作品タイトル不明
第15話 希望の光
兎の残骸を片付け終えた後、レオンは部屋に戻って扉を閉め、テーブルの前に座ってペンダントを手に取った。手はまだ微かに震えているが、恐怖は徐々に薄れ、代わりに浮かんできたのは冷静な分析だった。前世で機械エンジニアだった経験が今こそ役に立つ――すべての現象には原因があり、すべての失敗には成功への手がかりが隠されている。
「落ち着いて考えるんだ……」
レオンは自分に言い聞かせ、目を閉じてあの光景を脳裏に再生した。兎が水を飲み、最初は普通だったが、それから異常な活性化が始まり、身体が膨張し、そして爆発した。前世で学んだ工学の原理が頭に浮かぶ――システムが処理できる以上のエネルギーを注入すれば必ず破綻する。エンジンに規定以上の燃料を送り込めば爆発し、配線に許容量を超える電流を流せば焼き切れる。兎の身体も同じだ。あの小さな身体には、液体のエネルギーが強すぎた。
「つまり……問題は液体そのものではなく、『量』と『対象』なんだ」
レオンの目が輝き、もう一つの実験結果を思い出す。薬園で行った実験――極めて薄く希釈した液体を与えた薬草は、目に見える速度で成長した。たった一日で、通常なら一週間かかる成長を遂げた。爆発することなく、異常をきたすことなく、ただ健全に、急速に成長した。ということは、使い方次第で……もし魔力を高める薬草を催熟させ、それを適切に調合して服用したら、魔力値3の自分でも実力を上げられるのではないか?
だが問題がある。レオンは薬学の知識を持っていない。どの薬草が魔力を高めるのか、どう調合すればいいのか、どれくらいの量を服用すれば安全なのか――何も分からない。母エリーゼは薬草を栽培していたが、それは趣味程度のものだったはずだ。彼女が残した記録があるかどうかも分からない。
「アルベルト……」
レオンは呟いて立ち上がった。母の側近だった老執事なら、何か知っているかもしれない。
◇
執事の居室は館の東翼にある。レオンがドアをノックすると、すぐにアルベルトの声が聞こえてきた。
「どうぞ」
部屋に入ると、アルベルトは窓辺で古い本を読んでいた。灰色の髪、皺の刻まれた顔、だが瞳には鋭い知性の光が宿っている。本を閉じて立ち上がった老執事は、珍しい訪問者を見て少し驚いた様子だった。
「レオン坊ちゃま、どうされましたか?珍しい」
「アルベルト、聞きたいことがある」
レオンは真剣な表情で一歩前に出た。
「母さんが栽培していた薬草について……詳しく知っているか?」
アルベルトの表情がわずかに柔らかくなり、懐かしそうな目をした。
「エリーゼ様の薬園ですか。ええ、覚えておりますよ。奥方様は薬草栽培を趣味とされていて、様々な種類の薬草を育てておられました」
「どんな薬草だ?」
「月光草、星紋花、蒼雷蕨……魔力を高める効果があるとされる薬草が中心でした。ただし」
アルベルトは少し躊躇してから続けた。
「奥方様は薬学者ではありませんでしたから、調合や服用については……私も詳しいことは存じません」
「その薬草を使って、魔力を回復する方法はないのか?」
レオンは食い下がった。
「調合の方法とか、服用の仕方とか……」
「それは……」
アルベルトは考え込むように眉をひそめた。
「もし、そのような記録が残っているとすれば……アシュモア家の屋敷にあるかもしれません」
「アシュモア家?」
「ええ。エリーゼ様はアシュモア家の出身でいらっしゃいます。星相系魔法を専門とする名門の家系です」
アルベルトの声に尊敬の念が滲んだ。
「奥方様の薬草栽培も、アシュモア家に伝わる星相魔法の知識と関係があったのかもしれません。アシュモア家の屋敷は、カルディア鎮の北郊に位置しております。そこを一本のルーナ河の支流が流れ、河岸の土地は肥沃で、いくつかの農場が点在し、周囲には小さな町もあります」
「そこに……母さんの記録が?」
「エリーゼ様が生前お住まいになっていた庭園は、本邸の右手にございます。そこに奥方様の私物や記録が保管されているはずです」
アルベルトは懐から古びた鍵を取り出し、レオンに手渡した。
「これがアシュモア家屋敷の鍵です。坊ちゃまがお探しになるのでしたら……どうぞお使いください」
レオンは鍵を受け取り、その重みを感じた。母の遺品――それは同時に、母が残してくれた希望への鍵でもある。
「ありがとう、アルベルト」
「ですが坊ちゃま」
アルベルトは心配そうな目でレオンを見た。
「なぜ突然そのようなことを?」
レオンは一瞬躊躇したが、やがてペンダントを取り出した。信頼できる協力者が必要だ――一人では、この秘密を活かしきれない。
「実は……母さんが残してくれたこれに、秘密がある」
◇
十分後、アルベルトは震える手でペンダントを持っていた。レオンは慎重に説明した――星光を吸収する現象、生成される青い液滴、そして薬草の催熟実験の成功。兎の爆発については、伏せた。不必要な心配をかけたくない。
「まさか……これが『星辰の雫』の容器だったとは……」
アルベルトの声は驚愕に満ちていた。
「エリーゼ様は……こんな貴重なものを……アシュモア家に伝わる秘宝を……」
彼の目に涙が浮かんだ。長年仕えた主人への思慕が、その表情に滲み出ている。
「坊ちゃま、この液体を使って……何をなさるおつもりですか?」
「魔力を上げたい」
レオンははっきりと言った。
「このまま魔力値3で終わるつもりはない。もし催熟させた薬草を服用できれば……実力を上げられるかもしれない」
「危険です」
アルベルトは即座に言った。
「薬草の効能は、栽培方法や調合によって大きく変わります。間違えれば……毒にもなりかねません」
「分かっている。だからこそ、母さんの記録が必要なんだ」
レオンは老執事を真っ直ぐ見つめた。
「アシュモア家の屋敷に行く。母さんが残した記録を探す」
アルベルトはしばらく沈黙していたが、やがて深くため息をついた。
「……承知いたしました。どうかご無理はなさらないでください。エリーゼ様も、きっとそれを望んでおられるはずです」
レオンは微笑んだ。
「ありがとう、アルベルト」
◇
レオンが部屋を出て廊下を歩いていると、背後から足音が聞こえてきた。
「レオン様!」
振り返ると、ローシーが息を切らして駆けてきた。
「どちらへ行かれるのですか?」
「カルディア鎮に行く。母さんの実家に」
「カルディア鎮?お一人でですか?」
ローシーは驚いた様子だった。レオンはここ数年、ほとんど館の外に出ることがなかった。
「ああ。付き合ってくれるか?」
「もちろんです!」
ローシーは嬉しそうに頷いた。彼女はレオンのこの数日間の変化を感じ取っている。以前の諦めた様子とは違う、何か確固たるものが、レオンの中に芽生えているのだと。
「じゃあ、正門で待ってる」
レオンは言って、廊下を進み始めた。胸のペンダントが、服の下で微かな温もりを放っている。母が残してくれた希望の光――アシュモア家の屋敷に、その使い方が記されているはずだ。
◇
正門に向かう途中、レオンとローシーは別の方向から歩いてきた数人の少年に出くわした。
「よう……これが我がセレストーム家の大役立たずじゃないか。まだ外に出る面の皮があるのか?恥ずかしくないのか?」
レオンは眉をわずかに顰め、表情が冷たくなった。
【第15話 完】