席から身を乗り出した。紅い瞳に、安堵の光が灯っている。

「よかった、来てくれて……心配したのよ」

「すまない、エヴィル。少し遅れた」

「少しじゃないわよ! もう少しで間に合わないところだったのよ!」

頬をぷくりと膨らませて咎めた。だが、すぐに——口元がほどけた。

「……頑張ってね」

声が、ふっと小さくなった。

レオンは少女を見つめ、静かに頷いた。

ロキシーが傍で軽く頭を下げた。

「レオン様、ご武運を」

「ああ。ありがとう、ロキシー」

レオンは振り返り、演武場の中央に向かって歩き出した。

半年ぶりの侯爵府だった。半年前、ここを出て行った時は、俯いていた。誰の目も見なかった。

今は、顔を上げて歩いている。全ての視線の中へ。

「ふん——やっと来たか」

右手から、冷たい声が飛んできた。

エイドリアン。腕を組み、冷ややかにこちらを見ている。口元に嘲りが張り付いていた。

「遅刻した挙句、人に背負われて登場とは。デキソコナイにしては大した面の皮だな」

レオンは一瞥だけくれた。

何も答えなかった。

そのまま通り過ぎ、自分の場所に立った。

エイドリアンの表情が、わずかに引きつった。半年前のレオンなら、こういう言葉の前では目を伏せた。

だが今のレオンは——目すら向けない。

少し離れた場所で、オースティンが静かに立っていた。何も言わない。ただ、黙ってレオンの歩みを見つめている。

その目に、侮蔑はなかった。

あるのは——品定めだけだった。

貴賓席で、カッセルリックがわずかに目を細めた。

息子が、演武場の中央に立っている。背筋を伸ばして。

嘲笑、疑惑、他人の不幸を待ち望む目——あらゆる視線が四方八方から潮のように押し寄せている。

レオンはその潮のただ中に立っていた。

微動だにせず。

カッセルリックの目は、長い間、息子の上に留まっていた。

半年。この子は——変わりすぎた。日に焼けた、逞しくなった、という程度ではない。骨の芯が違う。あの目の中には、静かで安定した光がある。自分がどこへ向かうかを知っている者だけが持つ光だ。

二番目の長老がまだ隣で何か言っている。もう耳に入らなかった。

ただ——息子を、見ていた。

レオンは、立っていた。

周囲の視線が——嘲り、蔑み、好奇——無数の針のように突き刺さってくる。

一本も避けなかった。

胸の奥で、オーグリの声が響いた。

『いい度胸だ、小僧。立てている』

レオンは声に出さず、心の中で答えた。

(ああ)

『今日——お前は証明する。デキソコナイという名を、今日限り、そう呼んだ連中に返してやれ』

(分かっている)

視線が、人波の向こうを越え、貴賓席の父の方角を掠め——そして正面に落ちた。

オースティンが、静かに立っている。四つ星。熱力系。

目が合った。

無言の火花。

(今日で——全てを、ひっくり返す)

審判員が前に進み出て、全場に向かった。

「これより——セレストーム侯爵家、家族魔闘会を開始する!」

その声が演武場の上空に響き渡った。

歓声と拍手が、波濤のように湧き上がった。

戦いの幕が——上がった。

【続く】